東京高等裁判所 昭和52年(う)1224号 判決
被告人 斎藤勝
〔抄 録〕
各証拠によると、本件現場は、清水港湾道路、東亜燃料清水工場前の交通整理の行なわれている交差点であって、本件事故は、被告車両が島崎町方面から愛染町方面に左折中、その前部バンバー左側部分を、被告車両の左側を興津町方面に直進する、被害者小長井の単車後部の荷台右側部分に衝突させたものであり、山田勇治の検察官に対する供述調書によれば、右両車両は、前記交差点における赤信号により、一旦停止したのち、青信号に変るとほぼ同時に発進したことが認められるので、右事実に徴すると、被害者は、被告車両が発進し既に左折の準備態勢に入ったのち、その左側を追い抜こうとして、敢て直進し、追突したものでないことは明らかである。
ところで、被告車両は、被けん引車を連結した大型けん引自動車(全長一四・七メートル、車高二・九五メートル、車幅二・四九メートル)であって、その構造からみていわゆる左折小回りが困難なところから、被告人は、左折運転の方法上、前記信号待ちの停止に際しては道路左側端に寄らず、同車線右側端に寄ったため、自車左側に単車等の入りうる程度の間隔が生じていたこと及び自車運転室左側外方にいわゆる死角のあることを認識していたことが認められる。右死角については、司法警察員作成の昭和五一年六月二九日付実況見分調書(記録三〇の四〇丁以下)によると、被告車両運転室左側の車両前部左端前後の外方において、各約一・二メートル計約二・四メートルの範囲に視死角(肉眼のほか左側バックミラー、アンダーミラー計三個の利用を含む。)の生ずることが認められる。そして、被告人が前記交差点を発進するにあたり、バックミラー等により自車左側方に注意したことは明らかであるが、被害者及び単車を認知しなかったことなどを合わせ考えると、被害者らは被告車両の前記死角内にいたものと推認しうるけれども、被告人は、前記のように自車の構造及び左折時の停止位置から、自車左側の空間地域に単車等の進入してくることが予想され、しかも、それらを確認し難い場合のあることを認識していたうえ、既に本件同種の人身事故をも体験していたのである(清水簡易裁判所昭和四〇年(い)一第三九一号略式命令謄本参照)から、被告人としては、右のような事態に備え、左折時の事故を回避するため、自車停止後発進するまでの間、バックミラー等により、自車左側及び左後方を注視し、左側方に進入する車両等の有無を確認すべき注意義務を有するというべきである。ところで、被告人は、右停止後発進するまでの間、信号の表示に気をとられ、自車左側及び左後方に対する注意を全く欠き、被害車が単車を運転し被告車両に遅れて、その左側方に入ってくるのを見落したことが認められるので、被告人が左折発進時バックミラー等により、自車左側方を一べつしたことをもって、その注意義務を尽したものということはできない。
(草野 高山 油田)