東京高等裁判所 昭和52年(ネ)2672号 判決 1979年7月19日
控訴人 由井芳次
右訴訟代理人弁護士 古明地為重
被控訴人 増田昭和
右訴訟代理人弁護士 藤田馨
主文
原判決を取り消す。
控訴人の被控訴人に対する別紙約束手形目録記載の約束手形による金一〇〇万円の約束手形金債務が存在しないことを確認する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張並びに証拠の関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示のとおりである(ただし、原判決二枚目表九行目の「被告は」の次に「昭和五〇年三月一〇日前に」を、三枚目表四行目の「乙手形」の前に「請求原因4の事実のうち、」をそれぞれ加える。)から、これを引用する。
一 控訴代理人は、「別紙約束手形目録記載の約束手形(以下「本件手形」という。)は、振出日が白地であり、白地部分がいまだに補充されていないから、手形要件の記載を欠く無効な手形である。被控訴人は、本件手形を現在所持していないか、又はこれを補充し得ない事情があると推察される。」と述べ、被控訴代理人は、「本件手形の白地部分がいまだに補充されていない事実は認める。」と述べた。
二 《証拠関係省略》
理由
控訴人が本件手形を、原判決約束手形目録記載(二)の約束手形の手形金債務を担保する目的をもって、振出日を白地としたまま、訴外有限会社小野家具商会に対して振り出し交付したこと、本件手形には受取人である右訴外会社の裏書の記載があり、被控訴人が現に本件手形を所持していること、本件手形の振出日の白地部分がいまだに補充されていないことは、当事者間に争いがない。
したがって、本件手形は手形要件の一つである振出日の記載を欠くものであり、控訴人は、本件手形を無効な手形であると主張するのであるが、控訴人が右訴外会社の振り出した右(二)の約束手形の手形金債務を担保する目的をもって本件手形を振り出し、これを流通の過程に置いたことに照らせば、控訴人は、本件手形の受取人ないしその後の取得者に対し右振出日の白地部分を補充する権利を授与する意思をもって本件手形を振り出したものと認めるのが相当であるから、本件手形は未完成な手形として振り出されたものと見るべきである。そして、未完成な手形は、欠缺している手形要件が補充されてはじめて完成した手形となり、その時から手形上の債務が発生するものと解すべきであるところ、本件手形は、本件口頭弁論終結時(昭和五四年五月三一日)においてもなお振出日の白地部分が補充されず、未完成のままであるから、本件手形の振出人である控訴人の手形金債務はいまだ発生するに至っていないというべきである。
もっとも、いわゆる白地手形の所持人は、未完成な手形の所持人として、何時でも白地部分を補充し、それによって完全な手形上の権利を行使することができる立場にあり、白地補充権とともに、白地部分の補充によって完全な手形上の権利者となり得る地位を有しているものということができる。この白地手形の所持人の地位については、補充前においても手形上の権利としての一種の条件付権利を有するとして、この権利と補充後の完成された手形上の権利との間に同一性(連続性)を有するものと見るべきか、はたまた白地手形の所持人が有するのはいわば潜在的な権利であり、手形上の権利そのものではないとして、これと補充後の完成された手形上の権利との間の同一性を否定すべきか等については、議論の存するところであるが、白地手形の所持人が一種の手形上の権利を有することを認めるとすると、白地手形の所持人は、右に述べた意味における手形上の権利、すなわち完成された手形上の権利の一部を有するものと見なければならず、この限度を越えて手形上の権利を有することが否定されるにとどまることとなる。
しかしながら、右のように解するとしても、本件手形については、もはや被控訴人において白地部分を補充し、それによって完全な手形上の権利を有するに至ることはできなくなったものというべきである。何となれば、当審における弁論の全趣旨によれば、被控訴人は本件手形を喪失したものであることを推認することができ、もはやその所持を失った被控訴人において白地部分を補充することは不可能となったものといわざるを得ないからである。もちろん、白地手形についても別途除権判決を得ることは可能であるが、除権判決を得たとしても、それによって本件白地手形自体が復活するわけではないから、その白地部分を補充して完全な手形上の権利を取得する余地は存しない。
なお、原審において、控訴人は、被控訴人が本件手形を所持する旨陳述するとともに、甲第一号証として本件手形の写しを提出し、被控訴人は右事実を認める旨陳述するとともに、右甲第一号証の原本の存在及びその成立を認めると述べており、当審第二回口頭弁論期日においても、当事者双方は原判決事実摘示のとおり第一審口頭弁論の結果を陳述していたところ、控訴人は、当審第六回口頭弁論期日において、「現段階においても本件手形の振出日が補充されないとすれば、被控訴人は本件手形を現在所持していないか、又はこれを補充し得ない事情があると推察される」旨陳述するに至ったのであるが、右陳述は、現段階においては被控訴人が本件手形の所持を失うに至っているとの趣旨に解されるものであり、それがさきにした前記陳述の撤回に当たらないことはいうまでもない。
以上のとおりであるから、控訴人の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、正当としてこれを認容すべきものである。
よって、これと結論を異にする原判決は不当であるからこれを取り消し、控訴人の本訴請求を認容し、訴訟の総費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 貞家克己 裁判官 長久保武 加藤一隆)
<以下省略>