東京高等裁判所 昭和52年(ネ)1851号 判決 1981年10月07日
控訴人
株式会社雄建社
右代表者
片井宏
控訴人
片井宏
右両名訴訟代理人
桑田勝利
外四名
被控訴人
岩井通商株式会社
右代表者
三野弘彦
被控訴人
岩井ミチ
被控訴人
三野洋子
被控訴人
佐藤潤子
右四名訴訟代理人
池田清英
主文
本件各控訴及び控訴人株式会社雄建社の当審における新請求をいずれも棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
第一当事者の申立
一控訴人ら訴訟代理人は、「1 原判決中控訴人ら敗訴の部分を取消す。2 被控訴人岩井通商株式会社の請求を棄却する。3 (契約解除が認められる場合)控訴人株式会社雄建社に対し、被控訴人株式会社岩井通商株式会社は、金二二八六万九四九四円、被控訴人岩井ミチ、被控訴人三野洋子及び被控訴人佐藤潤子は、各自金七六二万三一六四円並びにいずれも右各金員に対する昭和四四年二月二六日から支払いずみに至るまで年六分の割合による金員を支払え。4(契約無効が認められる場合)控訴人株式会社雄建社に対し、被控訴人株式会社岩井通商株式会社は、金一六〇五万円、被控訴人岩井ミチ、被控訴人三野洋子及び被控訴人佐藤潤子は、各自金五三五万円並びにいずれも右各金員に対する昭和四三年四月一八日から支払いずみに至るまで年六分の割合による金員を支払え。5 訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決並びに右3項及び4項につき仮執行の宣言を求めた。(なお、控訴人株式会社雄建社の右3項の請求中の附帯請求は、原審における附帯請求を拡張したものであり、また、同控訴人の右4項の請求は、当審における新請求として追加したものである。)
二被控訴人ら訴訟代理人は、主文第一項と同旨の判決を求めた。
(なお、以下、「控訴人株式会社雄建社」を「控訴人会社」と、「控訴人片井宏」を「控訴人片井」と、「被控訴人岩井通商株式会社」を「被控訴人会社」と、「被控訴人岩井ミチ」を「被控訴人岩井」と、「被控訴人三野洋子」を「被控訴人三野」と、「被控訴人佐藤潤子」を「被控訴人佐藤」とそれぞれ略称する。)
第二被控訴人会社の請求に関する当事者双方の主張
一請求の原因
1 被控訴人会社は、印刷機械等の輸入販売を業とする会社であり、控訴人会社は、コンピューター用フォーム印刷等の請負を業とする会社であるところ、被控訴人会社は、昭和四二年六月三〇日、控訴人会社との間で被控訴人会社が西ドイツ国・ベルリン市・オートマチック社から輸入する同社製の全自動高速度凸版輪転フォーム印刷機VFⅡ型一台(以下、「本件印刷機」という。)を代金一八五〇万円で控訴人会社に売渡す旨の契約(以下、「本件売買契約」という。)を締結し、控訴人片井は、右同日、被控訴人会社に対し、右契約に基づく控訴人会社の債務につき連帯保証することを約束した。
2 控訴人会社は、昭和四三年四月一七日、本件売買契約に基づく残代金二四五万円の支払いのため、被控訴人会社に対し、原判決添付約束手形目録記載の約束手形七通(以下、「本件約束手形」という。)額面総額金二七八万七三六五円(右の残代金額に昭和四三年四月一日から右各手形の各支払期日までの日歩金二銭七厘の割合による約定利息金額を加えた金額)を振出し、被控訴人会社は、右各手形をその各支払期日に支払場所に呈示したが、いずれもその支払いを拒絶された。そして、被控訴人会社は、現在でも、右各手形の所持人である。
3 よつて、被控訴人会社は、控訴人会社及び控訴人片井に対し、連帯して本件約束手形金の合計金二七八万七三六五円及び右各手形金に対する各支払期日の翌日から支払いずみに至るまでの商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払うよう請求する。
(なお、被控訴人会社は、原審においては、右手形金請求のほかに、本件印刷機の付属装置であるパンチングセットの売買代金の支払請求をもしていたが、原審で敗訴し、その請求については控訴の申立をしていないので、ここでは、その請求に関する主張の摘示は省略する。そして、以下、右手形金請求のみを被控訴人会社の「本訴請求」という。)
二請求原因に対する控訴人らの認否請求原因1及び2の事実は認める。
三控訴人らの抗弁《以下、省略》
理由
第一被控訴人会社の請求について
一請求原因1及び2の事実は、当事者間に争いがない。
二ところで、控訴人らは、まず、本件売買契約は控訴人会社の錯誤によつて締結されたものであるから、無効である旨抗弁するので、その抗弁の当否について判断する。
1 控訴人らの右抗弁は、被控訴人会社が本件売買契約に基づいて控訴人会社に引渡した本件印刷機のみならず、これを含むオートマチック社製のフォーム印刷機VFⅡ型のすべてが控訴人らの主張するような機能を具備していないことを主張の要素とするものであるが、本件の全証拠を精査しても、右主張事実を積極的に認めるに足りる的確な証拠はない。
2 のみならず、控訴人らの右抗弁は、本件売買契約をめぐる当事者間の紛争が本件訴訟で争われるようになつてから九年間以上もの年月を経過した後にはじめて主張されるに至つたものであること(被控訴人会社が昭和四四年(ワ)第六五〇八号事件の訴状を原審に提出した日は同年六月一四日であり、控訴人会社が同年(ワ)第八二三二号事件の訴状を原審に提出した日は同年七月三〇日であり、更に控訴人らが本件控訴状を当審に提出した日でも昭和五二年七月二七日であるところ、控訴人らが右抗弁を記載した準備書面をはじめて当審に提出した日は昭和五三年一一月二二日であり、これを口頭弁論で陳述した日は昭和五四年一月三一日である。)、しかも、その間、控訴人らは、本件売買契約が有効であることを前提として、被控訴人会社の債務不履行又は瑕疵担保責任に基づく主張ないし請求をしてきたものであることは、いずれも本件記録上明らかである。そこで、これらの事実に、後記三の7で認定の事実を総合して考察すると、控訴人会社の本件売買契約の意思表示には、右主張のような錯誤は全くなかつたものと解するのが相当である。
3 従つて、控訴人らの右抗弁は、その余の点について検討するまでもなく、その理由がないというべきである。
三次いで、控訴人らは、本件売買契約は被控訴人会社の債務不履行(不完全履行)又は瑕疵担保責任を理由として解除された旨抗弁するので、以下、その抗弁の当否について判断する。
1 本件印刷機の形状、機能及び付属装置等に控訴人らの主張するような瑕疵があつたか否かの問題は暫く措き、まず、被控訴人会社の再抗弁1について検討するに、本件売買契約が商人間の売買契約であること、被控訴人会社が昭和四三年三月一〇日本件印刷機を控訴人会社の工場に搬入し、その後のその組立て、据付けを行なつたことは、当事者間に争いがない。そして、右事実に、<証拠>を総合すると、被控訴人会社は、遅くとも昭和四三年三月二〇日ごろには、右組立て、据付けを終了して、本件印刷機を控訴人会社の現実の占有、管理下に移すとともに、控訴人会社がその形状、機能及び付属装置等について検査をし、その試運転をなしうる状態に置いたものであり、従つて、控訴人会社は、右日時には、被控訴人会社から本件印刷機の引渡しを受けて、これを現実に受取つたものであると認めることができ、この認定に反する原審及び当審における控訴人会社代表者兼控訴人片井本人尋問の結果は、右各証拠に照らして到底採用することができないし、その他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
そうすると、控訴人らの主張する再々抗弁が理由のない限り、本件売買契約については、当然に商法第五二六条第一項前段の適用があり、控訴人会社において、本件印刷機の受取後遅滞なく、その形状、機能及び付属装置等について検査をし、もしこれに何らかの瑕疵のあることを発見した場合には、直ちにこれを被控訴人会社に通知していなければ、控訴人会社は、その瑕疵を理由として本件売買契約の解除等を主張することはできないものというべきである。そして、<証拠>を総合して考察すると、控訴人らが主張するような本件印刷機についての瑕疵は、機械の形状ないし機能上の瑕疵にしても、また、その付属装置の有無にしても、印刷の請負業者等、印刷機の構造、機能ないしその運転についての専門的知識ないし技能を有する者が通常の取引過程において必要とされる合理的な方法及び程度での検査ないし試運転をすれば、遅くとも一週間ないし一〇日間以内には発見することのできた瑕疵にすぎないものと認めるのが相当である。
しかるに、控訴人会社において、本件印刷機の受取後右のような期間内に、その形状、機能及び付属装置等について検査をなし、控訴人らの主張するような瑕疵の存在することを発見して、直ちにこれを被控訴人会社に通知したとの事実については、控訴人ら自身も本件訴訟において全く主張していないし、また、本件の全証拠を精査しても、右のような事実を認めるに足りる的確な証拠は存在しない。
なお、ここで商法第五二六条の立法趣旨について一言するに、売主の瑕疵担保責任に関する原則的規定である民法第五七〇条、第五六六条第三項によれば、売買契約の目的物に隠れた瑕疵がある場合には、買主は、その瑕疵のあることを知つた時から一年内であれば、場合に応じて契約の解除、損害賠償の請求をなしうるものとされている。しかし、迅速性を尊重すべき商人間の売買契約においては、このように長期間にわたつて取引関係を不安定な状態に置くことは相当でない。すなわち、もし右のように長期間瑕疵担保責任の追及ができるものとすると、売買契約の目的物に瑕疵のあることが発見された場合でも、その瑕疵が目的物の買主に対する引渡前から存在したものか(その発生時点も、目的物の製造時、輸送時又は組立、据付時等いろいろの場合が考えられる。)、買主に対する引渡後に発生したものか(その発生原因も、買主の取扱いの不注意、運転技術の未熟、保存、調整の不良等のほか、売主又は第三者による点検、修理時の過誤等いろいろの場合が考えられる。)の調査、判定が著しく困難になり、その発生時点、発生原因等をめぐつて関係当事者に水掛け論の生じるおそれがある。また、その瑕疵が目的物の買主に対する引渡前から存在していたことが明らかになつた場合でも、売主において、仕入先、製造元等への照会ないし権利主張、買主への代物給付ないし追給付、瑕疵ある目的物の他への処分等の善後策を講じる機会が失われるおそれもある。他方、買主において、右期間内の自己に有利な時期を選んで契約の解除、損害賠償の請求をするというような、売主の危険の下に不当な投機を行なうことも可能になる。そこで、商人間の売買契約においては、右のような不当、不安な結果の発生を防止するため、商法第五二六条のごとき規定を設け、これを適用して、その目的物に関する瑕疵担保責任問題の早期結了をはかる必要があるのであり、特に本件売買契約のごとき国外からの輸入品、しかも、精密な機械を目的物とする売買契約においては、その必要性は一層大であるというべきである。そして、商人間の売買契約においては、売主のみならず、買主も、その目的物についての専門的知識ないし技能を有するのが通常であるから、その瑕疵担保責任問題に関し、右のような規定を設け、これを適用しても、買主に対し格別の無理を要求したり、不当、不測の損害を被らせたりすることにはならないものというべきである。なお、商法の右規定は、右に述べた立法趣旨に照らし、特定物の売買契約についてのみならず、不特定物の売買契約についても、適用されるというべきであり、このことは、判例(最高二小判昭和三五年一二月二日民集一四巻一三号二八九三頁等)、学説上争いがない。
2 そこで、控訴人らの再々抗弁について検討するに、控訴人らは、まず、再々抗弁1において、被控訴人会社は、本件印刷機を控訴人会社に引渡した当時、その機械に控訴人らの主張するような瑕疵のあることを知つていた旨主張するが、本件の全証拠を検案しても、前記認定のとおり被控訴人会社が本件印刷機の組立て、据付けを終了してこれを控訴人会社の現実の占有、管理下に移し、その引渡しをなした当時、すなわち昭和四三年三月二〇日ごろ、被控訴人会社において本件印刷機の形状、機能及び付属装置等に何らかの瑕疵のあることを知つていたとの事実を認めるに足りる的確な証拠は全く存在しないから、右再々抗弁はその理由がないといわざるをえない。
判旨3 次に、再々抗弁2について検討するに、<証拠>によれば、本件売買契約締結の際当事者間で作成された契約書の第四条には、「納入印刷機の機構上の問題に関し、乙(被控訴人会社)は試運転迄の責任を負うことは勿論であるが引渡後引渡先の取扱不注意或は不慮の災害等の為に生じた損害は一さい甲(控訴人会社)の負担すべきものとする。尚、本機械の機構上の保証期間は甲に引渡したる後一ケ年とする。但し保証期間中と雖も消耗部品の代金は甲が負担とするものとする。」との契約条項があること、そして、この条項のうち「尚、」以下の文言は、当初の案文にはなかつたものを、契約締結の際特に付加したものであることが認められる。しかし、右条項中の「保証期間」の意味については、右契約書中に定義条項は設けられていないし、また、右「尚、」以下の文言が特に付加された事由も、証拠上明らかでない。しかしながら、右契約条項が本件売買契約に基づく被控訴人会社の瑕疵担保責任に関するものであることは、右条項全体を通読すれば明らかであるから、これを前記の商法第五二六条の立法趣旨に照らして考察すれば、右条項中の「本機械の機構上の保証期間は甲に引渡したる後一ケ年とする。」との文言の意味は、本件売買契約に基づく被控訴人会社の瑕疵担保責任の存続期間(民法第五七〇条、第五六六条所定の除斥期間)を本件印刷機の控訴人会社に対する引渡後一か年とすることを約定したものにすぎないと解するのが相当であり、これをもつて、本件印刷機の瑕疵の存否に関する控訴人会社の検査期間ないしその瑕疵が発見された場合の被控訴人会社に対する通知期間(商法第五二六条第一項所定の検査ないし通知の期間)を控訴人会社に対する引渡後一か年に延長することを約定したものと解するのは困難である。従つて、右再々抗弁もその理由がないというべきである。
4 更に、再々抗弁3の当否について検討するに、控訴人らは、まず、その抗弁で主張している本件印刷機についての瑕疵(特に、抗弁2の(三)ないし(六)で主張する瑕疵)は、目的物の受取後直ちには発見することのできない瑕疵であつたと主張するが、本件の全証拠を見ても、これを肯定するに足りる証拠は存在しない。のみならず、前記認定のとおり、右主張のような瑕疵は、機械の形状ないし機能上の瑕疵であつても、また、その付属装置の有無であつても、印刷の請負業者等、印刷機の構造、機能ないしその運転について専門的知識ないし技能を有する者が通常の取引過程において必要とされる合理的な方法及び程度での検査ないし試運転をすれば、遅くとも一週間ないし一〇日間以内には発見することのできた瑕疵であると認めるのが相当である。しかも、控訴人らは、右のような瑕疵の存在することを本件印刷機の受取後六か月内である昭和四三年六月八日に被控訴人会社に通知した旨主張しているが、その主張に一部そうかのように見える原審における控訴人会社代表者兼控訴人片井本人尋問の結果(もつとも、同人の供述は、右日時に本件印刷機の最初の試運転を行なつたと述べるのみで、その試運転の結果いかなる瑕疵を発見したというのか、また、その際被控訴人会社に対しいかなる内容の通知をしたというのか明らかでない。)は、その内容が不明確かつ不自然であつて、到底信用することができないし、その他に右主張を確認するに足りる証拠はない。のみならず、控訴人らが昭和五四年一月三一日の当審口頭弁論期日に陳述した昭和五三年一一月二二日付準備書面によれば、控訴人会社が右主張のような瑕疵の存在することを知つたのは昭和四三年一二月はじめであり(この日時が本件印刷機の受取後六か月の期間をかなり経過した後であることは、その主張自体において明らかである。)、そして、そのころ被控訴人会社に右瑕疵の存在することを通知した旨主張しているにすぎないことが認められるから、控訴人ら自身も、右準備書面陳述の時点においては、少なくとも昭和四三年一二月はじめより前には右主張のような瑕疵の存在することを発見しておらず、被控訴人会社に対するその旨の通知もしていないことを自認していたものというべきである。従つて、いずれにしても、再々抗弁3もその理由がないといわざるをえない。
5 以上のとおりであつて、控訴人ら主張の再々抗弁はいずれも理由がなく、そして、その他に本件売買契約について商法第五二六条第一項の規定の適用を排除すべき事由は見出しがたいから、被控訴人会社の再抗弁1はその理由があるというべきである。
6 なお、控訴人らは、その抗弁2の中で、被控訴人会社の債務不履行又は瑕疵担保責任を理由づける事由の一つとして、本件印刷機の据付け、試運転が外人技術者によつてなされなかつたことをも問題にしているが、このような事由は、正確には、本件売買契約の目的物である本件印刷機ないしその付属装置自体の瑕疵に関する問題であるとはいえないから、商法第五二六条の適用をめぐる問題とは別個の問題として考察する必要があろう。そこで、右の点に関する控訴人らの主張について更に判断するに、確かに、<証拠>によれば、本件売買契約の締結前である昭和四二年一月二七日付で被控訴人会社が控訴人会社に交付した見積書には、代金支払条件についての記載の末尾に「但し本機械代金は外人技術者による据付試運転完了渡し価格」との記載のあることが認められる。しかしながら、<証拠>を総合して考察すると、右見積書による見積りの有効期限は三か月とされており、本件売買契約の締結された昭和四二年六月三〇日には右有効期限がかなり経過していたこと、外人技術者を招いて機械の据付け、試運転を行なうとその費用が余計にかかるうえ、技術的に見ると外人技術者による据付け、試運転を行なう必要性ないし利益は乏しかつたこと、そこで、本件売買契約締結の際、当事者間の合意により、外人技術者による機械の据付け等は取り止めることとし、売買契約書にもその約定を記載しなかつたこと、そして、本件印刷機の控訴人会社の工場への搬入後も、外人技術者による据付け等の問題は全く話題に上らなかつたことを認めることができ、この認定に反する原審及び当審における控訴人会社代表者兼控訴人片井本人尋問の結果の一部は、その余の右各証拠に照らして採用することができない。そうすると、右の問題に関する控訴人らの主張も、その余の点について検討するまでもなく、その理由がないといわなければならない。
7 以上のとおりであつて、被控訴人会社の再抗弁1はその理由があるというべきであるが、念のため、更に再抗弁2についても判断するに、<証拠>を総合して判断すると、次の事実を認めることができる。
(一) 前記認定のとおり、昭和四三年三月二〇日ごろ、被控訴人会社と控訴人会社との間で本件印刷機の現実の引渡し、受取りが終了したが、その後連日にわたり、右両会社の関係者が右機械の据付場所である控訴人会社の工場に立会したうえ、本件印刷機及びその付属装置の検査、調査、試運転等を行なつた。
(二) 控訴人会社側において右検査、試運転等を主として担当した従業員は、訴外横沢一二であるが、同人は、本件印刷機の運転等を担当するために控訴人会社に採用され、昭和四二年一一月ごろから同会社に就職したものであつて、昭和四三年二月一日から同月二〇日ごろまでの間、被控訴人会社やその取引先の工場等に赴き、フォーム印刷機の運転、調整等について研修を受け、かつ、その見習いをした。なお、同人は、右就職以前には、陸上自衛隊に勤務し(最後の階級は三佐。)、通信関係の職務を担当していたものである。
(三) 右検査、試運転等は、約一〇日間にわたつて行なわれたが、その間本件印刷機及びその付属装置等には格別問題となるような瑕疵は発見されず、昭和四三年三月末日ごろには、右両会社の関係者が立会のうえ、いわゆる検収を行なつた。そして、右検収の際には、控訴人会社側では、代表取締役(社長)の控訴人片井をはじめ、工場長、前記の横沢一二のほか二、三名の従業員が立会し、かつ、控訴人片井の命により、右横沢があらかじめ被控訴人会社から交付されていた検収書なる書面に控訴人会社名の入つたゴム印を押捺するとともに、自己名のサインをして、これを被控訴人会社に手交した。
(四) そこで、控訴人会社は、昭和四三年四月一七日、被控訴人会社に対し、本件印刷機の残代金支払いのため、現金七五五万円を支払うとともに、その余の残代金二四五万円に同月一日から各支払期日までの日歩金二銭七厘の割合による約定利息金を加算した額面総額金二七八万七三六五円の本件約束手形を振出した(以上の事実は、当事者間に争いがない。)。他方、被控訴人会社も、右同日、残代金全額を受領した旨の領収証を発行するとともに、本件印刷機の所有権を控訴人会社に移転し、かつ、その旨の証明書をも交付した。
(五) その後、控訴人会社は、本件売買契約締結のころその購入資金として金一六〇〇万円を借受けていた訴外中小企業金融公庫のため、本件印刷機につき担保権を設定した。
(六) ところで、前記の横沢一二は、五〇歳前後になつてはじめて印刷機の運転等に携わるようになつたためか、本件印刷機の運転に容易に習熟せず、しかも、昭和四三年四月一〇日ごろ本件印刷機の工具を紛失したこともあつて、自信を失ない、同月中旬ごろ、突然控訴人会社を退職することになつた。しかし、控訴人会社では、その余の従業員が右横沢一二及び被控訴人会社の担当者から本件印刷機の運転、調整等について指導、訓練を受けたうえ、遅くとも同年五月ごろから、本件印刷機による営業用の印刷を開始した。
(七) そして、昭和四三年五月中旬ごろ、前記の横沢一二が控訴人会社を訪ねた際には、本件印刷機は順調に稼働していたし、更に、同年六月一三日、本件印刷機の製造元であるオートマチック社の技師ストースが、控訴人会社の工場を訪問し、約三時間にわたり本件印刷機の運転状況等を点検した際にも、本件印刷機には格別の異常、欠陥は認められなかつたし、控訴人会社からの苦情等も全く述べられなかつた。
(八) なお、その後、本件印刷機による製品の一部に不良品が出たり、その生産速度が毎時五〇〇〇枚に達しなかつたりしたことがあつたため、控訴人会社が被控訴人会社に対し機械の調整、修理等を申し入れたことがあり、更に昭和四三年一二月九日ごろには、書面により、本件印刷機について苦情を述べ、その改修等を申入れた。しかし、右書面による申入れにおいても、控訴人会社が指摘した本件印刷機についての瑕疵は、機械の回転速度の不足、パンチング機能及びスリッター機能の各欠陥の三点のみであつた。
以上の事実を認めることができ<る。>
そこで、以上の事実を総合して判断すると、控訴人会社は、昭和四三年三月末日ごろ関係者が立会のうえ行なつた検収により、本件印刷機の形状、機能及びその付属装置等には格別問題にすべき瑕疵はなく、本件印刷機は本件売買契約の目的に適合したものであるとして、これを受領したか、又は、少なくとも右契約の目的を達しえない程の重大な瑕疵はないとして、これを受領したものであると認めるのが相当である。従つて、被控訴人会社の再抗弁2もその理由があり、仮に控訴人会社が本件印刷機を受領した当時これに何らかの瑕疵が存在したとしても、控訴人会社は、もはやその瑕疵の存在を理由として本件売買契約の解除を主張することはできないものと解すべきである。
四そうすると、控訴人らの抗弁は、その余の点について判断するまでもなく、いずれもその理由がないというべきであるから、被控訴人会社の控訴人らに対する本訴請求は、すべて正当としてこれを認容すべきである。
第二控訴人会社の請求について
一請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。
二ところで、控訴人会社の被控訴人らに対する本訴請求は、請求原因1の売買契約、すなわち本件売買契約が控訴人会社の錯誤によつて締結されたものであつて、無効であること、又は、右契約に基づき控訴人会社に引渡された本件印刷機に契約の目的を達しえない程の重大な瑕疵があり、かつ、そのために右契約が被控訴人会社の債務不履行(不完全履行)ないし瑕疵担保責任を理由として解除されたことを各前提とするものであるところ、右請求に関する被控訴人らの抗弁はいずれも理由がある反面、控訴人会社の再抗弁はいずれも理由がなく、従つて、右各前提要件を肯定することができないことは、前記第一の被控訴人会社の請求についての判断中において認定、説示したところから明らかである。
三そうすると、控訴人会社の被控訴人らに対する本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、すべて失当というべきであつて、棄却を免れない。
第三結論
以上の次第であつて、被控訴人会社の本訴請求を認容するとともに、控訴人会社の本訴請求中の本件売買契約の解除を前提とする請求を棄却した原判決は相当であるから、これに対する本件各控訴(右請求に関する附帯請求の拡張部分を含む。)は棄却すべきであり、また、控訴人会社が当審で追加した右契約の無効を前提とする新請求も、その理由がないから、これを棄却すべきである。
よつて、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(川上泉 奥村長生 大島崇志)