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東京高等裁判所 昭和52年(ネ)2703号 判決 1978年7月19日

控訴人(附帯被控訴人) 乙山太郎

右訴訟代理人弁護士 名城潔

同 福田玄祥

被控訴人(附帯控訴人) 甲野春美

右訴訟代理人弁護士 深田鎮雄

同 和田敏夫

同 石渡光一

主文

原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

本件附帯控訴を棄却する。

訴訟費用(控訴費用、附帯控訴費用を含む)は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求め、附帯控訴として「原判決中被控訴人敗訴部分を取り消す。控訴人は被控訴人に対し三〇〇万円及びこれに対する昭和五二年九月二〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、控訴代理人は附帯控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、当審において控訴代理人は新たに乙第三、第四号証を提出し、被控訴代理人は右乙号各証の成立は認めると陳述した外は、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する(但し、原判決二枚目裏三行目に「被告」とあるのを「被控訴人」と、同四枚目表二行目に「防害」とあるのを「妨害」と各訂正する)。

理由

一、控訴人と被控訴人との間において、昭和四三年二月二日控訴人は被控訴人に対し一〇〇〇万円を贈与し、被控訴人の受けた精神的苦痛を慰藉するため一〇〇〇万円を支払う旨の契約(以下本件契約という。)が成立したことは、当事者間に争いがない。

二、控訴人は本件契約はいわゆる心裡留保であり、被控訴人も右契約が控訴人の真意に基づくものでないことを知っていたか、あるいは知り得たはずであると主張する。

よって案ずるに、《証拠省略》をあわせ考えると、控訴人は昭和三八年二、三月ごろ長崎市内のキャバレーでホステスとして働いていた被控訴人と知り合って、同年六月ごろから同人と肉体関係を結び、同年一二月末福岡市内において賃借したアパートで同棲生活を始めたが、しかし被控訴人には夫があり、控訴人もこのことを知っていたから、互いに婚姻する意思はなかったこと、そして右同棲生活は控訴人が乙山花子と結婚式を挙げた昭和四三年二月三日の朝まで継続したが、被控訴人は同四二年一二月三一日控訴人から自分には結納を取り交わした相手があって、近く結婚することになっているので、別れて欲しい旨打ち明けられて、これを納得していたところ、結婚式の前日である同四三年二月二日夜、控訴人が福岡市内のアパートから結婚式場のある小倉に出かけようとした際、被控訴人は突然泣きわめき、控訴人に対して結婚式場に行く代りに、被控訴人に二〇〇〇万円支払う旨記載した書面を書くよう要求したこと、そこで控訴人は明日に迫った結婚式に出席するためやむなく、書面を書くことですむものならばその金額がいくらであろうとそれにこだわる必要はないと考え被控訴人の言うままに「春美と別れるに際しまして私が今後自力でかせぎました金額の内から将来一金一〇〇〇万円を支払います。なお精神的苦痛に対しまして同じく一金一〇〇〇万円を支払います。」と記載した念書を作成し、これを被控訴人に交付したこと、控訴人は同棲生活解消後被控訴人が就職するとか等してその生活が一応安定するまではなにがしかの面倒をみることは考えていたが、被控訴人との同棲生活を解消するためにとくに金員を支払う意思はなく、また控訴人は当時一介の給料生活者であって、その収入からして将来二〇〇〇万円という金員を被控訴人に支払えるとは考えていなかったことが認められ(る。)《証拠判断省略》

そうすると、本件契約は控訴人が被控訴人との同棲生活を解消するために被控訴人に対し一〇〇〇万円を贈与し、一〇〇〇万円を慰藉料として支払うことを内容とするものであるが、右契約は控訴人の真意に基づいてなされたものではなく、かつ控訴人と被控訴人とのそれまでの関係、右念書の文言及びこれが作成交付された経緯並びに控訴人が一介の給料生活者にすぎぬこと等から考えれば被控訴人においても本件契約が控訴人の真意に基いてなされたものでないことを知っていたか、少くともこのことを知ることを得べかりしものであったと認めるのが相当であり、従って本件契約は、民法第九三条但書によりすべて無効であるといわなければならない。

もっとも《証拠省略》によると、控訴人は被控訴人に対し、本件契約後である昭和四三年三月から同年一二月まで、被控訴人の生活費として毎月一〇万円位を交付した外、同四四年七月に五〇万円を被控訴人が喫茶店及びバーを開くための営業資金として、同四五年三月に一〇万円をその生活費として、そして同年五月に三〇万円を被控訴人がその夫と離婚するために必要な費用として交付したことが認められる。しかし、《証拠省略》によれば、控訴人は被控訴人との同棲生活解消後被控訴人の生活が一応安定するまではなにがしかの面倒をみることは同棲生活解消当時から考えていたことであり、しかも右同棲生活解消後においても昭和四三年一二月頃まで控訴人と被控訴人とは肉体関係をももつというような関係の続いたことから、その頃まで控訴人は毎月被控訴人に生活費を交付し、その後においても被控訴人から求められるままに被控訴人に営業資金等を交付したものであることが認められるので、上記の各金員の交付をもってたやすく本件契約の一部履行とは認めることはできない(この点に関する原審における被控訴人本人の供述は採用できない。)から、控訴人が本件契約後右のように被控訴人に対し金員を交付した事実があったからといって、直ちに本件契約をもって前記のように心裡留保で無効であると認定することを妨げられるものではない。

三、以上の理由により、本件契約に基づく被控訴人の本訴請求は全部理由がなく、棄却を免れないところ、これと結論を異にし、被控訴人の請求を一部認容した原判決はその限度で取消を免れず、附帯控訴は理由がない。

よって原判決中控訴人敗訴部分を取り消して被控訴人の請求を棄却し、本件附帯控訴を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 園田治 裁判官 田畑常彦 丹野益男)

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