東京高等裁判所 昭和52年(行ケ)43号 判決
一 請求の原因(一)ないし(三)の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、審決を取り消すべき事由の有無について本願各発明を通じ、検討する。
(一)1(1) 第一引用例の記載内容が審決認定のとおりであることは当事者間に争いがないけれども、第一引用例はガス分析計に関する実験研究報告書で飲酒運転者の呼気中のアルコール検出方法ないし装置に関するものでないことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第三号証によれば、第一引用例は、「半導体薄膜を利用した新しい気体構成分検知器」と題する論文で、ガスクロマトグラフイーにおいて、数種類のガスが含まれている混合ガスを半導体薄膜を用いて分析する方法及び装置について述べたものであり、本願発明のようにアルコールのみを検出する方法及び装置に関するものではないことが認められる。
しかしながら、半導体を利用して気体成分を検知するものである以上、第一引用例が本願各発明と技術分野を異にするものとはいえない。
(2) そこで進んで検討するのに、本願発明と第一引用例との一致点と相違点が審決認定のとおりであることは当事者間に争いがなく、またSnO2が、第一引用例にガス検知素子として用いられているZnOと同じく還元型金属酸化物半導体としての一般的特性を有することが第二引用例から公知であることも、当事者間に明らかに争いがない。
しかも、一般に複数の物質が同種の物質であることが知られている場合、そのうちの一部のものが既に試験研究の対象に供されているときは、まだ試験研究の対象とされていない物質をいわば試行錯誤的に既に試験研究の対象とされている物質に代えて用いてみようということが当業者の通常用いる方法であることは、弁論の全趣旨により明らかである。
(3) そうすると、第一引用例において検知さるべき気体成分(その中にエチールアルコールを含むことは当事者間に争いがない)の検知素子たるZnOに代えてこれと同じく還元型金属酸化物半導体としての一般的特性を有するSnO2を呼気中のアルコール検知素子として用いることは、一見したところ容易とみれなくもないかのようである。
(4) しかしながら、本願各発明は、呼気中のアルコール分検出方法ないし装置に関するものであるから、アルコール分検知素子として、アルコールに対する特性の知られていなかつた(このことは当事者間に争いがない。なお、SnO2とアルコールとの反応につき、審決の指摘する第三引用例の記載は、導電率変化によるアルコール検知とは直接関係があるとは思われない。)SnO2を用いたことにより、引用例からは予測できない顕著な効果を奏することができると認められる場合は、発明の進歩性を否定できないわけである。
2 そこで、本願各発明が顕著な作用効果を奏するといえるかどうかについて検討する。
(1) 成立に争いのない甲第二号証によれば、SnO2は、アルコールに対する感度が著しく高く、清浄大気中の抵抗値と1.95mg/l濃度のアルコール雰囲気中の抵抗値の比率は、他の物では500℃の高温に加熱しても二~三倍程度に過ぎないのに対し、数十~数百倍にも達すること、SnO2は感度及び応答速度の点から300℃程度に加熱することが望ましいが、他の物では室温~300℃程度の温度では事実上無感度であるのに、室温でも相当感度を示すこと、SnO2は応答速度が著しく速く、300℃加熱下において、他の物では一時間以上もかかるところ、速いものは一〇秒以下で応答すること、なお、SnO2は金属酸化物半導体の特性として、雰囲気を清浄大気に戻せば元の状態に復帰するいわゆる可逆性を有しているので反覆使用が可能であること、などが認められ、またSnO2の感度の良好性は、成立に争いない甲第六号証中の「図2検出感度と温度の関係」の部分によれば、100℃~600℃の全温度範囲における「ピークの高さ」の最大値はZnOの460mvに対しSnO2は600mvであつて、後者は前者の一・三倍ほども感度が高く、さらに同一温度での「ピークの高さ」は、特に比較的低温の360℃以下の温度において、ZnOはほとんど不感であるのに対し、SnO2は著しい感度を示していることが認められるので、これによつても裏付けられる。
これに対し、被告は、応答速度の点でSnO2の方がZnOよりも速いとは一概にいえないと主張しており、前記甲第三号証(第一引用例)には、被告が摘記しているような記載(被告の答弁(二))があることは認められるけれども、そこにいう「非常に速かに」とは如何なる検知素子を比較の対象として述べられているのか明らかでなく、むしろ同号証中「表1と図2、3の結果は、本方法によるピーク幅が、熱伝導セルによるものに較べて、一般に大き目であることを示している。これは、気体の種類、温度および薄膜の厚さにより、気体の吸着と脱離に比較的長い時間を要するからである。」(一五〇三頁右欄四行~一三行)との記載部分をあわせ読むと、比較の対象はSnO2ではないことがうかがわれるのである。
つぎに、乙第一号証の二を援用しての被告の所論(被告の答弁前同所)について検討するのに、同号証に示されるイソブタンに対するZnOのガス応答特性から、エチルアルコールを検知対象とした場合のそれを直ちに推定してよいという根拠はなく、またかりに推定可能としても、成立に争いのない同号証の二第8図によれば、ヒーター電圧一・三V以下すなわち低温度下においてSnO2がZnOよりもはるかに応答速度が速いことが認められるから、被告の主張はにわかに採用できない。
(2) ところで、本願各発明がアルコール検知素子としてSnO2を採用したことにより奏する前記のような作用効果は、前記甲第二号証により認められる「操作が簡単で短時間に的確にアルコール分を検出し得る方法と装置の実現」という本願発明の目的からみて有用なものであることはいうまでもなく、SnO2が第一引用例の検知素子たるZnOと同じく還元型金属酸化物半導体としての一般的特性を有することが公知であつても、SnO2のアルコールに対する特性が知られていなかつた以上、予測困難なものといつてよく、顕著な作用効果と評価されてしかるべきである。
(二) そうすると、SnO2を検知素子として採用した本願各発明は結局容易に発明できたとはいえないから、その進歩性を否定した審決の判断は誤りであるというべきで、審決は取消さるべきである。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
1 還元型金属酸化物半導体であるSnO2を検知素子とし、該検知素子に呼気を集束して接触せしめ、呼気中のアルコールの吸着による該検知素子の導電性の変化に基づきメーター、警報器等の電気作動物を動作させて呼気中のアルコールの検出を行なうことを特徴とする呼気中のアルコール分検出方法
2 SnO2を検知素子とし、該検知素子を電源、並びにメーター等の測定装置またはブザー等の警報装置に直列に接続し、該検知素子を吹込口と吐出口を有する吹込筒内にセツトしたことを特徴とする呼気中のアルコール分検出装置