東京高等裁判所 昭和52年(ネ)925号 判決 1979年9月25日
控訴人
エムエス企画株式会社
右代表者
佐藤正樹
右訴訟代理人
金野一秀
右訴訟復代理人
石原英昭
被控訴人
吉沢良雄
右訴訟代理人
高島謙一
主文
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人に対して、金一二〇万円を支払え。
3 訴訟費用は、第一審、第二審ともに被控訴人の負担とする。
事実
第一 当事者の求める裁判
一 控訴の趣旨
主文同旨の判決を求める。
二 控訴の趣旨に対する答弁
控訴棄却の判決を求める。
第二 当事者の主張及び証拠
次のとおり附加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。
一 当審における控訴人の主張
1 クラブホステスが一般的に安定性の少い職業とはいえないし、また吉沢惟子の借金の用途が他からの借金の返済に当てるものであつたとしても、そこから当然に他にも相当額の借入金債務があると予想できるものではない。
2 クラブホステスの生活態度が一般的に良好でないのであれば、そのような者に実印を預けたことは、被控訴人の重大な過失である。
3 控訴会社の従業員(チーフマネージヤー)畠山薫は、吉沢惟子の住所を確認するため同人の住居に赴いた際、たまたま同人の母親がいたので、惟子が控訴会社より金一二〇万円を借り受けるに当たり被控訴人が連帯保証人になつているが間違いないかとただしたところ、母親はこれを認めた。その後、昭和五〇年一二月頃に、惟子が突然行方をくらましたので、訴外鈴木康雄と控訴会社代表者が被控訴人宅に赴いたところ、惟子の母親は、惟子が金を借りたこと及び被控訴人が連帯保証をしたことを認めた。従つて、控訴人が被控訴人に対して直接連帯保証の有無を認めていないとしても、控訴人に過失があるとはいえない。
二 当審における被控訴人の主張
1 控訴人は、昭和五〇年六月三日に金一〇万円、その後更に五万円合計一五万円を吉沢惟子に貸し付けたに過ぎず、その主張ごとく金一二〇万円を貸し付けたことはない。
2 惟子は、右金一五万円のうち金一二万円を既に返済した。
<証拠関係省略>
理由
第一請求原因事実1について。
一<証拠>を総合すれば、控訴会社は、昭和五〇年六月三日に吉沢惟子に対して金一二〇万円を、弁済期を翌五一年六月末日と定めて貸し付けた事実が認められる。
二当審証人吉沢惟子は、昭和五〇年六月三日に控訴会社から借り受けたのは金一〇万円であり、その後同年一二月二八日に更に金五万円を借り受けたから、借金額は合計金一五万円に過ぎないと証言(第一、二回)しているが、右証言は、前掲各証拠に照らしてたやすく措信し難く、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。
第二請求原因事実2(1)及び(2)について。
一控訴会社は、昭和五〇年六月三日に、被控訴人との間で、同人が吉沢惟子の控訴会社に対する前記貸金債務を連帯保証する旨の契約を締結したと主張するが、被控訴人が自ら本件連帯保証契約を締結したものと認めるに足りる何らの証拠もなく、かえつて、前記認定の結果によれば、前記甲第一号証の連帯保証人欄の被控訴人の署名は、被控訴人自身によつてなされたものではないことが認められるから、請求原因事実2(1)は理由がない。
二<証拠>を総合すれば、吉沢惟子が被控訴人を代理すると称して昭和五〇年六月三日に控訴会社との間で本件連帯保証契約を締結した事実を認めることができる。しかし、被控訴人が吉沢惟子に対して右契約締結の代理権を付与したとの点については何らの立証も存しないから、請求原因事実2(2)の主張もまた理由がない。
第三請求原因事実2(3)について。
一被控訴人が昭和五〇年五月三一日頃、吉沢惟子に対し、同人が控訴会社に入社するについて、被控訴人がその身元保証人となることを承諾し、惟子が被控訴人の代理人として控訴会社との間で身元保証契約を締結する権限を付与し実印を交付したことは、当事者間に争いがない。
二<証拠>によれば、控訴会社代表者は、本件連帯保証契約締結の当時、吉沢惟子に被控訴人を代理する権限があると信じていたことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
三<証拠>を総合すれば、吉沢惟子は被控訴人の実妹であること、本件保証契約締結の際、吉沢惟子は、控訴会社代表者に対し、被控訴人の実印、印鑑証明書及び被控訴人所有土地の権利証を示して、兄である被控訴人は資産もあり連帯保証人となることを承諾しており、契約締結についての一切の権限を惟子に与えている旨述べて前記権利証を差し入れたこと、以上の事実が認められ、右事実によれば、他に特段の事情のない限り、控訴会社代表者が古沢惟子に保証契約締結の代理権があると信じたことについて正当の理由があるものというべきである。
四もつとも、控訴会社は、本件契約の締結に当たり直接被控訴人に連帯保証の意思があるかどうかを確めておらず(この点に関し、被控訴人の承諾を得たとするごとき控訴会社代表者の原審及び当審(第一、二回)における供述は、かなりあいまいで十分の信を措き難く、また、<証拠>によれば、同人が控訴会社の畠山マネージヤーとともに被控訴人方に赴いたのは、契約締結後半年以上もたつた昭和五〇年一二月頃であると認められる。)惟子が、ややもすれば定着性に不安のあるクラブホステスであり、かつ、控訴会社に雇われた直後の高額の借金の申込みであつてみれば、控訴会社としても被控訴人の意思の確認につき、より慎重な対処をすべきであつたとの批判もあろう。しかしながら、前記のとおり、被控訴人は、妹である惟子が控訴会社に雇われるについて身元保証をすることを承諾し、身元保証契約締結の代理権を惟子に授与したものであつて、惟子の行為に起因する控訴会社の損害について賠償責任を容認した者であること、前記認定のごとく、吉沢惟子は被控訴人の実印、印鑑証明書、被控訴所有土地の権利証を契約締結の際に所持し控訴会社に提示したこと、<証拠>によれば、被控訴人は吉沢惟子に対して、母吉沢ヨシを通じて右実印を交付し、また、印鑑証明書の交付申請をする代理権を吉沢ヨシ及び吉沢惟子に付与したことが認められ、前記のような外観作出について被控訴人に相当程度の関与があること、<証拠>によれば、被控訴人は、本件貸借の前後を通じ、惟子が他から借金をするにつき保証をしており、その金額は五万、一〇万のものから七〇万円のものまで数回にわたり、そのつど惟子に実印を貸与していたことが認められるのであつて、以上の事実関係全般を通じて考察すれば、被控訴人側にも、惟子の無権代理行為に誘因を与え、かつ控訴会社代表者を前記誤信に陥らしめるにつき、少なからぬ責任があるものといわざるを得ず、控訴会社代表者が被控訴人に直接連帯保証の意思を確認しなかつたとの一事をもつて、直ちに、控訴会社の前記信頼を取引上保護するに値いしない特段の事情があるということはできず、右のように信じるにつき正当な理由があつたというべきである。
五従つて、被控訴人は、民法第百十条の規定により控訴会社に対して責任を負うべきものである。
第四弁済の抗弁について。
被控訴人は、吉沢惟子が控訴会社に対して金一二万円を返済したと主張し、当審証人吉沢惟子はこれを裏付ける証言(第一回)をしているけれども、右証言はたやすく措信し難く、他に右主張を肯認するに足る証拠はない。
第五結論
よつて、被控訴人は控訴会社に対して金一二〇万円を支払う義務があり、控訴会社の本訴請求を棄却した原判決は失当で本件控訴は理由があるから、原判決を取り消して控訴会社の右請求を認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九十六条、第八十九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。
(杉山克彦 横山長 三井哲夫)