東京高等裁判所 昭和52年(ネ)741号 判決 1978年7月26日
控訴人
間庭延枝
右訴訟代理人
池田正映
被控訴人
阿久沢寿一
右訴訟代理人
熊川次男
外二名
主文
原判決を取り消す。
被控訴人に対し金二二四万四、〇〇〇円及びこれに対する昭和五一年九月二二日から支払いずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
この判決は、控訴人において金八〇万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。
事実
(申立)
控訴代理人は、主文第一ないし第三項同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
(主張及び証拠)
当事者双方の事実上及び法律上の主張並びに証拠の提出、援用及び認否は、次のとおり付加、補正するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する(但し、原判決三枚目―記録六丁―表五行目「請求権の判決」とあるのを「請求事件の確定判決」と改める。)。
一 控訴代理人は、次のとおり述べた。
(一) 借地法第一〇条に基づく建物買取請求権の行使には時期の制限はなく、借地上の建物の無断譲渡を理由とする建物収去土地明渡請求訴訟における原告勝訴の確定判決が存在する場合においても、建物譲受人は右事件の事実審口頭弁論終結後に建物買取請求権を行使したことを理由に右確定判決の執行力の排除を求める請求異議の訴を期起することができ、また建物買取請求権の行使によつて建物譲受人と土地賃貸人との間に売買契約が成立したと同一の効力を生ずるのであるから、これにより右建物の所有権は当然に土地賃貸人に移転し、土地賃貸人は建物譲受人に対して建物買取請求権を行使した時の建物の価額に相当する金額を支払うべき義務を負うものである。
(二) 原判決一枚目―記録四丁―裏六丁目から七行目にかけての「昭和四二年一月三〇日」とあるのを「昭和二〇年一〇月頃」と訂正する。
理由
一先ず、被控訴人の本案前の申立について判断する。
<証拠>によれば、土地賃貸人たる被控訴人が、控訴人を相手方とし、控訴人が借地上の建物を譲り受け、もつて借地権の無断譲渡を受けたとして、右建物収去土地明渡請求訴訟(前橋地方裁判所昭和四二年(ワ)第一七三号)を提起し、請求棄却の判決を受けたが、昭和四九年一二月一一日控訴審たる東京高等裁判所において右判決取消、請求認容の判決(同庁昭和四七年(ネ)二四八八号)がなされ、最高裁判所において上告が棄却されて右判決が確定したこと及び控訴人が右確定判決の事実審口頭弁論終結の後である昭和五〇年六月一九日被控訴人に対して借地法第一〇条に基づく建物買取請求権を行使したことを理由として右建物収去土地明渡の確定判決の執行力の排除を求める請求異議の訴を前橋地判所に提起(同庁昭和五〇年(ワ)第二三四号)したが、同裁判所は昭和五一年二月二三日、控訴人が前記建物収去土地明渡請求訴訟において被控訴人に対し建物買取請求権を行使し得たのにも拘らずこれを行使しないため敗訴の判決を受けた以上その後において右請求権を行使して右建物収去土地明渡請求訴訟の判決の執行力の排除を求めることは許されないとして、請求棄却の判決をし、右判決が確定したことが認められる(控訴人昭和五〇年六月一九日本件建物買取請求権を行使したことは、当事者間に争いがない。)。
被控訴人は、前記請求異議訴訟において建物買取請求権の主張が排斥されて該判決が確定しているから、その後本訴において右買取請求権行使の効果を重ねて主張することは許されないというが、右請求異議訴訟の控訴人敗訴の確定判決は、前記のように、建物買取請求権を行使して建物収去土地明渡請求訴訟の確定判決の執行力の排除を求めることが許されないとしたにとどまり、建物買取代金請求権の存否について判断をしたわけではないから、右請求異議訴訟の確定判決があるからといつて、その後控訴人が右建物買取請求権の行使により被控訴人に対する建物代金債権を取得したとしてその支払いを求めることを不適法ならしめるものではなく、もちろん再訴の禁止にふれるものでもない。それゆえ、被控訴人の本案前の申立は採用するによしない。
二よつて進んで、本案請求の当否について判断する。
四分一保造が昭和二〇年一〇月頃被控訴人から本件土地を建物所有の目的で賃借し、右土地上に本件建物を建築所有していたが、控訴人が昭和四二年一月三〇日四分一から右建物と共に本件土地の賃借権を譲り受け、右賃借権譲渡について被控訴人の承諾を求めたところ拒絶されたことは、当事者間に争いはなく、その後被控訴人から控訴人に対して本件建物収去本件土地明渡請求訴訟が提起され、控訴人敗訴の判決が確定したこと及び控訴人が右訴訟の事実審口頭弁論結後に被控訴人に対し本件建物買取請求権を行使したことを理由として請求異議訴訟を提起したが、控訴人敗訴の確定判決を受けたことは、前述したとおりである。
ところで、借地上の建物の譲受人が土地賃貸人から提起された右建物収去敷地請求訴訟の事実審口頭弁論終結時までに、借地法第一〇条に基づく建物買取請求権があることを知りながらその行使をしなかつたとしても、これにより建物買取請求権が失なわれるものではなく、したがつて、建物譲受人は、その後においても建物買取請求権を行使して土地賃貸人に対し建物代金を請求することができるものと解するのが相当である(最高裁判所昭和五二年(オ)第二六八号、同年六月二〇日第二小法廷判決、裁判集民事一二一号六三頁)。してみれば、前記事実関係のもとにおいては、控訴人の建物買取請求権の行使により、控訴人及び被控訴人間に本件建物の売買契約が成立したと同一の効力を生じ、控訴人は被控訴人に対して本件建物の代金債権を取得したものというべきところ、原審における鑑定の結果によれば、前記建物買取請求権行使の当時における本件建物の価額(場所的利益を含む。)は二二四万四、〇〇〇円であったことが認められるから、被控訴人は控訴人に対して右金額の支払いをなすべき義務があるものといわなければならない。
なお、本件建物買取請求権については、前記請求異議訴訟(以下前訴という。)において、これを行使し得ないものとしてその主張が排斥されていることは前述したとおりであり、控訴人は、本訴において再び右建物買取請求権行使の効果を主張することになるが、控訴人としては、前訴で提出し得たにかかわらず提出しなかつた主張を本訴において新たに提出するわけではなく、また前訴で提出した主張と相容れない主張を本訴において提出するわけでもなく、かえつて、本訴においても前訴において提出したと同様の事実を主張したうえ、前訴におけると異なる法律効果を主張するものにほかならないから、訴訟上の信義則に反するものとはいえない(殊に建物買取請求権行使の許否について最高裁判所が前記のような判断をしていることを斟酌すれば、なおさらのことである。)。また、本訴の建物買取代金請求認容の判決が前訴の請求異議棄却の確定判決の効力を変更することになるものでもない。してみれば、本訴請求は、前記のとおり前訴の確定判決の既判力にふれるものでないことはもちうん、既判力類以の効力(いわゆる争点効)にふれるものでもないというべきである(最高裁判所昭和四三年(オ)第一二一〇号昭和四四年六月二四日第三小法廷判決、裁判集民事九五号六一三頁、同庁昭和四七年(オ)第一二九三号昭和四八年一〇月四日第一小法廷判決、裁判集民事一一〇号一五九頁、同庁昭和四六年(オ)第四一一号昭和四九年四月二六日第二小法廷判決、民集二八巻三号五〇三頁各参照)。
三よつて、被控訴人に対して前記建物買取代金二二四万四、〇〇〇円及びこれに対する本訴状送達の翌日であること記録上明白な昭和五一年九年二二日から支払いずみにいたるまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める控訴人の本訴請求は、理由があるからこれを認容すべきであり、右と異なり本訴請求を棄却した原判決は、失当であつて、本件控訴は理由があるから、民事訴訟法第三八六条により、原判決を取り消して本訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき、同法第九六条、第八九条、仮執行宣言につき、同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(安藤覚 森綱郎 奈良次郎)