東京高等裁判所 昭和52年(う)1490号 判決
被告人 畑中里司
〔抄 録〕
ところで所論は、高橋義田が「藤」の階段下軒先で被告人が「やっちゃうか」と言ったのに対し、これに応ずる返事をしたのは、深くその意味を考えず、何の気なしにしたもので、被告人と共に加藤から金員を強取する意思は毛頭なかった旨主張するので、さらに検討すると、前記のように右高橋は、原審公判調書の記載では、所論に添う証言をし、同人の検察官に対する昭和五一年六月一八日付ことに同月二三日付供述調書には、被告人が、代金が「高かったな」と言ってから、」「ふっかけられたような感じだからやっちゃうか、これから上って行って脅して金取っちゃうか」等と私に言い、あんちゃん(被告人のこと)は力づく、私らの地方の言葉でいうとくらしつけて(ひっぱたくという意味)でも売上金を取る心算だなと思い、「そうだな、やっちゃうか」と言い、あんちゃんの後から階段を上った旨の供述記載があり、その後の経過として被告人が前記のような犯行に出ていることに照すと、右検察官に対する供述調書中の記載が理路整然として信用し得るようにも見受けられるのであるが、当審で取調べた裁判官に対する勾留質問調書、前記以外の捜査官に対する各供述調書、少年審判調書によれば、右高橋は被告人との共謀による本件強盗殺人の被疑事実によって逮捕された同年六月九日から同月一一日までは司法警察員、検察官、裁判官に対し、被告人から「やっちゃおか」といわれ、冗談と思って「うん」と返事したが、強盗の意思は全くなかった旨供述し、六月一二日以降次第にその供述が強盗の共謀を意図したように詳細になって前示の内容のものとなっているが、同月三〇日付の検察官に対する供述調書では、被告人は「これから上って行って脅して金取っちゃうか」とは言わなかったが、自分がそう思った旨訂正しているところ、その後の少年審判調書では再び逮捕当初及び原審公判におけると同様に被告人の言葉を冗談と思った旨供述し、その変せんが甚しいのであるが、前記六月二三日付供述調書の供述内容は後に訂正されているところに照しても、高橋の供述自体を録取したというよりは取調官との問答の結果を高橋の供述として作成した形跡も窺われ、ことに高橋は当時一九才の、それまでは無免許運転・速度違反の道路交通法違反で警察官に取調べられ罰金刑を受けたほかは逮捕勾留されて警察官等の厳しい取調を受けた経験のない少年で、成人に比し取調官による被影響性に留意しなければならない面があるほか、高橋の前記証言や六月二三日付検察官に対する供述調書によっても、同人は被告人の指示でタクシーの来るのを見ていたが来ないので「藤」に戻るため階段を上りながら大きな声で「あんちゃん」と被告人を呼び、室内に入ってライターで被告人が倒れた加藤の頸部を締めているのを見て戸の鍵も閉められない位驚いたこと等被告人が加藤を脅し、殴り付ける等力づくででも金を取ることを予め諒解していたとしてはいささか不合理な行動が見られ、またこれまで粗暴な犯罪はもとよりその種犯罪集団に近づいた経験のない高橋には「やっちゃおか」ということが、直ちに強盗を敢行する意味に理解しえたかどうかも疑わしく、以上の諸点を総合すると、高橋が、被告人の強盗をするように誘った「やっちゃおか」との言葉に対し、これに応ずるような返事をし、それが前示のように、被告人に高橋と二人で加藤から金員等を強取することの相談ができたとの認識を持たせたことは明らかであるとしても、高橋については被告人が強盗をすることについてすら認識があったかどうか疑わしく、まして被告人と二人で互に手足のようになって加藤から金員等を強取することについて共通の認識を持ったとすることには大きな疑問があり、共謀者相互の間で共同して特定の犯罪を行うことの意思の連絡のあることを必要とする共謀共同正犯の成立要件に照し、被告人と高橋との間に強盗の共謀が成立したと認めるには十分な証拠があるとすることはできない。そうとすると、被告人が本件について前記「藤」の階段下軒先で高橋と被害者加藤から売上金等を強取しようと共謀したとの原判決の認定は誤りであり、前記説示によって明らかなように、当審で検察官が予備的に請求した訴因のとおり、本件は、被告人が高橋との共謀があったと誤解したうえで単独でなした強盗殺人であると認定するのが相当であるから、原判決は判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があるものとして破棄を免れない。論旨は右の限度において理由がある。
(小松 千葉 鈴木)