大判例

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東京高等裁判所 昭和52年(行ケ)118号 判決

一 請求原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。

二 本件審決の取消事由について

1 原告は、本願発明が、大気中のガス洩れを監視し警報する装置であると主張し、被告はこれを争つて、大気中のガス洩れ監視のためのものに限定されない、と主張する。

よつて検討するに、本願発明の明細書(甲第二号証)の特許請求の範囲には、本願発明が大気中のガス洩れ監視のためのものであることの明確な記載はない。

しかしながら、成立に争いのない甲第二号証によれば、本願発明の明細書の特許請求の範囲には、「該検知素子を加熱することにより、その応答に対する湿度の影響を除去し」との記載のあることが認められるところ、成立に争いのない甲第八号証、第九号証によれば、湿度とは、一般に空気中に含まれる水蒸気の度合を意味するものと認められるから、右検知素子は空気中(大気中)に設置されるものであることが窺知される。

また、右甲第二号証によれば、本願発明の明細書の発明の詳細な説明中には、本願発明に関して、従来用いられているガス洩れ警報器の種類とそれらのもつ欠点が記載されていること、本願発明がその欠点を解決しようとしたものであることが認められるが、ここに挙げられているガス洩れ警報器、すなわち、石油ランプの炎の長さを測定して警報するもの、カナリヤ法のもの、熱線式警報器、光電管法のもの及び金属酸化物を利用するもののうち、前三者は大気中で用いられるものである。

また、右甲第二号証の発明の詳細な説明中には、「大気中の酸素圧は一定であるため……」(第二欄三一行、三二行)、「ガスがなくなり、元の清浄大気中に戻つた時は、……」(第三欄二〇行)、「大気中の湿度の影響を避けたい時は、……」(第三欄四五行、第四欄一行)、「大気中約一五〇度Cに加熱された状態において……」(第四欄一二行、一三行)など、本願発明の装置が大気中で使用されるものであることを窺わせる記載のあることが認められる。

なお、同号証の温度補償の説明の項に、「半導体素子を直接加熱せずに接触するガスあるいは空気を熱するようにしても、すなわち、傍熱方式を取つても同様の効果が得られる。」との記載があるが、右記載の「ガス」は、その前段の記載から、検知しようとしている対象ガス(還元性気体)を指しているものと解されるので、右記載中の「接触するガスあるいは空気を熱する……」とは、「半導体素子に接触する空気及び検知しようとする還元性気体の混合物を熱する……」ことを意味するものと解せられる。

以上の事実を総合すれば、本願発明は、原告主張のとおり、大気中のガス洩れ監視のためのガス警報装置であると解するのが相当である。

2 原告は、引用例はガスクロマトグラフに関する実験研究報告書である、と主張し、被告はこれを争つて、厳密な意味ではガスクロマトグラフとするのは妥当でない、と主張する。

よつて検討するに、成立に争いのない甲第三号証によれば、引用例は、「半導体薄膜を利用した気体構成成分の新しい検知器」と題する論文であり、その中に、「筆者らは、気体構成成分用の新しい型の検知器を開発した。本器は気体の吸着と離脱が半導体物質の電導率に変化を生じさせることに着目して開発されたものである。この現象は、ある程度知られているが、筆者らは、高温(約四〇〇度C)において、吸着と連続的離脱の過程が、半導体の表面で、非常に急速に発生し、薄膜状半導体の利用により、電導率に顕著な変化が示されるであろうことを発見した。叙上の薄膜の性質は、気体成分の検知に応用できる。故に、筆者らは、普通の熱電導セルの代りに、上記薄膜をガスクロマトグラフの検知器として利用することを試みた。」との記載があり、具体例として、酸化亜鉛膜を用いたこと、担体ガス(窒素)をホウ硅酸ガラス管に通じさせること、炭酸ガス、ベンゼン、エチルアルコールなどの吸着により薄膜の電導率は増大すること、室温または一〇〇度Cにおいては、電導率の変化は非常に小さく検知できないが、約二〇〇度Cよりも高い温度では顕著なピーク型の変化が生ずること、いくつかの一般的な化合物について検知の結果を第一表に示すが、これらの測定はガスクロマトグラフのカラムを充填しないで行なつたこと、第一図の上図に、内部に酸化亜鉛膜を備え、担体ガスの入口と出口を備えたホウ硅酸ガラス管が示されていること、がそれぞれ記載されていることが認められるから、これらの記載からすれば、引用例における気体成分検知器の具体的な利用例はガスクロマトグラフであると認めることができる。

被告は、前記第一表に示されたものの測定がガスクロマトグラフのカラムを充填しないで行われていること及び甲第四号証の一ないし三に記載されている説明から、この測定の場合はガスクロマトグラフとしての使用ではない旨主張するけれども、引用例には、ガスクロマトグラフであることが明記されており、気体分析には、複数成分の種類を識別する(定性分析)場合、種類の識別と量の測定を行なう(定性定量分析)場合のほかに、単一成分(既知)の量のみを測定する(定量分析)場合もあり、ガスクロマトグラフは、その原理から、複数成分の分析に分離管は欠くことができないが、単一成分の定量分析にはその存在を必要としないことが成立に争いのない甲第四号証の一ないし三によつて認められ、前記第一表の例は単一成分の定量分析の基礎実験に当るものであり、右甲第四号証の一ないし三の記載は、ガスクロマトグラフの代表的な利用方法である複数成分の定性定量分析の場合について主として説明したものであり、ガスクロマトグラフの用い方その他すべての場合につき説明したものとはみられないから、被告の右主張は採用できない。

3 ところで、原告は、ガスクロマトグラフのような閉じられた系においてガス検知素子として用いうるとの技術の開示だけでは、当業者といえども、これをそのまゝ大気中のガス洩れ監視のためのガス警報装置のガス検知素子に使用することに想到することは不可能である、と主張する。

しかしながら、前認定のとおり、引用例には、半導体のガス検知の原理についての記載がされているのである。それによれば、半導体がガス検知素子として使用できるのは、気体の吸着と離脱が半導体の電導率に変化を生じさせる現象によるものであることが明らかであり、そして、引用例の具体例は、右の原理によるガス検知器のガスクロマトグラフへの利用例であつて、ガスの検知は閉鎖された系の中で行われてはいるが、系が閉鎖されている理由は、ガスクロマトグラフ自体の構成による(ガスクロマトグラフは、気体成分の種類あるいは量又はその両者を正確に測定するものであるから、元来、その系は閉鎖されている。甲第四号証の二。)ものであり、半導体がガスを検知する原理と、系が閉鎖されていることとは関連性のないことである。すなわち、引用例は、原告主張のような半導体が閉鎖された系の中でのみガスを検知しうることを開示しているものとは解されないのであつて、系の閉鎖、開放とは無関係に、ガスを検知できることを開示しているものである。

そうすれば、本願発明は、前述のように、それが大気中のガス洩れを監視し警報する装置であり、引用例がガスクロマトグラフに関するものであるとしても、引用例の記載から当業者が容易に発明することができたものというべきであるから、原告の主張は採用できない。

なお、原告の主張中にある熱電導セル型検知器(熱電導度セル型検知器)及び水素炎イオン化検知器は、いずれも、半導体を素子とするガス検知器とは、ガス検知の原理を異にするものであるから、本願発明の進歩性を判断する上で考慮すべき事項にはならない。

三 以上の次第であるから、結局、本件審決が、本願発明の進歩性の判断を誤つたとする原告の主張は理由がないので、その取消を求める原告の本訴請求は失当として棄却することとする。

〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。

還元性気体と接触することにより電気抵抗値が変化する還元型半導体を検知素子とし、該検知素子を加熱することにより、その応答に対する湿度の影響を除去し且つ上記気体の上記素子に対する吸脱着を敏速ならしめ、上記素子の検知出力を警報表示器に直接又は増幅器を介して接続したことを特徴とする還元性気体警報装置

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