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東京高等裁判所 昭和52年(ネ)2898号 判決 1979年4月19日

昭和五二年(ネ)第一八四五号事件控訴人

・同年(ネ)第二八九八号事件附帯被控訴人(以下「控訴人」という。)

東京プレハブ株式会社

右代表者

庄司一春

昭和五二年(ネ)第一八四五号事件控訴人

・同年(ネ)第二八九八号事件附帯被控訴人(以下「控訴人」という。)

庄司一春

右両名訴訟代理人

舟辺治朗

奥平哲彦

昭和五二年(ネ)第一八四五号事件被控訴人

・同年(ネ)第二八九八号事件附帯控訴人(以下「被控訴人」という。)

株式会社三井設計測量

右代表者

三井清次

右訴訟代理人

高橋一郎

右訴訟復代理人

井元義久

主文

控訴人らの控訴及び被控訴人の附帯控訴に基づき原判決中被控訴人に関する部分を次のとおり変更する。

控訴人らは各自被控訴人に対し金一〇二万四五〇〇円及び内金九二万四五〇〇円に対する昭和五一年二月二八日から、内金一〇万円に対する本判決確定の日の翌日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人の原審及び当審におけるその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用(附帯控訴費用を除く。)は第一、二審を通じてこれを三分し、その一を被控訴人の負担、その余を控訴人らの連帯負担とし、附帯控訴費用は被控訴人の負担とする。

この判決は被控訴人の勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

控訴人ら代理人は、昭和五二年(ネ)第一八四五号事件につき、「原判決中控訴人ら敗訴部分を取り消す。被控訴人の控訴人らに対する請求をいずれも棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに同年(ネ)第二八九八号事件につき、「被控訴人の附帯控訴をいずれも棄却する。被控訴人の控訴人らに対する新たな請求をいずれも棄却する。」との判決を求め、被控訴代理人は、右第一八四五号事件につき「控訴人らの本件控訴をいずれも棄却する。」との判決並びに右第二八九八号事件につき、損害金に関する請求を拡張し、「原判決中被控訴人敗訴部分を取り消す。控訴人らは各自被控訴人に対し金四五万二四〇〇円及び内金三三万七〇〇〇円に対する昭和五一年二月二八日から、原判決において認容された部分を含む請求の元本総額一六八万円の内金三二万円に対する本判決確定の日の翌日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張並びに証拠の関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示のとおりである(ただし、専ら原審原告三井清次、同加藤金次に関する部分を除く。なお、原判決三枚目裏三行目に「同月二七日」とあるのを「同月二八日ころ」と、同三枚目裏一〇行目及び四枚目表二行目に「五月二七日」とあるのをいずれも「五月二八日ころ」と、同一五枚目表三行目に「矢島兼高」とあるのを「矢島兼孝」と訂正する。)から、これを引用する。

第一  被控訴代理人の主張

一  被控訴人は、昭和五〇年五月ころ、訴外石塚定夫に対し、東京都足立区谷在家三丁目一一番一一号所在の土地(以下「本件土地」という。)上に原判決別紙物件目録記載のプレハブ建物事務所及び同便所(以下両者を合わせて「本件建物」という。)を建築することを請け負わせたところ、同人は同月二八日ころ右土地上に右建物を完成したから、被控訴人は、同日ころ本件建物の所有権を原始的に取得した。

二  仮に被控訴人の右原始取得が認められないとしても、訴外石塚は、控訴人東京プレハブ株式会社に対し、本件建物から電気配線等の付加工事部分を除いた建物部分の建築を請け負わせたところ、控訴会社は、昭和五〇年五月二八日ころ右建物部分を完成してこれを訴外石塚に引き渡したから、同人は同日ころ右建物部分の所有権を取得し、次いで、同人はそのころ前記一に述べた請負契約に基づいて本件建物を被控訴人に引き渡したから、被控訴人はそのころ本件建物の所有権を取得した。

三  控訴人らは、控訴会社が訴外石塚との間で締結した右建物部分の建築請負契約において、請負代金完済まで右建物部分の所有権を控訴会社に留保する旨の特約がなされたと主張するが、右特約を表示する文言は控訴会社備付けの注文書中に不動文字で記載されているものであること、控訴会社において右建物部分につき所有権を留保する真意があつたとすれば、その敷地を調査し、更に敷地の利用権につき何らかの手当てをすべきであるのに、控訴会社はこれをしなかつたこと、以上の事実に照らせば、右契約当事者間において右建物部分につき所有権留保の真意が表示されたものと見ることはできないから、右特約条項にその文言どおりの効力を認めることはできない。

四  仮に本件所有権留保特約条項が文言どおりの効力を有していたとしても、控訴会社は、前記のとおり前記建物部分を訴外石塚に引き渡し、その引渡しの時に同人から請負代金五三万円のうち二七万円の支払を受けたから、その際控訴会社は、右特約条項上の利益を放棄し、訴外石塚に対し右建物部分につき所有権を移転する旨の意思を積極的に表示したものというべきである。

五  控訴人庄司一春は、控訴会社の代表取締役であるところ、昭和五一年二月二一日から同月二七日までの間に本件土地上に所在した本件建物を解体し、これを他へ搬出したが、右の行為はいわゆる自力救済に当たり、法律上許されないものである。すなわち、本件所有権留保特約条項により当事者が意図した実質的な効果は控訴会社の訴外石塚に対する請負残代金債権を担保することにほかならないものであるところ、控訴会社は右行為時において既に訴外石塚から請負代金五三万円中三三万円の支払を受けており、残代金は二〇万円にすぎなかつたこと、控訴人庄司は、被控訴人が訴外石塚から本件建物の引渡しを受け、これを占有していたことを知つていたこと、控訴人庄司が右の事実を知らなかつたとしても、本件建物が訴外石塚の住所地と異なる場所に建てられていたことは容易に知り得た事柄であり、かつ、本件建物の入口には被控訴人の商号を明記した表示方法がとられていたのであるから、控訴人庄司には右事実を知らなかつたことにつき過失があつたこと、同人は被控訴人に対し何らの警告ないし催告もなしに突如本件建物の解体行為に着手したこと、被控訴人は、控訴会社と訴外石塚との間の本件所有権留保特約条項の存在を知らず、訴外石塚から本件建物の引渡しを受けてその所有権を取得したものと信じ、平穏にこれを占有使用していたこと、以上の事実に照らせば、控訴人庄司のした行為が自力救済として許されないものであつたことは明らかである。

六  したがつて、控訴会社は、民法第四四条第一項によりその代表取締役である控訴人庄司がその職務を行うにつき被控訴人に加えた損害を賠償する責任があり、また、控訴人庄司は、故意又は重大な過失により被控訴人の権利を侵害した者として民法第七〇九条又は商法第二六六条の三により損害を賠償する責任がある。

仮にそうでないとしても、控訴会社は、民法第七一五条第一項により控訴人庄司その他の被用者がその事業の執行につき被控訴人に加えた損害を賠償する責任があり、控訴人庄司は、同条第二項による控訴会社の事業を監督する者としての損害賠償責任又は同法第七一九条による共同不法行為者としての損害賠償責任を免れない。

七  控訴人庄司のした前記五記載の不法行為の態様に照らしても、被控訴人は、控訴人らに対し被控訴人が本件建物につき出捐した請負代金七〇万円全額に相当する損害賠償請求権を取得したものというべきである。

また、原判決別紙目録(損害一覧表)番号一三記載の損害金四一万円は、被控訴人の取締役訴外加藤金次が控訴人庄司の前記不法行為による心労のため病気となり、当該担当の業務の進捗が遅れたので、これを回復するため訴外新林石夫にその業務の遂行を依頼し、その対価として同人に支払つた金員であるから、右不法行為との間に相当因果関係のある損害である。

そして、被控訴人は、控訴人らから本件控訴を提起されたので、これに応訴するため弁護士高橋一郎に訴訟の追行を委任し、昭和五二年一〇月一一日その手数料として一六万円を同弁護士に支払つたから、右同額の損害を受けた。

八  被控訴人は、当審において従前の請求を拡張し、新たに控訴人らに対し、損害中の弁護士費用三二万円につき本判決確定の日の翌日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を連帯して支払うことを求める。

第二  控訴人ら代理人の答弁並びに主張

一  被控訴人主張の第一の一の事実は否認する。同二のうち控訴会社が訴外石塚から本件建物のうち被控訴人主張の部分を除いた建物部分の建築を請け負い、被控訴人主張のころこれを完成して訴外石塚に引き渡した事実は認めるが、その余の事実は否認する。同三の事実は否認する。同四のうち控訴会社が被控訴人主張のころ訴外石塚から請負代金五三万円中二七万円の支払を受けた事実は認めるが、その余の事実は否認する。同五のうち控訴人庄司が控訴会社の代表取締役であり、被控訴人主張のころ本件土地上に所在した本件建物を解体して、これを他へ搬出した事実及び控訴会社が被控訴人主張のころ訴外石塚から請負代金五三万円中三三万円の支払を受けていた事実は認めるが、その余の事実は否認する。同六の主張はすべて争う。同七のうち被控訴人が弁護士高橋一郎に手数料一六万円を支払つた事実は知らないし、その余の事実は否認する。同八の主張は争う。

二  控訴会社は、昭和五〇年五月二四日、訴外石塚との間で次の約定による建物建築請負契約を締結した。

(一)  控訴会社は、訴外石塚から本件建物(ただし、電気配線、給排水、雨樋・庇を除く。)一棟の建築を代金五三万円で、材料は控訴会社が提供することとして請け負い、訴外石塚は控訴会社にこれを請け負わせる。

(二)  右建物の所有権は、完成後も代金完済まで控訴会社に留保されるものとし、訴外石塚は代金完済まで右建物を他へ譲渡・質入れしてはならない。

(三)  訴外石塚が不渡りその他支払不能の場合等には、控訴会社は何ら通知催告を要せずして本契約を解除し、右建物を引き上げることができる。

(四)  控訴会社は、右建物完成後代金完済まで訴外石塚が右建物を無償で使用することを許諾する。

三  控訴会社は、同月二八日右建物を完成し、同日ころ右二(四)の特約に基づき訴外石塚に無償で使用させるため、右建物を同人に引き渡した。

訴外石塚は、控訴会社に対し同年七月八日までに請負代金五三万円中二七万円を支払つたが、残金二六万円を支払わなかつたので、右残金の支払方法につき協議し、訴外石塚は、同日控訴会社に対し、同年八月五日限り一三万円、同年九月五日限り一三万円を支払を旨約定した。

しかし、訴外石塚は、同年一二月末日までに六万円を支払つたのみで、残金二〇万円を支払わなかつた。

そこで、控訴会社は、昭和五一年一月一〇日ころ訴外石塚に対し、代金不払を理由に右建物建築請負契約を解除する旨の意思表示をした。

四  したがつて、控訴会社は、右建物の所有者として訴外石塚に対し右建物を占有使用させるべき義務を負担しないこととなつたので、右建物を解体してこれを引き上げた。

五  右のとおりであるから、本件建物は控訴会社の所有に属するものであり、被控訴人の所有に属するものではない。被控訴人は、本件建物に対する占有権を訴外石塚から取得したというのであるが、同人は本件建物につき無償で使用占有する権原しか有していなかつたのであるから、同人から取得した占有権をもつて所有権を有する控訴会社に対抗することはできないというべきである。すなわち、控訴会社は、被控訴人に対し本件建物を占有使用させるべきいかなる義務も負担していなかつたのであり、遅くとも訴外石塚との間の使用貸借関係が終了した時点において、控訴会社は被控訴人に対し本件建物の明渡しを請求する権利を有していたのである。したがつて、被控訴人の本件建物に対する占有権は、控訴会社に対抗することができない点から見て、法的に無価値のものというべきであるから、被控訴人の本件建物に対する占有権の喪失について控訴人らが損害賠償義務を負担すべきいわれはないし、また被控訴人主張の本件建物の明渡し及び移転に要した諸費用について控訴人らがこれを賠償すべき理由もない。

六  仮に控訴人庄司のした本件建物の解体、搬出行為が自力救済に当たるとしても、被控訴人の本件建物に対する占有権は控訴会社に対抗し得ないものであつたのであるから、そのことから直ちに控訴人らに右行為に基づく損害賠償義務が生ずるいわれはない。なお、控訴会社は、訴外石塚が本件建物(前記電気配線等を除くもの)を被控訴人に転売すること等全く予想せず、右建物が被控訴人に引き渡されたことを知らなかつたのであつて、右行為に着手する前に被控訴人に対し、控訴会社が右建物の所有者である旨を告知すべき義務はなかつたものというべきである。

また、被控訴人の本件建物に対する占有権が控訴会社に対抗し得るものであつたとしても、右占有権の価額は占有物を賃借するのに要する費用相当額で充分であり、被控訴人の本件建物の取得価格を基準とすべき合理的な理由はない。

第三  証拠<省略>

理由

一まず、本件建物の所有関係及び占有関係について検討するに、控訴人庄司一春が控訴人東京プレハブ株式会社の代表取締役であることは当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一)  被控訴人は、設計測量等を業とする会社であるが、昭和四九年ころ訴外江北北部土地区画整理組合から換地設計等の業務を受託し、右業務を遂行していたところ、右土地区画整理地区内に仮事務所を設置する必要が生じたため、昭和五〇年五月ころ訴外石塚工業所こと石塚定夫に対し、右組合の理事訴外矢島米蔵所有の本件土地上に仮事務所とすべき建物を代金七〇万円で建築することを注文し、訴外石塚はこれを承諾した。

(二)  訴外石塚は、昭和五〇年五月二四日、控訴会社に対し、間口二間・奥行三間(六坪)の、出入口及び窓をアルミ製とし、基礎を軽量ブロツク二段積とするプレハブ建物一棟及び汲取式プレハブ便所一棟の建築を注文し、控訴会社はこれを承諾して、右両名は同日、右建物は訴外石塚の住所地である東京都足立区北鹿浜町三三四七番地に、電気配線、給排水、雨樋、庇工事を別途工事として除外し、控訴会社が材料を提供して、代金五三万円で建築することとした上、次の文言による約定で建物建築請負契約を締結した。

(1)  訴外石塚が代金を完済するまで右建物の所有権は控訴会社に留保し、訴外石塚は右建物の移動、譲渡、転質等をしない。

(2)  訴外石塚が不渡りその他支払不能の場合等には、控訴会社は催告を要せずして契約を解除し、右建物を引き上げることができる。

(三)  控訴会社は、同月二七日及び二八日の両日にわたり、同会社の専属下請業者である石上ブロツク及び斉藤班を使役して、訴外石塚の指示に従い右(二)のプレハブ建物二棟を本件土地上に建築し、同月二八日これを訴外石塚に引き渡した。訴外石塚は、控訴会社に対し、請負代金の一部として契約時(二四日)に一万円、引渡時(二八日)に二六万円を支払つた。

(四)  訴外石塚は、同月二八日から三一日にかけて右建物に電気配線、給排水、雨樋、庇等の設置工事を施し、同月三一日これを完成して、本件建物を被控訴人に引き渡した。被控訴人は、同日訴外石塚に請負代金七〇万円を支払い、これを完済した。

本件建物は、基礎の二段積軽量ブロツクがコンクリートで地面に固定され、トタン葺の屋根で覆われ、合板の壁で囲まれていたものであり、被控訴人は、入口のガラス戸に「(株)三井測量設計」と大書したはり紙をして、本件建物を事務所として使用した。

(五)  訴外石塚は、同年七月八日、控訴会社に対し残代金二六万円につき、同年八月五日限り一三万円、同年九月五日限り一三万円を支払う旨約定したが、訴外石塚は、同年一二月末日までに六万円を支払つたのみで、残金二〇万円をいまだに支払わない。

以上の事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

二そこで考えるに、右認定事実によれば、本件建物は、屋根及び周壁を有し、土地に定着している建造物と見ることができるから、不動産と認められる上、控訴会社が訴外石塚との間で締結した建築請負契約に基づき、自己の支配下にある下請業者を使役して建造物としての主要部分を建築し、既に独立の不動産と認められるに至つた建造物を訴外石塚に引き渡し、その後訴外石塚が被控訴人との間で締結した建築請負契約に基づいて、右建造物に前記電気配線工事等を施し、これを完成して本件建物を被控訴人に引き渡したというのであり、控訴会社と被控訴人との間には請負人、注文者というような法律関係が存在したこともなかつたのであるから、右のような事実関係の下では被控訴人が本件建物を原始的に取得したと認めることはできず、また、本件建物は動産ではないから、被控訴人が民法第一九二条により本件建物を即時取得したものと見る余地はない。

ところで、控訴会社は、訴外石塚との間で前記建物建築請負契約を締結した際、同人が請負代金を完済するまで前記建物の所有権を控訴会社に留保する旨の文言による約定をしたものであるが、<証拠>によると、控訴会社は、昭和四二年一〇月、プレハブ住宅の製造販売等を目的として設立された会社であるところ、設立当時から「注文書(契約書)」と題する定型用紙を使用し、その用紙の下欄に「契約要項1、註文者が支払完済するまでハウスの所有権は貴社に留保し、ハウスの移動、譲渡、転質等の行為はしない。」と不動文字で印刷したものを控訴会社の締結する建築請負契約に使用していたものであり、控訴会社においていつたん建築したハウスを引き上げた例がこれまで二、三回あつたことを認めることができる。しかしながら、本件所有権留保特約条項の形式的表現に従えば、訴外石塚が前記建物を第三者に処分し、第三者がこれを占有している場合には、控訴会社は、当該第三者に対しても留保した所有権を主張し、同人に対し右建物の返還ないし損害賠償を請求することができるということになるのであるが、本件の右建物建築請負契約においてその当事者である控訴会社及び右石塚が右のような法律効果の発生を欲する意思を有していたか否か、また、右所有権留保特約条項に文言どおりの効力を認めるべきか否かは問題である。

そもそも、建物建築請負においては、請負人が自己の材料をもつて建築する場合にも、特約等特段の事情がない限り、建物の所有権は注文者に帰属すると見るのが相当であり、請負人は右建物につき自ら使用収益をする意図はないのが通常であるから、請負人が自己の材料をもつて工事を施工した場合に、右建物につきまず請負人が所有権を取得すべきものとするのは、請負人に請負代金の徴収を容易にさせるためにほかならないと考えられる。しかし、請負人は、代金の支払がなければ工事を中止することができ、工事完成後に残代金があるときは引渡しを拒むことができ、また、引渡しをする代わりに注文者に所有権の登記をさせた上で、自己のために抵当権を設定することもできるのであつて、請負人の代金債権を確保するために請負人に所有権を保有させることとする必然性は存在しない。これを本件について見るに、本件建物(ただし、電気配線等を除く。)は控訴会社が自己の材料をもつて建築したものであり、控訴会社は注文者の訴外石塚との間で所有権留保条項による特約をしたのであるが、前記<証拠>によると、右両名間の注文書(契約書)には支払条件欄に「契約時、着工時、完成時」の記載欄があるのに、当初は契約時の一万円を除いて他に記載がなかつたものと推認することができ(その余の記載は後日なされたものと推認される。)、控訴会社は、訴外石塚から代金の一部二六万円(合わせて二七万円)を受け取つただけで、残金二六万円の支払方法も約定せずに右建物を同人に引き渡し、引渡後約四〇日を経てようやく右残金二六万円の支払方法につき協議をするに至つたこと等の点から見ると、右両名の間には、右特約条項の文言どおり控訴会社の残代金が完済されるまでは右建物の所有権を当事者間においても、また、第三者に対する関係においても完全に控訴会社に帰属させようとする意思はなく、むしろ、前記注文書(契約書)に所有権留保物約条項の記載があるので、形式上その記載に従つて契約をするけれども、右両名が実質的に意図したのは右残代金債権担保の実を挙げることに尽き、控訴会社としては、いざという場合には右石塚に対して担保権と目すべき権利を実行すること(通常は建築請負契約を解除して精算するか、又は精算金の支払と引換えに建物の返還を求める方法によることとなるものと考えられる。)もあり得ることを示して心理的強制を図ろうとしたものと見るのが相当であり、右建物の所有権は引渡しによつて控訴会社から訴外石塚に移転するという黙示的な合意があつたと見るのが相当である。なお、控訴会社が真に右建物の所有権を保有していたとするならば、控訴会社としては、右所有権保有の実質を保持するために、契約時、右建物の引渡時、残代金二六万円の支払方法約定時において、何らかの手段を講ずることができたと考えられるのに、控訴会社がその手段に出ず、これを放置して、ただ訴外石塚に残代金支払の催告を重ねるにすぎなかつたことは、右の判断を裏付けるものということができる。

してみれば、本件所有権留保特約条項の存在にもかかわらず、訴外石塚は、控訴会社との間で締結した建物建築請負契約に基づく前記建物の引渡しにより、右建物の所有権を取得したものと認めることができ、被控訴人は、訴外石塚との間で締結した建物建築請負契約に基づく本件建物の引渡しにより、本件建物の所有権を取得したものと認めることができる。

三控訴人庄司が昭和五一年二月二一日突如何らの予告もなく人夫六名を指揮して本件建物の屋根の全部と南側周壁を取り外し、これを他へ搬出し、更に同月二七日その余の部分を解体して、本件建物全部を他へ搬出した事実は、当事者間に争いがない。

ところで、控訴人らは、訴外石塚が残代金二〇万円を支払わなかつたので、控訴会社は訴外石塚に対し前記建物建築請負契約を解除し、同人には本件建物を使用占有すべき権原がなくなつた上、被控訴人にも何ら本件建物を使用占有し得る権原がなかつたのであるから、前記所有権留保特約に基づき本件建物の所有権を有する控訴会社の代表取締役である控訴人庄司が本件建物を解体、搬出しても、何ら違法ではない旨主張するが、前記認定のように本件建物の所有権は既に被控訴人に帰属していたのであるから、控訴人らの右主張はその前提を欠き、失当である。また、訴外石塚が本件建物(ただし、電気配線等を除く。)につき、前記担当権の設定と目すべき合意に基づいて負うことあるべき負担は、特段の事情がない限り本件建物の取得者である被控訴人には承継されないものと解すべきであるところ、前記所有権留保特約条項の存在は第三者に公示されていたものではなく、右特段の事情を認めるに足りる証拠もないから、控訴会社は、訴外石塚に対する担保権をもつて被控訴人に対抗することはできないというべきである。なお、控訴会社が右石塚に対し建築請負契約を解除したとの点についても、その趣旨に沿う当審における控訴人庄司一春本人の供述があるが、これを信用することはできず、他に右契約解除の意思表示があつた事実を認めるに足りる証拠はない。

したがつて、右争いのない事実によれば、控訴人庄司は、故意又は過失により本件建物に対する被控訴人の所有権を侵害したものというべきであり、<証拠>によると、控訴人庄司は、控訴会社の代表取締役として、訴外石塚が請負残代金二〇万円を支払わなかつたことから、被控訴人の使用占有に係る本件建物を実力をもつて解体し回収しようと企て、これを実行して被控訴人の所有権を侵害したことを認めることができるから、控訴会社は、商法第二六一条第三項、第七八条第二項、民法第四四条第一項により、控訴人庄司は、民法第七〇九条によつて、いずれも控訴人庄司の不法行為により被控訴人に生じた損害を賠償する責任があり、控訴人ら両名は連帯してその賠償の責めに任ずるものと解すべきである。

四そこで、被控訴人に生じた損害について検討する。

(一)  被控訴人は本件建物の所有権を失い、不法行為時における本件建物の時価相当額の損害を受けたのであるが、右価額は本件建物の取得額である七〇万円と同額であると認めるのが相当であるから、右所有権の喪失による損害は七〇万円である。

(二)  <証拠>によると、控訴人庄司が昭和五一年二月二一日午後八時ころ本件建物の屋根を全部取り外したところ、今にも雨が降り出しそうであつたので、被控訴人は、人夫を頼んで、その夜のうちに隣の模範製薬の事務所を借りて、本件建物から前記訴外江北北部土地区画整理組合関係の書類等を右事務所に搬入し、次いで、被控訴人は、翌二二日訴外矢島から物置を借りて、これを被控訴人の仮事務所と定め、右模範製薬の事務所及び本件建物から書類物品等をすべて右仮事務所に搬入したこと、そして、被控訴人は、本件建物の跡地に新たにプレハブの事務所を建築し、同年三月下旬右仮事務所から書類物品等を新事務所に搬入したこと、そのため被控訴人は、右書類物品等の搬出・搬入の人夫賃、仮事務所使用料、クーラー取付工事費用として、原判決別紙目録(損害一覧表)番号一ないし一二及び一八記載のとおり合計二二万四五〇〇円を支出したこと、以上の事実を認めることができ、被控訴人が支出した右の各金員はいずれも前記不法行為との間に相当因果関係があるものと認めることができる。

(三)  <証拠>によると、被控訴人の取締役で訴外組合関係の業務を担当していた訴外加藤金次が前記事務所の移転に伴う搬出・搬入作業や警察への告訴手続等のため本来の担当業務を遂行することができなかつた上、同年四月に入つて病気のため一〇日間休んだため、被控訴人の業務が停滞するに至り、被控訴人はその業務の進捗を回復するため、同年四月中訴外新林石夫ほか一名に換地図の作成及び計算等を依頼し、その対価として同月二七日同人に四一万円を支払つたこと、また、被控訴人は、弁護士越村安太郎に委任して控訴人庄司らの不法行為を告訴する手続をとり、その費用として原判決別紙目録(損害一覧表)番号一四ないし一七記載のとおり合計二万五五〇〇円を支出したこと、以上の事実を認めることができる。しかし、被控訴人のした告訴手続に要した費用をもつて前記不法行為との間に相当因果関係があると認めるのは相当でないし、訴外加藤が病気で休んだことが右不法行為に起因するものであると認めるには証拠が十分でなく、しかも事務所移転に伴う搬出・搬入作業のため訴外加藤の担当業務がどの程度停滞し、その停滞によりどの程度の損害を受けたかを金銭で見積ることは困難であつて、訴外新林に支払つた四一万円の中から右損害額を摘出することはできないから、右四一万円も右不法行為との間に相当因果関係があると認めることはできない。

(四)  <証拠>によると、被控訴人は、控訴人らに対する本件訴訟を提起するため弁護士高橋一郎に訴訟行為の追行を委任し、同弁護士に第一審手数料として一六万円、第一審成功報酬として認容額の一割を支払い、更に、控訴人らから提起された本件控訴に応訴するため同弁護士に訴訟行為の追行を委任し、同弁護士に第二審手数料として一六万円を支払つたことを認めることができる。しかし、右不法行為と相当因果関係にある損害としては、認容額その他諸般の事情を考慮し、一〇万円の限度でこれを認容するのが相当である。

五そうすると、控訴人らは、被控訴人に対し、連帯して損害金合計金一〇二万四五〇〇円及び弁護士費用を除く内金九二万四五〇〇円に対する不法行為の日の後である昭和五一年二月二八日から、弁護士費用の内金一〇万円に対する本判決確定の日の翌日から各支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるから、被控訴人の本訴請求は右各金員の支払を求める限度で理由があり、これを認容すべきであるが、その余は失当であるから、これを棄却すべきである。

してみれば、右の限度を超えて被控訴人の各請求を認容した原判決は右限度を越える部分につき不当であるから、控訴人らの本件控訴は右部分の取消しを求める限度で理由があるが、その余は理由がなく、被控訴人の本件附帯控訴は当審において新たに請求した弁護士費用に対する遅延損害金の請求のうち右認容すべき限度において理由があるから、これを認容すべきであるが、その余はすべて理由がない。

よつて、控訴人らの本件控訴及び被控訴人の本件附帯控訴はいずれも一部理由があり、その余は理由がないから、被控訴人の本訴請求を認容すべき限度に従つて原判決を変更することとし、訴訟の総費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(貞家克己 長久保武 加藤一隆)

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