東京高等裁判所 昭和52年(人ナ)2号 判決 1977年4月19日
請求者
三田村カヨ
右代理人
江尻平八郎
外三名
被拘束者
三田村正義
(昭和四七年七月二日生)
右国選代理人弁護士
大崎康博
拘束者
三田村正雄
拘束者
三田村正憲
拘束者
三田村玉恵
右三名代理人弁護士
飯塚正寿
同
鈴木元子
主文
請求者の請求を棄却する。
被拘束者を拘束者らに引き渡す。
手続費用は請求者の負担とする。
事実《省略》
理由
請求者と拘束者三田村正雄(以下「拘束者正雄」という。)は昭和四三年一二月一二日婚姻し、被拘束者は昭和四七年七月二日同人らの間に出生した子であること、拘束者正雄が昭和五一年一〇月一〇日請求者方から被拘束者を連れ出し、その後拘束者ら(拘束者三田村正憲は拘束者正雄の父、拘束者三田村玉恵は拘束者正雄の母。)は現在までその肩書住所地で被拘束者を拘束している事実は、当事者間に争いがない。
<証拠>をあわせ考えると、次の事実が疏明される。
(1) (拘束までの経緯)請求者と拘束者正雄は婚姻後埼玉県川口市に所在する請求者の父小野木一郎所有のアパートで結婚生活に入つたが、横浜市内の拘束者正雄の勤務先までは遠隔でもあり、同人の月収も十分に余裕のあるものでもなかつたので、右小野木一郎からすすめられ、約半年後には東京都豊島区西巣鴨二丁目○○番○号の住所地に所在する同人所有の家屋(請求者の実家にあたる。)二階の八畳間一室に居を移して結婚生活を続けることとなつた。ところで右二階は同室のほか、四畳半及び三畳の部屋があつたが、これらはいずれも唐紙障子で仕切られていて、防音上不十分な家屋構造で其処に請求者の弟二人がそれぞれの部屋に起居し(うち一人は後に他に転居)ていたため、拘束者正雄と請求者との結婚生活は兎角気づまりで拘束者正雄はこのような生活に不満を感じていたところ、請求者は生来家庭的な性格の人格というよりむしろ外に出て働くことを好む外向的性格の人柄で被拘束者の出産前は勿論その出生後も家庭を外にして働きに出ることが多く外出がちであり、かつまた住居が請求者方の実家であるため、その気安さのため請求者が気儘な振る舞いに出ることもあつて拘束者正雄は請求者のかかる行動を心よからず思つていたが、請求者も拘束者正雄が被拘束者の出産にあたり請求者の面倒を十分にみてくれなかつたことに不満をいだき、右の出産前後より不和となり両者の間で口論が絶えなかつた。請求者は被拘束者を出産後、被拘束者の世話を請求者の母長谷部トシに任かせ、トシが被拘束者に添寝するのが殆んどであつた。そうするうちに請求者は、拘束者正雄が仕事の関係から外泊が多くなり、これを詰問するたびに口論となり拘束者正雄においても請求者が被拘束者を母アヤに任かせて外出することに不満をいだきこれを難詰するうちに、両者の間の不和はいよいよつのり、請求者は拘束者正雄との離婚を口にするようになつたが、昭和五〇年一〇月突然被拘束者を家に残したまま行先も告げないで家出をした。拘束者正雄は、請求者の実家で生活することに嫌悪をいだいていたので、しばらくは請求者の実家から通勤していたが請求者から夫の拘束者正雄及び請求者の父母らに対し何らの音信もなく、捜索願を警察署に出して行方を探がしたが尋ねあたらないので、昭和五一年三月ごろ請求者の実家を出てアパートに別居し、次で同年一〇月肩書住所地にある家屋を借り受け、被拘束者をも引き取つて監護養育すべく当時他で職に就いていた父母に右借家に住み込んで貰い、被拘束者引取りの準備をする一方請求者の実家にたびたび請求者の消息を聞き、また被拘束者の様子をみに訪ねたが請求者の消息が判らないでいたところ、同年六月ごろになつて始めて請求者が実家に便りを寄せ、その二、三日後に帰宅したので、拘束者正雄は請求者と将来を話し合つたところ、請求者が同人との離婚を主張したので、請求者の両親とも話し合つたが、そのうち請求者の両親において拘束者正雄が請求者の実家を訪ねることに対し好意を示さなかつたことから、ついに同年一〇月被拘束者を請求者の実家から引き取る実行に移ることを決意し、同月一〇日、請求者の実家に赴き、子供にオモチヤを買つてやるから、と称して被拘束者を連れ出し、拘束者らの肩書住所地の家屋で被拘束者の監護養育をはじめて現在にいたつている。
(2) (請求者側の事情)請求者及びその父母は、右一〇月一〇日夕方その郵便函の中に拘束者正雄が被拘束者を欺して連れ出した旨の置手紙が投函されてあるのを見つけて、これを知り、同月一四日には請求者の実家の附近にある白鳩幼稚園に入園のための面接日でもあつたため、拘束者正雄及び被拘束者の所在につき諸処を尋ねたがみあたらず、請求者は、同年一一月拘束者正雄の勤務先である○○建設株式会社横浜支店の所在地を管轄する横浜家庭裁判所に家事相談に赴き、同月一二日夫婦関係調整の調停申立てをし、家事調査官の調査に応じたが、その後開始された調停委員会には出頭せず、さらに、昭和五二年三月一五日の調停期日にも出頭しなかつたので、同調停委員会は調停申立人たる請求者が不当な目的で濫りに調停の申立てをしたものと認めて調停をしないものとして事件を終了させることとした。請求者は、家出から帰宅した後も日中、家出中に勤務していた食堂のウエイトレスの仕事を続け、被拘束者の面倒を母に任かせており、将来も日中は外で働きたい希望をもつている。請求者の実家ではその父がアパート二棟を所有し、これからの月収が三五万ないし四〇万円あるが、父はもと大工をしていたところ、現在腎臓が悪く、血圧も高いので仕事をしていない。請求者が被拘束者を入園させるべく予定した幼稚園は現在入園手続のための面接日に出頭できなかつた関係上その入園の可能性は少ない。
(3) (拘束者ら側の事情)拘束者正雄は、被拘束者を請求者の実家から連れ出して、肩書住所地の借家(二DKの間取りで一戸建て庭付き。)にその父母である拘束者三田村正憲、同三田村玉恵とともに被拘束者を監護養育しているが被拘束者は拘束者正雄で右家屋に連れてきた日に一晩だけ泣いたが、その後拘束者らに懐き、日中は拘束者正雄の父母の監護養育のもとに近所の子供と一緒に遊び、拘束者正雄が勤務先から帰ると一緒に団らんの時を過ごし、夜は拘束者正雄と寝床をともにして就寝している。被拘束者は拘束者らの住家の附近に所在する旭たちばな幼稚園に昭和五一年一一月六日に昭和五二年四月からの入園を許可されていて同月七日から通園の予定である。拘束者らの家計は拘束者正雄が勤務先からうる月収約一七万ないし一八万円(賞与別)のほか、その父の家作及び拘束者正雄以外の男の子等からの仕送り等の収入月約一〇万円及び父母の預金利子若干(なお、母は昭和五二年九月まで月収約八万円の失業保険金収入がある。)によつている。拘束者正雄は、請求者の申し立てた前記の調停事件につき呼出しの都度出頭したが、請求者が出頭しなかつたので、調停期日での話合いの機会はなかつた。
以上の事実が疏明され、<証拠判断略>。
右の事実によると、請求者及び拘束者正雄はともに幼児である被拘束者に対し共同親権者としてその監護養育の権利義務を有するものであるが、その別居中、請求者の監護のもとにあつた被拘束者を拘束者正雄において請求者の意思に反して連れ出し拘束者らのもとに拘束して現在にいたつているものというべきところ、拘束者正雄には被拘束者の親権者たる父としてこれを監護養育をする権利義務があるが、拘束者三田村正憲及び拘束者三田村玉恵は、被拘束者の親権者として。これに対して監護養育の権利を行使し得る立場にあるものではなく単に拘束者正雄の父母としてこれと同居し、拘束者正雄が被拘束者に対して有する監護養育の権利義務の遂行を補助する立場にある者であるものに過ぎず、拘束者正雄とは別個に独立して被拘束者を拘束している者でもないから、拘束者正雄の拘束状態が不当であるかどうかによつて、同人等の拘束補助者としての行為の当、不当が定められるべきものというべきである。そこで拘束者正雄の拘束の当、不当について考えるのに、夫婦の一方が他方に対し、人身保護法に基づき、共同親権に服する幼児の引渡しを請求した場合には、夫婦のいずれに監護させるのが子の幸福に適するかを主眼として子に対する拘束状態の当、不当を定め、その請求の許否を決すべきである(最高裁判所昭和四三年七月四日第一小法廷判決最高裁判所民事判例集二二巻七号一四四一頁参照。)ところ、ここにいう幸福に適するとは、現在幼児のおかれている状態を基準にし、その状態を継続させるか、あるいは現在おかれている状態を変更させるかそのいずれが、幼児にとつて幸福に適するかをいうものと解すべく、したがつて意思能力のない幼児が現在おかれた状態が、これまで監護養育していた者の意思に反して生じたという経過だけから直ちにその拘束を不法であるとして人身保護法を適用しその救済を容認すべき筋合のものであるということはできない。しかるに、前示疏明事実によると、被拘束者は昭和五一年一〇月一〇日請求者のもとから拘束者正雄の拘束のもとにおかれて約六か月を経過した現在、拘束者らのもとにおいて平穏に監護養育され、附近の子供らとも馴染んで一緒に遊び、昭和五二年四月七日からは附近の幼稚園に通園することとなつており、拘束者らにおいて、被拘束者を現在監護養育するにつきこれを妨ぐべき事情はみあたらないのに対し、請求者は被拘束者を監護養育するにつき、そのこれまでの被拘束者に対する態度(とくに請求者が昭和五〇年一〇月被拘束者を実家に置去りにして家出したまま翌昭和五一年六月帰宅するまで数か月間全く実家との音信を不通として被拘束者を顧みなかつた態度)からみて、これを十分に尽すことを期待することには疑問があり、これら彼此の事情を比較考量すると、現在おかれている被拘束者の状態を変更するよりも拘束者正雄のもとにおいて被拘束者を監護養育させるのが被拘束者の幸福に適するものと認められるので、拘束者らの被拘束に対する拘束は不当でないものというべく、したがつて請求者の本件人身保護請求は理由がない。
よつて、本件請求を棄却し、被拘束者を拘束者らに引き渡し手続費用は請求者に負担させることとして、主文のように判決する。
(菅野啓蔵 舘忠彦 高林克巳)