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東京高等裁判所 昭和52年(行ケ)193号 判決

一 請求原因一ないし三の事実は、当事者間に争いがない。

二 そこで、原告主張の本件審決の取消事由の存否について検討する。

第一引用例には、助剤粒度の小さいものの方が濾液の清澄度が良いこと、清澄度を高くするためには助剤粒子の空隙率は小さいことが望ましいけれども、助剤粒子と泥漿粒子の間に吸着親和力が作用する場合には、空隙率はあまり問題にならず、有効に清澄濾過をすることができることが記載されていること、第二引用例には、カチオン交換樹脂とアニオン交換樹脂を混合した混床式水処理において、粒度が〇・〇七ミリメートル(約二二〇メツシユ)のものと〇・七ミリメートルのものを用いた場合、粒度の小さい〇・〇七ミリメートルのものを用いた場合の方がイオン交換量の多いことが記載されていること、本願発明と第一引用例のものとの対比において、第一引用例に記載されたイオン交換樹脂が本願発明のような粒度のカチオン交換樹脂とアニオン交換樹脂との混合物であるかどうか不明である点で相違すること、以上の事実は当事者間に争いがない。

成立に争いのない甲第二号証(本願発明の特許公報)によれば、液体から不純物を除去する方法に関し、本願発明の出願前においては、懸濁質を除去するための濾過装置とこれとは別個の溶存物質を除去するための脱塩装置とをそれぞれ別に必要としているのに対し、本願発明は、微細な混合イオン交換樹脂を濾過スクリーン上にプレコートして混合樹脂プレコート層を形成せしめることにより、物理的濾過機能と化学的脱塩機能を同時に巧妙に付与せしめることを目的としたものであることが認められる。

1 引用例の記載内容について

原告は、第一引用例には、審決のいう「イオン交換樹脂がプレコート濾過法による水処理の助剤として用いられること」は記載されていない、と主張する。

成立に争いのない甲第三号証によれば、第一引用例には、「濾過操作と濾過助剤」と題し、「助剤を泥漿に添加することによつてその濃度を高め、また、特殊の吸着的親和力によつてケーキ濾過たらしめるか、あるいは予め濾材にプレコートすることによつてこの表面に直接泥漿を通過せしめて助剤中に沈澱を残留せしむるのである。前者を混合法、後者をプレコート法という。」との記載があり、また、精製濾過剤として各種のイオン交換体があるとしたうえ、無機物としては天然沸石、緑砂、その他の特殊粘土類が、合成品としては骨炭、パームチツトがあげられ、さらに、各種有機物より合成されるイオン交換樹脂も将来有力な助剤として各種溶液の精製効果に役立つものと思う旨の記載、最近吸着現象あるいは塩基置換などイオン交換体又は樹脂などによる溶液の精製濾過分離も化学工業技術に登場するようになつてきたので、この助剤分野に新しい応用が考えられる旨の記載があることが認められる。

右事実によれば、第一引用例の記載から「イオン交換樹脂がプレコート濾過法による水処理の助剤として用いられること」を読み取ることは充分に可能であり、その旨の記載があると認めるのが相当である。

なお、右に述べたところと、第一引用例には、助剤粒度の小さいものの方が濾液の清澄度が良い旨の記載があることによれば、本願発明と第一引用例のものとの対比において、審決のあげる共通点、すなわち、「両者は粒度の小さいイオン交換樹脂をプレコート濾過法による水処理の助剤として用いる点で共通する」との認定は、正当である。

次に、第二引用例には、「混床式水処理がイオン交換樹脂による水処理としては最も優れた方法であること」が記載されているという審決の認定について考察するに、成立に争いのない甲第四号証によれば、第二引用例には、その旨の記載があることが認められる。

これについて、原告は、審決の右認定は、原水の除濁等の前処理を必要とするとの前提事項を含めたものでない限り、誤りというべきである、と主張する。

前記甲第四号証によれば、第二引用例の右記載は、イオン交換樹脂による水処理に関し、ことに脱塩水製造あるいは純水製造に関するものであり、また、「純水製造においては極めて純度の高い水を取扱う関係上、装置の材質や構造及び原水の除濁その他の前処理に充分な注意が必要である。」との記載のあることが認められる。

右事実によれば、第二引用例は、溶存物質除去の技術のみに関するものであることが認められるから、前記「混床式水処理がイオン交換樹脂による水処理としては最も優れた方法である」との記載は、原水中の懸濁質は、前処理によつて除くことを前提としたものであるとみるのが相当である。

しかしながら、以上の説示及び当事者間に争いのない事実によれば、審決の第二引用例の記載内容(4)、(5)についての認定は、その限りにおいては相当なものというに妨げがなく、右の前提事項の記載がないからといつて、それだけで直ちに、審決の右認定が誤りであるとはいえない。

2 構成の想到困難性について

原告は、審決が、「プレコート濾過法による水処理において、イオン交換樹脂として第二引用例に記載されているような粒度のカチオン交換樹脂とアニオン交換樹脂を混合したものを用いるようなことは困難なことではない。」としたのは、誤りである、と主張する。

すでに認定したところから明らかなとおり、第一引用例は、助剤を用いて行う不純物の除去に関する技術であり、その第一引用例には、イオン交換樹脂がプレコート濾過法による水処理の助剤として用いられることが記載されている。問題は、助剤として用いられるイオン交換樹脂の粒度と種類であるが、濾過助剤の粒度としては六〇メツシユ以下(六〇メツシユのものより細かいこと)であるのは特別なことではなく(成立に争いのない乙第二号証は、昭和三〇年三月出願公告にかかる特許公報であるが、そこには、六〇メツシユないし三〇〇メツシユの濾過助剤が記載されている。)、第一引用例にも助剤粒度の小さいものの方が清澄度がよい旨の記載があるから、第二引用例にも記載されているような粒度(約二二〇メツシユ)のカチオン交換樹脂とアニオン交換樹脂とを混合したものを用いることに想到するについて、格別の困難があるとは考えられない。

前記認定のとおり、第二引用例は、脱塩ないし溶存物質の除去による純水製造を目的としたものであり、懸濁質除去の前処理を前提としたものではあるが、そうであるからといつて、第二引用例に記載されているような粒度(約二二〇メツシユ)のカチオン交換樹脂とアニオン交換樹脂を混合したものを、プレコート濾過法による水処理の助剤として用いることに想到するについて、格別に困難があるということはできない。従来、イオン交換装置と濾過装置は別個の技術として認識されてきたとしても、後にも説明するとおり、懸濁質の除去について、濾過助剤としてイオン交換物質を用いれば、同時に処理液中の溶存物質も、イオン交換により除去されることは明らかであり、また、成立に争いのない甲第六号証によれば、「混合樹脂は、不溶解(非イオン化)物質を水から捕集するかなりの能力を有し、そして、この捕集能力は有用である。」ことも認められるから、両者はともに水処理方法として普通に共存しうるものであることを考えれば、むしろ、第二引用例に記載されたような粒度(約二二〇メツシユ)のカチオン交換樹脂とアニオン交換樹脂を混合したものを、第一引用例の助剤として用いることは、当業者にとつて容易であるというべきである。原告の前記主張は採用することができない。

しかもまた、後に検討するように、クランピング現象による効果、清澄度、懸濁質及び溶存物質の同時除去の各点に関し、本願発明は、予測しえない顕著な効果を収めるものとするに足りないのであるから、この点からも、本願発明の構成の想到困難性について、審決が判断を誤つたということはできない。

3 効果の顕著性について

(イ) 原告は、審決が、「クランピング現象がカチオン交換樹脂とアニオン交換樹脂を混合する場合に起きるものであるから、第二引用例に記載されている水処理においても、クランピング現象は当然生じており、空隙率が増大しているものであるから、増大した空隙を被処理水が通過する場合、圧力損失が減少することは予測できることである。」

としたのは、誤りである、と主張する。

成立に争いのない甲第五号証によれば、カチオン交換樹脂とアニオン交換樹脂は、水中においてクランピング現象により大きな空隙をもつた団塊を形成することが、本願発明の特許出願についての優先権主張日前にすでに知られていることが明らかであり、本願発明の明細書中にも、カチオン交換樹脂とアニオン交換樹脂をスラリー状にするとクランピング現象により混合樹脂の容積が増加し、空隙率が大きくなる、この現象は従来より現象的には充分把握されている旨の記載がある。このようなクランピング現象による大きな空隙を被処理水が通過する場合、圧力損失が減少することは、当業者ならば容易に予測できるといつて差支えない。第二引用例には、粒度約二二〇メツシユのカチオン交換樹脂とアニオン交換樹脂を混合して使用するものが記載されているから、この場合には、クランピング現象は当然に生じており、これによる大きな空隙を被処理水が通過する場合は、圧力損失が減少することになるが、これは当業者にとつて予測できることであるといえる。審決の前記判断に誤りはない。

原告は、本願発明においては、クランピング現象により懸濁質の保持能力は高くなり、しかも、そのことは予測できないことであると主張するが、本願発明の明細書の第一表について考察しても、A(通常の混床式ベツト型イオン交換装置、粒子の大きさ二〇メツシユないし五〇メツシユ)とD(本願発明の微細な混合イオン交換樹脂をプレコートした濾過装置、粒子の大きさ六〇メツシユないし四〇〇メツシユ)とを比較した場合、除去率における差が、すべてクランピング現象に基くものとは解されない。しかも、右第一表の数値を検討しても、AとDとで除去率に格段の差があるとは認められないのみならず、Dの方が使用した樹脂の粒子が小さいので、第一引用例にも助剤粒度の小さいものの方が清澄度が良い旨の記載があることからも知りうるように、ある程度、Dの方が懸濁質の除去率が高くなるのは当然のことである。また、右第一表においては、被処理水がどのようなものであるか不明であるため、一概に除去率の効果を論ずることはできない。それぞれの原液にはそれに最適の濾過助剤があり、これを使用することにより、清澄で、しかも、好能率な濾過ができることになる(成立に争いのない甲第七号証)。被処理水が細かい懸濁質を有するものであるならば、小さい粒度の助剤を用いて、大きい粒度の助剤を用いた場合より、懸濁質の除去率が高いのは、当然のことであり、特別の効果とはいえない。また、右第一表において、CとDとを比較した場合には、Dの効果は格段に優れているといえそうであるが、Aにおいてすでに比肩すべき上述の効果があがる以上、著しく効果の劣るCとの対比において、Dの効果を論ずることは、ほとんど意味がない。結局、本願発明において、クランピング現象により懸濁質の保持能力が格段に高くなるとする資料はないものといわなければならない。

(ロ) 原告は、審決が、「本願発明により清澄度の高いものが得られる点は、イオン交換樹脂の粒度が小さいことと親和力によるものであるが、これは、第一引用例に記載されている。」としたのは、誤りである、と主張する。

前記認定のとおり、第一引用例には、イオン交換樹脂がプレコート濾過法による水処理の助剤として用いられることが記載されているところ、前記甲第三号証によれば、第一引用例には、助剤粒子と泥漿粒子との帯電が反対であるか、あるいはこれらの間に特別の吸着親和力が作用する場合には、有効に清澄濾過をすることができる旨の記載があることが認められ、また、第一引用例に、助剤粒度の小さいものの方が濾液の清澄度が良い旨の記載があることは、前述のとおり当事者間に争いがない。

右事実によれば、用いられる助剤がイオン交換樹脂の場合も、助剤粒子と泥漿粒子間の吸着親和力により、併わせて助剤粒度の小さいことにより、清澄度の高いものが得られることを読み取ることは容易であり、第一引用例には、イオン交換樹脂を助剤として用いた場合の清澄度に関して、これがイオン交換樹脂の粒度の小さいことと泥漿粒子との間の親和力によるものであることについて、記載がないとすることはできない。原告の右主張は採用することができない。

なお、清澄度は、懸濁質の保持能力の大小の問題であるところ、清澄度の高いものが得られることが、すべてクランピング現象によるものであるとすることはできない。すなわち、クランピング現象により空隙が大きくなれば、そこを通過して出ていく粒子の大きさも空隙に比例して大きくなり、通過していく粒子の量も多くなるからである。本願発明の明細書の第一表も、前記(イ)に上述したとおり、クランピング現象により懸濁質の保持能力が高くなるとの資料とはなりえない。

(ハ) 原告は、審決が、「本願発明が水中の懸濁質と溶存物質を除去する点は、イオン交換樹脂粒子が濾過助剤であることによる自明の効果である。」としたのは、誤りである、と主張する。

イオン交換樹脂をプレコート濾過法の濾過助剤として用いれば、イオン交換の性質により溶存物質が除去され(第二引用例の記載から明らかである。)、イオン交換樹脂粒子が濾過助剤であることにより懸濁質が除去され(第一引用例の記載から明らかである。)、水中の懸濁質と溶存物質とが同時に除去されることになるが、これは濾過助剤としてイオン交換樹脂を使用したことによる自明の効果といえる。この点に関し、審決に誤りはなく、原告の右主張は採用することができない。

前記甲第六号証は、本願発明の特許出願についての優先権主張日前に日本国内に頒布された刊行物において、混合樹脂が水中の懸濁質を捕集する能力を有することが明らかにされていることを示し、プレフイルターを必要とする旨の記載があるとしても、イオン交換樹脂の一つの性質を示したといいうるものであり、第一引用例が、イオン交換樹脂がプレコート濾過法による水処理の助剤として用いられることを示していることと軌を一にするものである。したがつて、甲第六号証も、イオン交換樹脂をプレコート濾過法の助剤として用いれば、水中の懸濁質と溶存物質とを同時に除去できることを予測させるものである。

原告は、甲第六号証は、クランピング現象による懸濁質及び溶存物質の同時除去に関する量的効果を予測するに足りるものではない、と主張するが、本願発明の明細書の第一表において、AとDを比較した場合、溶存物質の除去率に関しては殆ど差がないのみならず、前記(イ)に上述したように、懸濁質の除去に関しても、右第一表のAとDにおいて除去率の差がすべてクランピング現象に基くものとはいえないのであるから、クランピング現象による量的効果を予測しうるものではないとする原告の右主張も理由がない。

右のとおりである以上、本願発明は、第一引用例、第二引用例及び審決の掲げる参考文献に基づいて容易に発明をすることができるものというべきである。

三 よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとする。

〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。

粒子の大きさが約六〇メツシユないし四〇〇メツシユの範囲にあるカチオン交換樹脂及びアニオン交換樹脂を混合したものであつて液体中に懸濁してスラリーとしたものを、濾過スクリーンの流入側表面上にプレコートしてイオン交換樹脂層を形成させ、これに液体を通過させることにより液体から懸濁質及び溶存物質を除去することを特徴とする液体から不純物を除去する方法。

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