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東京高等裁判所 昭和52年(行ケ)100号 判決

一 請求の原因(一)及び同(二)の事実(特許庁における手続の経緯並びに本件審決及び各補正却下決定の各理由の要旨)については、当事者間に争いがない。

二 ところで、原告は、各補正却下決定のうち補正(二)の却下決定が誤つており、本件審決は、右の誤つた決定を前提とし、公告された特許請求の範囲に基づいて本願発明の要旨を認定したことにより判断を誤つた違法がある旨主張するので、まず、右の補正(二)の却下決定の当否について判断する。

(一) 補正(二)の内容等

いずれもその成立について争いのない甲第三号証及び甲第二一号証によれば、本願発明につき出願公告された明細書(以下「公告明細書」という。)における特許請求の範囲の記載が、

「たんぱく質含有食品の品質を改良するに当り、動物性たんぱく質含有食品を、少くとも一種の一塩基性アミノ酸又はその塩を含有し、少くとも六のpHを有する水溶液と接触させることを特徴とするたんぱく質含有食品の品質を改良する方法。」

であり、補正(二)によつて補正された特許請求の範囲の記載が、

「肉及び肉製品の動物性たんぱく質含有食品を、グリシン、リシン、ヒスチジン、アルギニン、シスチン、メチオニン及び一―フエニルアラニンのアルカリ及びアルカリ土類金属塩、遊離のリシン、ヒスチジン、アルギニン、シスチン、メチオニン及び一―フエニルアラニン、及びゼラチン、カゼイン、フイブロイン、セラムアルブミン、ヘモグロビン、ゼイン、ケラチンの加水分解により得られた遊離の混合アミノ酸並びにそのアルカリ及びアルカリ土類金属塩から成る群から選択した少くとも一種の一塩基性アミノ酸及び/又はその塩を含有し、その一%水溶液にした場合に少くとも七・五のpHを有するアミノ酸組成物と接触させることを特徴とする前記肉及び肉製品の動物性たんぱく質含有食品の品質を改善する方法。」であること及び補正(二)による補正事項が、

<1> 「動物性たんぱく質含有食品」を「肉及び肉製品の動物性たんぱく質含有食品」にすること(特許請求の範囲)

<2> 「少くとも一種の一塩基性アミノ酸又はその塩」の前にこれ等の一塩基性アミノ酸又はその塩の具体的な名称を列挙して挿入すること(同右)

<3> 「少くとも六のpHを有する水溶液」を「その一%水溶液にした場合に少くとも七・五のpHを有するようにした七・五以上のpHを有する一塩基性アミノ酸及び/又はその塩の水溶液」とすること(同右)

<4> 実施例二、四、六、八、九、一一を削除し、別に実施例一〇、一一、一二を挿入すること(発明の詳細な説明)

以上の点にあることが認められる。

(二) <1>の補正事項について。

右<1>の補正事項が、本願発明の対象物を「肉及び肉製品」に限定するにすぎず、特許請求の範囲の減縮にあたり、実質的にこれを拡張ないしは変更するものでないことは明らかである。

(三) <2>の補正事項について。

1 前記(一)に認定した事実によれば、補正(二)によつて特許請求の範囲に具体的に記載されることとなつたアミノ酸及びその塩は、次のとおりである。

(a) グリシン及びリシンのアルカリ塩、遊離のリシン、ヒスチジン、アルギニン、シスチン、メチオニン及び一―フエニルアラニン並びにゼラチンの加水分解物

(b) グリシン及びリシンのアルカリ土類金属塩、ヒスチジン、アルギニン、シスチン、メチオニン及び一―フエニルアラニンのアルカリ及びアルカリ土類金属塩並びにカゼイン、フイブロイン、セラムアルブミン、ヘモグロビン、ゼイン及びケラチンの加水分解により得られる遊離の混合アミノ酸及びそのアルカリ金属塩とアルカリ土類金属塩

そして、右(a)及び(b)に記載されたものがすべて一塩基性アミノ酸またはその塩に属することは明らかであるから、<2>の補正事項は、一塩基性アミノ酸及びその塩に属するもののうち、遊離のグリシンを除き、かつ、右(a)及び(b)に列挙したアミノ酸及びその塩に限定したもので、特許請求の範囲の減縮にあたるということができる。

2 ところで、被告は、右(b)記載のアミノ酸またはその塩は、公告明細書中に効果が記載されておらず、単に希望的に記載されているにすぎないから、これらを特許請求の範囲に具体的に記載することは、実質的に特許請求の範囲を拡張するものである旨主張する。

(1) しかしながら、前記甲第三号証第八頁右欄第二五ないし第三〇行並びに同頁下段の表によれば、一塩基性アミノ酸であるグリシン、アルギニン、リシン、ヒスチジン、メチオニン及びシスチンの一グラムの一%水溶液のpHを低下させるに要する〇・一N塩酸の必要量は、pH七・五をpH五・五に低下させるのに、メチオニンの三ミリリツトルからヒスチジンの五六ミリリツトルの範囲であるのに対して、加水分解ゼラチンAは七ミリリツトル、同Bは六ミリリツトルであり、pHを九・五から五・五に低下させるのに、アルギニンの三七ミリリツトルからシスチンの七五ミリリツトルの範囲であるのに対して、加水分解ゼラチンAは四四ミリリツトル、同Bは三八ミリリツトルであることが認められ、右事実によれば、加水分解ゼラチン(ゼラチンを加水分解して得られた遊離のアミノ酸)のpHを所定の値に低下させるのに要する塩酸の必要量は、前記の一塩基性アミノ酸の場合の必要量の範囲内にあるということができ、他にも加水分解ゼラチンと他の一塩基性アミノ酸との効果の違いを認めるに足る証拠はないから、加水分解ゼラチンが他の一塩基性アミノ酸に比較して特有の効果を奏するものではないとみることができる。そして、同号証第二頁左欄第二〇ないし第二六行によれば、公告明細書には、カゼイン、フイブリン、セラムアルブミン(血清アルブミン)、ヘモグロビン、ゼイン、ケラチン等もゼラチンと同列に記載されていることが認められるので、それらの加水分解物である混合アミノ酸もゼラチンの加水分解物である混合アミノ酸と同程度の効果を奏すると推定され、結局、被告主張の前記実施例に記載されていないアミノ酸も、実施例に記載された一塩基性アミノ酸と同等の効果を奏するものと推定される。

(2) つぎに、補正(二)によつて具体的に記載されたアミノ酸のアルカリ及びアルカリ土類金属塩の作用効果について検討するに、前記甲第三号証第四ないし第五頁の実施例三の記載によれば、グリシン、アルギニン、シスチン及びリシンをそれぞれ単独で使用した場合と、その一部をナトリウム塩にして使用した場合との効果が大体同等であること並びに一部をカリウム塩にして使用した場合にもナトリウム塩と同等の効果を奏することが、また、同号証第二頁右欄第三五ないし第五六行によれば、一塩基性アミノ酸類のアルカリ土類金属塩も使用できることが、それぞれ補正(二)前の公告明細書に示されていることが認められる。

(3) したがつて、公告明細書の記載によれば、少くとも補正(二)によつて具体的に限定された範囲のアミノ酸類及びその塩類ならば、たんぱく質含有食品の品質を改良する点では同等の効果を奏すると推定されるとみるのが相当であり、これらのアミノ酸類又はその塩類のうち特定のものが格別の効果を奏するものであることを認めるに足る資料のない本件においては、公告明細書に実施例の記載等の具体的な説明がないことのみから、補正(二)前における本願発明の要旨を実施例中に記載された前記(a)のアミノ酸又はその塩類に関するものに限定して解釈し、<2>の補正事項が実質的に特許請求の範囲を拡張するものとすることはできず、被告の前記主張は採用できない。

(四) <3>の補正事項について。

1 前記(一)に認定した事実によれば、公告明細書の特許請求の範囲の記載は、「動物性たんぱく質含有食品と接触させるアミノ酸又はその塩の水溶液のpHは少なくとも六」というものであるのに対し、補正(二)による右pHについての限定は七・五以上というものであり、右両者の数値範囲を比較すると、pH七・五以上は、「pHが少くとも六」という範囲より数値については減縮されていることは明らかである。

2 ところで、被告は、公告明細書には、pH七・五以上にすることの効果は記載されていないから、このpHについての限定は、実質的に特許請求の範囲を変更するものである旨主張する。しかし、公告明細書の記載、例えば、「緩衝はpH五・五~八のpH範囲で行うことを好適とし」(甲第三号証第三頁右欄第二九ないし第三〇行)、「本発明の添加物が比較的低いpHで用いられることは著しい長所である」(同号証第八頁右欄第二五ないし第二六行)という記載等をみても、その趣旨が、pHが七・五以上では本願発明の目的が達成できないとしてこれを排除するものとは解されず、かえつて、「pHが一〇以上更に一二以上でもすぐれている」(同号証第三頁左欄第一二ないし第一三行)、「pHの上限は一〇を越えないようにすることが好ましい」(同欄第一八ないし第一九行)という記載によれば、pHが七・五以上でも、それ以下のpH範囲と同程度の効果を奏すると解される。さらに、補正(二)後の明細書(甲第二一号証)の記載を公告明細書の記載と対比しても、pH七・五以上の場合に、pH七・五未満の場合に比較して顕著な効果の差があるということは認められない。そうすると、<3>の補正事項をもつて、実質的に特許請求の範囲を変更したものとすることはできず、被告の右主張は失当といわざるをえない。

(五) <4>の補正事項について。

右(三)及び(四)に示したとおり、本願発明において、使用する一塩基性アミノ酸及びその塩類を限定すること並びにそれらの水溶液のpHの範囲を七・五以上に限定することは、いずれも特許請求の範囲を減縮するものであり、実質的にこれを拡張ないし変更するものにあたらないのであるから、その特許請求の範囲に限定された範囲内で実施例の削除や加入をしても、それは、実質的に特許請求の範囲を変更することにはなりえず、明瞭でない記載の釈明とみるべきものである。

(六) 以上によれば、補正(二)は、公告明細書の特許請求の範囲の減縮及び明瞭でない記載の釈明にあたり、実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものではなく、許容されるべきものであるから、これを却下した決定は違法といわなければならない。

三 しかして、本件審決は、右却下決定を前提として、補正(二)前の公告明細書の記載に基づいて本願発明の要旨を認定したものであるから、要旨の認定を誤つた違法があるといわなければならないところ、補正(二)後の特許請求の範囲は前認定のとおりであつて、本件審決理由中の引用例一及び二に記載された遊離のグリシンが除かれ、含まれていないから、本件審決における前記発明の要旨の誤認は、本願発明が一塩基性アミノ酸の一種としてグリシンを添加する点で引用例と一致するという認定を前提とする本件審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。

四 よつて、本件審決を取り消すこととする。

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