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東京高等裁判所 昭和52年(ネ)663号 判決 1980年7月03日

控訴人 舘年夫

右訴訟代理人弁護士 稲沢宏一

同 板垣吉郎

被控訴人 山岡直子

右訴訟代理人弁護士 神﨑敬直

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一求める判決

一  控訴人

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文第一、二項と同旨。

第二主張

一  請求原因

1  主位的請求

(一) 被控訴人は控訴人に対し、昭和四三年一一月八日金四五〇万円、同月九日金一五五〇万円、合計金二〇〇〇万円を、いずれも弁済期昭和四五年一一月六日の約で貸渡した。但し、右金円のうち、金一五五〇万円は控訴人の代理人石川幸作に交付したものである。

(二) よって、被控訴人は控訴人に対し、右貸付金元金二〇〇〇万円及びこれに対する弁済期後である昭和四五年一一月七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(三) 控訴人は本件貸借の借主は、控訴人が代表取締役をしている訴外九重商事株式会社(以下訴外会社という)であると主張するが否認する。本件貸借に際しては、控訴人は個人として借受ける意思を表示したのである。控訴人が当時訴外会社の代表者であったことは認めるが、被控訴人は貸借当時はそのことを知らず、そもそも訴外会社の存在すら知る由もなかった。本件貸借成立の後控訴人の代理人の石川幸作が作成した借主が訴外会社であるとした金銭消費貸借契約書(甲第一号証)及び二〇〇〇万円の領収書(甲第二号証)を被控訴人は受取ったが、右は訴外会社が控訴人の債務を併存的に引受ける趣旨で差入れたと見るべく、借主が控訴人であることに変りはない。

2  予備的請求

(一) 仮に控訴人に対する前記貸借が控訴人個人に対するものとは認められないとすれば、被控訴人は控訴人が代表取締役である訴外会社に対し、昭和四三年一一月八日金四五〇万円、同月九日金一五五〇万円をいずれも弁済期昭和四五年一一月六日の約で貸渡した。

(二) しかるに、訴外会社は昭和四四年一二月一〇日不渡手形を出し、同月一三日横浜手形交換所において銀行取引停止処分を受けて倒産し、全く無資力となったため、被控訴人は同社から右債権の弁済を受けることができなくなり、これと同額の損害を被った。なお、右貸付については訴外日成産業株式会社(以下、日成産業という)が連帯保証をしているが、同社は全く実体のない幽霊会社であり、その代表取締役である石川幸作も現在所在不明であって、同社から弁済を受けられる見込も全くない。

(三) 控訴人は訴外会社の代表取締役として訴外会社の本件借受及び倒産につき次のとおり悪意又は重大な過失があった。

訴外会社は、控訴人が昭和三二年に資本金二五〇万円で東京都中央区銀座五丁目三番地を本店所在地として設立したもので、設立以来ほとんど休業状態であったが、昭和四三年に至り控訴人が石川幸作と共同で不動産取引業をすることとなり、同年三月本店を横浜市中区常盤町三丁目三八番地に移転し業務を開始した。ところが、控訴人は代表取締役として訴外会社の業務全般を統轄し、自ら会社の資産、能力に応じた経営の衝に当るべきであるのにこれを怠り、会社の不動産取引業務等の一切を石川に任せきりにしたため、本件借受金の使途すら知ることがなかった。また、同四四年二月二四日、なんらの資金の裏付けもないのに日成産業と共同で訴外川村裕二から静岡県田方郡函南町所在の土地約一〇万坪を代金二億六〇〇〇万円で買受ける契約を結び、同日右川村に手付金五〇〇万円を支払い(右契約は同年四月頃代金不払により解除された)、さらに、右売買を斡旋した訴外財団法人公務員福利協会と約した寄付金一億三〇〇〇万円の一部支払のため同年三月一九日右財団に総額九〇〇〇万円の約束手形を振出し交付したが、同年一二月一〇日、右手形のうちの一通(額面一〇〇〇万円)が不渡となって、訴外会社は前記のように銀行取引停止処分をうけて倒産するに至った。

このような控訴人の他人任せの放漫経営が訴外会社を倒産に導いたことは明らかであり、控訴人は同社の代表取締役としてその職務を行うにつき悪意又は重大な過失があったというべきであって、商法二六六条の三第一項に基き本件借受及び倒産により被控訴人の被った前記損害を賠償する責任がある。

(四) よって、被控訴人は控訴人に対し右損害金二〇〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日以後でありかつ前記貸付金の弁済期後である昭和四五年一一月七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び主張

1  主位的請求について

昭和四三年一一月八日控訴人が被控訴人から金四五〇万円を受取ったこと、翌九日被控訴人が金一五五〇万円を石川に交付したことは認めるが、この二〇〇〇万円の借主が控訴人個人であること及び石川が控訴人の代理人であることは否認する。

被控訴人主張の二〇〇〇万円の借受は控訴人が訴外会社の代表者としてこれをなしたもので借主は訴外会社である。

2  予備的請求について

(一)は認める。

(二)のうち、訴外会社が昭和四四年一二月一〇日不渡手形を出し、同月一三日横浜手形交換所において銀行取引停止処分を受けて倒産したこと、本件貸付について日成産業が連帯保証したことは認めるが、その余は争う。

(三)のうち、訴外会社が昭和三二年に資本金二五〇万円で設立されたこと、同社及び日成産業が財団法人公務員福利協会の斡旋により昭和四四年二月二四日被控訴人主張の売買契約(但し、仮契約である)を結び、手付金五〇〇万円を売主に支払ったこと、右財団法人に対し一億三〇〇〇万円寄付することを約し、総額九〇〇〇万円の約束手形を振出交付したこと、そのうち一通(額面一〇〇〇万円)が不渡となったことは認めるが、その余は争う。

訴外会社の職務を行うにつき控訴人に悪意または重大な過失はない。すなわち、(1)前記売買契約が解除されたとしても、訴外会社に生ずる損害は支払ずみの五〇〇万円にすぎない。(2)訴外会社は前記財団法人に総額九〇〇〇万円の約束手形を交付しているが、それは売買契約が本契約となり代金等の決済が終ったならば一億三〇〇〇万円を寄付するとの約のもとに、その支払確保のために預けたのにすぎず、たまたま右財団法人の役員である西勝正男が右手形の一部を横領して訴外太陽商事有限会社で割引いたために右手形が呈示されるに至り、被控訴人主張の不渡が生じ、訴外会社は倒産してしまったのである。右(1)(2)のとおりであるから、被控訴人が倒産原因として挙げる土地の売買と訴外会社の倒産との間には直接の因果関係はないのみならず、ここに至ったことにつき控訴人に悪意はもとより重大な過失もない。

第三証拠《省略》

理由

一  まず、主位的請求について判断する。

1  被控訴人が控訴人との間において金二〇〇〇万円を貸付ける約の下に昭和四三年一一月八日控訴人に金四五〇万円を、翌九日石川幸作に金一五五〇万円をそれぞれ交付し、その返済期は昭和四五年一一月六日の定めであったことは当事者間に争いがない。

2  控訴人は右借受は個人としてしたものではなく、訴外会社の代表者としてしたものであるから借主は訴外会社であると主張するので右各金員の借主が控訴人個人か訴外会社かのいずれであるかについて検討する。

《証拠省略》によれば、控訴人を代表取締役とし昭和三二年六月八日成立した訴外会社は、当初は不動産の賃貸等の営業をしていたのみであったが、同四三年三月一日本店を東京都中央区銀座五丁目三番地から横浜市中区常盤町三丁目三八番地に移転し、同年九月一六日に同区不老町二丁目一〇番地に、次いで同年一一月一五日に同区翁町一丁目四番一四号浜吉ビルに順次本店を移転し、かつ、同年九月一四日控訴人を除く取締役、監査役全員が交代した旨の登記を経由して、同年一〇月頃から横浜市を中心としてその活動を開始したが、差当りの営業資金を必要とする状況にあったことが認められる。他方、《証拠省略》によれば、被控訴人は、かつて一〇〇〇万円を貸したことのある石川からさらに二〇〇〇万円の借受方の申込を受けたが、右一〇〇〇万円の返済を受けるのに苦労したことなどからこれを断ったところ、昭和四三年一一月初めころ、石川から控訴人を紹介され、「立派な人だ、日動火災の重役をした人だから控訴人に貸してほしい」といわれたこと、被控訴人は控訴人が立派な人のように思えたこともあって同人に二〇〇〇万円貸すことを承諾したこと、同月八日、被控訴人は右約定に基づく貸付を実行すべく控訴人と二人で被控訴人の取引金融機関である横浜商銀信用組合本店に赴いたが、被控訴人としては自己の定期預金を取崩して控訴人にそれを貸すよりは、同組合が直接控訴人に融資してくれる方が好都合と考え、同組合預金課長近藤貞夫に控訴人への融資方を求めたが、同人に控訴人とは取引がないからといって断わられたので、やむなく、自分が貸すこととし、同組合に対する自己の定期預金を担保に同組合から二〇〇〇万円を借受けてこれを控訴人に貸すこととしたこと、同日は同組合の都合により内金四五〇万円の貸出を受けて、直ちにその場でこれを控訴人に交付したこと、翌一一月九日、被控訴人は同組合から残金一五五〇万円の貸出を受けて、被控訴人経営の喫茶店で控訴人に代って受取に変た石川にこれを交付したこと、そのとき、石川から利息として五〇万円を交付されたこと、この貸借について石川から話があった最初から一一月九日に残金を石川に交付するまでの間を通じて、被控訴人は控訴人からも石川からも借主は訴外会社である旨の話をされなかっただけではなく、およそ訴外会社の存在ないし控訴人が訴外会社の代表取締役であることなど同社についての話は全く聞かず、現に初対面の際に控訴人から交付された名刺も肩書のついていない「舘年夫」とだけ表示され住所、電話番号も控訴人自宅のそれのみ記載されているものであり、右貸付の際控訴人が信用組合の職員に交付した名刺も前同様なんの肩書もない名刺であったこと、また右貸付の頃、控訴人は被控訴人夫婦を控訴人所有の熱海の別荘や世田谷の自宅に案内していることが認められ(る。)《証拠判断省略》

以上認定の事実によれば、被控訴人は控訴人に本件金員を貸付けるについては控訴人が訴外会社の代表者で会社のために貸付を受けるということは全く知らずまた知る由もなく控訴人個人に貸付ける意思であったものであり、控訴人もまた、訴外会社のためにすることなどを表示することなくこれを借受けたもの(前記のとおり、二〇〇〇万円のうち一五五〇万円を受取ったのは石川であるが、前記認定の経緯によれば、同人は控訴人の使者として受取ったものと推認される。)であって、控訴人は借主として被控訴人に対し借受金返済の義務あるものというべきである。

3  《証拠省略》によれば、本件金員の貸付に関してその直後被控訴人に差入れられた金銭消費貸借契約書(甲第一号証)及び二〇〇〇万円(最初の四五〇万円については領収書が作成されていなかったので、それと二回目の一五五〇万円とを合計した金額として)の領収書(甲第二号証)には本件金員の借主が訴外会社と表示されていること、訴外会社が日成産業と連名で被控訴人に対して担保として不動産権利書を差入れる旨の念書(甲第三号証の二)を被控訴人に交付していることが認められるが、《証拠省略》によれば、甲第一、二号証は、石川が被控訴人の知らない間に予め準備しておいたもので、被控訴人は石川に前記一五五〇万円を交付し貸付の手続がすべて終った際初めて石川から渡されて甲第一号証につきいわれるままにこれに署名押印したものであり、甲第三号証の二は、被控訴人が前記四五〇万円の交付後信用組合の職員から担保をとるように注意されて石川にその旨伝えた結果同人から交付されたものであるが、いずれもあらかじめ石川からとくに借主を訴外会社とする旨の説明がなされたわけでもなかったので、被控訴人としてその内容等につき格別の注意を払わなかったことが明らかであり、前掲証拠によって認められる被控訴人が前記四五〇万円の授受に際しその場では領収書すら取ろうとせず、正規な形の担保も要求していなかったなど控訴人を信用し切っていて万一の場合に備えることなど考えてもいなかった事実に照らせば、被控訴人が前掲各書面の記載に注意を払わなかったのも格別不自然ともいえず、かえって、右各書面上借主が訴外会社と記載されているのは《証拠省略》によって肩書地に法人登記の存しないことが認められる日成産業を連帯保証人として右各書面中に記載したことと相俟って、石川ないし控訴人が被控訴人の無知に乗じて後々各個人の責任を免れるために被控訴人にはかることなくことさらにそのように記載したと推測されるのであって、右の記載をもって当初から訴外会社のためにすることを示して借受けをしたとすることはもとより、その後被控訴人が借主を同社とすることを承諾したなどとみることもできない。

また、《証拠省略》によれば、被控訴人は、本件金員の交付後その担保として訴外会社及び日成産業各振出の額面各二〇〇〇万円の約束手形を石川から交付をうけて預ったこと、石川から五〇日分の利息といわれて五〇万円交付された際、訴外会社宛の領収書に押印したこと、被控訴人が控訴人所有の不動産を仮差押するに際して作成した被控訴人訴訟代理人に対する報告書において借主が訴外会社であることを前提としていること、被控訴人は訴外会社の倒産後同社の代表取締役としての控訴人に対して書面で本件金員の弁済を求めたりしていること、控訴人所有の不動産を見分しながらこれに担保権を設定することを要求しなかったことなどが認められるけれども、前記認定の諸事実ことに金銭貸借についての被控訴人の無知さ及びこれに乗じて後々の責任回避の工作をしたと推測される控訴人側の態度とを考慮すれば、右のような事情は前記判断の妨げとなるものではない。

なお、控訴人本人尋問の結果(当審)によって成立の認められる乙第八号証の二ないし七(控訴人作成の日記帳)には本件貸借の借主が訴外会社である旨の記述があるけれども、右日記には内金授受の日である一一月八日の分の記事を欠き、かつ、一一月九日の分に残金授受に関する記事が全くないうえ、前掲各証拠と対比すれば右記述を採用することはできない。

そして、他に、控訴人個人が本件金員の支払義務を負うとする前記料断を覆えすに足りる事情を見出すことはできない。

二  以上の事実によれば、被控訴人の主位的請求は理由があるからこれを認容すべきであり、これと同旨に出た原判決は正当であって本件控訴は理由がないから、民訴法三八四条に従いこれを棄却し、控訴費用の負担について同法九五条本文、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉岡進 裁判官 手代木進 上杉晴一郎)

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