東京高等裁判所 昭和52年(う)946号 判決
被告人 仙北谷圭昭
〔抄 録〕
原判決は被告人の業務上過失を認定するための前提事実である右折時における被告人運転の普通貨物自動車(以下、被告人車という。)と被害者樋口勤運転の自動二輪車(以下、樋口車という。)との距離および樋口車の速度について全く具体的な認定判示を欠いており、したがって判示の過失を導くことは不可能であるから、原判決には理由不備の違法があるというのである。
よって検討するに、本件公訴事実によれば、被告人の過失は、被告人が本件丁字交差点入口で一時停止したのち時速約一〇キロメートルで右折を開始するにあたり、左方道路を樋口車が直進して来るのを左前方約四〇メートルの地点に認めたのであるから、被告人としては右直進車に進路を譲るべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、樋口車よりも先に右折できるものと軽信して右折を開始し前記速度で進行した過失により樋口車と衡突したというのであるところ、被告人は原審公判廷において公訴事実中樋口車を左前方約四〇メートルに認めたとある点を争い、左前方約八〇メートルに認めたのであって自分の方が十分先に右折できると思って右折したものであると主張し、原審における証拠調は右の距離および樋口車の速度等を中心にして行なわれたのであるが、原判決は、所論指摘のとおり右距離および速度の認定を一切省略し(原判決挙示の証拠によっても、右距離および速度については異なったいくつかの証拠があり、原判決がそのいずれを事実に符合するものと判断したのかは不明である。)、被告人が「交通整理の行なわれていない交差点(八潮市方面から浦和市方面に通じる幅員七・三メートルの県道と越谷市方面から右県道に通じる幅員四メートル、奥行約三〇メートルの私道とが丁字型に交差している。)を越谷市方面から浦和市方面に向かい右折するにあたり、おりから右県道(優先道路)上を左方から(樋口車)が直進してきているのを認めたのであるから、同車との距離、同車の速度、道路状況などを考慮し、同車との安全を十分に確認し、同車の進行を妨害することのないように注意して右折進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、前記(樋口車)が右交差点に到達する前に右折できるものと軽信して同車との安全を十分確認しないで右折進行した過失により、(本件事故を惹起した。)」旨認定判示しているのである。しかしながら、右のように交通整理の行なわれていない交差点において右折しようとする場合に交差道路の左方から直進して来る車両を認めたときには、自動車運転者としては、原判決の判示する業務上の注意義務があることはもちろんであり、この点についてもとより異論はないのであるが、被告人に右の注意義務を怠った過失があると認定するためには、少なくとも右折時における被告人車と樋口車との距離および樋口車の速度を認定することが必要不可欠といわなければならない。これを認定することなく、原判決のように、「(樋口車)が右交差点に到達する前に右折できるものと軽信して同車との安全を十分確認しないで右折進行した。」と認定判示しても、何ゆえに軽信したといえるのかまた何ゆえに安全を十分確認しなかったといえるのか全く不明である。原判決が公訴事実に記載されていない交差各道路の幅員や樋口車の進行路が優先道路であることをわざわざ明示して認定しているところをみると、原判決は、被告人は樋口車の進行して来るのを認めた以上同車との関係で道路交通法三六条二項にいう進行妨害をしてはならない義務があるのにこれを怠ったものであると判断したとも考えられるが、しかし、それにしても被告人車と樋口車との距離および樋口車の速度のいかんによっては、樋口車の進行を何ら妨害することなく被告人車が右折を完了できることもあり得るし、また被告人車の右折開始によって樋口車に多少減速を強いることがあったとしても、そのゆえに直ちに進路妨害になるというわけのものではないから、原判決の認定事実だけでは被告人の運転方法が右の法令に違反するものであったかどうかは明らかでないといわなければならない。以上を要するに、原判決認定の過失は甚だ抽象的に過ぎ、罪となるべき事実の認定そのものに理由の不備があるから、その余の控訴趣意に対する判断をするまでもなく、原判決は破棄を免れない。
(藤井 山木 中川)