東京高等裁判所 昭和52年(ネ)2554号 判決 1978年6月26日
控訴人
鎌倉睦子
右訴訟代理人
村井正義
被控訴人
中尾常雄
右訴訟代理人
木屋政城
主文
原判決を取消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は、第一、二審を通じ被控訴人の負担とする。
事実《省略》
理由
一請求原因一頃及び二頃の事実、並びに中尾重三が原判決別紙物件目録(二)記載の土地を所有者三日月から使用借するかたわら同土地を含むその付近一帯に在る三日月所有の土地の管理を同人より受任していたこと、寺井・山田が昭和二五年頃重三から重三の使用借地の一部である本件土地部分を転賃借し、同地上に原判決別紙物件目録(一)記載の本件建物を建築したこと、金井が寺井・山田より本件建物を譲り受けたことは、当事者間に争いがない。
二そこで、本件土地転借権の譲渡及びそれに対する重三もしくは被控訴人の承諾があつたか否かについて判断する。
<証拠>によると、重三は昭和一二年頃前記使用借地上にアパート五棟を建築所有し、戦後寺井・山田に右アパートの家賃取立や建物管理を委託したものであるが、右委託の報酬の代償として、寺井・山田に対し右使用借地の一部(本件土地を含む)を前述のように転賃貸したこと、そこで寺井・山田は右転借地上に本件建物外六棟を建築し、これらの家屋を賃貸していたが、そのうちの一棟である本件建物については、昭和二五年一二月三一日に同年四月頃よりこれを賃借していた金井に金二万円で未登記のまま売渡し、その敷地である本件土地の転借権も譲渡したこと、金井は昭和三〇年控訴人の母と離婚するに際し、同女に本件建物及び本件土地部分の転借権を分与譲渡し、昭和四一年五月控訴人の母が死亡したので、控訴人が本件建物の所有及び本件土地転借権を承継取得したことが認められる。
然るに、右転借権の寺井・山田より金井への譲渡について原使用借人にして土地所有者の代理人である重三の明示の承諾があつたことについては、これを肯認するに足る証拠はない。
次に、右転借権の譲渡について重三及び被控訴人が黙示的承諾をしたことになるか否かについて判断する。
<証拠>によると、金井及び控訴人の母は、本件建物及び本件土地の転借権譲受後、本件土地の地代を寺井に支払つてきたこと、寺井は、金井らから受領した地代を、取立を受任している重三所有のアパートの家賃、寺井・山田がなお転借している土地部分の地代と一括して重三に支払つてきたこと(なお、右支払の際、その中に含まれる金井らの地代が同人自身の転借地料であると明らかにされていたような事実は、格別これを認めるに足る証拠はない。)、控訴人の母が死亡するや、寺井が控訴人からの地代支払の受領を拒否したため、控訴人は重三宛に昭和四二年三月一六日、昭和四一年六月分から昭和四二年二月分までの地代として金三、六〇〇円を供託し、以後月額金四〇〇円(昭和四一年五月頃の本件土地の寺井らとの間の約定賃料額に相当)の割合による金員を昭和五二年二月分に至るまで継続して供託していること、控訴人は昭和四一年一〇月二六日に本件建物について控訴人所有名義の保存登記手続を了したこと、重三及び被控訴人は控訴人が昭和四一年三月に前述のように本件土地の地代を供託したことによつて、はじめて寺井・山田が本件建物を譲渡していたことを了知したこと、控訴人は昭和四一年七月頃被控訴人方へ赴き、同人の妻に会い、地代の件について話をしようとしたが、同女が「被控訴人が病気であるから後日連絡する」とのみ答えてとりあわなかつたことが認められる。<中略>
右認定事実に照らすと重三及び被控訴人が昭和四一年夏頃から本訴提起に至るまで控訴人に対し、何らの措置に出なかつたとしても、そのことのみによつて、重三及び被控訴人が前記転借権の譲渡につき黙示の承諾をなしたものとは認め難い。
三次に転借権の時効取得の成否について判断する。
他人の土地の用益がその他人の承諾のない転借権の譲渡に基づくものである場合においても、土地の継続的な用益という外形的事実が存在し、かつ、その用益が賃借の意思に基づくものであることが客観的に表現されているときは、その土地の転借権ないし賃借権を時効により取得することができるものと解すべきところ(最高裁判所第三小法廷昭和四四年七月日判決民集二三巻八号一三七四頁参照)、この場合、土地の用益が賃借の意思に基くものであることの客観的表現は土地所有者に対する関係でされていることは必ずしも必要ではないと解するのが相当である(最高裁判所第一小法廷昭和五二年九月二九日判決判例時報八六六号一二七頁参照)。
これを本件についてみるに、金井、控訴人の母及び控訴人が昭和二五年一二月三一日以降現在に至るまで継続して、順次本件建物を所有し、その敷地として本件土地を占有し、その用益をしてきたこと、金井及び控訴人の母は昭和四一年五月まで本件土地の地代を寺井らに支払い、右以降は少くとも昭和五二年二月まで控訴人が重三宛に右地代を供託していること、寺井・山田が重三から本件建物付近にある重三所有のアパートの家賃の取立、管理を受託し、本件土地及び付近の土地の一部を重三から賃借していたことは前記のとおりであり、<証拠>によれば、金井は、寺井・山田から、本件土地、建物及びその付近の土地建物について同人らが重三から管理一切を任されていると聞かされていたこと、本件建物の売渡の際も、寺井・山田は金井に対し該建物につき第三者と紛争が生じた時は同人らが責任をもつて処理し、建物の保存及び同建物における営業の存続に支障がないよう援助する趣旨の約束をしていることが認められる。
以上の事実によれば、金井、控訴人の母及び控訴人は、昭和二五年一二月三一日以降、本件土地を賃借する意思をもつて、平穏かつ公然に本件土地を占有し、その用益をしてきたものであり、右の継続的な用益が賃借の意思に基づくことは客観的に表現されていたものということができる。
そうすると、遅くとも、本件建物を控訴人が所有していた時期である昭和四六年一月一日には、同人が本件土地の転借権を時効取得したものと認めるのが相当である。
従つて、控訴人は、右時効取得した転借権をもつて三日月及び被控訴人に対抗できるものというべきであり、被控訴人の本訴請求は理由がないことが明らかである。
四よつて、右と結論を異にする原判決を取得し、被控訴人の本訴請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(外山四郎 近藤浩武 鬼頭季郎)