東京高等裁判所 昭和52年(行ケ)178号 判決
一 原告の請求の原因及び主張の一ないし三は、当事者間に争いがない。
そこで本件審決に、これを取消すべき瑕疵があるかどうかについて考える。
二 原告は、ゴムタイヤのサイドウオールにレフレツクス反射要素を埋込む構成は、各引用例に示唆されていないと主張する。
成立について争いのない甲第二号証(本件明細書公報)第四欄第一九行ないし第二三行には『本明細書において用いる用語「レフレツクス反射」(reflex-reflection)とは、再帰反射(retro reflection)と同義語であつて、入射光と実質的に同軸のコーン型の反射光をその光源の方向に反射する現象』をいう、と記載されて、本件発明におけるレフレツクス反射の定義がなされており、同欄第二六行ないし第三〇行には、「本発明の目的を達成するためには、全反射体表面に対してあらゆる角度の光源からの光をレフレツクス反射する必要があり、その目的のためには各反射体要素のガラス球体の表面は球形でなければならない。」として、本件発明の目的達成のためにレフレツクス反射体要素は表面球形のガラスでなければならないことの記載があり、更に、同欄第三一、三二行には、「レフレツクス反射およびレフレツクス反射体自体はすでに公知である。」との記載がある。
右各記載によれば、本件発明の発明者らは、本件発明の目的、作用、効果(本件公報第一欄下から三行目ないし第二欄第四行、第二欄第一一行ないし第三一行参照)を達成、発揮するため、本件発明において、ゴムタイヤのサイドウオールに従来公知のレフレツクス反射要素を埋込む構成をとつたものであると認めることができる。
しかして、本件発明の主たる目的は、本件発明を実施することによつて、「接近する車輛の運転者に注意を与え」(本件公報第二欄第三行)、「運転者に対する障害物の存在を警告する手段を提供する」(同欄第一四、一五行)ことであると認められるところ、第一引用例(成立について争いのない甲第三号証)の考案は、「夜間側方ヨリ来タル車輛ノ前燈ニヨリ照射セラレ……タイヤ側周ニ光輪ヲ描キ注意ヲ喚起シ側突ノ危険ヲ避ケシムル効果」を奏せんことを目的として、自転車の「タイヤ側周面ニ円孔ヲ凹成シ其中ニ硝子屑又ハセロハン粉末ヲ密ニ配布貼着シ更ニ其上ニ透明性塗料ヲ凸レンズ状ニ盛上ケ塗着シテ」光線反射体を設けるものであつて、その目的とするところは本件発明の主目的と同一であると認められる。しかして、第一引用例における光線反射体はその反射光線を「乱散」するものであつて、本件発明におけるようにレフレツクス反射させるものではないけれども、前記のように本件発明者らが、本件出願当時において公知であることを認めるレフレツクス反射体を、第一引用例記載の反射体に代えて空気タイヤに用いる程度のことは、第一引用例にレフレツクス反射要素を埋込む構成の示唆があろうとなかろうと、当業者ならば容易に考えることができたものであると認められる。
被告は、ゴム靴に関する第二引用例の発明においてレフレツクス反射要素が記載されており、本件発明も第二引用例の発明もともにゴム工業の技術分野に属するもので両者の技術は親近な関係にあり、また両発明の目的も同じものであるから、第二引用例記載の反射要素を空気タイヤに転用しようとすることはゴム工業の技術分野における通常の知識を有する者が直ちに考えつくことであると主張してるる述べており、審決(成立について争いのない甲第一号証)も第三枚目表下から一行目ないし同裏六行目において、第二引用例を引用して、右と同趣旨とも受取られる表現を用いているが、前説明のとおり第一引用例の記載から、本件発明において空気タイヤにレフレツクス反射体を用いることが容易にできたものと認められ、かつ本件発明が製造工程自体に関するものでないことが明らかである以上、その点について、第二引用例との比較をあげつらう必要はないものと認められるから、この点についての被告の主張に対する原告の反論(第四、一、(二))については判断するを要しないものと認める。
三 原告は、本件発明の、反射効果、耐久性、加工容易を兼ね備えた反射要素の大きさ、及びその適用の選択(「レフレツクス反射要素が直径約〇、〇二五mmないし一mmであり、透明ガラスの微小球体及びその球体の集合体から選ばれたものであり、各要素の高さの三〇%ないし八〇%が支持層の外面部に部分的に埋没されて恒久的に結合され、各要素が互に独立しているが密に配置された単一層を形成していること。)は、各引用例に示唆されていない、と主張する。
しかしながら、本件明細書公報(第一〇欄第二二、二三行)には「ビーズの直径は約〇、〇二五~一mmの範囲であるが、より大きい要素も使用できる。」と記載されていて、本件発明において用いられるレフレツクス反射要素のガラス球体の直径〇、〇二五mmないし一mmというのが臨界的意味を有することを示しているものではないことが認められるのみならず、第二引用例(成立について争いのない甲第四号証)のゴム靴のビーズは本件発明におけるレフレツクス反射要素にほかならず(同号証第一欄第四二行、訳文第一頁第九、一〇行参照)、このビーズをゴム靴のアツパー又はトツプに埋込む目的も本件発明と同様、車輛のヘツドライトの光を反射して運転手に警告を与えるためのものである(第一欄第四〇行ないし第四五行)ところ、このビーズは好ましくは非常に小さいサイズのものであり、部分的に被覆層に埋込まれてはいるが完全には埋込まれていないことが記載されており(第三欄第四一行ないし第四五行)、右記載からすれば、ゴム靴に埋込まれる反射要素としてのビーズの直径は本件発明におけると同様一mm前後であり、かつ、本件発明におけると同様その高さの三〇%ないし八〇%程度(レフレツクス反射を行ないかつ支持被覆層からは脱落しない程度)は埋込まれているものと認められる。
原告は第二引用例のビーズは、〇、〇二五mmよりも更に小さいビーズであるとの趣旨をいうが、仮にそうであつたとしても、本件発明における反射要素の直径が〇、〇二五mmより大であるとするその〇、〇二五mmに臨界的な意義を明細書中に見出すことができないから、右主張は被告の主張に対する反論となり得ない。
原告はまた、第二引用例の図面はビーズが互に独立し密に配置された構成を示していないというが、第二、第五、第六図をみれば、互に独立し密に配置されているというに充分である。
四 原告は、本件発明の作用効果は第一引用例に比較して飛躍的な顕著さがあるのに、審決はこれをみすごしていると主張する。
しかしながら、第一引用例には、「夜間側方ヨリ来タル車輛ノ前燈ニヨリ照射セラレ硝子屑又ハセロハン粉末ハ其反射光線ヲレンズ状透明塗料ヲ介シ乱散シタイヤ側周ニ光輪ヲ描キ注意ヲ喚起シ側突ノ危険ヲ避ケシムル効果アルモノトス」と記載されており、その反射要素は光を「乱散」させるものではあるけれども、車輛の運転者に注意を与えるに充分であり、本件発明は反射要素の点において、第一引用例の反射要素に代えるに公知のレフレツクス反射要素をもつてしたにすぎないものと認められるから、光の反射が車輛の運転者に注意を与える点において、第一引用例に比べて優れた点があるとしても、その効果は予期し得る程度のものであるのみならず、第二引用例の発明も本件発明におけると同じようなレフレツクス反射要素を用いて車輛の運転者に注意を与えるものと認められるから、本件発明の原告主張のような効果は、第一、第二引用例のものに比し飛躍的に顕著なものがあるものとすることはできない。
原告はまた、第一引用例記載のものは、反射体はタイヤから容易に脱落すると主張する。しかしながら、第一引用例の考案も空気タイヤに関するものであるから、そこにおける反射体も、走行中のくり返し屈曲によつても脱落しないような技術的な配慮がなされていることは、その考案の目的からして当然のことといわなければならず、第一引用例記載の反射体がタイヤから容易に脱落するとの点についての証拠はない。また第一引用例記載の反射要素の配付貼着の処理が実際的でないということもできない。原告の主張はいずれも理由がない。
五 原告は、第二引用例発明の特許出願の時(一九五〇年七月二八日)から本件出願の時までに、レフレツクス反射要素をタイヤのサイドウオールに適用した事実があつたことを示さないかぎり、審決は違法であるとの趣旨の主張をする。しかしながら、本件発明は、第一、第二引用例の記載に基づいて、当業者が容易にすることができたものとする審決の認定は、前説明からも、これを是認することができるものである以上、そのうえに原告の主張するような事実を示す必要がないことはいうまでもない。原告の主張は理由がない。
六 以上のとおりであつて、審決には違法の点がないから、その取消を求める原告の請求を理由なしとして棄却する。
〔編註〕 本件における特許発明の要旨は左のとおりである。
タイヤケーシングとタイヤケーシング側壁の外面部の一部を形成する反射体部とを有するタイヤであつて、前記反射体部がレフレツクス反射要素の接触面に対する良好な固有接着力とゴム状弾性とを有する単一または複数の薄い支持層とレフレツクス反射要素の層とを含み、前記レフレツクス反射要素が直径約〇・〇二五mmないし一mmであり、透明ガラスの微小球体及びその球体の集合体から選ばれたものであり、各要素の高さの三〇%ないし八〇%が前記支持層の外面部に部分的に埋没されて恒久的に結合され、各要素が互に独立しているが密に配置された単一層を形成していることを特徴とする、タイヤ装着車輛の位置又は運動の夜間シグナルとして入射光を光輝あるコーン形で実質的同軸的に反射させる耐久性、可撓性、伸張性かつ弾性のレフレツクス反射側壁部を有する空気タイヤ。