東京高等裁判所 昭和52年(ネ)210号 判決 1987年12月23日
控訴人
天城自然公園株式会社
右代表者代表取締役
岡運平
右訴訟代理人弁護士
水田耕一
同
丸尾武良
右訴訟復代理人弁護士
小川敏夫
同
太田正志
同
室賀康志
右訴訟代理人弁護士
山地義之
同
末政憲一
右訴訟復代理人弁護士
叶幸夫
被控訴人
岡亨
被控訴人
岡博子
右両名訴訟代理人弁護士
曽田淳夫
同
曽田多賀
主文
原判決を取り消す。
被控訴人らの請求を棄却する。
訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
(第一次的に)
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人らの訴えを却下する。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
との判決
(第二次的に)
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人らの請求を棄却する。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
との判決
二 被控訴人ら
「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」
との判決
第二 当事者の主張
一 被控訴人らの請求原因
被控訴人岡亨、同岡博子は控訴会社の株主であるが、控訴会社においては昭和五〇年六月一九日に開催されたという第一七回定期株主総会(以下「本件株主総会」という。)において別紙目録記載(一)ないし(三)の決議(以下「本件各決議」という。)がなされたというのである。
しかし、右株主総会は債権者を被控訴人ら、債務者を控訴会社とする静岡地方裁判所下田支部昭和五〇年(ヨ)第八号株主総会停止仮処分決定(控訴会社が昭和五〇年五月三〇日付で招集した昭和五〇年六月一九日午後一時から控訴会社において行う本件決議事項のための第一七回定期株主総会を停止する旨のもの。以下「本件仮処分決定」又は「本件仮処分」という。)により開催が禁止されているにも拘わらず開催されたものであって、法律上株主総会とは認められないから、たとえ何らかの決議がなされたとしてもその決議は不存在と解すべきである。
右仮処分決定に取り消さるべき原因があるとしても、右仮処分決定が無効となることはあり得ないところであり、また仮に、右仮処分決定が取り消されても、これに違反して開催された株主総会における決議が遡って有効となることもあり得ない。
そこで、本件各決議の不存在確認を求める。
二 控訴人の本案前の主張
被控訴人らは控訴会社の株主ではなく、本件につき当事者適格を有しないから、本件訴えは不適法である。
1 原始株について
控訴会社は昭和三四年五月二九日、資本金九八〇万円で設立された会社であり、その出資者は訴外岡運平と訴外株式会社帝産オートである。
運平の出資額は三九二万円であり、その全額を自らの出捐により出資したが、右出資額三九二万円のうち一〇〇万円(二〇〇〇株)を単なる便宜のため被控訴人亨の名義とした。したがって、被控訴人亨は単にその名義を運平に使用させていたにすぎない名義株主であって、実質上の株主権を有するものではない。その実質上の株主は運平であるので、その後、昭和四一年九月八日その名義を被控訴人亨から運平に更正し、これにより名義、実質共に当該二〇〇〇株の株主権は真の権利者である運平に一致した。
2 昭和四四年一一月一七日の一〇〇〇万円の新株発行(増資)について
右新株発行(以下「本件新株発行」という。)の事実はなく、被控訴人亨が訴外岡幹夫と共謀のうえ情を知らない税理士佐野靖晃をして、増資の登記をさせたものである。また一〇〇〇万円の出資もない。したがって、本件新株発行は不存在であるから、存在しない新株を引受けたとする被控訴人らの株主権も存在しない。
(1) 被控訴人ら主張の昭和四四年一〇月二四日頃開催されたとする控訴会社の取締役会の新株発行に関する決議は存在しない。すなわち、
① 右取締役会は招集されたことがない。控訴会社の定款には取締役会の招集権者は代表取締役社長と定められており、代表取締役の運平が招集すべきものであった。しかし運平は、被控訴人らの主張する取締役会を招集したこともなければ、これに出席したこともない。したがって右取締役会は開催されたことがない。
② 被控訴人らは、昭和四四年一一月一七日開催の取締役会については、岡幹夫と岡田七雄に対し取締役会議事録の草稿を作成させているのに対し、同年一〇月二四日頃開催されたと主張する取締役会については、そのような議事録の作成も全くないことに照らせば、右取締役会なるものの開催の事実がないことが明らかである。
(2) 右議事録の草稿の記載によってみれば、被控訴人亨が調達した一〇〇〇万円の資本金を増資として処置することは、昭和四四年一一月一七日午後七時二〇分開催の取締役会において、同被控訴人により提案されたものであることが明らかである。
しかしながら、前記の新株発行に必要な商法上の諸手続は、すべて、それよりも以前になされたものとして(事実は、何らの手続もなされていないにかかわらず)、同日の登記所の執務時間(午後五時まで)中に、すでに新株発行の登記まで完了していたのである。したがって、その後に開催された取締役会において、被控訴人亨の調達した資金を増資とする旨の承認が仮になされたところで、右の新株発行が遡って適法・有効となるものではない。新株発行としては、依然不存在とみるしかないものである。
(3) 本件新株発行については、取締役会の決議もないのに、被控訴人亨が取締役会において新株発行の決議がなされたと詐り、情を知らない税理士佐野靖晃をしてその旨の議事録を作成させて、これを行使して昭和四四年一一月一七日増資の登記をさせたのである。新株引受人に対する取締役会又は代表取締役による新株の割当行為は全く存在しない。したがって、商法上、新株発行は不存在である。仮に会社がこれを追認することがあっても、それによっては、これを有効となしえない。これら一連の新株発行行為は代表取締役の業務執行行為としてなされたものではないのである。
次に、被控訴人らが出資したという一〇〇〇万円の資金は、出資金として税理士佐野に送付されたのではなく、運平の融資依頼を受けて、被控訴人亨が控訴会社に対する融資資金として送付したものである。出資金であれば控訴会社において自由に使用することが出来る資金でなければならないのに、被控訴人亨の指示がなければ保管にかかる右資金を支出することが出来ないという拘束された資金になっていたから、一〇〇〇万円は増資ではなく消費貸借であるといわねばならない。
また、そもそも、右資金は、被控訴人亨の資金ではなく社団法人菫十字社(理事長は運平)の資金(脱税による裏金)を支出したものである。
したがって、右資金が出資金ではなく控訴会社に対する融資金つまり消費貸借にかかる資金であると共に、その貸主は被控訴人亨ではなく、社団法人菫十字社にほかならず、被控訴人亨は、あたかも自己個人の金銭であるかの如く装って資金の支出をしたに過ぎないのである。
以上にみたとおり、被控訴人らは、控訴会社の株式を全く有しない者である。
3 昭和五〇年四月二五日付合意書について
同日付の運平、被控訴人亨、控訴会社名義の合意書(以下「本件合意書」という。)が作成されているところ、この合意書は、以下に述べるように、弁護士井上恵文において、運平が法律に無知であり、しかも、自己を信頼しているのを奇貨として作成したものである。
(1) 要素の錯誤
合意書二条には、控訴会社の発行済株式は二四八〇万円であることを確認し、うち各一〇〇〇万円を運平、被控訴人亨が所有し、残四八〇万円は弁護士井上恵文に寄託するとある。
しかし、控訴会社の発行済株式は、原始株九八〇万円、昭和四九年八月二一日新株発行にかかる五〇〇万円の合計一四八〇万円であり、被控訴人亨が勝手に佐野をしてなしたとする一〇〇〇万円の増資は、不存在である。
しかし、運平は、法律に無知なため、被控訴人亨個人が勝手に登記したものであっても登記されてしまった以上有効なものと誤信して、右増資の登記にかかる一〇〇〇万円についても真正な株式と思い、発行済株式を二四八〇万円と認めたのである。
右錯誤は、右二条の根幹を覆すに足る重大な要素の錯誤である。すなわち、同条は、控訴会社の経営の主導権及び控訴会社の最終的な資産の帰属を決すべき株式の持株数について、運平と被控訴人亨の間に対立があるので、これを調整すべく、両者を同一持株数としたものであることが窺われるが、同一持株数とした前提には、前記のとおり不存在である被控訴人らの一〇〇〇万円の新株を有効の如く扱っている事実がある。しかし、これが不存在であることが明らかであったなら、発行済株式一四八〇万円の全部の株式を所有している運平が、その持株を被控訴人亨と同数とすることに合意する筈はない。結局、合意書二条は、運平が昭和四四年一一月一七日、被控訴人亨が勝手にした一〇〇〇万円の新株発行を有効と誤解し、被控訴人らの持分について錯誤に陥っていたからにほかならない。
また、合意書二条は、キャスチングボードを握る四八〇万円の株式を弁護士井上恵文に寄託することになっていることからも明らかなとおり、同弁護士に対する信頼が同条の重要な要素となっている。
しかし、同弁護士は被控訴人ら側の一方的立場にしか立たない人物であり、運平が自己を信頼しているのを奇貨として、巧妙に、運平を錯誤に陥らせて被控訴人らの利益の実現だけを図ろうとしたものである。すなわち、弁護士井上恵文は、運平から信頼を得、運平及び控訴会社の内情を知っていたことを利用し、弁護士法に違反までしながら、被控訴人らの実質上の代理人として本件合意書を作成し、この合意書を根拠として控訴会社を相手方として株主総会開催禁止の仮処分を申請し、本件訴訟等を提起したものである。
本件合意書は、形式上は和解の形を取っているが、内容は被控訴人亨に一方的に有利である。
つまり、運平の被控訴人亨に対する当初の要求は、
① 昭和四四年一一月一七日付発行の新株一〇〇〇万円を一〇〇〇万円及び年六分の利息と引換えに譲渡すること。
② 河津の土地を運平名義にすること。
③ 目黒病院内の土地九〇坪を運平名義にすること。
④ 元住吉の土地を運平名義にすること。
⑤ 河津梨本町の土地売却代残金七〇〇万円を返還すること。
⑥ 日本刀二振を返還すること。
⑦ 孝養すること。
である。
そして、本件合意書においては、
① 河津の土地を運平名義にする(但し、公序良俗違反の不能な条件付き)。
② 控訴会社の総株式を二四八〇万円とし、運平、亨各一〇〇〇万円の持株とし、残四八〇万円を弁護士井上恵文に寄託する。
寄託株主は運平の死亡後、亨の所有となる。
③ 河津梨本の土地売却代残金七〇〇万円中、三五〇万円を運平に交付し、その余は放棄、
となってしまっている。そして、その一方で、運平は養子岡秀彦との縁組解消を義務づけられているのである。
運平が本件合意書のようにほぼ全面敗北の内容のある書面に署名をするに至ったのは、ひとえに、運平が弁護士井上恵文を盲信し、その人間性を誤信していたからにほかならない。
そして、弁護士井上恵文が、いわゆる居候弁護士を使って、合意書作成後、僅か約五〇日後に控訴会社を相手方として株主総会開催禁止の仮処分を申請するなど、控訴会社、運平に敵対する行動を取ったことからも、運平が弁護士井上恵文を誤信していたことが明らかである。
(2) 解除
本件合意書二条は、前述のとおり、弁護士井上恵文に対する信頼の上に成り立っている。しかるに、井上が被控訴人らの実質上の代理人として、控訴会社を相手方として株主総会開催禁止の仮処分を申請し、本件訴訟あるいは運平を相手方として株券引渡の訴訟を提起するなど、被控訴人らだけの利益のため行動したことから、控訴会社及び運平との間の信頼関係が失われ、同条項成立の意義が失われたため、運平は井上に対し同条項の契約関係を解除する旨の通知を為し、同通知は昭和五一年一二月三日に到達した。これにより、井上に対する株券寄託契約は解除され消滅し、右寄託契約解除に伴い、同条項全体もその意義を失い消滅した。
三 控訴人の本案前の主張に対する被控訴人らの認否及び反論
1 控訴人主張の二1のうち、控訴会社がその主張の日に、その主張の資本金で設立されたことは認めるが、その余の事実は否認する。被控訴人亨は控訴会社が設立された際株式二〇〇〇株(一〇〇万円分)を引受けてその払込みをし、二〇〇〇株の株式を有する株主となり、控訴会社は以後同被控訴人を株主として処遇して来たものである。右株式について昭和四一年九月八日付で被控訴人亨から運平に名義変更の記載があるのは、昭和五〇年五月頃に、運平及び控訴会社がほしいままに日付を遡らせて記載したにすぎない。
2 同2の事実のうち、昭和四四年一一月一七日控訴会社の一〇〇〇万円の増資の登記がされたことは認める。その余の事実は否認する。
昭和四四年一一月、控訴会社は一〇〇〇万円(二万株)の増資をし、被控訴人亨はこのうち一万一〇〇〇株(五五〇万円分)の、また被控訴人博子は九〇〇〇株(四五〇万円分)の株主となった。その経緯は次のとおりである。
(1) 控訴会社は当初温泉掘さくを目的として発足し、その後旅館経営に乗り出したものであるが、代表取締役岡運平が昭和三八年頃創価学会に入信して宗教活動に熱中し、必然的に会社経営をおろそかにしたこと、また同人が地元河津町の町長選挙に再三立候補しては落選をくり返し、選挙費用に出費を重ねた等のことから昭和四四年頃には控訴会社の経営は極度に悪化した。このため運平は同人の長男であり、控訴会社の役員でもあった被控訴人亨及び実弟岡幹夫らに資金援助を要請し、これを受けて被控訴人亨は昭和四四年九月三〇日二五〇万円を、また岡幹夫も同じ頃一七七万円を控訴会社に貸付けた。しかし、これによっても会社資金は大巾に不足し、会社の借入金、支払手形、未払金等は総額約一億円に達し、同年一〇月には什器備品の差押えを受けるに至った。
(2) ここに至って運平は控訴会社にとって利息負担のない増資の形での資金導入を図る以外、この危機を乗り切れないと判断し、同年一〇月二四日頃、被控訴人亨宅に於て取締役会を招集し、この取締役会には運平自らも出席して左の事項が全会一致で決議された。
① 発行する額面株式の数 二万株
② 発行価額 一株 五〇〇円
③ 払込期日 昭和四四年一一月六日
そしてこの取締役会で、右新株は被控訴人亨が全部を引受け一〇〇〇万円の払込みをなすこと、但し引受人の名義及びその人数は同被控訴人に一任し同被控訴人が実質株主となることが決定された。これに基づき同被控訴人は同年一一月六日株式払込金一〇〇〇万円を払込み、払込期日の翌日である同月七日、新株につき株主となった。
なお、運平は岡幹夫に会社代表印を交付し、右新株発行に係る事務手続を依頼した。
(3) もっとも、右新株払込金のうち九〇〇万円については、その後昭和四七年一月になって被控訴人亨の主宰する目黒病院の所属する社団法人菫十字社の未申告所得から支出されたことが判明したため、同被控訴人は右九〇〇万円が新株払込の時点で自己の資金であると認識していたのは結果的に誤りであったことを認め、同被控訴人が社団法人菫十字社の金を借りて払込みをなしたものとして、新株払込時である昭和四四年一一月六日にさかのぼって、この時から返済すみまで年一割の利息を付して元利金を菫十字社に返済することとした。
しかし、元金九〇〇万円と、これに対する右利息を被控訴人亨において早急に完済することには困難を伴うことから、九〇〇万円のうち四五〇万円については、妻である被控訴人博子が同亨に代って元利金を返済することとし、同亨は同博子に対し肩代りしてもらう四五〇万円分の株式(九〇〇〇株)を譲渡することとし、同博子はこれを譲り受けた。
これら一連の処置は、昭和四七年二月に行なわれた。したがって、被控訴人博子は、昭和四七年二月、被控訴人亨から控訴会社の九〇〇〇株(額面総額四五〇万円)の株式の譲渡を受けて株主となり、被控訴人亨の持株数は、原始株と合わせて一万三〇〇〇株(額面総額六五〇万円)となったのである。
被控訴人亨は同年二月七日に菫十字社に対し元利金、全部の返済をなし、被控訴人博子も同年五月八日一七〇万円を、同月三〇日二八〇万円を返済した。右の経緯により、被控訴人亨は控訴会社の一万三〇〇〇株の、また被控訴人博子は九〇〇〇株の株主となった。控訴会社も当然ながらこれを認め、その旨を会社の株券台帳に登載し、昭和四四年度以降の決算書には資本金を一九八〇万円と表示し、昭和四七年度及び同四八年度の配当金(配当率一割)も右持株数に従って被控訴人らに配当することとし、株主総会開催通知もなし、その後株券も発行している。
(4) その後昭和四九年八月運平は五〇〇万円の増資をした旨虚偽の登記をしたが、昭和五〇年三月に至り、控訴会社及び運平、被控訴人亨間で、本件合意書に基づき控訴会社の株式の所有及びその他の財産関係等につき合意が成立し、それによれば、株式の所有については次のとおり合意がなされた。
① 控訴会社の株式は四万九六〇〇株(二四八〇万円)であることを確認する。
② 右株式は、運平(側)が一〇〇〇万円を所有し、被控訴人亨(側)が一〇〇〇万円を所有し、残余の四八〇万円は運平、被控訴人亨の共有とし、これを井上恵文弁護士に寄託する。
③ 控訴会社は直ちに株券を発行して株主名簿に右各持株を登録する。
3 同3の事実のうち、控訴人主張の合意書が作成されたことは認める。弁護士井上恵文に対する解除通知については知らない。その余の事実は否認する。右合意が無効ないし解除により消滅した旨の主張は争う。
前記のとおり昭和四四年一一月の新株発行は有効であり、運平に何ら錯誤はない。
四 請求原因に対する控訴人の認否
1 被控訴人らが控訴会社の株主であることは否認する。控訴人は当初被控訴人らが控訴会社の株主であることを認めたが、これは自白には当らない。けだし、被控訴人らは持株数すら主張せず、また株券の記番号も、株主となった原因についても主張していないから、株主たる地位の対象たる株式を特定することができず、具体的な事実の主張があるとみることができないからである。
仮に控訴人の陳述が自白に当たるとしても、右自白は真実に反し、かつ、錯誤に基づくから(代表権を有しない者がした株式発行でも、その旨の登記がされた以上六月を経過したときは、新株発行無効の訴えを提起しえなくなると誤解したもの)、これを撤回する。
2 本件各決議がされたこと、本件仮処分決定が存在することは認めるが、その余の主張は争う。
五 控訴人の主張
1 本件株主総会は、招集権者たる控訴会社代表取締役岡運平によって有効に招集され、右招集に基づいて参集した株主によって、法律及び定款所定の要件に従い、有効に決議が行われたものである。よって、本件株主総会の決議は、有効に成立している。
2 被控訴人らを債権者とし、控訴会社を債務者として、本件株主総会の開催を禁止する仮処分命令が出されたが、株主総会の開催を禁止する仮処分命令は、当該株主総会の招集者を債務者としてなさなければならないものであるところ、右述の如く、本件株主総会については、控訴会社を債務者として仮処分命令が発せられたにとどまり、招集者たる運平は、右仮処分命令において債務者とされていないから、右仮処分命令によって運平の招集権限には何らの影響も生じていない。よって、本件株主総会は、招集権限を有する運平の招集により有効に開催されたものであるから、右仮処分命令を理由として、本件株主総会の決議が不存在であるとする余地はない。
3 被控訴人らは、本件株主総会につき、その開催の停止を求める請求権を有しなかった。すなわち、株主総会の開催禁止を求めるのは、株主総会が招集権限のない者により開催されようとしている場合又は総会招集手続又は決議事項が法令又は定款に違反している場合が通例であるところ、本件株主総会については、運平と被控訴人らとの間に持株数につき争いがあるというのみでそのいずれの事由も存在しなかった。そのことは、右仮処分命令申請書における申請の理由の記載自体に照らして明らかである。したがって、本件仮処分命令は、被保全権利を欠く申請に基づいて発せられたことが明白であり、かつその瑕疵は重大であるから、当然に無効であり、招集者の招集権限を一時的にせよ剥奪する効力を有しない。
4 さらに、被控訴人らは、控訴会社の株主でなく、本件株主総会につきその開催の停止を求める株主資格を有しなかった。
しかして、債権者適格を欠く者の申立てに基づいて発せられた仮処分命令の瑕疵は重大であるから、かかる仮処分命令についてその効力を認めることはできない。この点においても、右仮処分命令を理由として、本件株主総会の決議を不存在とする余地はない。
5 また仮に、右仮処分命令が有効であるとしても、本件株主総会の決議を不存在であるとすることの理由とすることはできない。
(1) 株主総会開催禁止の仮処分は、国家が国策の遂行又は公共の目的に基づく必要から、これを発するものではなく、一株主の利益保護のために発せられるものにすぎず、株主総会を開催しえない不利益は、他の株主全員及び会社経営担当者全員に及ぶのである。この点を考えれば、株主総会開催禁止の仮処分命令に違反して開催された総会決議の効力を判断するに当たっては、その仮処分命令によって保護される株主の利益とその仮処分命令によって不利益を受ける他の株主及び会社経営担当者全員の利益とを比較衡量し、その間の均衡を損なわない解釈を下さなければならないことが明らかである。
(2) 株主総会開催停止の仮処分命令は、会日が切迫した時期にその申請がなされるため、相手方を審尋し、又は口頭弁論を開く余裕がないまま、仮処分命令が出され、かつ、いったん仮処分命令がなされると、異議もしくは上訴又は本訴によってこれを争うことにより会日までの間に命令の取消しを得ようとしても、それは事実上不可能である。本件の事案もまた然りであった。すなわち、総会の会日が昭和五〇年六月一九日であったのに対して、被控訴人らより開催停止の仮処分申請がなされたのは同月一六日であり、裁判所は、控訴会社関係者を審尋することもなく、本件仮処分命令を発し、控訴人においては、これを争う時間的余裕が全くなかったのである。
株主総会開催禁止の仮処分命令が、右の如き手続の下で発せられることを考えると、その命令に違反して開催された総会決議を不存在とし、あるいは当然に無効とするという絶対的な効力を、右仮処分命令に認めるのは、相当でないといわなければならない。
(3) 総会開催禁止の仮処分といえども、要するに債務者に対して不作為を命ずる仮処分の一種にすぎない。民事執行法上かかる不作為義務の執行方法としては、同法一七二条の間接強制と、その違反の場合に対する民法四一四条三項・民事執行法一七一条の代替執行があるにすぎない。
されば、株主総会の開催禁止の仮処分についてのみ、何ら法律上の根拠もないのに、前記の如き絶対的な効力を認めることは、許されないものといわなければならない。
(4) 仮処分の制度は、その当然の前提として、仮処分の理由となった事実上及び法律上の根拠を、本案訴訟において再検討する余地を残すものでなければならない。すなわち、株主総会の開催の停止を求める債権者の請求権(仮処分における被保全権利)の存否が本案訴訟において再検討され、その存在が否定されれば、債務者が仮処分によって被った不利益が救済されるものでなければならないのである。
しかるに、開催禁止の仮処分命令に違反して開催された総会決議を不存在とし、又は当然無効とするときは、債権者が仮処分において主張した請求権(被保全権利)は、本案訴訟における検討を経ることなく、仮処分のみによって最終的にその目的を達してしまうことになる。かかる結果が、仮処分制度の趣旨に照らして不当であることは明白である。
(5) 以上の諸点を考えるとき、開催禁止の仮処分命令に違反して開催された総会決議の効力は、単にそれが仮処分命令に違反して開催されたという理由によってではなく、当該仮処分命令の申請にあたり債権者が主張した被保全権利(株主総会の開催禁止を求める請求権)の存否によって、これを決すべきものであるといわなければならない。
現に、被控訴人らは、本件訴訟を本件仮処分事件の本案訴訟であると主張しているのである(起訴命令に対し、他に訴訟の係属はない。)から、被控訴人らが右仮処分事件において主張した総会の開催禁止を求める請求権の存否が本訴において審査され、その存在が否定されるときは、被控訴人らの請求を棄却すべきである。
6 本件請求は裁量により棄却されるべきである。
(1) 昭和二五年改正前、商法二五一条は「決議取消ノ訴ノ提起アリタル場合ニ於テ決議ノ内容、会社ノ現況其ノ他一切ノ事情ヲ斟酌シテ其ノ取消ヲ不適当ト認ムルトキハ裁判所ハ請求ヲ棄却スルコトヲ得」としていた。そして、同改正により同条は削除されたが、削除の理由については「従前の規定の立言が一切の事情の斟酌を許し、従って裁判所の裁量権を余りに自由かつ広汎に認めるもののごとく解されるおそれがあるため削除されたにすぎず、合理的範囲における裁判所の裁量をも否定する趣旨ではない」と説明されており、最判昭四二・九・二八(民集二一・七・一九七〇)も「裁判所は諸般の事情を斟酌して株主総会の決議取消を不適当とするときは取消の訴を棄却することを要する」と判示していたから、本件株主総会決議時においても、明文の規定はないが、株主総会決議取消の訴えにおいて、合理的な範囲における裁量棄却は解釈上認められていたのである。
そして、株主総会決議取消の訴えにおける前述の裁量棄却の趣旨は、手続上の瑕疵を理由として、決議不存在確認の訴えの提起があった場合にも類推されるべきである。
(2) そこで、裁量棄却されるべき場合の要件であるが、昭和二五年改正後の判例、実務の動向を斟酌して復活した現行商法二五一条(昭和五六年改正)の「其ノ違反スル事実ガ重大ナラズ且決議ニ影響ヲ及ボサザルモノト認ムルトキハ」という規定を手がかりに考えると、①違反事実が重大でないこと、②決議に影響を及ぼさないことの二要件があげられる。右の二要件を満せば、明文規定のなかった本件株主総会決議時においても裁量棄却事由となるものと考えられる。
① これを本件についてみると、株主総会の開催を禁止する仮処分命令に違反して株主総会が開催された場合に、右仮処分命令が被保全権利を欠き、本来これを発するをえなかったのであるから、違法性は本来仮処分命令の側にあって、総会を開催した者にはないのであり、かかる場合の違反はこれを重大でないとみるべきである。
② また、本来開催を禁止すべきでなかったものである以上、決議に影響を及ぼさないことも明らかであるから、右の二要件を満すことになるのである。しかも、右の仮処分命令については、異議による是正の途が実際問題として閉ざされているので、なお右の如く解する必要性がある。
(3) さらに、右のような裁量棄却に問題があるとしても、行政処分の適否を争う訴訟についての一般法である行政事件訴訟法は、三一条一項前段において、当該処分が違法であっても、これを取り消すことにより公の利益に著しい障害を生ずる場合においては、諸般の事情に照らして右処分を取り消すことが公共の福祉に適合しないと認められる限り、裁判所においてこれを取り消さないことができることを定めている。この規定は法政策的配慮に基づいて定められたものではあるが、しかしそこには、行政処分の取消の場合に限られない一般的な法の基本原則に基づくものとして理解すべき要素も含まれていると考えられる。
同様な配慮は、会社、債権者、株主、従業員等の利害が複雑に絡みあう集団的な法律関係を処理する会社訴訟においても、当然に払われて然るべきものと考えられる。
(4) 以上述べた裁量棄却の法理において斟酌すべき諸般の事情は、決議時以前のものだけではなく、決議時以後の事情も、合理的範囲においては含まれるものである。すなわち、
① 控訴会社は、昭和五三年一月一四日の伊豆大島近海地震による亀裂が、旅館建物の直下を通ったため、木造部分が全壊し、壊滅的打撃をうけた。その損壊部分は旅館の玄関、台所、客室の一部という旅館本体であって、そのまま放置すれば、旅館業を営業目的とする控訴会社の存続は不能であった。控訴会社の営業月報が示すとおり、昭和五三年二月から七月の間の半年間は、売上高は零で、控訴会社は全くの赤字状態であり、時の経過によって、これが回復される見込は皆無であった。控訴会社は放置すれば、必ず倒産する状態となったのである。したがって、控訴会社のそれ以前の資本――その額が九八〇万円か、一四八〇万円か、二四八〇万円かはともかくとして――は、その機能としては零に帰したのである。
② 控訴会社の営業は、昭和五三年八月一〇日仮オープンされた。三億五〇〇〇万円余投資されたその施設は、全て岡運平、岡秀彦らの借入努力によって借入れた金銭でまかなわれた。被控訴人らとは何ら関係がないのである。
③ 被控訴人らは、控訴会社の再建に対しては全く協力しなかったし、むしろ、金融機関等に内容証明郵便をもって働きかけ、運平や岡秀彦らの右借入を妨害したのである。被控訴人らは控訴会社の倒産のために努力したのであって、その行為は従前の資本が実質的に零となるよう行動したのである。
④ 今日、控訴会社の年間売上額は昭和五九年度六六五、一五四、七二五円、昭和六〇年度八五六、八一八、八八三円となっており、その純利益額は昭和五九年度二一、六六八、四四二円、昭和六〇年度一二〇、五三五、二八四円、となっているが、被控訴人らはこれに一切関与していないし、右売上の生じている根源――資本――は地震前の投与資本ではなく、全て地震後の投下資本(長期・短期の借入金)によるものである。
⑤ 右の状況は、いわば地震災害という事態が恰も更生開始決定という法的処理と同様の結果を招いたということができるのであって、控訴会社は地震によって全く変容したのである。その会社再建の主役を演じたのは、昭和五七年までは運平と岡秀彦夫婦であったが、昭和五七年に岡運平が高令のため引退してからは、岡秀彦夫婦がこれにあたっている。そして、その後今日までの三年間の控訴会社の業績は飛躍につぐ飛躍の実情にある。
⑥ 岡秀彦、岡弘子夫婦は、いずれも、取締役としての職務執行を停止されてはいるが、日々の業務はすべて岡秀彦夫婦が行っており、代表取締役の代役をも果しているのである。
かくして、本件決議の昭和五〇年六月一九日からは、既に一一年経過し、右地震のあった昭和五三年一月一四日からしても既に八年半経過した。そして、控訴会社の経営実態は、決議前、地震前に比して、はるかに良好な状態になっているのである。もし、地震後岡運平、岡秀彦夫婦らの懸命な会社再建の努力なくしては、控訴会社の今日の状況はなかったのである。
⑦ してみれば、現在昭和五〇年六月一九日の決議の存否を判断することに意義はなく、むしろこれら合理的な諸般の事情を考慮し、被控訴人らの請求は棄却さるべきである。
六 控訴人の主張に対する被控訴人らの反論
1 控訴人主張の四1の自白の撤回には異議がある。
2 同五1の主張は争う。本件株主総会は本件仮処分決定に違反して開催されたものであるから、権限のない者の招集した単なる集会というにすぎず、株主総会としては不存在である。
3 同五2の主張は争う。
当該会社を債務者として株主総会禁止の仮処分命令を発し得るものである。特に本件においては、控訴人自体が違法行為をしているのであるから、これを債務者としなければ実効ある仮処分となり得なかったのである。
4 同五3の主張は争う。
控訴人は、被控訴人らの株主権を違法に侵害し、被控訴人らの議決権を違法に侵害して株主総会を強行しようとしたものであって、この開催停止を求めなければ、違法な株主構成を前提として不当な決議がなされるおそれがあったのである。
すなわち、本件紛争は、被控訴人らと運平ら株主間における単純な株主権の帰属に関する争いではない。控訴会社代表取締役である運平が、職権を濫用して株券台帳を恣に改竄し、自己の持株数を増大させ、被控訴人らの持株数を減少させ、また本件合意書を一方的に破棄すると称して恣意的な株券台帳の記載により株主総会を開催し、被控訴人らを控訴人の役員たる地位から放逐しようと企図したものであって、いわば控訴人が率先して被控訴人らの株主権を侵害し、違法な株主総会を強行しようとしたものである。このような場合においては、単に運平を債務者としてその議決権行使停止の仮処分命令を得てもほとんど意味のないことであり、まさに株主総会の開催自体の停止を求める必要がある。
5 同五4の主張は争う。
被控訴人らが控訴会社の株主であることは、前記のとおりである。
6 同五5の主張は争う。
株主総会開催停止の仮処分は、単純な不作為を命ずる仮処分とは異なり仮処分債務者から当該株主総会を開催する権能ないしは当該決議事項を決議する権能を剥奪する仮の地位(暫定的な法律状態)を形成するものであり、いわゆる仮の地位を定める仮処分の範疇に属する。その形成的な効果は、仮処分命令の送達をもって発生する。
一般に仮処分命令は、それが不適法ないしは理由のない申請に基づいて発令されたものであっても、当然無効ではなくその取消の判決又は執行の取消がなされるまで効力を保有するものであり、まして本件仮処分のように形成的効力を有する仮処分にあっては、後日異議若しくは上訴等により取消されても遡って効力を失うものではない。
したがって、仮処分債務者の総会開催権限を剥奪する株主総会開催停止の仮処分決定に違反してなされた総会の決議は、(仮処分の当否を問わず)常に法律上不存在と解するほかはない。
控訴人は、右の法理を認めることは、仮処分債権者に、本案訴訟における検討を経ることなく仮処分のみによって最終的にその目的を達せしめさせることになり、仮処分制度の趣旨に照らして不当であるとするが、右の議論は、いわゆる仮の地位を定める仮処分全般を否定することに通ずる議論であってとうてい首肯し難い。
7 同五6の主張は争う。
商法二五一条の裁量棄却の規定は、本件のような株主総会決議不存在確認請求事件にはおよそ類推適用される余地はなく、また右規定は、本件株主総会以後に定められた規定であるので、その意味においても類推適用はありえない。
(1) 商法二五一条は、同法二四七条による株主総会決議取消の訴えの提起があった場合に、①瑕疵が重大でなく、かつ②その瑕疵が決議に影響を及ぼさなかったという二要件を満たすときは、裁判所は、裁量により決議取消の訴えを棄却することができる、とするものである。
しかし、同法二四七条は、法的安定性をはかる観点から取消権者を限定し、取消は必ず訴えによるべきものとし、しかも訴えを提起しうる期間を決議の日から三か月以内と極めて短期に限定している。すなわち、決議取消請求権は元来限定的に認められた権利であり、同法二五一条は、決議取消請求に関する右のような限定的立場を前提として裁量棄却を規定したのである。
これに対して、同法二五二条に規定する株主総会決議不存在確認請求は、何人によっても、何時でも、如何なる方法によってもなすことができ、これを訴えにより主張するには訴訟法の原則に従って確認の利益を要するにすぎないとされる。
したがって、このように無限定に認められる場合に、趣旨を異にして規定されている同法二五一条の規定の類推適用は、ありえない。特に、同法二五二条が二五一条の準用を除外している点からみても、二五一条の類推適用ということはありえない。
(2) さらに、理論上決議不存在確認の訴え、もしくは決議無効確認の訴えに対し、およそ裁量棄却という概念の入り得る余地はない。
総会決議の内容が法令に違反するときは、その決議は当然かつ絶対に無効であり、何人から何人に対しても、何時でも、いかなる方法でも、無効を主張することを妨げず、必要があれば決議無効確認の訴えを提起することができ、この訴えの性質は通常の確認の訴えであり、何人でも、確認の利益を有する限りこの訴えを提起しうる、と解せられている。すなわち、ここでは既に生じてしまった過去の事実について、その存否の事実認定が問題なのであって、新たな法律関係を形成する場面ではないから、そこには裁判所の裁量の入る余地はないし、裁量を入れることは許されない。
(3) 同法二五一条は、昭和五六年法律第七四号による改正により新設された規定であり、同法律附則七条は法律の不遡及を規定しているから、本件株主総会の開催された時点における株主総会には、およそ同法二五一条の適用はない。
(4) 本件に行政事件訴訟法三一条一項前段の趣旨が類推される余地はない。すなわち、商法二五一条は株主総会決議取消の訴えにおいて一定の要件のもとにその棄却を認めるものであって、右規定はあくまでも商法の諸規定のなかで合理的に解釈されるべきであり、国民と行政機関の行為との関係を規定する行政事件訴訟法の規定を商法の解釈に持ち込む合理性は全くない。
(5) 本件株主総会の決議不存在が確認されることは、違法に選任登記のある取締役岡秀彦、岡弘子、監査役佐野靖晃らの選任なきことが確定されるのみであって、控訴会社の経営を覆えすことなどあり得ない。すなわち、本件株主総会において新たに選任されたとされる取締役岡秀彦、岡弘子、監査役佐野靖晃については、直ちにその職務を停止し、職務代行者が選任され、職務代行者及び従来からの代表取締役運平らによって会社の業務が執行されて来た。したがって、本件株主総会が不存在とされても、社内的にも、対世的にも、何らの混乱も生じないのである。
(6) 伊豆大島近海地震による被害からの立直りは、控訴会社代表取締役である運平及び取締役代行ら及び同社従業員らによって実行されたものであり、それが困難を伴うものであったとしても、株式会社の組織に何ら影響を及ぼすものでないこと明らかである。そのことは、本件における裁量棄却事由とは何ら関連性がない。まして、これが更生開始決定という法的処理と同様の結果を招いた等の主張は、主張自体失当というべきである。
第三 証拠関係<証拠>
理由
一控訴人の本案前の主張について
控訴人は、被控訴人らは控訴会社の株主ではなく、本件につき当事者適格を有しないから、本件訴えは不適法であると主張する。
そこで、被控訴人らが控訴会社の株主であるか否かにつき判断するに、控訴人は、当初被控訴人らが控訴会社の株主であることを認めたが、右陳述が仮に自白に当たるとしてもそれは真実に反する陳述で錯誤に基づいてしたものであるから、右自白を撤回すると主張する。しかしながら、被控訴人らの本訴請求は、控訴会社の株主たる地位において控訴会社の株主総会の決議を争うものであるところ、控訴人において、被控訴人らが控訴会社の株主であることを認めた以上、被控訴人らが控訴会社の株式を保有し、株主たる地位にあることについては自白が成立しているものとみるべきである。被控訴人らの持株数、株券の記番号、取得原因等は問うところでない。
そこで、まず右自白が真実に反するものであるか否かにつき判断する。
1 本件紛争の経過について
<証拠>に弁論の全趣旨を合わせると次の事実が認められる。
控訴会社代表者である運平は、大正一二年ふ美代と婚姻し、その間に被控訴人亨が長男として出生したが、昭和一五年頃から当時家事手伝いをしていた訴外白井きくと婚姻外の同棲関係を結び、同女との間に岡弘子、岡正子が出生した。運平は、昭和一七年三月社団法人天城仙滝会を設立してその理事長となり、精神修養道場を経営してきた。被控訴人亨は、昭和一九年医師資格を取得し、同二四年被控訴人博子と婚姻し、菫診療所を開設したが、同二六年社団法人天城仙滝会と菫診療所は、社団法人菫十字社(以下「訴外法人」という。)として統合され、静岡県河津町では保養所天城荘の経営、東京都目黒区では菫診療所(後に目黒病院と改称)の経営を行うことになった。運平は同社団法人の理事長に、被控訴人亨は同理事に就任し、天城荘の経営は主として運平が、病院の経営は主として被控訴人亨が当っていた。運平は、昭和三四年五月二九日株式会社帝産オートの協力を得て、旅館の経営、温泉の掘さく等の営業を目的として控訴会社を設立し、昭和四三年頃からは天城荘の経営をも引き継いだが、設立時の資本金は九八〇万円(一株五〇〇円)で、運平側がうち三九二万円(運平名義二九二万円、亨名義一〇〇万円)を負担し、運平が代表取締役に、被控訴人亨が取締役に、被控訴人博子が監査役に各就任した(控訴会社の設立日及び資本金額については当事者間に争いがない。)。運平と被控訴人亨は長い間互いに信頼し協力し合っていた関係にあり、円満な父子関係を継続してきたのであるが、昭和四〇年頃から運平の宗教上の問題、事業経営のやり方、河津町町長選挙への立候補等をめぐって次第に意見の対立が生ずるようになり、特に運平が、同四七年頃町長選挙の運動資金を得るため河津町内の土地を売却しようとしたり、控訴会社の経営に関し、被控訴人亨を遠ざけ弘子とその夫となった訴外岡秀彦を重用し、昭和四九年七月二五日には妻に無断で秀彦を運平夫婦の養子とする旨の届出をし、また、同年八月二一日には被控訴人亨には無断で控訴会社につき五〇〇万円の増資の登記をしたこと等から運平と被控訴人亨との対立は決定的なものとなり、昭和五〇年以降右両名の間に本件を含む財産上、身分上の裁判事件が多数係属することとなった。
以上の事実が認められ、<証拠>中右認定に反する部分は、前掲各証拠と対比して措信することができず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
2 原始株の取得について
控訴人は、控訴会社の設立に際し被控訴人亨名義で出資した一〇〇万円(二〇〇〇株)は運平が出資したもので、単なる便宜のため被控訴人亨名義としたにすぎない名義株であると主張する。
<証拠>に弁論の全趣旨を合わせると、次の事実が認められる。
被控訴人亨は、控訴会社の設立に際し妻である被控訴人博子を介して運平に対しその出資金名下に一〇〇万円の現金を交付したこと、被控訴人亨は、控訴会社の昭和三四年五月二八日開催の創立総会、昭和三五年、同三六年、同三八年ないし同四二年開催の各定時株主総会の招集通知を受けていること、控訴会社の株式台帳(甲第三号証の一ないし二〇)には被控訴人亨が昭和四一年九月八日以前に控訴会社の株式合計二〇〇〇株を所有していたことを示す記載があること、控訴会社の昭和四七年度(同四八年三月期)及び同四八年度(同四九年三月期)の法人税確定申告書添付の別表(同族会社判定に関する明細書)には被控訴人亨の出資金額が六五〇万円である旨の記載があり、これによれば右二〇〇〇株の株式も含まれることになること、以上の事実が認められる。
<証拠>中右認定に反する部分は、前掲各証拠と対比して措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
右認定の事実によれば、被控訴人亨が控訴会社の原始株二〇〇〇株を引き受け、払込みをした事実を認めることができる。もっとも、右株式台帳には、昭和四一年九月八日付で被控訴人亨名義の株式二〇〇〇株が運平へ名義書替えされた旨の記載がある。しかし、前掲甲第一一号証の一ないし三によれば、控訴会社は昭和四二年五月一日に被控訴人亨に対し同年の定時株主総会招集通知を発していることが認められるから、右株式台帳の記載とは矛盾する行動が採られているのみならず、<証拠>によれば、右書替えは運平と被控訴人亨との間に感情的、財産的対立関係が生じた後である昭和五〇年初め頃運平の指示により秀彦が被控訴人亨には無断で行なったことが認められるから、右書替えの事実は前記認定を覆すに足るものではない。
3 本件新株発行について
<証拠>に弁論の全趣旨を合わせると次の事実が認められる。
(1) 控訴会社は昭和四三年頃から天城荘の経営に乗り出し、経営を拡大したため、多額の借入れをし設備投資をするとともに、外部から役員を招いた。しかし、運平は、河津町町長選挙に度々立候補し落選したり、創価学会の活動に奔走するなど、経営を疎かにし、また外部役員との間に不和が生じ、控訴会社の経営も悪化し、多額の負債を抱え、昭和四四年秋には危機的な状態となり、同年一〇月二三日料理飲食等消費税、法人事業税等の滞納により控訴会社が旅館業のため使用していた什器備品が差し押えられる事態となった。
(2) 運平は、このような状態を打開するには新株発行により資金調達を図る以外に方法がないと考え、昭和四四年一〇月二五日頃被控訴人亨の自宅において代表取締役運平及び取締役被控訴人亨が出席し、監査役である被控訴人博子のほか同年秋から控訴会社の経営に参画し経理を担当していた運平の弟岡幹夫も立ち会って、新株発行を議題とする取締役会を開催した。いま一人の取締役であった岡田七雄に対しては運平が電話で招集したが、出席しなかった。右取締役会において、発行する新株の種類及び数は額面株式二万株とする、発行価額は一株につき五〇〇円とする、払込期日は同年一一月六日とする、被控訴人亨が全株を引き受けるが引受人の形式的名義は被控訴人亨に一任することが決議された。
(3) 被控訴人亨は、右決議に基づき右新株の引受けをし、右払込期日までに株式払込金一〇〇〇万円を静岡銀行下田支店の控訴会社の預金口座に払い込んだが、払込みに際し大口雅人ほか九名の名義を借用した。増資の手続は佐野税理士に依頼され、同年一一月一七日、新株発行に基づく変更登記を経由したが(右登記の事実は当事者間に争いがない。)、同日夜、運平、被控訴人亨、岡田七雄のほか岡幹夫らが出席して開催された取締役会において、今後の経営方針等が協議され、その中で本件新株発行手続を了したことが確認され、承認された。
(4) その後昭和四七年一月頃、国税局の調査の結果、被控訴人亨が実質上経営する目黒病院の税務処理について一部申告漏れのあることが明らかとなり、同病院の属する訴外法人は同年二月七日修正申告をしたが、右申告に際し同法人は前記新株払込金一〇〇〇万円のうち九〇〇万円が同法人の未申告所得から出損されたことを認め、これを同法人から被控訴人亨に対する貸付金として処理することとした。そこでその返済方法として、被控訴人亨は、新株払込時である昭和四四年一一月六日に遡ってこの時から支払済みまで年一割の利息を付して元利金を同法人に返済することとしたが、これを早急に完済することは困難であったため、九〇〇万円のうち四五〇万円は被控訴人博子が被控訴人亨に代わり元利金を返済することとし、被控訴人亨は被控訴人博子に対し四五〇万円分の株式九〇〇〇株を譲渡することとした。同四七年二月頃、当時本件新株の株券の発行が正当な事由がなく遅滞していたので、未発行のまま被控訴人亨は同博子に対し右株式を譲渡した。その後昭和五〇年六月頃までの間に、昭和四四年一一月七日付で被控訴人亨名義で五五〇株、同博子名義で四五〇株の株券が発行され、控訴会社に保管された。なお、被控訴人亨は同四七年二月七日、同博子は同年五月三一日、訴外法人に対し元利金を返済した。
(5) 控訴会社は、昭和四四年度以降毎年の法人税確定申告書中に本件新株発行を前提として資本金を一九八〇万円と記載し、昭和四七年度及び同四八年度の各利益配当として本件新株分を含んだ年一九八万円(一株につき五〇円)の配当を決定し、右各年度の右申告書添付の同族会社の判定に関する明細書には、被控訴人亨の出資金を六五〇万円、同博子のそれを四五〇万円と記載した。そして資本金が一九八〇万円であることを前提とし、運平の意思により昭和四九年八月二一日、更に五〇〇万円の増資の登記が経由され、また被控訴人らに対し昭和五〇年六月一九日の定時株主総会の招集通知を発する等、控訴会社としては本件新株の発行が有効にされたことを前提として以後の事務処理をしてきた。
以上の事実が認められ、<証拠>中右認定に反する部分は前掲各証拠と対比して措信することができず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
右認定の事実によれば、控訴人は、昭和四四年一〇月二五日頃の取締役会決議に基づき同年一一月七日新株二万株(株式払込金一〇〇〇万円)を発行し、被控訴人亨はその全株を引受け、払込みをしたうえ、昭和四七年二月頃被控訴人博子に対し右二万株のうち九〇〇〇株を譲渡したというべきであるから、本件総会当時、被控訴人亨は原始株と合わせて合計一三〇〇〇株、同博子は九〇〇〇株の各株主であったと認めるのが相当である。
これに対し、控訴人は、右一〇〇〇万円は控訴人が被控訴人亨から借用した金員にすぎず、運平が被控訴人らの主張する取締役会を招集したことも開催したこともなく新株の割当をしたこともない旨主張し、<証拠>中にはこれにそう部分がある。しかし、右各証拠は前掲各証拠と対比して措信することができず、他に右事実を認めるに足る証拠はない。
また、<証拠>は昭和四四年一一月一七日開催の取締役会議事録の草稿であることが窺われるが、前記のとおり同日の取締役会では新株発行の決議がされたものではなく、同年一〇月二五日頃の取締役会における本件新株発行手続を了したことを確認し、今後の経営方針を協議することに主眼があったのであるから、新株発行に伴う変更登記がされた同年一一月一七日以後の取締役会において新株発行の決議がされても本件新株発行は有効とならないとする控訴人の主張は採用することができないし、同年一〇月二五日頃の取締役会議事録が現存しないからといって、右取締役会の開催の事実がないとはいえない。
また、控訴人は、被控訴人亨が出資したという一〇〇〇万円は控訴人の訴外法人からの借入金にすぎない旨主張するが、前記のとおり右一〇〇〇万円が訴外法人から出捐されたにせよ、被控訴人亨において株式払込金を払込み、しかもその後これを被控訴人亨の借入金として処理し、被控訴人らが返済している以上、右主張も理由がない。
次に控訴人は、本件新株発行の事実は存在しないにもかかわらず、本件合意書には右新株発行が有効であることを前提として和解条項が作成されているところ、これは運平が右増資を有効と誤信し錯誤に陥っていたからにほかならず、右の合意は要素の錯誤により無効であると主張する。本件合意書が作成されたことは当事者間に争いがない。しかし、前記のとおり本件新株発行を有効と認むべきである以上、右主張は当をえない。
また、控訴人は運平が本件合意書による和解条項を解除したと主張するが、前記のとおり本件新株発行は有効と認められるのであって、右条項が解除されたからといって、このことに影響はなく、右主張も失当である。
4 以上によれば、被控訴人亨は原始株二〇〇〇株、新株一万一〇〇〇株を、同博子は新株九〇〇〇株を各所有する控訴会社の株主であることが認められるから、自白が真実に反するとはいえず、その撤回は許されない。
してみれば、被控訴人らが控訴会社の株主であることは、当事者間に争いがないものといわなければならない。よって、控訴人の本案前の主張は理由がない。
二本案についての判断
1 前記のとおり被控訴人らは控訴会社の株主であると認められるところ、本件仮処分決定が存在することは、当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、控訴会社において昭和五〇年六月一九日本件株主総会が開催され、同総会において本件決議がされたことが認められる。
2 被控訴人らは、本件株主総会は本件仮処分決定に違反して開催されたから、株主総会とは認められず、本件各決議は不存在と解すべきであると主張し、これに対し控訴人は、本件仮処分決定にかかわらず、本件株主総会の決議は有効に存在するとるる主張するので判断する。
株主総会開催禁止(停止)の仮処分がいかなる場合に許されるか、またその被保全権利は何かについては問題のあるところであるが、<証拠>によれば、被控訴人らは、本件株主総会の直前である昭和五〇年六月一六日本件仮処分の申請をしたが、その申請書記載の理由によれば、本件株主総会においては、代表取締役である運平と被控訴人らとの間に持株数につき争いがあり、運平は職権を濫用して株券台帳を改ざんし、運平側の出資額を一四八〇万円、被控訴人らのそれを一〇〇〇万円と主張し、被控訴人ら側の議決権を否定して被控訴人らを役員たる地位から放逐しようとすることを意図しているもので、被控訴人らは本件株主総会が開催されれば株主総会決議取消しの訴えにより本件株主総会の決議の取消しを求めるが、これを待っては回復し難い損害を生ずるため、本件株主総会の開催の停止を求めるというにあること、静岡地方裁判所下田支部は、同日本件仮処分決定をしたことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。
右認定の事実によれば、本件仮処分の申請理由は、株主総会の招集権限を有しない者が株主総会を招集した等株主総会の招集が本来許されない場合に当たるという理由に基づくものではなく、要するに議決権に争いがあるため被控訴人らに不利な決議、違法あるいは不当な決議がされる虞があるというにつきるものである。なお、被控訴人らは、被控訴人らに対する株主権、議決権の侵害を阻止するには株主総会の開催自体の停止を求める必要があると主張するが、右主張も右申請書の記載と同旨であって、右の理由から株主総会開催の禁止を求める法律上の根拠を見出すことは困難である。
仮に本件株主総会が開催されるならば決議の方法に法令違反があるが故に決議取消事由が存在するとしても、株主、取締役等は株主総会決議取消しの訴えを提起することができ、右訴えは決議の存在を前提としてその効力を争うものであるから、決議以前に仮処分により株主総会開催自体の禁止を求めることは本案の目的を超え許されないと解されるのみならず、およそ決議取消権から仮処分の被保全権利となるべき株主総会を開催しないことを求める実体法上の請求権を認める余地はないから、被控訴人ら主張の決議取消権は本件仮処分の被保全権利とはなりえないし、また、株主総会決議取消しの訴えは本件仮処分の本案訴訟とはなりえないことが明らかである。したがって、本件仮処分決定がかかる決議取消権を被保全権利として発せられたとは到底考えられない。
むしろ、本件仮処分の被保全権利としては商法二七二条による取締役に対する違法行為の差止請求権を考える余地があるが(被控訴人ら主張の違法行為の内容は右にみたとおりであって、その主張の事由から株主総会の開催自体が代表取締役の違法行為となり、同条による差止請求権の対象となるかはなお疑問がある。)、仮に本件仮処分が右差止請求権を被保全権利として株主総会開催の禁止を命じたものとしても、取締役の違法行為の差止請求権は、当該取締役に対して単純な不作為義務を課すものにすぎないものであって、義務違反が行われても会社に対する義務違反の責任を生ずるだけで、行為の効力を無効とするものではない。したがって、いずれにせよ本件仮処分決定違反を理由に本件決議を不存在又は無効とみることは相当でない。
これに対し被控訴人らは、本件仮処分は株主総会開催権能ないし決議事項を決議する権能を剥奪する仮の地位を形成し、それが不適法ないし理由のない申請に基づき発せられたとしても、その効力を保有すると主張する。しかし株主総会開催禁止の仮処分が許される範囲については問題があり、被保全権利との関係でその効力を考えるべきであるから、株主総会開催禁止の仮処分が一般的に常に被控訴人ら主張のような効力を有すると解することは相当ではなく、本件の事案のもとにおいては、被控訴人らの右主張を採用することはできない。
3 以上の次第で、本件仮処分決定に違反して本件株主総会が開催されたからといって、当然に本件各決議を不存在とみるべきではない。したがって、被控訴人らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないといわなければならない。
よって、本件控訴は理由があるから、原判決を取り消し、被控訴人らの請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九三条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官鈴木弘 裁判官時岡泰 裁判官宇佐見隆男)
別紙目録
(一) 昭和四九年度決算を承認する旨の決議
(二) 取締役として岡秀彦、岡弘子を、監査役として佐野靖晃を選任する旨の決議
(三) 役員報酬決定に関する決議