東京高等裁判所 昭和52年(行ケ)165号 判決
第一 請求の原因一ないし三の事実は、当事者間に争いがない。
第二 そこで、原告主張の審決取消の事由の存否について判断する。
一 第一引用例及び第二引用例にそれぞれ審決に摘示のとおりの記載があること並びに本願発明と第一引用例のものとの間に審決に摘示のとおりの一致点及び相違点があることは、原告の自認するところである。
二 当事者間に争いのない本願発明の要旨と成立に争いのない甲第二号証の一、二とによれば、本願発明は、少なくとも、原告が請求の原因四の項において主張する(イ)ないし(ニ)の各技術的事項を構成上の要件としているものであることが認められる。
そこで、原告の右(イ)ないし(ニ)に関する個々の主張について順次検討を加えることとする。
1 「永久くぼみが形成される程度の圧力で加圧すること」((イ))について
本願発明の要旨によると、本願発明は、被溶接金属たる円板及びリムの重ね接ぎ溶接点にその表面積とほぼ同等の表面積を覆う永久くぼみが形成される程度の圧力で加圧することを要件とするものであることは明らかである。そして、本願発明の溶接が、「点溶接重ね接ぎ」(被溶接物を重ね合わせてこれを点溶接の方法により溶接すること)であるため、他の溶接方法、例えば突き合わせ溶接にみられるような母板に溶接部の余盛り、食い違い、アンダーカツトなどが生ずることなく、母板は、比較的平滑であるから、後述4のとおり溶接部に一定方向の残留圧縮応力を生じさせるために加圧して、被溶接物たる円板及びリムに永久くぼみが形成されるのである。したがつて、本願発明においては、右のような永久くぼみを形成させることと点溶接重ね接ぎとが密接不可分に結合しているものであり、これを技術的内容としていない第二引用例とは明らかに相違しているものと解される。
しかるに、審決は、本願発明と第二引用例とを対比するに当り、この点について何ら考慮するところがなく、また、被告は、「永久くぼみが形成される程の圧力で加圧すること」とは、金属に塑性変形を与える程の圧力で加圧することと同じことに過ぎないと主張するが、本願発明は、永久くぼみを形成することを要件とするものであるから、その意味するところは、単なる加圧の程度を表現しているものとは異なり、加圧による母板金属の積極的変形をも表現しているものであり、被告の右主張は妥当でない。
もつとも、成立に争いのない甲第三号証の二(第二引用例)によると、第二引用例のものも、溶接部に圧下加工がされるのであるから、これにより程度の差こそあれ、残留圧縮応力が生ずるものと考えられる。しかし、右甲第三号証の二によると、第二引用例には、溶接部に永久くぼみが形成されることについては何ら記載されていないばかりでなく、かえつて、第二引用例の技術は、溶接部の形状を母板とほぼ差異のない程度に整正して、平滑な溶接金属板を得ることを目的とするものであるから、溶接部に永久くぼみを形成するようなことは、右目的に反することである。
右の諸点を併せ考えると第二引用例が、溶接部に永久くぼみを形成することを示唆しているものとは到底解せられない。
2 「加圧は冷間にて行うこと」((ロ))について
本願発明において、その加圧は、冷間時において行うことが要件とされていることは、本願発明の要旨から明らかである。
一方、前掲甲第三号証の二によると、第二引用例には、溶接後冷間時においても圧下加工を行うことが記載されており、これは溶接部の組織の改善と形状の整正の目的で行われるものであることが認められる。この圧下加工により溶接部に内部応力の変化(残留圧縮応力)が生ずる場合のあることは、明らかである。したがつて、本願発明において、右のとおり冷間時に圧下加工を行い残留圧縮応力を生じさせるとの点は、第二引用例にその示唆があるものというべきである。
原告は、第二引用例における冷間圧下の記載は、「残留圧縮応力による強化」という本願発明の技術的思想に結びつくものではないと主張するが、第二引用例のものからも、右のとおり冷間圧下により残留圧縮応力が生ずることを十分知りうるところであり、また、圧下加工が「残留圧縮応力による強化」に結びつくか否かは、被溶接物たる両金属の離隔の方向との関係において決せられ、車輪のリムと円板との溶接という特定の関係でのみいえることであつて、冷間圧下加工の具体的な応用に関する問題に過ぎないから、この点についての原告の主張は採用できない。
3 「重ね接ぎ溶接の場合に限られること」((ハ))について
本願発明が、点溶接重ね接ぎの場合に限られることは、本願発明の要旨から明らかである。
被告は、第二引用例における「金属板端面が所定の位置で溶接しうる如く各端部を完全に衝合せ又は重ね合わせ状態に保持される。」との記載は、重ね接ぎ溶接についても考え及んでいることを示すものである旨主張し、前掲甲第三号証の二には、右記載のあることが認められるが、この記載は、不活性ガスアーク溶接法に第二引用例の発明を適用した例を示したものであることが、同号証中のその前後の記載内容からみて明らかであり、本願発明は、前述のとおり重ね接ぎ溶接ではあつても、両金属板の内部接合面で溶接を行う点溶接であつて、不活性ガスアーク溶接法とはその溶接方法及び溶接箇所を異にするものである。しかも、第二引用例の目的は、前述のとおり溶接部の余盛りや食い違い、アンダーカツトなどの欠陥の補正を行い溶接部の形状を母板とほぼ差異のない程度に平滑に整正することにある点よりしても、溶接部において補正を必要としない点溶接重ね接ぎの場合とは著しく異なる。なお、前掲甲第三号証の二によると、第二引用例の溶接方法の適用範囲として点溶接を包含する抵抗溶接の場合があげられてはいるが、点溶接についての具体的な説明は全くされていないことが認められる。そうしてみると、第二引用例は、第一引用例が採用しているスポツト溶接(点溶接)に適用できる点溶接重ね接ぎについて示唆しているものと解するのは相当でない。
4 「発生する残留圧縮応力の方向は、将来両金属を離隔すべく加わる力とは反対方向に限られること」((ニ))について 本願発明は、右事項を技術的内容としているところ、前述のとおり、第二引用例においても、圧下加工により残留圧縮応力が生ずることについて明文をもつて直接記載されてはいないとはいえ、溶接部を冷間時に圧下加工することにより残留圧縮応力が生ずるものである。
しかし、前掲甲第三号証の二によれば、第二引用例には、引張り応力について「冷延金属板の場合、溶接部を含む金属板に引張り応力が作用するが如き外力が働いた時は、これらの熱影響部から切断し、しかも、これら熱影響部の抗張力は母材のそれに比較して著しく劣ることが多く、このために冷延金属板の溶接は困難視されているのが現状である。」と従来の溶接における欠陥が記載されているにとどまり(なお、ここに述べられている引張り応力の方向は、金属板に平行な方向と考えられる。)、それ以上に、重ね接ぎ溶接の場合の両金属の離隔方向に触れる記載は全くなく、まして、この引張り応力と残留圧縮応力とを対応させ後者を残留させて溶接部を強化する技術については示唆するところがないのであるから、当業者が第二引用例からこの技術を読み取り理解しうるものとは考えられない。しかも、両金属の離隔の方向は、溶接する物体における溶接の適用箇所により異なるものであるところ、本願発明においては、車輪の円板とリムを溶接した場合両金属が離隔する方向とは反対の方向に残留圧縮応力が生ずるように圧下加工したものであつて、単に一般的に残留圧縮応力を与えるようにしたに過ぎないものではない。結局、第二引用例からは、残留圧縮応力の生ずる方向をその両金属の離隔方向と反対方向とする技術については、これを示唆しているものとは認められない。
三 以上検討したところによつて明らかなとおり、第二引用例は、本願発明の技術内容の一部である加圧を冷間時において行うことについて示唆するにとどまり、点溶接重ね接ぎの場合において、溶接点に残留引張り応力を減少させる方向に永久くぼみを形成する技術については示唆するところがなく、結局、本願発明は、このような点において第二引用例に示された溶接方法とはその技術的思想を異にするものであるところ、審決は、この点についての判断を誤り、その結果本願発明の進歩性を否定したものであるから、違法である。
第三 よつて、本件審決の違法を理由に、その取消を求める原告の本訴請求を正当として認容することとする。
〔編註その一〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
円板と空気タイヤ受けリムとを有し、前記円板は点溶接重ね接ぎによつて前記リムに連結される車輪の改良において、溶接点を冷間時に円板及びリムに加えられる圧力によつて強化結合し、溶解金属の冷却によつて生ずる残留引張り応力を減少させ、かつ、溶接点の表面積とほぼ同等の表面積を覆う永久くぼみが形成されることを特徴とする車輪
〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。
別紙 (一)
<省略>
別紙 (二)
<省略>