東京高等裁判所 昭和52年(行ケ)191号 判決
事実及び理由
一 請求の原因一ないし三の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決取消事由の存否について判断する。
1 本願考案と引用例のものとの構成上の相違点が審決認定のとおりであることは、原告の自認するところであるが、原告は、この相違点の評価に対する審決の判断を争い、その構成上の相違に伴う作用効果について主張するので、順次これを検討する。
(一) 通気力について
(1) まず、本願考案における煙管内の通気力について考える。
<1> 当事者間に争いのない本願考案の要旨及び成立に争いのない甲第一号証、第二号証によると、本願考案における「頂部にゆるやかに湾曲した湾曲部を有し、かつ、内面が平滑な逆U字形煙管2」は、その両端が同一の高さで、外気に開放されている構成をなすものと認められるから、その一側端の給炎口から燃焼ガスが連続して供給されると、右ガスは、常温空気より十分軽いので、その浮力により、右逆U字形煙管のうち給炎口から頂部までの部分(以下「給炎口側煙管」という。)においては、その内部の空気が順次押し上げられ(もつとも、燃焼ガス供給開始時には、給炎口付近の若干の空気が、給炎口側から排出されることもありえよう。)、これにつれて、逆U字形煙管のうちその頂部から排煙口までの部分(以下「排煙口側煙管」という。)の空気を順次押し下げ、排煙口より外部に排出し、その後は、供給された燃焼ガスは、逆U字形煙管内を給炎口より排煙口に移動しつつ、管壁を通して筒形水罐の内部の水と熱交換を行つて熱を失うものと考えられる。そして、燃焼ガスが逆U字形煙管の給炎口から排煙口に移動した場合における管内の温度変化を考えてみるに、燃焼ガスの温度は、給炎口付近において最高であり、排煙口付近において最低となる。そうすると、給炎口側煙管における燃焼ガスの平均温度が排煙口側煙管のそれよりも高い関係が継続することは明らかであるから、給炎口側煙管には比較的軽いガスが、また、排煙口側煙管には比較的重いガスが充たされることとなり、両開口にかかる大気圧が同一である以上、煙管内を右の重いガスが下方に、軽いガスが上方に移動し、逆U字形煙管には、給炎口から排煙口の方向に、継続して自然の通気力が生ずることになる。
<2> 次に、逆U字形煙管と筒形水罐とが、本願考案の要旨に示された位置関係にあること及び前掲甲第一号証、第二号証からすると、比較的温度の高い燃焼ガスが移動する給炎口側煙管にあつては、燃焼ガスが上昇しつつ熱交換を行い、右ガスとの熱交換によつて温められた筒形水罐内の煙管付近の水も軽くなつて上昇し、両者の移動方向は並流関係となり、右煙管内の燃焼ガスの下端部と上端部との間に、極端な温度降下を生ずることなく、また、排煙口側煙管にあつては、管壁付近の水が上昇し、管内の燃焼ガスが下降しつつ熱交換を行い、両者の移動方向は、逆に向流関係となり、同管内の燃焼ガスの上端部と下端部との間では適切有効な温度差を生ずるので、給炎口から排煙口までの煙管内を流れる燃焼ガスの温度勾配は、ほぼ一様に近いものになり、燃焼ガスの供給状態に特別の変動がない限り、煙管内の通気力が急激に変動することがなく、ほぼ一定に保持されるものと考えられる。
<3> 右<1>、及び<2>に記載したところを総合すると、本願考案において、逆U字形煙管に通常の方法で燃焼ガスを供給し、その温水装置を作動させるときは、逆U字形煙管には、本願考案における装置のほかに、モーターによつてフアンを回転させるなどの強制通気力もしくは煙突など補助的通気力を加えるための特段の付加的装置を設置することを要せず、本願考案の要旨の構成自体において通気力を生じ、かつ、その通気力は特段の条件が加わらない限り、急激な変動を生ずることなく、常時安定して継続維持されるものと解することができる。
(2) 次に、引用例のものにおける管体の通気力について考える。
<1> 成立に争いのない甲第六号証によると、引用例である特許出願公告昭三七―八二四四号公報中には、「頂部に開口部を備えた浴槽Aを有し、右浴槽内に、底部がゆるやかに湾曲した湾曲部を有するU字形の管体3を設置し、右管体の一方の上端に皿状ガス発生台5を備えた給炎頸部1を、また、他方の上端に接続部2を設け、これに排気管Cを接続した浴槽用湯沸器」(別紙図面(二)参照)についての記載があることが認められる。
<2> このように、引用例の装置にあつては、本願考案における逆U字形煙管に対応する管体が、本願考案のものとは逆に、給炎口(皿状ガス発生台付近)及び排煙口がいずれも管体の上部に位置するU字形をなしている関係上、引用例のもの自体がその構成上、「通気孔より流入する空気と排気管の吸引作用とによつて……火焔をU字形管体内に吸引せしめる」ことを必須とするものであるばかりでなく、着火時に、右皿状ガス発生台付近から燃焼ガスを右U字形に曲折する管体に迅速かつ確実に行きわたらせるためには、排煙口側から強制吸込装置によつて燃焼ガスを少なくとも湾曲部の最下部を通過する程度にまで吸引するか、右ガス発生台付近の火炎が右最下部を通過する程度に噴射させるなどの特別の装置、方法を必要とするものと解され、右引用例を検討してもこれと異なるように解すべき特段の構成はうかがえない。
<3> そして、燃焼ガスが一応右U字形管体に行きわたつたとしても、排煙口が右のとおり管体の上部に上向きに開口しているので、ガス発生台(給炎口)側の燃焼ガスは排煙口側のそれよりも高温であり、したがつて軽いので、右ガスを給炎口より排煙口に向けてU字形管体を継続通過させるためには、それに相応する何らかの、すなわち排気管のような燃焼ガス吸引排出装置を設置作動させることが必要である。
(3) 以上、(1)、(2)において検討したところから明らかなように、燃焼ガスの通過する煙管(管体)の構成上の相違に対応し、その通気力に関する作用効果において本願考案は、引用例のものに比して格別の差異があると認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
(二) 結露(凝縮水)について
(1) まず、本願考案における逆U字形煙管内に生ずることあるべき凝縮水について考える。
燃焼ガス又は空気の中に存在する水蒸気が水滴となつて凝縮するのは、常圧下にあつては、100℃よりも低い温度の雰囲気が必要であるところ、燃焼ガス通過時の煙管内において、このような条件は、水に接している煙管壁付近であるが、燃焼ガスの温度が比較的高い給炎口側煙管壁では、燃焼ガスが高熱のために、水蒸気が凝縮しにくく、燃焼ガスの温度が比較的低い排煙口側煙管壁においてより多く生じやすいものと考えられる。そして、本願考案にあつては、右凝縮水は、その構造上煙管壁に沿つて流下し、排煙口側煙管内に生じたもののすべてが排煙口付近に集中流出するので、排煙口側煙管内に生じた凝縮水によつて給炎口を冷却することがなく、また、流下した凝縮水の処理は容易であると考えられる。前掲甲第一号証、第二号証によると、右の点が明らかである。
(2) これに対し、引用例のものは、前記認定の構成からなることよりみて、管体(煙管)壁に生じた凝縮水はすべてU字形管体の湾曲底部に流下滞留するので、何らかの手段によつてこれを排除しなければならないが、前掲甲第六号証によると、右U字形管体の底部外周はすべて浴槽内の水で覆われているから、右排除の手段は相当複雑なものとならざるをえない。
前掲甲第六号証(引用例)を検討しても、これと異るように解すべき特段の記載はない。
(3) 右(1)、(2)の点を併せ考えると、煙管(管体)内に生ずる凝縮水による給炎口付近の冷却やその排除方法に関する作用効果において本願考案は引用例のものに対し格別の差異があると認められ、この認定を左右する証拠はない。
(4) なお、被告は、引用例のものにおいて凝縮水回収装置が必要であることを認めつつも、本願考案においてもこれを必要とする旨主張するが、右にみたとおり、本願考案のものはその設置場所いかんによつては凝縮水回収の装置を全く必要としないし、また、それを設置した方がよい場合であつても引用例のものに比して簡単なもので足り、結局、本願考案の構成に不可欠のものではない。
(三) 燃焼ガスの滞留について
(1) 本願考案が、考案の要旨のとおりの構成からなることに徴すると、給炎口からの焼燃ガスの供給が断たれた場合には、煙管内の最も温度の高い、したがつて最も軽い熱ガスはその浮力によつて逆U字形煙管内の湾曲頂部に停滞し、これを積極的に他に排出しない限りその状態が継続するから、これによつて筒形水罐内の水の温度降下がある程度抑制され、また、長時間にわたつて間欠的に運転した場合のランニングコストの低減に有効であるなどの作用効果があるものと考えられる。前掲甲第一号証、第二号証によれば、右の点が明らかである。
(2) これに対し、引用例のものは、その構造が前記のとおりであり、燃焼ガスの供給を停止した場合には、その加熱ガスの滞留するような領域がないから、右ガスの滞留による効果を奏することができない。
(3) 右(1)、(2)の点を対比検討すると、燃焼ガスの煙管(管体)内滞留による保温等の作用効果において、本願考案は、引用例のものに対し格別の差異があると認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
(4) なお、被告は、本願考案の場合も、煙突などの排気装置を要しそのドラフト作用によつて、前記のような作用効果を期しえない旨主張するが、本願考案において、右ドラフト作用を有する排気装置を構成上必要不可欠とするものでないことは既に述べたところであり、右主張は採用できない。
2 以上のとおり、本願考案は、引用例のものに比し、その構成上の相違により、引用例のものによつては収めえない格別の作用効果を奏しうるものであるから、引用例をもつて本願考案の進歩性を否定した本件審決は、判断を誤つた違法のものであり、取消を免れない。
三 よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を正当として認容することとする。
〔編註その一〕本願考案の要旨は左のとおりである。
頂部に排湯口6を、下部に給水口5を備えた筒形水罐1内に、頂部にゆるやかに湾曲した湾曲部を有し、かつ、内面が平滑な逆U字形の煙管2を設置し、この煙管2の一方の下端に給炎口3を設けるとともに他方の下端であつて、かつ、給炎口3と同じ高さに排煙口4を設けたことを特徴とする温水装置
〔編註その二〕本件に関する図面は左のとおりである。
別紙
図面(一)
<省略>
図面(二)
<省略>