東京高等裁判所 昭和52年(う)354号 判決 1977年5月26日
主文
本件控訴を棄却する。
理由
<前略>
一控訴趣意二及び三(一)、事実誤認及び法令適用の誤の主張について
所論に鑑み検討するに、所論中、強盗罪の奪取行為と反抗抑圧行為は別個の行為でなければならないとし、これを前提としてるる主張する部分があるが、財物奪取の手段としてなされた行為が、同時に被害者の反抗を抑圧するに足りる程度のものであり、反抗抑圧の手段をも兼ねてなされた場合には、強盗罪の成立を認めるべきは当然であり、右所論は独自の見解を前提とするものであるから、採用の限りでない。
そして、記録及び原審取調べの各証拠を検討すると、なかんずく、原審証人小畑久美子の証言記載によれば、(1)被告人は、原判示のごとく、同女が腕を通して提げていたハンドバツグの持ち手部分を片手で掴んで引張り、これをひつたくろうとしたが、同女が救いを求めて悲鳴をあげつつ、必死に持ち手部分を握りしめてはなさず、これを取られまいとして約三七メートルの間被告人に引張られながら走り続けたため、この段階では、被告人はひつたくりに成功しなかつたこと、(2)そこで、被告人は、更に、原判示のごとく、両手でハンドバツグの持ち手を掴んで一層強く引張つたので、同女はその勢いでその場に転倒したこと、(3)当時、同女はみずから転倒するような危険はなかつたこと、(4)同女は、転倒の際、ハンドバツグの持ち手から自然に手が離れたような格好になるとともに、右足関節部を捻挫してしばらくは起き上ることもできない状態になつたこと、(5)被告人は、右(4)の間に、同女のハンドバツグを持つたまま現場から逃走したことが明白である。
してみれば、被告人が、当初、(1)の段階では、いわゆるひつたくりの方法により同女のハンドバツグを窃取しようとしたものであつても、これが抵抗にあつて成功に至らなかつたことから、同女の抵抗を排してでも、あくまでも右ハンドバツグを窃取しようとして(2)の所為に及んだものであると評価するのが相当であり、かつ、右(2)の所為は、現に同女の反抗を抑圧する効果を生じたものであるとともに、(イ)被害者が年若い女性であり、深夜、他に人通りもなく、しばらく救いを求めて悲鳴をあげても誰もきてくれる様子もなかつたことから、前記(1)程度以上の抵抗を期待するのは無理なこと、(ロ)被害者がハイヒールの靴をはいていて、転倒すれば捻挫しやすい状態にあることなど、当時と同様の具体的条件がある場合には、一般的にいつても、被害者の反抗を抑圧するに足りるものと評価することができるから、原判決が強盗致傷罪の成立を認めた措置はまことに相当であり、事実誤認を疑うべきかども、法令適用の誤りも何らこれを見出すことはできないから、論旨は理由がない。
<以下略>
(木梨節夫 奥村誠 佐野精孝)