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東京高等裁判所 昭和52年(ネ)2666号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【判旨】

一昭和四六年七月一二日午後一〇時三〇分ころ、埼玉県大宮市吉敷町一丁目九一番地所在の第一審被告泰二郎所有の木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建居宅床面積87.93平方メートル(本件家屋)において本件火災が発生し、隣家である第一審原告の先代清太郎所有の公衆浴場施設及び住宅が類焼し、右施設及び住宅並びに同人及び第一審原告所有の家財道具が焼失したことは、当事者間に争いがない。

二そこで、本件火災の発生が第一審被告三郎の過失又は重大な過失に基づくものであるかどうかについて判断する。

1 <証拠>を総合すれば、以下の事実を認めることができる。

(一) 本件家屋は、大正時代に建築されたものであり、登記簿上は前記のとおり床面積87.93平方メートルであつたが、本件火災当時、その現況は床面積が約一三二平方メートルで、一棟二戸建の構造となつており、東側の一戸と西側の一戸とは壁で区切られ、南側にある渡り廊下で互いに行き来することができるようにしてあつた。右当時、東側の一戸には第一審被告泰二郎(税理士)がその妻と共に居住し、西側の一戸は、右両名の長男である第一審被告三郎(大正一三年生れ、独身)が、第一審被告泰二郎からこれを借りて使用し、同被告夫婦とは全く別世帯の生活をしていた。

第一審被告三郎は、右西側の一戸のうちの東側半分に貸本展示室等を設けて貸本業を営むかたわら、長年にわたり収集した映画フィルムをテレビ局等に有償で貸し出す映画フィルム貸出業をも営んでおり、収集した映画フィルムを西側の一戸のうちの西側半分にある後記収納庫その他の部屋に分散して収納し、北側の一室(広さ3.5坪)を映写室(本件映写室)としていた。

(二) 第一審被告三郎が本件火災当時所有し、保管していた映画フィルムの巻数は、一万五〇〇〇巻から二万巻の間であり(一巻の長さは長短さまざまである。)、そのうち三五ミリの速燃性セルロイドフィルムは約一五〇巻あり、その余は、三五ミリ、一六ミリ、9.5ミリ、八ミリのいずれも緩燃性フィルムであつた。

右にいう速燃性セルロイドフィルムは、ニトロセルロースを主体とするものであり、セルロイドの通性として、引火しやすく、気温の上昇によつても自然発火することがあり、燃焼速度が大きく、火災予防の見地からその取扱いには十分な注意が必要である。一方、緩燃性フィルムは、アセチルセルロース(醋酸セルロース)を主体とするものであり、引火しにくく、摂氏二〇〇度ないし三〇〇度の高温になれば燃えて灰になるが、その燃焼性は激しくなく、燃焼速度も遅いものであり、映写中操作を誤つたとしても、映写用電球の熱により発火することはまずありえない。

(三) 第一審被告三郎は、本件火災当時、前記三五ミリの速燃性セルロイドフィルム約一五〇巻をすべて金属製のかんに入れ、そのほとんどを昭和三七、八年ころ前記西側の一戸の西端部分に設置したフィルム収納庫(壁をブロックで囲い、屋根を鉄骨入りコンクリートでおおつたもの)に収納し(右収納庫内には温度計を設置し、庫内の温度に気を配つており、真夏の暑い日でも摂氏二三度程度を超えることはなかつた。)、一部(約三〇巻)を同じくかんに入れて多数の緩燃性フィルムと共に右収納庫の南側の部屋及び本件映写室の南隣りの三畳間に積み重ねていた。

(四) 第一審被告三郎は、本件火災当日の夕方東京都新宿区百人町所在の映画フィルム等の製作、販売業者株式会社桑野商会から、東宝映画「愛国六人娘」のフィルムを購入して自宅に持ち帰り、同日午後九時四五分ころ本件映写室で右フィルムの試写を始めた。

右映画は、昭和一二年に三五ミリの速燃性セルロイドフィルムとして製作されたものであるが、第一審被告三郎が右当日購入したフィルムは、三五ミリフィルムではなく、これを緩燃性の一六ミリフィルム二巻に縮少、複製したものの後半一巻であつた。

(五) 第一審被告三郎は、午後一〇時二五分ころ右一六ミリフィルムの試写を終わり、映写機の電源を切り、右フィルムを机の上に置いて、同三〇分ころ本件映写室を出て南隣りの前記三畳間に入ろうとしたとき、右三畳間の東北隅にある柱(本件映写室の東南隅にあたる。)附近の天井の辺りが燃えているのを発見し、あわてて洗面器で水をかけたが効果がないので、南側の廊下伝いに東側の一戸に行き、第一審被告泰二郎に急を知らせ、前記発見場所に戻つて更に消火器等で消火に努めたが、火のまわりが速く手の施しようがなかつた。

第一審被告泰二郎は、第一審被告三郎の知らせを受けて西側の一戸に駆けつけたところ、前記三畳間とその東側に隣接する六畳間との仕切りの右六畳間側に立てられた本棚(前記三畳間に積み重ねられた映画フィルム入りのかんと背中あわせになつている。)のかどの一尺四方位の部分が燃えているのが見えた。

(六) 午後一〇時三〇分ころ本件家屋の南隣りに居住する堀江チエから電話にて消防指令室に火災の通報があり、同三三分ころ消防隊が現場に到着し、消火活動が行われたが、本件家屋のうちの西側の二戸、西隣りの第一審原告の先代清太郎所有建物(浴場施設及び住宅)ほか一棟がほぼ全焼し、ほかに二棟が部分焼の被害を受け、午後一一時三六分ころ鎮火した。なお、その間、本件家屋のうちの西側の一戸について、大規模な爆発現象は現認されていない。

(七) 鎮火後は現場保存の措置がとられ、翌一三日大宮市消防本部及び大宮警察署の担当官により火災原因の調査がされたが、該調査によつても、本件家屋のうちの西側の一戸の焼毀が甚だしいため、出火箇所をにわかに判定しがたい状況であり、出火原因を決定づけるような証拠物件も得られず、なお第一審被告三郎の述べた出火箇所から緩燃性フィルムに混じつて容器に収納された速燃性フィルム一一かんが発見されたが、発火源としては断定できず、結局、出火原因について明確な調査結果は得られなかつた。

以上のとおり認められ、<る。>

2 ところで、セルロイド類は、消防法別表第五類の危険物であり、同法第一〇条によれば、同別表所定の指定数量一五〇キログラム以上のセルロイド類は、貯蔵所以外の場所で貯蔵してはならず、貯蔵所の位置、構造、設備の技術上の基準は、政令の定めるところによるものとされ、危険物の規制に関する政令により厳格な規制がされているところ、第一審被告三郎が本件火災当時本件家屋のうちの西側の一戸内に、速燃性セルロイドフィルム約一五〇巻(第一審原告主張のように約一万巻を所蔵していた事実は認められない。)を収納していたことは、先に認定したとおりであり、<証拠>によれば、未撮影の三五ミリフィルム一巻の標準的な長さは約一〇〇〇フィート(約三〇五メートル)であり、その重量は二キログラムを若干超えることが認められるが、他方、<証拠>によれば、第一審被告三郎が所蔵していた三五ミリの速燃性セルロイドフィルムは、古い時代に撮影されたフィルムをコレクション用として買い集めたものであり、そもそも一巻が右の標準的な長さに達していないものや、一部が欠けているものが多かつたこと、本件火災後の大宮市消防本部の調査によつても、速燃性セルロイドフィルムの貯蔵量について、消防法第一〇条の違反は確認されなかつたことが認められ、これらの事実に照らして考えると、右に認定した収納巻数及び一巻の標準的な重量から直ちに、第一審原告主張のように、第一審被告三郎が前記指定数量以上の速燃性セルロイドフィルムを所蔵していたものと推認することは困難であり、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

また、消防法第一五条によれば、常時映画を上映する建築物その他の工作物に設けられた映写室で緩燃性でない映画を上映するものは、政令(危険物の規制に関する政令)で定める技術上の基準に従い、構造及び設備を具備しなければならないものとされているところ、第一審原告は、第一審被告三郎が本件火災前から本件映写室において常時速燃性セルロイドフィルムを映写していたと主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。かえつて、<証拠>をあわせれば、第一審被告三郎が本件火災当時所有していた三五ミリフィルム用映写機のうち実用に供することのできたものは一機のみであり(乙第一五号証の一ないし四に撮影されている映写機と同型のもの)、右映写機は、いわゆるポータブル型であるが、その使用の際の先端から後端までの長さが一メートル強あるところ、本件映写室は3.6メートル×3.15メートルの長方形の部屋(面積3.5坪)であり、このような狭い部屋において右映写機を使って三五ミリフィルムを映写し、鑑賞に耐えるような大きさの画面を得ることは事実上困難であること、しかも、右映写機によつて三五ミリフィルムを映写するには、少なくとも二〇アンペアの電力を必要とするところ、本件火災当時電力会社との契約により本件家屋全体に供給されていた電力は一五アンペアであり、本件火災後ヒューズやブレーカーに不正な細工がされていた痕跡は発見されなかつたことが認められ、右認定の事実に、<証拠>を総合すれば、第一審被告三郎が本件火災前本件映写室において常時三五ミリの速燃性セルロイドフィルムを映写していた事実はなかつたものと認めるべきであり、この認定を左右するに足りる証拠はない。

3 <証拠>によれば、第一審被告三郎が前記認定のとおり最初に火を発見した場所の柱(前記三畳間の東北隅)は、鎮火後他の柱より炭化の程度が深い状態を呈していたこと、右柱に接する場所(三畳間)から映画フィルムの入つたかんが多数積み重ねられた状態で発見され、その中には三五ミリの速燃性セルロイドフィルム入りのかんもあつたこと、同フィルム入りのかんは蓋が閉まつたままであり、内部のフィルムは完全に燃えて灰状となつていたことが認められ、右事実は、本件火災の初期に、右三畳間にかんに入れて置かれていた速燃性セルロイドフィルムの激しい燃焼により右柱が特に強い火力にさらされたことをうかがわせないではない。しかし、右速燃性セルロイドフィルムの自然発火については、第一審原告の実兄で大宮市消防本部警防課長である原審証人櫻井伝次郎も、本件火災後の現場の状況からみてその可能性を否定する証言をしており、かんに入れられていた右フィルムの発火がどのような経過をたどつて起つたのかは明らかでなく、大宮市消防本部及び大宮警察署の担当官による前示調査結果のとおり、本件火災が右フィルムの発火によつて始まつたと断定することは困難である。さらに、第一審被告三郎は、原審における本人尋問(第一回)において、本件火災の出火原因について、前記柱の附近の天井にある電線の老朽化による漏電の可能性を挙げ、当審における本人尋問においては、第一審被告泰二郎から火災発見時不審な男の姿を見たという話を後日聞いたとして、放火の疑いがある旨を供述するが、右のうち、漏電については、<証拠>によれば、大宮市消防本部の原因調査においても、これを肯定させるような証跡は見出されなかつたことが認められ、他にこれを認めるに足りる的確な証拠はなく、放火についても、右本人供述以外には格別の証拠は存在しない。

4 そのほか、本件火災の具体的な出火原因を明らかにするような証拠はない。

5 以上1ないし4に認定、判断したところを要するに、本件においては、本件家屋のうち第一審被告三郎が居住する西側の一戸から出火して火災が発生したこと、同戸内には約一五〇巻の速燃性セルロイドフィルムが収納されていたこと、第一審被告三郎が本件火災発生当時ないしその直前ころ本件映写室において、第一審原告主張の三五ミリの速燃性フィルムでなく一六ミリの緩燃性フィルムの映写を行つていたことは認められるが、本件全証拠によるも、本件火災の出火原因に関する具体的な事実関係は不明であり、第一審被告三郎に本件火災発生の原因に結び付くような不注意な行動又は落度があつたことを具体的に認定することはできず、また、第一審原告主張のように消防法第一〇条、第一五条、危険物の規制に関する政令に違反する事実があつたことも認めることはできない。

三以上によれば、本件火災の発生が第一審被告三郎の重大な過失によることはもちろん、単なる過失によることについても証明がないことに帰するから、本件に失火ノ責任ニ関スル法律の適用があるかどうかを検討するまでもなく、本件火災について、第一審被告三郎に対し、民法第七〇九条の責任を問うことはできないものといわなければならない。

(小林信次 浦野雄幸 河本誠之)

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