東京高等裁判所 昭和52年(ネ)2958号 判決 1979年10月25日
主文
原判決を、次のとおり変更する。
控訴人は、被控訴人に対し金一四三万九、八一七円及びうち金一二五万九、八一七円に対する昭和五〇年一月二三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
被控訴人その余の請求を棄却する。
訴訟費用は、これを四分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被訴人の負担とする。
この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。
事実
控訴代理人は、「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の主張並びに証拠の関係は、左に付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
(主張)
一 被控訴代理人は、控訴人の後記主張事実を争う、と述べた。
二 控訴代理人は、本件事故は加害車の徐行中被控訴人が飛び降りたために生じたものであつて、被控訴人の一方的過失に起因するものであるが、仮に、加害車が一旦停車しその後被控訴人が降車したものであつたとしても、加害車が方向転換をするためには更に前進して後退しなければならず、このことは被控訴人の知悉するところであつたにも拘わらず、被控訴人は、降車後直ちに一歩を踏み出すなどの動作をもつて速やかに加害車から離れるべきであつたのに、これをしなかつたのであるから、加害車の運転手訴外木原豊が、被控訴人において速やかに加害車から離れるものと期待し、これを確認せずに加害車を発車させた措置に過失はない、と陳述した。
(証拠関係)〔略〕
理由
一 被控訴人が昭和四七年一〇月二二日午後一〇時ころ東京都豊島区東池袋三丁目一五番地先路上において木原豊の運転する観光バス(以下、加害車という。)の左前車輪で轢過され傷害を受けた事実は、当事者間に争いがなく、原審における被控訴本人尋問の結果によつて成立を認める甲第一、第二号証、当審における被控訴本人尋問の結果によつて成立を認める甲第七号証、第九号証に、原審における被控訴本人尋問の結果を総合すると、被控訴人は、右事故により左踵骨、距骨、舟状骨及び第五中足骨骨折の傷害を被り、本件事故の日から同年一二月二日まで入院して治療を受け、同月三日から同四九年二月二一日まで通院(実日数約三〇日)して治療を受けたが、左足根骨の変形治癒により、外傷性扁平足、内反・外反制限、極度の底屈制限、足背部の圧痛及び歩行時の疼痛等の後遺障害を残し、長距離の歩行、長時間の踞位に不自由を有するが、自動車の運転に支障の存しない事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠は存しない。
二 そこで、本件事故の態様について検討するに、前示甲第一号証、成立に争いのない甲第八号証の一ないし四、現場の写真であることについて争いのない甲第六号証の一ないし八、加害車の写真であることに争いのない乙第三号証の一ないし六、原本の存在並びに被控訴人作成部分を除くその余の部分について成立に争いがなく、被控訴人作成部分は当審における被控訴本人尋問の結果によつて成立を認める甲第四号証に、原審証人木村佳一、菅谷重信、原審及び当審における証人稲川博、木原豊の各証言、被控訴本人尋問の結果並びに当審における検証の結果を総合すると
(一) 本件事故現場は、東池袋方面(南西)から大塚方面(北東)に通ずる幅員九・六メートルのアスフアルトによつて舗装された車道部分(センターラインによつて片側一車線に区分されている。)と、これより一段高くなつた歩道部分(その幅員は、北西側三メートル、南東側二・五二メートル)からなる道路(以下、本件道路という。)に、北西方面からほぼ直角に交差する(丁字型、以下、本件交差点という。)歩車道の区別のない幅員八メートルのアスフアルト舗装道路(以下、交差道路という。)上であつて、右交差点には信号機の設置がなく、また、右交差点の南東側は、池袋電報電話局の敷地になつていること。
(二) 木原豊は、加害車(三号車、車の長さ一一メートル、車幅二・四九メートル)を運転し、他のバス二台(一号車及び二号車)とともに団体客を乗せて名古屋市に赴くべく、本件事故当日の午後九時三〇分ころ、東京都豊島区新庚申塚の第一配車場所において、団体客五〇人位を乗車させた後、一号車及び二号車との待合地点である池袋電報電話局前に向い、東池袋方面から本件道路に進入して直進し、同日午後一〇時ころ時速約二〇キロメートルで本件交差点手前に差しかかつたが、当時副運転手として加害車に乗務していた被控訴人は、運転席左横ドアーのステツプに立つていたこと。
(三) 右木原は、本件交差点の北東約二〇メートル前方の本件道路上に、その前部を東池袋方面に向けて停車していた一号車及び二号車を認め、一旦交差道路に進入しその後後退して方向を転換し、右一、二号車の前部に加害車を同方向に向けて停車しようと考え、本件交差点のやや手前で一旦センターラインを越えて反対車線に進入した後、減速しながら大きく左に転把し、時速約五キロメートルで交差道路に約一〇メートル進入し、その中央付近に後部をやや左に振つて一旦停車した上、被控訴人に対し後部で後退の誘導をするように指示したが、その際加害車の左前輪は外方に突出するように大きく開いていたこと。
(四) 被控訴人は、右指示に従つて加害車を誘導すべく、そのドアーを開け、右手でドアーの把手を握り、左前車輪の直前にあるステツプから降車しようとしたところ、右木原が加害車を一旦前進させて右に転把したうえで後退して方向転換を完了すべく、そのまま加害車を前進発進したため、左足で着地し更に右足を出そうとしていた被控訴人の左足踵部を轢過したこと。
以上の事実を認めることができ、右認定に反する乙第二号証の記載、原審及び当審における証人稲川博、木原豊の各供述部分は、前顕各証拠に照らして措信できず、他に右認定を動かすに足りる証拠は存しない。
三 以上争いのない事実と認定事実によれば、加害車を運転し本件交差道路で方向転換をしていた木原は、加害車の左前輪が大きく外方に開いた状態で一旦停車した上被控訴人に後退の誘導を指示したのであるから、被控訴人が降車して加害車の車体を離れたことを確認して発進すべき注意義務があるのに、これを怠り、漫然として加害車を発進させたため、本件事故の発生をみるに至つたものというべきである。従つて、本件事故は、木原の過失に起因するものといわなければならない。控訴人は、このような状態で方向転換中の加害車の運転手木原が、被控訴人において降車後直ちに加害車から離れることを期待し、被控訴人が同車から離れたことを確認せずに発車した措置に過失はない旨主張し、加害車の副運転手として乗務していた被控訴人が、右のような方向転換の方法を知悉しながら、降車後速やかに加害車を離れなかつた点において過失の存することは、後に説示するとおりであるが、そのため木原の右過失を否定することはできないから、右主張を採用しない。しかして、控訴人が観光バスの運行等を目的とし、木原が控訴人の被用者であり、本件事故が控訴人の事業執行中に生じた事実は、当事者間に争いがないから、控訴人は、民法第七一五条第一項に基づいて被控訴人に対し、本件事故によつて生じた損害を賠償すべき義務がある。
控訴人は、被控訴人は民法の右条項にいう第三者に該当しない旨主張するが、右にいう第三者とは、使用者及び加害行為をした被用者以外の者を指称するから、右主張を採用しない。
四 控訴人は、被用者木原の選任及び監督について相当の注意をした旨主張するが、原審証人木村大八の証言によつても、右事実を認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠も存しないから、右主張を採用することはできない。
五 進んで、損害額の点について判断する。
(一) 逸失利益
被控訴人は、前示後遺症のため労働能力の一四パーセントを喪失した旨主張し、前示甲第九号証には、被控訴人の右後遺症は労働者災害補償保険法にいう第一二級に該当する旨の記載がある。しかしながら、被控訴人は、本件事故当時三五歳の男性であつて控訴会社にバス運転手として勤務していたが昭和四九年九月七日退職したこと、この間における被控訴人の収入が原判決添付別紙記載のとおりであつたこと(この点は、当事者間に争いがない。)、被控訴人は、右退職後エコー・レンタカーなる会社に運転手兼業務係として勤務したが同五〇年八月ころこれを退職し、その後自動車部品販売業を営んでいる事実を認めることができるけれども、控訴会社退職後、前示後遺症のため被控訴人の収入が減少したと認めるに足りる証拠は存しない。
そうすると、被控訴人は、前示後遺症の存在によりその労働力の減退が生じたことを否定し得ないとしても、現実にこれによつて減収の結果が生じなかつたばかりでなく、もし、被控訴人が、本件のような後遺症を生ずることなく、その事故前に具有していた労働能力を事故後においても保有していたと仮定した場合において、その労働能力を発揮することにより、現に得ている収益又は今後得ることを予想される収益を上廻る収益を得たであろうと推定することもできないのである。そうすると、被控訴人は、前示後遺症による逸失利益は存しなかつたものといわざるを得ないから、右主張を採用できない。
(二) 慰藉料
被控訴人が前示傷害のため四二日間の入院と約三〇日の通院を余儀なくされ、その結果外傷性扁平足等の前示後遺症を残し、日常生活、営業活動上少なからぬ不便、不利益を被り、多大の精神的苦痛を味つたであろうことは推察するに難くないが、右精神的苦痛に対する慰藉料としては、諸般の事情を考慮して、金二〇〇万円をもつて相当とする。
(三) 過失相殺
既に認定した事実によれば、被控訴人は加害車に副運転手として乗務し、左に転把して方向転換中の加害車の後退を誘導すべく、同車左前輪のステツプより右手でドアーの把手を握り左足から着地して降車したというのであるから、被控訴人は、加害車と左前輪とステツプとの距離、左前輪の開き具合等を十分知悉し、更に、間もなく加害車が方向転換のため発車することを知つていたものというべきであるから、降車後は速やかに同車から離れて危険を避けるべきであつたし、また、被控訴人がドアーの把手を右手で握つているうちに加害車が発車したとするなら、素早く右手を離して加害車から離れるか、車内に戻るべきであり、いずれにしても、被控訴人は、本件事故の発生につき過失があつたものというべきである。そして、被控訴人の右過失の態様、程度等を勘案すると、被控訴人の被つた前示損害額から、その二割を控除するのが相当である。そうすると、被控訴人の損害額は金一六〇万円となる。
(四) 損害のてん補等
被控訴人が本件事故に基づいて労働者災害補償保険法による保険給付として障害補償一時金一四万〇、一〇〇円、休業補償金三三万九、六〇〇円の支払を受けたほか、控訴会社の共済会から休業補償として金一五万八、八一五円、控訴人から昭和四八年前期賞与の名義で金一〇万二、〇〇〇円、控訴人から見舞名義で金五万円、木原から見舞金として金七万円の支払を受けた事実は、いずれも当事者間に争いがない。
そして、障害補償一時金及び木原からの見舞金を除くその余の右各金員は、被控訴人が本訴で請求していない休業損害及び付添費用に充てて支払われたものであることは、原審における被控訴本人尋問の結果及び右各金員の支払名目等によつて明らかであるところ、本件口頭弁論の全趣旨によると、被控訴人の右各損害は、右各金員の支払によつてすべててん補されたと認めるのが相当であるから、そのうち、前示過失割合に応じて被控訴人の負担に帰すべき金一三万〇、〇八三円及び障害補償一時金一四万〇、一〇〇円、木原からの見舞金七万円合計金三四万〇、一八三円を、前示損害額から控除すると、その残額は、金一二五万九、八一七円となる。
(五) 弁護士費用
本件訴訟の難易等を勘案すると、本件事故と相当因果関係を有する弁護士費用は、金一八万円と認めるのが相当である。
六 以上の次第であるから、被控訴人の本訴請求は、控訴人に対し金一四三万九、八一七円及びそのうち弁護士費用を除いた金一二五万九、八一七円に対する本件事故後の昭和五〇年一月二三日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度においては正当として認容し、その余の請求は失当として棄却すべきものである。
七 よつて、本件控訴は一部理由があるから、これと結論を異にする原判決を右の趣旨に従つて変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条、第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用し、主文のとおり判決する。
(安倍正三 長久保武 加藤一隆)