大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和52年(行ケ)37号 判決

一 請求原因一ないし三の事実、すなわち、本願発明についてされた特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本願審決の理由の要点は、いずれも当事者間に争いがない。

二 そこで、原告主張の本件審決の取消事由の有無につき判断するに、本願発明と引用例記載の発明とは、それぞれ目的(課題)、構成、作用効果において、以下のとおり相違しており、同一とはいえないから、両者を同一の発明であるとした本件審決の判断は誤りというべきである。

(一) 目的、課題の相違

成立に争いのない甲第二号証によれば、本願発明の明細書中、発明の詳細な説明には、次の趣旨の記載があることが認められる。すなわち、

(1) 平らな熱可塑性の板で、耐火性の強固な建築用材に適したものは、熱可塑性材料を繊維で強化することによつて得られる。ポリ塩化ビニルが良好な耐火性を示すことは知られており、これは安価でかつ容易に入手しうる利点を有している。しかし、この材料は実質的に可塑材を含有しない時にのみ強固である。

(2) このような板を形成する一つの方法は、熱で柔軟になる熱可塑性材料と繊維との混合物を多段のロール圧縮カレンダーによつて圧搾するものであつて、これによつて板の厚さを徐々に薄くする。この方法は、繊維が完全に分散し、また板の面内に配向した板を作ることができる。しかし、混合して余剰の仕事量を必要とする溶融熱可塑性重合体の強い粘着性により繊維の品質が極度に低下する。それ故、この圧縮カレンダー法は、重合体が可塑性になつて板が柔らかくならない限り、ポリ塩化ビニルよりなる繊維補強板の製造に適用されることが不可能である。

(3) 本願発明の原発明である昭和四〇年特許願第三五六九六号発明は、塩化ビニルを主体とした単体から形成された重合体成分に繊維を混合して、生地すなわちパテ状塊を形成しポリ塩化ビニルよりなる耐火性強固板を製造する際の困難を克服するに当つて、この重合体成分を揮発性有機溶媒の溶液又は溶液と分散液との混合物の形で、高温カレンダー上で連続薄層状に練り上げた生地から板を成形することを提案している。連続的の薄層板は相互に付着するように粘着性を帯びている必要があるので、この発明では、重合体成分の一部として、塩化ビニルと他の単体との共重合体の揮発性有機溶媒の溶液を使用する。右の他の単体としては、塩化ビニリデンが望ましいが、塩化ビニルと塩化ビニリデンの共重合体は高価なばかりでなく、これを含有する板は低温でゆがみを生じ易い。

(4) 本願発明によれば、他の単体を有する塩化ビニルの共重合体をK値四〇ないし四五を有するポリ塩化ビニルで置き替えることを特徴とする。塩化ビニルと塩化ビニリデンの共重合体をK値の低いポリ塩化ビニルで代用すると大きな利点が得られる。特に生地塊の粘着性がそれほど極端ではないので、板の製造が非常に容易であり、また最終生成物の熱安定性が強まり、熱ひずみ点が高くなる。

右の記載内容及び当事者間に争いのない本願発明の要旨によれば、本願発明は、圧縮カレンダー法によつて、強固で耐火性を有するポリ塩化ビニルよりなる繊維補強硬質板を製造しようとする場合、可塑剤を使用すれば強固な硬質板を得ることができず、また可塑剤を使用しないと繊維の分散配列が不十分になつて品質が極度に低下するという困難な問題があり、従来、圧縮カレンダー法によつてはその製造が不可能であるとされてきたのに対し、この課題を解決し、圧縮カレンダー法により、可塑剤を用いることなく、しかも繊維の品質を低下させないで、物理的特性の優れたポリ塩化ビニルよりなる繊維補強硬質板の製造を可能にしたものであることが明らかである。

一方、成立に争いのない甲第三号証によれば、引用例には、「合成材料処理工業では、現在まで六〇~八〇のK値を有するポリ塩化ビニル又はポリスチレンの如き熱可塑性合成材料が用いられてきた。それよりはるかに低いK値を有する熱可塑性合成材料は、固体の性質が不充分で、熱安定性もないため、使用できないものと考えられてきた。低いK値をもつ熱可塑性合成材料を、その合成材料を充填した繊維材料を製造するのに特に有利に利用できることが今度発見された。本発明により用いられる熱可塑性合成材料の中には、塩化ビニル、塩化ビニリデン、酢酸ビニル及びスチレン、アクリル酸エステルのようなビニル系化合物の重合体、共重合体及びそれらの混合物が含まれる。それら重合体のK値は五五より低く、好ましくは二〇~五〇であるべきである。本発明により、それら化合物を用いて合成材料で充填された繊維材料を製造するとき、例えば製紙機で処理する前に繊維材料の懸濁物に熱可塑性合成材料を微粉末又は分散物の形で添加する。該合成材料は、もつと高いK値を有する他の合成材料と共に用いることもできる。」「本発明により合成材料で充填された繊維材料は、圧搾後、高いK値の熱可塑性合成材料を充填したものと比較して、一層弾力性に富んでいる。」と記載され、繊維材料とK値の低い熱可塑性合成材料との混合物から製紙機を使用する紙漉法により、合成材料で充填された紙を製造し、あるいはこの紙を多数枚重ねてプレートプレスによりプレスして厚紙又は積層体を製造する方法が記載されていることが認められる。右認定事実及び弁論の全趣旨によれば、引用例の発明は、合成材料処理工業において、従来使用できないものと考えられてきた低いK値の熱可塑性合成材料を有効に利用することを目的とし、具体的には、五五より低いK値を有するポリ塩化ビニル又はポリスチレンのような熱可塑性合成材料を充填した弾力性を具えた繊維材料を、製紙機(紙漉法)により製造するものであるということができる。

したがつて、本願発明が、圧縮カレンダー法により、繊維の品質を低下させることなく、物理的特性の優れたポリ塩化ビニルよりなる繊維補強硬質板を製造することを目的とし、そこにおける具体的な課題を解決しているのに対し、引用例の発明は、低いK値の熱可塑性合成材料の有効利用という観点から、製紙機を使用する紙漉法により、熱可塑性合成材料を充填した繊維材料の製造を目的とするものであるから、両者の具体的な目的、課題は異なるというべきである。もつとも、両者は、いずれも低いK値のポリ塩化ビニルを使用し、ポリ塩化ビニルよりなる繊維補強板を製造するという点において共通するといいうるけれども、引用例には、本願発明のように、圧縮カレンダー法により繊維の品質を低下させることなく強固な硬質板の製造を可能にする課題とその解決方法が開示されていない以上、右の共通点をもつて、両者の目的、課題が同一であるとすることはできない。

(二) 構成の相違

本願発明と引用例の発明とは、構成上、少なくとも次の二点、すなわち、(1) 本願発明が水及び揮発性有機溶媒を使用するのに対し、引用例の発明では揮発性有機溶媒を使用せず水のみを使用すること、(2) 本願発明が製造工程においてカレンダーロールを使用するのに対し、引用例の発明では製紙機を用いること、において相違していることは、当事者間に争いがない。

(1)の相違点につき、被告は、ポリ塩化ビニルの成型加工において揮発性有機溶媒を使用することはすでに慣用手段であつたから、本願発明は引用例の発明に単なる慣用手段を付加したにすぎないものであると主張するが、前掲甲第三号証によれば、引用例の発明は、製紙機を使用する紙漉法により、熱可塑性合成材料と繊維材料との水性混合物を処理するものであつて、その際水以外の液体をも使用しなければならない技術的な必然性は何ら存在しないことが認められるから、引用例の発明において、水とともに揮発性有機溶媒を使用する場合のあることを想定することは困難である。これに対し、前掲甲第二号証によれば、本願発明は、アスベスト繊維、揮発性有機溶媒、ポリ塩化ビニル及び水を混合して形成したパテ状の生地塊を熱カレンダーロールにより薄層とする処理を行なうが、右の生地塊に所要の粘着性を与えるために、水とともに揮発性有機溶媒を使用する(低いK値のポリ塩化ビニルは、室温で剛性であるが、有機溶媒に一部又は全部が溶解するかあるいは有機溶媒で膨脹する性質を有する。)ものであることが認められる。したがつて、ポリ塩化ビニルの成型加工において揮発性有機溶媒を使用することが慣用手段であつたとしても、(1)の相違点について、本願発明が引用例の発明に単なる慣用手段を付加したにすぎないものというとはできない。

さらに、被告は、(2)の相違点についても、カレンダーロールを使用してポリ塩化ビニルを薄層に成型処理することが慣用手段であつたから、本願発明は引用例の発明の成型手段に慣用手段を転用したにすぎないものであると主張する。しかしながら、本願発明は、前記のとおり、圧縮カレンダー法により、繊維の品質を低下させることなく、耐火性を有する強固なポリ塩化ビニルよりなる繊維補強硬質板を製造するという課題を解決したものであり、前記本願発明の要旨から明らかなとおり、アスベスト繊維、揮発性有機溶媒、ポリ塩化ビニル及び水を、「実質的に均質な生地塊となるまで混合し、このようにして形成された塊状物を熱カレンダーロール上で次第に厚さ〇・〇一〇~〇・〇二四mmの薄層とする」ことは、本願発明の構成に欠くことができない事項であつて、例えば引用例の発明におけるように、熱可塑性合成材料と繊維材料との水性混合物を製紙機(紙漉法)によつて成型処理することに代えうるものではないところ、引用例には、圧縮カレンダー法により繊維の品質を低下させることなく、ポリ塩化ビニルよりなる繊維補強硬質板の製造を可能にすることが何ら開示されておらず、引用例の発明において、製紙機を使用する紙漉法を、圧縮カレンダー法に代えてみても、当然に本願発明と同一の構成となりうるものでないことも明白である。したがつて、カレンダーロールを使用してポリ塩化ビニルを薄層に成型処理することが慣用手段であつたとしても、本願発明をもつて右の慣用手段を引用例の発明の成型手段に転用したにすぎないものということはできない。

以上のとおり、被告の右各主張はいずれも理由がなく、本願発明と引用例の発明との間には、構成上、少なくとも前記(1)、(2)の相違があることは明らかである。

(三) 作用効果の相違

前掲甲第二号証によれば、本願発明は、繊維が全体に均等に分散されすべて板の面内に実質的に並んだ板を製造することを可能にし、圧縮カレンダー法により、繊維の品質を低下させることなく、耐火性、耐風化性、強度等の物理的特性に優れたポリ塩化ビニルよりなる繊維補強硬質板を製造しうるものであることが認められる。

一方、前掲甲第三号証によれば、引用例の発明は、低いK値をもつ熱可塑性合成材料を有効に利用することにより、繊維材料を比較的低い割合の合成材料と共に圧搾し、孔のない透明な生成物を形成させることができ、脱水のとき普通には見られない保持が得られるほか、この発明により合成材料で充填された繊維材料は、圧搾後、高いK値の熱可塑性合成材料を充填したものと比較して一層弾力性に富んでおり、この充填された繊維材料を処理するとき、例えばプレートプレスで処理する場合、一層低い圧力及び温度で満足に行なうことができ、作業の能率及び製品の品質に好ましい効果を与えるとされていることが認められる。

右認定のとおり、本願発明と引用例の発明とは、それぞれその目的に応ずる効果を奏するものであり、両者の効果が同一といえないことは、前述のとおりそれぞれの目的、課題及び構成が相違していることに照らしても、むしろ当然である。

三 よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を正当として認容する。

〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。

アスベスト繊維、揮発性有機溶媒、該有機溶媒に不溶である大割合の重合体成分、該有機溶媒に可溶の小割合の重合体成分及び水を、実質的に均質な生地塊となるまで混合し、このようにして形成された塊状物を熱カレンダーロール上で次第に厚さ〇・〇一〇~〇・〇二四mmの薄層とし、連続性層がロール上に沈着する前に沈着物質から大部分の溶媒及び水を揮発させ、このように形成された板をロールから切断除去し、冷却させて硬質板とすることからなる繊維強化プラスチツク物質の硬質板の製造方法にして、前記大割合の不溶性重合体成分として塩化ビニルのホモポリマーを使用し、かつ、前記可溶性重合体成分として少なくとも五重量%のK―値四〇~四五を有する塩化ビニルのホモポリマーを使用することを特徴とする硬質板の製造方法

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!