東京高等裁判所 昭和52年(ネ)3215号 判決
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【判旨】
一本件土地がもと被控訴人の所有に属していたこと、並びに、右土地につき控訴人らのため原判決別紙登記目録(一)ないし(三)記載の各登記がなされていることは、当事者間に争いがない。
二原審(第一回)における証人稲荷正義の証言によつて金額欄は小山田が記入したものと推認され、<証拠>を総合すれば、小山田は、昭和四五年一〇月一七日、被控訴人の代理人と称して、控訴人八秀興産の代理人稲荷との間に、本件土地を被控訴人から同控訴人に代金六〇万円で売り渡し、かつ、被控訴人において三か月以内に代金八〇万円でこれを買い戻すことができる旨の契約(以下「本件契約」という。)を締結した事実が認められ、この認定を左右するに足る証拠はない。
三よつて、小山田の代理権の有無について判断する。被控訴人本人の供述によれば、被控訴人は、昭和四五年一〇月初めころ、金融業者である小山田に四〇万円の借受又はその斡旋を申し込み、その債務の担保として本件土地に抵当権を設定することを承諾した事実が認められるが、被控訴人が小山田に本件契約締結の代理権を与えた事実を認めるのに十分な証拠はない。もつとも、被控訴人の署名押印について争いのない乙第二号証の小山田宛「委任状及承諾書」と題する書面には、「私所有の不動産を担保提供して(中略)万一返済期日に違反し御貴殿に迷惑を及ぼしたる時は一週間以内に右の担保物件を貴殿に引渡しますよつて貴殿が私の不動産を借用金返済のため自由に御処分相成るも差支えなく、」との不動文字による認載があるが、この文言は、担保に提供する本件不動産について、借受金の返済を不履行した場合、その清算のための処分権をも小山田に与える約定と解すべきであり、予め第三者に所有権移転形式の契約を締結することの代理権までを与えた趣旨に解する余地はない。よつて、被控訴人が、右書面をもつて、本件土地につき、担保目的によるにせよ、売買形式で第三者に所有権を移転することを承諾し、その権限を小山田に与えたものと認めることはできない。
四控訴人らの民法第一〇九条の規定に基づく表見代理の主張について判断する。
<証拠>によれば、被控訴人は、小山田に前記の融資又はその斡旋を依頼した際、前掲乙第二号証の書面のほか、本件土地の権利証、固定資産評価額証明書、登記申請用白紙委任状、印鑑証明書を同人に預け、小山田は、控訴人八秀興産の代理人稲荷から六〇万円を借り受け、一か月五分の利息三万円と手数料三万円とを天引した金額の交付を受けるとともに、その債務の担保の目的で本件土地の所有名義を控訴人八秀興産に移転することを承諾して本件契約を締結し、右各書面を稲荷に交付し、同控訴人は、右権利証、白紙委任状、印鑑証明書等を使用して本件土地につき売買を原因とする所有権移転登記を経由した事実が認められる。しかし、右証言及び代表者の供述中、乙第二号証のほかに、被控訴人が本件土地の所有権移転を承諾する旨の承諾書の交付を受けた旨の部分は、右承諾書が証拠として提出されていないことと被控訴人本人の供述とに照らして、たやすく信用しがたく、乙第二号証の書面は、予め所有権を移転する担保形式をとる代理権を与えたものと解されないものであることは前記のとおりであり、右権利証、白紙委任状、印鑑証明書を交付した事実だけでは、被控訴人が小山田に、抵当権の設定にとどまらず、本件土地売買の代理権を与えた旨を表示したものとみることはできず、他に右表示の事実を認めるに足る証拠はない。したがつて、控訴人らの右主張は採用することができない。
五次に、控訴人らは、民法第一一〇条の規定に基づく表見代理の成立を主張するところ、すでに認定した事実によれば、被控訴人は、小山田に、四〇万円を借り受け、かつ、その債務の担保のため本件土地につき抵当権を設定する代理権を与えたが、同人は、右権限を越えて、控訴人八秀興産との間に、本件土地を代金六〇万円で売り渡す旨の本件契約を締結したものということができる。
しかし、<証拠>によれば、控訴人八秀興産、稲荷及び小山田は、いずれも金融業者であつて、同控訴人と稲荷、稲荷と小山田とは、それぞれかねてから昵懇で、たがいに金融の取次をするような関係にあつたこと、小山田は、被控訴人から四〇万円の金融を頼まれ、稲荷に融資を申し込み、抵当権設定のため前記権利証等の書面を同人に交付し、同人は、控訴人八秀興産にこれを取り次いだが、同控訴人は、融資には応ずることとしたものの、抵当権設定ではなく、所有権移転形式をとることを要求したため、小山田は、被控訴人にはかることなく、これを承諾し、代金を六〇万円と定めて本件契約を締結したこと、本件土地は、被控訴人が昭和四五年八月ころ代金二四〇万円で買い受けた更地であり、小山田及び稲荷においても時価は一五〇万円を下らないものとみていたこと、稲荷及び控訴人八秀興産は、右の経過から、被控訴人において、実質は担保の目的による、買戻特約付のものであるにせよ、代金六〇万円という廉価で本件土地を売り渡すことが、その真意に基づくものであるか否かを疑いうる状況にあつたにかかわらず、被控訴人自身にその意思を問い合わせ確認する措置を措ることなく、小山田との間に本件契約を締結し、右権利証等を使用して本件土地につき所有権移転登記を経由したものであること、以上の事実を認めることができ、なお、前記認定の乙第二号証とは別に所有権移転についての承諾書を徴した事実は認められないことも、前記のとおりである。前掲証言及び代表者の供述中、以上の認定に反する部分は、被控訴人本人の供述に照らして採用しえず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
右認定事実によれば、控訴人八秀興産及びその代理人稲荷が、小山田に被控訴人を代理して本件契約を締結する権限があると信じたとしても、かく信ずるについて、金融業者としてなすべき注意を尽くしたものではなく、過失があるものといわざるをえず、民法第一一〇条所定の正当の理由があるものと認めることができない。したがつて、この点の控訴人らの主張も採用することができない。
(小河八十次 内田恒久 野田宏)