大判例

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東京高等裁判所 昭和52年(ネ)251号 判決 1979年8月27日

控訴人

川下喜正

右訴訟代理人

小竹耕

外二名

被控訴人

大島英一

右訴訟代理人

竹原茂雄

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との割決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠の関係は、次に付加するほかは、原判決の事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。

(控訴人の主張)

一  当審における新抗弁

(一)  齊藤一郎は、昭和四五年六月一八日被控訴人に対し一五〇〇万円を、弁済期同年八月三一日の約で貸付け、その内一一〇〇万円については弁済を受けて残額四〇〇万円の債権を有していたところ、右債権のうち一九〇万円を昭和五二年九月一〇日控訴人に譲渡し、その旨を被控訴人に対し同月一三日到達の書面で通知した。

(二)  控訴人は被控訴人に対し、昭和五二年九月一三日到達の書面で、右譲受債権をもつて、被控訴人の本訴請求債権と対当額において相殺する旨の意思表示をした。

(三)  よつて、被控訴人の本訴請求債権は右相殺により消滅した。

二  被控訴人の再抗弁に対する認否

被控訴人の再抗弁事実は、すべて否認する。

(被控訴人の主張)

一  控訴人の新抗弁に対する答弁

控訴人の抗弁事実中、齊藤一郎から被控訴人に対し控訴人主張どおりの債権譲渡の通知のあつたことおよび控訴人から被控訴人に対し控訴人主張どおりの相殺の意思表示のあつたことは認めるが、その余はすべて否認する。被控訴人は齊藤一郎から控訴人主張のような一五〇〇万円の借受をしたことはない。もつとも、齊藤と被控訴人間に控訴人主張のような消費貸借がなされた旨記載のある公正証書(乙第八号証)が存在するが、同公正証書は次の経緯で作成されたものである。すなわち、被控訴人は昭和四四年一二月四日齊藤との間で、同人から一〇〇〇万円を借り受けることの約束を得たうえ、翌五日から同月二五日までの間に四回にわたつて合計七六〇万円の交付を受け、残余については、当時弁護士である被控訴人が控訴人から受任した事件に関する預り金と控訴人が同事件で取得すべき金員をもつて充てることとし、かつ右一〇〇〇万円の融通についての謝礼として被控訴人から齊藤に五〇〇万円の支払を約し、以上合計一五〇〇万円について昭和四五年六月六日債務弁済契約公正証書(乙第一四号証)を作成し、同月一六日限りこれを支払うことを約したが、その約定期限に弁済ができなかつたので、齊藤のきびしい要求により、支払期日を同月三一日とする同金額の公正証書を作成することとなり、同月二二日新たに作成したものが前記公正証書(乙第八号証)である。従つて、齊藤と被控訴人間に同公正証書に記載するような金銭消費貸借があつたものではない。なお、前記合計一五〇〇万円の債務については、被控訴人は齊藤に対し、昭和四五年九月一七日五七万円、同年一二月二八日三六〇万〇一六五円、昭和四六年三月一二日五〇〇万円、同月三一日五〇〇万円、同年四月九日八二万九八三五円、(以上合計一五〇〇万円)のほか、同年四月一四日さらに六〇〇万円を支払い(従つて総額は二一〇〇万円となる)、これを完済しており、残債務はない。

二  再抗弁

仮に、齊藤が被控訴人に対し、控訴人主張の貸金債権を有していたとしても、齊藤から控訴人への債権譲渡は、通謀虚偽表示によるものであるから無効であり、そうでないとしても、本件訴訟を有利たらしめることを主たる目的としてなしたもので、信託法第一一条に違反して、無効である。

(当審において新たに提出、援用した証拠及び書証の認否)<省略>

理由

一被控訴人の請求原因および控訴人の原審における抗弁に対する当裁判所の判断は、次に付加、補正するほかは、原判決理由一ないし五(原判決六枚目表五行目から八枚目表最終行まで)と同一であるから、これをここに引用する。

1  原判決六枚目表六行目「原告本人尋問の結果」、同七行目「原告」、七枚目裏七行目「原告本人尋問の結果」および八枚目表一行目「原告本人尋問の結果」の次に、「いずれも「(原審)」を加える。

2  原判決六枚目裏五行目から六行目にかけての「原被告各本人尋問の結果」の次に、「(原告については原審)」

を加える。

3  原判決六枚目裏一一行目「一〇万円を被告から受領した」を「四万円を受領し、仮差押の保証金として六万円を預つた」に改める。

4  原判決七枚目表七行目「原被告各本人尋問の結果」の次に、「(原告については原審。なお被告については後記措信しない部分を除く)」を加え、同裏五行目「認められ、右認定を」を「認められる。被告(控訴人)本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を」に改める。

5  原判決七枚目裏九行目「認められ、右認定を」を「認められる。被告(控訴人)本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を」に改める。

そこで以下に、当審における当事者の新主張について判断する。

二まず、控訴人がその抗弁において主張する齊藤一郎から被控訴人に対する貸金(昭和四五年六月一八日貸付の一五〇〇万円)の事実の有無について判断するに、<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  被控訴人は弁護士であつて、かねて齊藤一郎とは控訴人を通じ知合いであつたところ、昭和四四年一二月、当時他から受任中の相模原市所在の広大な土地をめぐる訴訟事件遂行上多額の資金を必要としたため、齊藤一郎に対し融資方を申し入れ、同人から一〇〇〇万円融通の承諾を得た後、三回にわたり合計六八〇万円の交付を受け、残余については、被控訴人が控訴人から受任した事件につき控訴人から預託を受けていた預り金(この金員は齊藤が控訴人に出捐していたものであつた)等をもつて充てることとして、一〇〇〇万円の借受をし、その弁済期を昭和四五年五月二五日と定め、更に右融資に対する謝礼として被控訴人から齊藤に五〇〇万円を右弁済期に支払うことを約し、以上の債務一五〇〇万円を担保するために、被控訴人は妻と共同で約束手形(金額一五〇〇万円、満期昭和四五年五月二五日)を振出して、齊藤に交付した。

2  ところが被控訴人は、約定期日に返済することができず、担保のために振出した右約束手形も不渡りとなつたため、上記債務につき公正証書を作成することとなり、昭和四五年六月六日被控訴人および齊藤が東京法務局所属公証人大賀遼作の役場に出向き、被控訴人が齊藤に右一五〇〇万円を同月一六日限り支払う旨の、強制執行認諾文言を付した債務弁済契約公正証書(乙第一四号証)を作成した。

3  右のような情況にありながら、被控訴人はなお多額の資金を必要としたので、齊藤に対し、前記相模原市の土地の訴訟事件の和解による早期解決のため差迫つた資金の必要があること、事件が解決すれば相当の入金があり、一挙に債務の清算ができること等を説明して、再度の融資を懇請したところ、齊藤は昭和四五年六月一八日被控訴人に対し、一、五〇〇万円の追加融資を承諾した。そこで同月二二日齊藤と被控訴人は、再び前記公証人役場に出向き、同役場において齊藤が被控訴人に現金一五〇〇万円を手渡し、弁済期同年八月三一日と定めてこれを貸付けるとともに、その旨(ただし貸付日は同月一八日と記載)の、強制執行認諾文言を付した金銭消費貸借契約公正証書(乙第八号証)を作成した。

以上の事実が認められる。<証拠判断略>(被控訴人本人の当審における供述中には、昭和四十五年六月二二日作成の公正証書―乙第八号証―は、被控訴人が齊藤から異常な督促を受け、被控訴人の業務に支障を来たすようになつたので、これを回避するための手段として作成したにすぎない、とする部分があるが、弁護士である被控訴人が、たとえ齊藤から強硬な督促を受けたとはいえ、既に同年六月六日作成の執行認諾文言ある公正証書(乙第一四号証)があるにもかかわらず、その作成からわずかに十数日を経たばかりの同月二二目に、更に同一の債権について執行認諾文言を付した公正証書の作成に応じたということには、首肯し難いものがあるし、また、六月二二日作成の公正証書(乙第八号証)が被控訴人主張のような理由で作成されたとすれば、当然、従前の公正証書との関連について記載があるべきであるのに、なんらその記載がない点にも、不可解なものがあり、右供述部分はたやすく措信することができない。)

上記認定の事実によれば、齊藤は被控訴人に対し昭和四五年六月一八日の合意に基づき貸し渡した一五〇〇万円の債権(弁済期同年八月三一日)を有したものというべく、この債権のうち、齊藤が被控訴人から一一〇〇万円の弁済を受けたことは、控訴人の自認するところであるから、残債権額は四〇〇万円となる。

三<証拠>によれば、齊藤は昭和五二年九月一〇日控訴人に対し、被控訴人に対する前記貸金残債権四〇〇万円のうち一九〇万円を譲渡したことが認められ、この認定に反する証拠はない。そして齊藤が被控訴人に対し、同月一三日到達の書面で右債権譲渡を通知したこと、及び控訴人が被控訴人に対し、右同日到達の書面で右譲受債権をもつて、被控訴人の本訴請求債権との対当額において相殺する旨の意思表示をしたことは、いずれも当事者間に争いがない。

四被控訴人は再抗弁として、齊藤と控訴人間の債権譲渡契約は、通謀虚偽表示で無効であると主張する。しかしながら、本件で取調べたすべての証拠をもつてしても、未だ右主張を認めるには足りないから、右主張は理由がない。

五そこで次に、齊藤の控訴人に対する債権譲渡が信託法一一条に違反し無効であるとの被控訴人の再抗弁について判断する。

控訴人が被控訴人から本件訴えを提起されて昭和五二年一月三一日被控訴人敗訴の判決を受け、同年二月七日本件控訴を申立てるに至つたものであることは、本件記録上明らかであるが、本件債権譲渡は右控訴の申立後(本件が当審に係属中)であり、かつ前掲乙第九号証(債権譲渡契約書)によれば、右債権譲渡において、「譲渡代金及びその支払方法については後日齊藤と控訴人間で協議する」とのみ定め、齊藤と控訴人間に債権調渡をなすべき明確な原因関係が存したとは認め難いこと、前示のように、控訴人は右債権譲渡を受けるや、即日被控訴人に対し同債権をもつて本訴請求債権と対当額において相殺する旨の意思表示をしたことに徴すると、控訴人が債権譲渡を受けたのは、同債権を本訴請求債権との相殺に供して本訴請求に対する抗弁とし、もつて本訴において有利になることを目的としたものと認められ、他方、齊藤は前示のように、譲渡にかかる債権について被控訴人に対し債務名義となる公正証書を所持しており、したがつて、これに基づいて何時でも、被控訴人の本訴請求債権を差押えるなどの強制執行をして債権の満足を得ることができる立場にありながら、控訴人に対し本訴請求債権との相殺に供するに足りるだけの側権の一部を譲渡したこと(譲渡債権の金額一九〇万円は、被控訴人に本訴において請求する一四一万円及びこれに対する昭和四六年五月一日以降年五分の割合による金員のうち昭和五二年九月一三日までの分の金額にほぼ見合う額である)や、齊藤自身の当審における証言によるも、齊藤が控訴人に債権の一部譲渡をした理由が明確を欠くことにかんがみると、齊藤も、自己の債権を控訴人に譲渡すれば、控訴人がこれをもつて被控訴人の本訴請求債権との相殺に供しで、本訴における抗弁として主張することを十分に知りながら、債権譲渡をしたと認めることができ、かつ、当審における控訴人本人尋問の結果によると、控訴人は右債権譲渡以前に該債権(全額では一五〇〇万円)の存在を争つていたことが認められ、<証拠>によれば齊藤は債権譲渡に際し、控訴人が本訴において勝訴すれば、後日控訴人から控訴人が得た利得の返還を受けることを意図していたことが認められる。そうだとすると、右債権譲渡は訴訟行為をさせることを主たる目的としたものと認めるのが相当で、信託法一一条に違反し無効であるといわなけばならない。従つて、被控訴人のこの点の再抗弁は理由があるから、右債権譲渡を前提とし、同債権を自働債権とする控訴人の相殺の抗弁は結局理由のないことを帰し、採用することはできない。

六以上の次第で、被控訴人の本訴請求は認容すべきであるから、これと結論を同じくする原判決は正当であり、本件控訴は理由がない。

よつて、本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法九五条、八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(大内恒夫 新田圭一 真栄田哲)

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