東京高等裁判所 昭和52年(行ケ)164号 判決
一 原告の請求の原因一ないし三は、当事者間に争いがない。そこで、本件審決にこれを取消すべき瑕疵があるかどうかについて考える。
二 原告は、本件発明は生成安定剤の形状、大きさを限定したことにより、先願発明とは異なるのに、審決はこの点をみすごしていると主張し、本件発明はその形状を球形にすることを必要としており、また、その大きさを実質的に七〇ないし二〇〇ミクロンにすることを必要としているのに、先願発明は、生成安定剤の形状を特定していないし、その大きさも限定していないという。
しかしながら、先ず生成安定剤の形状についてみると、後に説明するように、先願発明もその造粒手段として、回転円板法による噴霧造粒をも採つているものと解され、成立について争いのない甲第四号証、乙第二号証及び丙第一号証によれば、回転円板法による噴霧造粒においては球形の粒子が生成するものと認められるから、本件発明と先願発明とは生成安定剤の形状について差異はない。
次に、生成安定剤の大きさについて、本件発明は「実質的に七〇ないし二〇〇ミクロンとする」ことを要件としている。本件明細書によれば、本件発明の目的は「安定剤を取扱うとき飛散が防止され、自動供給に適した球状のものとする」(成立について争いのない甲第二号証―本件公報―第三欄第七行ないし第九行)ことにあり、同じく本件明細書には、実験の結果から、生成安定剤は、四〇ミクロンで取扱上飛散が起り、それ以上では飛散しないことが認められた(同第四欄第七、八行)が、滑り角からみると七〇ミクロン以上の大きさの球状品は実用上自動供給に適したものである(同欄第九行ないし第一八行)旨及び「二〇〇ミクロン以上の粒径の場合に、押出パイプの表面に分散不良の安定剤の粒子が見られ、又色むらを生じた。それより小さな粒径では、分散は良好であつた。これよりみて、最大粒径は二〇〇ミクロン以下の必要があることが判明した。」(同欄第二九行ないし第三四行)との記載があるところよりすれば、本件発明において生成安定剤の大きさを実質的に七〇ないし二〇〇ミクロンとしたことは、生成安定剤を取扱うときにその飛散を防止し、自動供給に適したものとし、かつ塩素含有樹脂中に均一に分散させることを目的としたものであると認めることができる。一方、先願発明も、塩化ビニル樹脂の加工温度以下では溶融しない粒末安定剤の飛散を防止するためにこれを金属石けんの溶融物に添加して造粒するものであり(成立について争いのない甲第三号証―先願発明の特許公報―第一頁左欄下から九行目ないし同六行目及び特許請求の範囲の項)、その方法で製造された安定剤は自動供給に適したものとされ(右公報第一頁右欄下から一一行目、一〇行目には、右安定剤は「殊に塩化ビニル樹脂製品の連続的な工業生産に対し好適する。」とあることから、先願発明も自動供給に適した安定剤の製造をも目的としているものであることが明らかである。)、かつ塩化ビニル樹脂中に「一様に分散される」(右公報第一頁右欄第一一行)ものであるから、先願発明における安定剤の大きさも、飛散を防止し、かつ自動供給するに適し、塩化ビニル樹脂の中に均一に分散する程度の大きさ、すなわち、本件発明と同じ実質的に七〇ないし二〇〇ミクロン程度のものであると認めることができる。
原告は、被告が主張するように、先願発明の実施例中に安定剤の分散は良好であつた旨の記載がなされていても、これを生成粒子の大きさに関係づけることはできず、また単に分散良好というだけではその程度が本件発明でいう良好の程度と一致するかどうかわからないし、安定剤の飛散防止を目的としているからといつて、生成安定剤の粒子の大きさを七〇ミクロン以上にしていると解釈することも正しいとはいえないと主張する。
しかしながら、球形の安定剤粒子が、その大きさにおいて、自動供給に際して、滑り角等の関係で良好に供給され、かつ樹脂中に良好に分散するかどうか、あるいはその安定剤粒子が取扱中飛散しないかどうか等は、実験によつて容易に確かめ得られ、かつその結果は実験者によつて問題とするに足るほどの差異はないものということができるから、先願発明のものも、その安定剤の大きさを特に数値をもつて限定する旨の記載はないが、右に説明したような理由で、本件発明におけるのと同様な大きさのものということができる。
原告は、さらに、先願発明は生成安定剤の大きさについて、「顆粒状又は小塊状」と表現しているところ、甲第六号証によれば、合成樹脂関係業界では「顆粒」といえば数千ミクロンの大きなものを指していたのであるから、先願発明における安定剤は本件発明におけるそれのような小さな直径のものを意味するはずがないと主張する。
成立について争いのない甲第六号証には「顆粒」の説明として、「本来の意義は、径数ミリメートル程度の粒状のものであるが、プラスチツクにおいては、粒状にした熱硬化性樹脂の成形材料をいい、ペレツト状にした熱可塑性プラスチツクの成形材料をさすこともある。」と記載されていることが認められるところ、右記載によれば、プラスチツクにおいて顆粒とは粒状にした樹脂の成形材料を指すものと認められ、本件発明においても先願発明においても、その各明細書の各実施例によれば、粒状にした樹脂の成形材料中にその約五パーセント程度の安定剤を混合して均一に分散させるのであるから、安定剤の粒径は、当然樹脂の粒径より小さいと解するのが相当である(わずか五パーセント程度配合する安定剤が樹脂の粒径と同じようなものであるとすると樹脂中に均一に分散することはできないものと認められる。)。従つて、甲第六号証に顆粒の定義として径数ミリメートル程度の粒状のものをいうとの記載があつたとしても、このことから直ちに先願発明における安定剤は、本件発明におけるそれよりもはるかに大きい数千ミクロンのものをいうとすることはできず(成立について争いのない丙第三号証―化学工学辞典―には、甲第六号証とは別に、顆粒の定義として、「粉体を造粒した粒で、粒径がおよそ一〇〇~一〇〇〇ミクロンのものをいう。」としている。)、前説明のとおり、先願発明における安定剤も、その使用の目的、使用の態様から、本件発明における安定剤の粒径と同様のものと認めるべきである。原告の主張は理由がない。
三 原告は、本件発明においては、塩素含有樹脂の加工温度では溶融しない安定剤を四〇ミクロン以下の粉末とその大きさを限定しているのに対し、先願発明では不溶融性の安定剤をそのように限定することを必要としていないと主張する。
しかしながら、本件明細書には、「従来安定剤として使用された粉末は、多く四〇ミクロン以下であつた。三塩基性硫酸塩を例にとると、実用品の粒径は一〇ミクロン以下であつて、粒径が四〇ミクロンに達すると、塩素含有樹脂中に均一に分散し難くなり、塩素含有樹脂の加工上支障を来す。」との記載があり(本件公報第二欄第二三行ないし第二八行)、右記載からすると、本件発明で使用する塩素含有樹脂の加工温度では溶融しない安定剤の粒径を四〇ミクロン以下と限定したことは、単に市販の安定剤粉末の粒径を示したものであり、このことからすれば、先願発明のものも当然右粒径のものを使用しているものと認定することができる。
原告は、本件明細書中の前記記載部分は、本件発明を完成するにあたつて確認した事実を述べたものであつて、四〇ミクロン以下の粉末を使用するというのは、当時の技術状態からみると新しいことであると主張し、このような粉末安定剤は、溶融性の安定剤とともに樹脂中に均一に分散されるという作用効果をもつという。
しかしながら、本件明細書中の前記記載部分自体から、四〇ミクロン以下の粉末を使用するということが、当時の技術水準からみて新しいことであるとみることはできないし、先願発明においても、樹脂の加工温度では溶融しない安定剤粉末の飛散を防止し、かつ生成安定剤が樹脂中に均一に分散するようにしたものである(先願公報第一頁左欄下から九行、八行、同右欄第八行ないし第一二行参照)から、その安定剤粉末も原告が主張するような作用をもつものであると認められる。
四 原告は、回転円板を用い、その円板の遠心力によつて安定剤溶融物を円板から飛散せしめて球形の粒子とすることは先願発明には記載されていないとの趣旨の主張をする。
しかしながら、成立について争いのない乙第四号証(昭和三三年二月一五日に出願公告された特許公報)及び乙第五号証(昭和三五年二月二六日出願公告された特許公報)によれば、本件発明の特許出願当時溶融物を回転円板を用いて造粒する(成立について争いのない甲第四号証、丙第一号証によれば、この場合生成粒子の形状は球状である。)ことは周知であつたものと認められ、先願発明のものも、当然この造粒手段をも採つているものと認められる。
原告は、乙第四、第五号証はいずれも単一物の造粒を目的としたものであつて、溶融混合物の造粒を目的としたものではなく、また、本件発明では粉末状の非溶融性安定剤と溶融性の安定剤との混合物を対象としているから、造粒の時にもなお固体粉末のものも含んでいるが、右乙両号証は単一物の溶融を前提とし、全体が一様に溶解するものを対象としているから、本件発明の回転円板による造粒が右乙両号証から容易に類推し得たともいえないと主張する。
しかしながら、単一溶融物と混合溶融物とによつて、その造粒法に差異があるものとは認められず、また、本件発明において、非溶融性の安定剤と溶融性の安定剤を対象とし従つて造粒の時にも非溶融性の安定剤は固体粉末のままであるとしても、その粉末は四〇ミクロン以下で、造粒物の粒径よりもはるかに小さなものであるから、回転円板法による噴霧造粒の妨げになるものではなく、その点で単一溶融物の回転円板法による噴霧造粒と異なるところはないと認められる。
原告は、かりに噴霧造粒が周知であるとしても、それだけでは本件発明が先願発明と同一だということにはならない、同一だというためには、先願発明の成型という手段が、本件発明の噴霧造粒を含むことが明らかにされなければならないところ、成型とは型を用いて型内で賦型することをいうものであるところ、本件発明でいう造粒は型を用いる方法ではないから成型の一種であるとはいえないと主張する。
なるほど先願発明特許請求の範囲には、塩化ビニル樹脂配合用安定剤兼滑剤を「顆粒状又は小塊状に成型する」との記載があるが、右成型は型を用いて型内で賦型することに限られるもので回転円板法を用いて成型(造粒)することは含まれない、とする何の根拠もない。原告の主張は、理由がない。
五 以上のとおりであつて、原告の主張は全て理由がなく、本件発明は先願発明と同一であるとした審決には違法の点はないから、その取消を求める原告の請求を失当として棄却する。
〔編註〕 本件における特許発明の要旨は左のとおりである。
塩素含有樹脂の加工温度では溶融しない安定剤の四〇ミクロン以下の粉末と、塩素含有樹脂の加工温度で溶融する安定剤との混合物を加熱して溶融し、この溶融混合物を加熱した雰囲気中にある回転円板上に落下させ、かくして円板の遠心力によつて溶融物を円板から飛散せしめて球形の粒子とし、その粒子の大きさを実質的に七〇ないし二〇〇ミクロンとすることを特徴とする、塩素含有樹脂用球状安定剤の製造方法。