東京高等裁判所 昭和52年(行ケ)184号 判決 1978年6月28日
原告
株式会社三香堂
右訴訟代理人弁理士
小谷悦司
被告
株式会社大塚製薬工場
右訴訟代理人
吉原省三
外二名
主文
特許庁が昭和五二年九月一四日同庁昭和四八年審判第六五八二号事件についてした審決を取消す。
訴訟費用は、被告の負担とする。
事実
第一 当事者の申立<省略>
第二 請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
被告は、別紙記載のとおり「ワイキキ」の片仮名文字を横書きしてなり、第四類「せつけん類(薬類に属するものを除く。)、歯みがき、化粧品(薬剤に属するものを除く。)、香料類」を指定商品とする登録第八五三八五八号商標(昭和三九年七月二一日登録出願、昭和四五年四月二一日登録。以下「本件商標」という。)の商標権者である。原告は、昭和四八年九月八日、本件商標につき登録無効審判の請求をし、特許庁同年審判第六五八二号事件として審理されたが、昭和五二年九月一四日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年一〇月二〇日原告に送達された。
二 審決理由の要点
本件商標を構成する「ワイキキ」の文字は、アメリカ合衆国ハワイ諸島のオアフ島南岸で、ホノルル市の南東部にある「Waikiki」を片仮名文字で表わしたものであるが、わが国において「ワイキキ」といえば、ハワイ第一の観光保養地であり、四季を通じて観光客でにぎわう「ワイキキ海岸」を指称するものとしてよく知られている。
請求人(原告)は、「ワイキキ」が、化粧品、香水の産地、販売地であること及び単なる観光地でなく、ハワイで最も繁華街であることを主張するが、請求人提出の全証拠によつても、いまだ「ワイキキ」が化粧品、香水の世界的に有数の生産、販売地であるとは認められないし、むしろ、本件商標に接する取引者、需要者はこれを観光保養地「ワイキキ海岸」と認識するとみるのが社会通念上相当である。
そうすると、本件商標をその指定商品に使用しても、それが商品の生産または販売の場所を表わすものとは認められず、本件商標は、十分自他商品の識別機能を果たしうるものである。また、これを香水等の化粧品に使用しても、ハワイ特産の南国の香り高い花の香をセツトしているような印象を抱かせることもないから、商品の品質の誤認を生じさせるおそれも全くない。
したがつて、本件商標は、商標法第三条第一項第三号及び同法第四条第一項第一六号の規定に違反するものではないから、その登録を無効とすることはできない。
三 審決の取消事由
<前略>
そうすると、「ワイキキ」の文字からなる本件商標をその指定商品たる香水等の化粧品に使用した場合、需要者は、商品の単なる産地、販売地の表示として認識することは明らかであり、また、このような著名な地理的名称からなる商標を一私人に独占させることは、公益的見地からも好ましいものではない。
よつて、本件商標について、自他商品の識別力ありとして、これを無効としなかつた審決の判断は誤りであつて、違法であるから、取消されるべきである。
第三 被告の答弁<以下、事実省略>
理由
一請求原因事実中、被告が商標権を有する本件商標について、その構成、指定商品及び原告の登録無効審判の請求から審決の成立にいたるまでの手続の経緯並びに審決理由の要点は、当事者間に争いがない。
二そこで、審決に原告主張の取消事由があるか否かについて検討する。
本件商標を構成する「ワイキキ」の文字が、ハワイ諸島オアフ島、ホノルル市の南東部にある「Waikiki」を表わしたものであることは、その商標権者たる被告において明らかに争わないところである。
次に、<証拠>を総合すると、「Wai-kiki」(「ワイキキ」)は、ホノルル市の南東部を占める海岸沿いの一区域を表示する地理的名称であるが、かねて、自然美に富むその海岸は「WaikikiBeach」(「ワイキキ海岸」)と呼ばれる世界的に著名な観光保養地であつて、四季を通じて日本人を含む観光客でにぎわつており、また、これに並行して延びているカラカウア通り(「ワイキキ」地域の中心部に当る。)が、ハワイ屈指の繁華街、商店街として広く観光客に知られていたこと、そして、おそくとも昭和四四年ころ以降、同所において、ハワイ特産の花香水が「ワイキキ」の代表的土産品の一として販売されていたことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
そうだとすると、「ワイキキ」は、本件商標の登録された昭利四五年四月当時すでに、「ワイキキ海岸」及びこれに隣接した繁華街を含む観光地域の総称としてわが国においても著名であつたというべきであり、しかも、同地における代表的土産品の一が花香水であつた以上、「ワイキキ」の文字からなる本件商標をその指定商品中香水等の化粧品に使用した場合には、一般の需要者をして、その商品が「ワイキキ」で生産販売された土産品であるかのように誤認させるものがあり、また、その他の指定商品について使用した場合にも、その商品が観光地「ワイキキ」で生産販売される商品であるかのように誤認させるものがあるといねざるをえない。
したがつて、本件商標は、指定商品との関係上、商標法第三条第一項第三号にいう「商品の産地、販売地……を普通に用いられる方法で表示する標章」からなるとともに、同法第四条第一項第一六号にいう「商品の品質の誤認を生ずるおそれがある」ものにも該当する。
なお、被告は、「ワイキキ」がわが国において香水の産地、販売地としては認識されていない、また、花香水が「ワイキキ」以外のハワイ各地でも販売されている等の主張をするが、さきに認定したところから明らかなとおり、香水を含む化粧品類は、わが国においても著名な観光保養地たるワイキキの土産品として生産され広く同地の販売店において販売される性質の商品であるところ、この種商品について、普通に用いられる方法で表示したワイキキの語を、特定の者の独占に委ねることは不適当であり、このことは、同法第三条一項第三号の法意とするところであつて、同号の「商品の産地、販売地」というためには、必ずしも、その土地が当該商品の産地、販売地として広く知られていることや、その唯一の産地、販売地であることを要するものとは解されないから、被告主張の事実があるとしても、本件商標が同号に該当しないとすることはできない。
被告は、<証拠>をもつて、地理的名称が産地、販売地の表示とならないとして出願公告ないし登録された事例を挙示するけれども、本件と事案を異にするもの、結論自体に疑いの存するものがあり、これらの事例のゆえに、本件商標もまたその登録を許されるべきものであるということができないことはいうまでもない。
以上の次第であるから、本件商標について、自他商品の識別機能を十分果たしうるとの誤つた判断に基づいて、原告(請求人)の登録無効審判の請求を排斥した審決は違法であつて、取消を免れない。<以下、省略>
(荒木秀一 石井敬二郎 橋本攻)
別紙<省略>