東京高等裁判所 昭和52年(行ケ)126号 判決
一 本件出願についての特許庁における手続の経緯、発明の要旨及び審決の理由に関する事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、審決を取り消すべき事由の有無について判断する。
1 まず、成立に争いのない甲第二号証(本件特許公報)の本件発明の詳細な説明及び図面ならびに特許請求の範囲の記載からみると、本件発明は、いわゆるセンタードライブ方式の磁気テープ記録再生装置(テープレコーダー)に適用さるべきカートリツジ型磁気テープマガジンの構成に関するものであつて、請求の原因一2(本件発明の要旨)掲記のとおりの(A)ないし(H)の構成のうち、(A)はマガジンの構造についてのものであるが、(B)、(C)、(D)、(E)の各構成要件は、磁気テープマガジンの巻取心の孔を磁気テープ記録再生装置上のスピンドルに嵌着掛合したうえ、このスピンドルの駆動力で磁気テープをマガジンの前側壁に沿つて平行に案内して巻取るために必要な構成であり、本件発明の主眼は、このセンタードライブ方式による磁気テープ記録再生装置に適用される磁気マガジンの構造に関し、「マガジンを記録再生装置上に載せた後にマガジンを装置上に簡単な方法で鎖錠し得るように適切に構成配置した新規なマガジンを提供しよう」(本件特許公報第二欄第二三行ないし第二六行目)との目的から、マガジンの前側壁に変換装置及び押圧ローラをそれぞれ挿入するための複数個の開口を設け(前記構成(F))、さらにこの開口部において、マガジンの頂壁及び底壁部分をテープの面に対して直角にテープより前方に延在させることによつて、磁気テープ記録再生装置を録音、再生のため作動させるときには、変換装置及び押圧ローラがマガジンの前記開口部に挿入され、変換装置及び押圧ローラの外匣表面の少なくとも一方と前記頂壁及び底壁の延在部分とが協働して鎖錠掛合するように配慮し(前記構成(H))、これによつてマガジンがテープ巻取心の軸線と平行をなす方向に移動するのを防止する点にあると認められる。
そして、本件発明は、前記の如き鎖錠掛合部分を設けることによつて、「マガジンをスピンドル上に取付けるに必要なマガジンの移動方向に対し直角をなす方向にマガジンに向け変換装置及び押圧ローラを動かしてマガジン内に挿入するだけで変換装置及び押圧ローラをテープに接触させ作動位置にすると同時にマガジン記録再生装置に鎖錠することができ、この鎖錠を変換装置又は押圧ローラ或はこれら双方とマガジンの底壁とによつて行なわれることにより記録再生装置は鎖錠のために余分な空間を必要とせず、装置を極めてコンパクトになすことができる。」(本件特許公報第三欄第一六行ないし第二六行目)という効果を奏するものであることが認められる。
一方、成立に争いのない甲第三号証(米国特許第三〇〇一〇二五号明細書)によれば、引用例は、録音テープを巻き回したリール63、64をマガジンの側壁部材に保持した固定軸66、37に回転自在に取付け、かかる磁気テープマガジンの複数個を互に平行に並列させて装置内に固定し、これに対応すべき磁気変換ヘツド157、158、キヤプスタン駆動装置143及び巻取り駆動装置(ローラ)154、248を前記のマガジンの列に沿つて移動可能に台車106に支持し、作動に際しては、台車106が装置を横切つて、選択されたマガジンに対向する位置まで移動して停止し、適当な手段で磁気ヘツド及びキヤプスタン駆動装置を選択されたマガジンのテープに当接させ、また巻取り駆動装置(ローラ)を巻取りリールの周縁部と摩擦係合させてリールを駆動させるようにしたいわゆるリムドライブ方式による磁気テープ自動演奏装置とそのための磁気テープマガジンに関するものであつて、所定間隔で並列格納された複数個の磁気テープマガジンの位置を固定し、横方向の移動を防止するための手段として、次の(1)ないし(3)の如き構成が採択されていることが認められる。
これら引用例にみられる特別に設けられた強力で堅固な鎖錠ないし掛合装置の構造に徴すると、引用例における複数個の磁気テープマガジンは、専らこれらの鎖錠ないし掛合装置によつて保持されているものと理解するのが相当である。
(1) 「マガジンは、後に説明するが、装置を横断して延在し且つ端部を適宜側壁部材に固定させた支持体16、17及び18によつて並んで支持される。支持体16には等間隔に複数個のノツチ19を設ける。各ノツチの幅はノツチ内にマガジンを一個装着できる幅とする。ノツチ19の頂部近傍にピボツトピン21を取付け、マガジンの端部を枢支掛合させる。後述するように、各マガジンは、ピボツトピンをマガジンの端部に形成されたノツチと係合させ、次いで、マガジンは、内方に回動されて装置に差し込まれる。」(米国特許明細書第二欄第六三行ないし第三欄第三行目、同訳文第六頁第一行ないし第一〇行目参照。)(別紙図面(〔編註〕以下省略)(二)第一A、第五図参照。)。
(2) 「マガジンの上端は、支持体18によつて保持され、第二三図に詳細に示された番号22のラツチ機構によつて正しい位置に鎖錠される。支持体18には、複数個の間隔を置いた溝23が設けられている。マガジンの側壁は、突起体24を跨いで溝23まで達している。」(同明細書第三欄第四行ないし第一〇行目、同訳文第六頁第一一行ないし第一六行目参照。)(別紙図面(二)第一A、第二三図参照。)。
「マガジンの上下端は、同形であり、前述したピボツトピン21に係合し得るように形成した位置決めノツチ32が設けられている。マガジンの上下端には上部支持体18に形成された溝23内に嵌合し得るように形成された板37が設けられている。」(同明細書第三欄第二四行ないし第二九行目、同訳文第七頁第八行ないし第一三行目参照。)(別紙図面(二)第五、第一七図参照。)。
また、「各ラツチ組立体22(第一A図及び第二三図)は、軸89に回動自在に装置されたレバー88を有する。軸89は、支持体18に形成された縦方向の溝内の板91によつて支持される。レバー88の一端は、ばね92と係合されていて、その一端が上方に引張られる。レバー88の他方の端にはフツク部93が設けられていて、これはマガジンの端部に形成された肩部35と係合せしめられる。ばね92には、フツク部93の端94を、下方に向けカム面38に対して強く押し当てるに充分な強さを持たせてある。これによりマガジンを内方に挿入せしめる。」(同明細書第四欄第三五行ないし第四五行目、同訳文第一一頁第九行ないし第一七行目参照。)。
(3) 「第三支持体17には、支持体から外方に突出してマガジンの側壁を跨がらせるようにした複数個の突起26を設ける。かようにして、明らかなようにマガジンは、支持体16、17及び18ならびに支持体に形成された協働する溝及び突起体によつて並列的に保持される。」(同明細書第三欄第一三行ないし第一九行目、同訳文第六頁第一八行ないし第七頁第三行目参照。)(別紙図面(二)第一A、第五図参照。)。
「磁気ヘツドは、テープが両リール間において、区間51、52間を走行する部分でテープ表面に作用する。マガジンの前部両側近傍には、平面56、57を有する係合溝53、54が形成されている。各係合溝は、支持体17の突起部26に係合してマガジンの横方向の移動を防止するようになつている。そして、これらの突起部26の先端は、マガジンがセツトされると、各平面56、57に対向して位置する。」(同明細書第三欄第四三行ないし第五一行目、同訳文第八頁第七行ないし第一四行目参照。)。(別紙図面(二)第五、第一七図参照。)
2 ところで、審決は、本件発明と引用例記載のものとを比較して、相違点として三点を指摘(これらの相違点があることは、当事者間に争いがない。)したうえ、本件発明が記録再生装置の駆動手段として前叙のとおりいわゆるスピンドルによるセンタードライブ方式を採用した点(相違点(1))については、いずれの駆動方式も本出願前周知であるから、本件発明のようにセンタードライブ方式を採用するか、引用例の如くいわゆるリムドライブ方式を採用するかは、当業者が必要に応じて適宜容易に選択し得るにすぎないから格別の発明力を要したものとは認められないとし(審決三丁表下から二行ないし三丁裏八行目)、さらに、本件発明が、マガジンのテープ巻取心の軸線方向の移動を防止する意図で頂壁及び底壁に鎖錠掛合部分(延在部分)を設けた点(本件発明の構成要件(H))については、引用例に明白な記載のないことから一応相違点(3)として指摘したものの、引用例の「第一七図、第一八図及び第一九図にはマガジンの頂壁及び底壁のテープ案内側に、複数個の開口を設けた前側壁より前方に延在した部分が記載されており、上記の図示された構成から判断すると変換装置が第五図記載のように開口に挿入されテープと接合した作動状態にあるときは、上記延在部分によりマガジンが巻取心の軸線方向へ移動して……マガジンが装置から取外される(脱落する)点は防止されるものと理解できる。」(審決三丁裏下から三行ないし四丁表七行目)と判断したうえ、引用例に記載のものも同じような構成を具備している以上当然に本件発明と同じような作用効果を奏するものと理解でき、本件発明における構成要件(H)の如き構成が引用例の文言上明記されていなくても引用例にその技術思想が示唆されているものと認められるとした。
ところで、審決の相違点(1)についての判断は、巻取心駆動方式の採用自体の問題であるから、センタードライブ方式とリムドライブ方式の両者が公知である以上(この点は当事者間に明らかな争いはない。)、正当と認められるけれども、相違点(3)について、本件発明の構成(H)の如き技術思想が引用例に示唆されているとした認定は、以下述べるとおり誤りであると考えられる。たしかに審決が指摘する如く引用例の第一七図、第一八図ならびに第一九図には、マガジンの頂壁及び底壁のテープ案内側に、複数個の開口を設けた前側壁より前方に延在した部分が記載されており、かつ引用例の第三欄第五二行ないし第五七行目(同訳文第八頁第一五行ないし末行目)には、「磁気テープは、区間51、52において開口58及び59を通過する。これらの開口58、59は、テープと磁気変換ヘツドとを協働させるように磁気変換ヘツドを受け入れるように形成されている。そして、マガジンの側壁は磁気変換ヘツドの取付部材を案内してヘツドを磁気テープに整列されるように働く。」旨の記載があるが、これらの図示及び記載内容が、本件発明の構成(H)の如くマガジンの頂壁及び底壁の延在部分に磁気変換ヘツドを挿入することによつて鎖錠掛合させ、これで磁気テープマガジンが巻取心の軸線方向に移動するのを防止しようとするものであるとみることはできず、かような技術思想を示唆しているものとみることもできない。なぜなら、引用例には、右の技術思想についての明らかな記載がないことに加え、前叙の如く引用例の磁気テープ自動演奏装置は、その構造上、前記認定の如き(1)ないし(3)の特別の確実に機能する鎖錠手段を具えており、これらが協働することによりマガジンの鎖錠固定を充分に達成し得るのであり、本件発明の如く磁気テープより前方に延在させた頂壁及び底壁と磁気変換ヘツドとを嵌合せしめる構成による鎖錠掛合手段は、その必要がない。かえつて、(1)ないし(3)の鎖錠手段で固定装着された複数個の磁気テープマガジンから順次一つを選択して自動演奏するには、その都度台車を移動させたうえ、自由に磁気変換ヘツドをマガジンの開口部に挿入、離脱させなければならないのである。したがつて、前記指摘した図示及び記載内容からは、磁気変換ヘツドを前側壁の開口部に案内して変換ヘツドと磁気テープとの間に電磁気的な協働関係を確保すべきことが理解できるだけであつて、それ以上に開口部の延在部分を磁気変換ヘツドと掛合させて鎖錠させるという技術思想をひきだすことはできないというべきである。
審決は、引用例の磁気テープ再生装置にあつては、マガジンを鎖錠して横方向(巻取心の軸線方向)に動かないようにするために特別の配慮をし、前記認定の如き(1)ないし(3)の特別の鎖錠掛合手段を具え、これらが協働して作用することで充分な鎖錠効果を達成しうることに思い至らず、引用例にも開口58及び59が磁気変換ヘツドを受け入れるような一見本件発明の構成(H)と同じような構成がみられるところから、他の個所に複数個の堅固な鎖錠掛合手段のあることなど、装置全体の中でのその部分の機能、役目を慎重に検討することなしに、同じような構成を具えている以上当然本件発明と同じ作用効果を奏するものと考えたものといわざるをえない。
そうすると、本件発明の狙いである、マガジンのテープ巻取心の軸線方向の移動を防止するためマガジンの頂壁及び底壁の延在部分をマガジン前側壁の開口部内に挿入された磁気変換ヘツド及び(あるいは)押圧ローラと掛合せしめて鎖錠させるという構成についての技術思想が引用例に示唆されているとみた審決の認定は誤りというべきである。
被告は、引用例における前記(3)の第三支持体17の突起部26にマガジンの頂壁、底壁間の凹部を係合させる鎖錠の構成及び効果は、本件発明における構成(H)のそれと同じである旨主張するが、引用例のものは前記のように特別に設けられた専用の鎖錠手段の一つであるから、これから本件発明の構成(H)、すなわち変換装置及び(あるいは)押圧ローラ自体に鎖錠掛合の役割をさせるための構成が容易であるとはいえない。
また被告は、本件発明においてもマガジンの後側壁35を再生装置の突起36に挿入係止する鎖錠機構があるから、引用例に複数個の鎖錠機構があることを理由に引用例のマガジンの延在部分には鎖錠作用がないとすることはできないと主張する。しかし、本件発明の具体例における右の鎖錠機構は、マガジンの片方すなわち後側壁のみを係止するにすぎず(本件特許公報第五欄第二四行ないし第二九行及び第三図参照)、それだけで完全に鎖錠されるものではないから、引用例の前記(1)ないし(3)の、それだけで完全な鎖錠がなされる機構と同列に論ずることはできない。被告の主張は理由がない。
以上のとおり、審決は、相違点(3)の点について誤つた判断及び認定をなし、これを前提として本件発明を引用例及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明することができたものと誤つた判断をなしたものであるから、違法であり取り消しを免れない。
三 よつて、審決に違法があるとしてその取り消しを求める原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとする。
〔編註〕 本件における特許発明の要旨は左のとおりである。
(A) 側壁によつて互に連結された頂壁及び底壁を有する外匣と、
(B) 供給テープを有し且つ外匣内に横方向に互に離間して設けられた一対のテープ巻取心と、
(C) 前記テープ巻取心と同心的に整列して前記頂壁及び底壁に貫通した一対の孔と、
(D) 各テープ巻取心の内側に設けられ且つ前記頂壁及び底壁の双方に貫通した前記孔にそれぞれ同心的に整列されて各テープ巻取心の内側に取付けられ且つ記録再生装置のスピンドルに嵌着して掛合し得る掛合装置と、
(E) テープに関連して外匣内に設けられてテープをマガジンの前側壁に沿つて平行に案内するための装置と、
(F) 前記前側壁に平行に外匣内に案内されるテープ部分に接触させ得るよう記録再生装置の変換装置及び押圧ローラをそれぞれ挿入するため前側壁に貫通して設けた複数個の開口と、
(G) テープを前記変換装置に対して押圧するため外匣に取付けられた押圧装置と、
(H) マガジンがテープ巻取心の軸線と平行をなす方向に移動するのを防止するため前記前側壁の開口の外周で記録再生装置のデツキに隣接する変換装置及び押圧ローラの外匣表面の少なくとも一方と鎖錠掛合するための少なくとも一個のマガジン鎖錠掛合部分を設けるためテープの面に対して直角に前記前側壁に隣接してテープより前方に延在させた前記頂壁及び底壁の部分、とを具えることを特徴とするカートリツジ型小型磁気テープマガジン。