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東京高等裁判所 昭和52年(ネ)2688号 判決 1978年9月21日

控訴人

石川直子

右訴訟代理人

萩秀雄

外一名

被控訴人

株式会社城口研究所

右代表者

城口一

右訴訟代理人

風間克貫

外一名

主文

原判決を取消す。

被控訴人から控訴人に対する中野簡易裁判所昭和三五年(ユ)第二一四号建物収去土地明渡調停事件に関する調停調書第二項に基づく強制執行はこれを許さない。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

本件につき当裁判所が昭和五二年一一月一一日になした昭和五二年(ウ)第九六一号強制執行停止決定はこれを認可する。

前項に限り仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一本件調停調書の存在及びその内容に関する事実認定、右調停条項第二項が特別の事由ない限り無効であるとの判断、右調停が成立するに至る迄の経過についての事実認定は、原判決理由記載(原判決九枚目―記録二一丁―表二行目から同表一〇行目迄と同裏六行目から原判決一二枚目―記録二四丁―表一行目迄)と同一であるからこれを引用する。(但し、原判決九枚目―記録二一丁―裏七行目に「証人」とある前に「原審」を加え、同行に「原告」とある前に「原審における」を加え、原判決一〇枚目―記録二二丁―裏四行目に「次いで」とある前に「訴外内山千代が相続による所有権移転登記を受け、最後に」を加える。)

二ところで本件調停条項第二項は土地賃貸借についてのいわゆる期限付合意解約条項と解されるところ、一般に従来存続している借地法の適用ある土地賃貸借につき一定の期限を設定し、その到来により賃貸借を解約するという期限付合意解約は、右合意に際し賃借人が真実土地賃貸借を解約する意思を有していると認めるに足りる合理的客観的理由があり、かつ他に右合意を不当とする事情の認められない場合に限つて有効なものと解すべきである。(最高裁判所昭和四四年五月二〇日判決・民集二三巻六号九七四頁参照)

三そこでかかる見地に立つて本件について考察を進めることにする。

<証拠>によると、前示のように被控訴人が(一)の土地を古谷ハツから譲受けた際竹次郎が返地証を差入れた理由は、被控訴人から「土地の所有権が変つた場合には借地人は新地主に返地証を差し入れ、その後新たに借地契約を締結するのが慣行である。」と云われたので竹次郎はその言を信じて、形式だけで従前通り右土地の使用を継続できるものと思つて返地証を差入れたものであること、前示のように先ず厚用商事株式会社に、ついで内山陽一郎に本件建物の所有権移転登記がなされている事情は、すべて竹次郎の債務を担保するためになされたものであり、内山千代への所有権移転登記は相続によるものであり、そして結局は右債務は完済され、竹次郎の推定相続人(子)である控訴人に所有権移転登記がなされていること、従つてその間竹次郎及び控訴人は右建物を従前と変らず使用できるものと考えこれを使用してきたこと、本件調停においても控訴人は最初の頃は自ら出席し、(一)の土地を明渡す意思なく継続してこれを使用する意向を捨てなかつたところ、調停委員会より土地明渡の方向で調停が進められたので困惑し萩秀雄弁護士に相談したこと、同弁護士は控訴人より事案の説明を受け、被控訴人より提出された調停申立書の申立の原因についてつぶさに検討した結果、前記返地証作成の経過は前述のとおりであり、しかも返地証差入後当時迄既に六年を経過しその間被控訴人から土地明渡の請求がなかつたことから土地明渡の合意の点も不明確であり、賃借権無断譲渡の点も前記の通りであつて背信性が認められないので本件賃貸借解除の原因とはなし難く、未払地代については既に弁済供託されていたので問題にならないと判断し、訴訟になつても勝訴の見込があると考えていたこと、しかし同弁護士としては本件建物の敷地の賃借権さえ確保できれば十分であると考え、譲歩のために右敷地以外の土地を返還することを承諾していたところ、被控訴人代理人の弁護士風間克貫から本件賃貸借を即時合意解除し、土地明渡猶予期間を定める旨の調停案を示されたので萩弁護士は直ちにこれを拒否したところ、風間弁護士は更に本件調停条項と同旨の調停案を示したので萩弁護士は風間弁護士に対し右調停案のうち本件調停条項第二項に相当する部分は借地法に違反して無効であると申入れたのに対し、風間弁護士はあく迄右部分の削除を肯ぜず、後日その効力を争うのは已むを得ないと主張するので、萩弁護士は期限がきても土地明渡はしないと申入れ、その旨控訴人にも説明しその諒解をとり、後日本件調停条項第二項の効力を争うことを留保したまま本件調停を成立させたこと、従つて、控訴人は本件調停成立に際して調停条項第二項に定める期日に本件土地部分を明渡す意思は毛頭なく、そして現に右明渡の計画や予定などを有していなかつたことが認められる。

<証拠判断略>他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

以上の事実によると控訴人は約定の期日が経過しても本件賃貸借が終了することなく更新すべきことを主張し、本件調停条項第二項が無効であることを前提として本件調停を成立させたものであり、真実本件賃貸借を解約する意思を有していたものということができず、かつ右調停成立に至る迄の経過を考えると控訴人において本件賃貸借を解約する意思を有していたと認めるに足りる合理的客観的理由があつたものとは考えられないものである。

そうすると期限付合意解約を定めた本件調停条項第二項は借地法一一条に違背した無効なものという外はない。従つて控訴人は本件賃貸借について更新権があり、本件賃貸借が右第二項の定めた昭和五一年一月末日の経過により直ちに終了したものということはできないのでその余の判断をなす迄もなく同項に基づく執行は許されないものである。

四以上控訴人の本訴請求は正当として認容すべきところ、これと結論を異にする原判決は不当であるからその取消を求める本件控訴は理由がある。

よつて民訴法三八六条、九六条、八九条、五四八条を夫々適用して主文のとおり判決する。

(吉岡進 前田亦夫 上杉晴一郎)

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