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東京高等裁判所 昭和52年(行ケ)71号 判決 1979年4月23日

原告

泉沢修

被告

特許庁長官

熊谷善二

右指定代理人

高木久男

外一名

主文

特許庁が昭和五二年二月三日同庁昭和五〇年審判第四七九号事件についてした審決を取消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一  当事者の申立

原告は、主文と同旨の判決を求め、被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和四七年九月一三日特許庁に対し、意匠に係る物品を「サンドペーパーエアグラインダー」とする別紙第一図面表示の意匠について意匠登録出願をしたところ、昭和四九年九月三〇日拒絶査定を受けたので、昭和五〇年一月四日審判を請求し、特許庁同年審判第四七九号事件として審理されたが、昭和五二年二月三日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年三月二日原告に送達された。<以下、事実省略>

理由

一請求原因事実中、本願意匠について、出願から審決の成立にいたるまでの特許庁における手続の経緯及び審決理由の要点は、当事者間に争いがない。

二そこで、原告主張の取消事由のうち、まず引用意匠の公知性について判断する。

前掲審決理由の要点によれば、審決は、本願意匠について、引用意匠との対比上互に類似するとして、意匠法第三条第一項第三号の規定によりその登録要件を否定したものであることが明らかであり、また、引用意匠が昭和四七年八月三一日登録された意匠であつて、その意匠公報が本願意匠の登録出願された同年九月一三日の後である同年一一月二八日に発行されたことは、当事者間に争いのないところである。

ところで、意匠法第三条第一項第一号にいう「公然知られた意匠」とは、同項第二号において第一号とは別に頒布刊行物を規定している趣旨に鑑みると、その意匠が、一般第三者たる不特定人又は多数者にとつて、単に知りうる状態にあるだけでは足りず、字義どおり現実に知られている状態にあることを要するものと解される。そして、また、不特定人という以上、その意匠と特殊な関係にある者やごく偶然的な事情を利用した者だけが知つているだけでは、いまだ「公然知られた」状態にあるとはいえないものと解するのが相当である。

被告は、意匠権の設定登録があつたときは、何人もその意匠について意匠登録原簿、出願書類等を閲覧できることを根拠として、かかる状態におかれた意匠は「公然知られた意匠」といつて差支えない旨主張する。

確かに、意匠法第六三条によると、何人も、特許庁長官に対し、意匠登録に関し、証明、書類の謄本もしくは抄本の交付、書類、ひな形もしくは見本の閲覧もしくは謄写又は意匠原簿のうち磁気テープをもつて調整した部分に記録されている事項を記載した書類の交付を請求することができるものとされている。しかし、<証拠>を総合すると、意匠権の設定登録があつた後、意匠原簿、出願書類等の閲覧をするためには、登録番号を特定して申請しなければならないこと、特許庁においては、意匠公報発行前には、意匠権の内容、特に出願書類添付図面と登録番号とを関連づけた資料を一般第三者に了知させる手段は何ら講じていないこと、一般第三者としては、登録出願人(なお、出願人といえども、設定登録と同時に登録番号を知りうるものではなく、設定登録後特許庁長官から意匠登録証の交付を受けてはじめてこれを知るものである。)を通じて登録番号を知るというような特段の事情がない限りは、登録番号を知るすべがなく、したがつて、その意匠原簿、出願書類等を閲覧する方法は事実上閉ざされていることが認められる。もつとも、右<証拠>によると、いわゆるバインダー式の意匠原簿が使用されていた昭和五三年四月一日前においては、一個の意匠原簿に一〇〇個の意匠権が記載されていた関係上、それに記載されている登録意匠に関し閲覧を申請した者がたまたま他の登録意匠の登録番号を知りうる可能性があることは認められるけれども、意匠登録令第三条、意匠登録令施行規則第三条、第四条によると、意匠登録を受けた意匠を記載した図面は、規定上意匠登録原簿の一部とみなされるものの、同原簿に記載されるものは登録番号、登録出願日、登録出願番号、物品の区分、意匠権者の氏名等であつて、右図面は添付されていないから、登録原簿によつて特定の登録意匠の登録番号を知つたからといつて、直ちにその意匠の図面を了知しうるものではなく、そのためには、さらに、その新たに知つた登録番号によつて出願書類の閲覧を申請しなければならないものである。一般第三者が何らかの方法によつて登録意匠の登録番号を知り、それをたどつてその出願書類の添付図面を了知することがありうるとしても、そのような偶然的例外的場合をもつて、その意匠が不特定人に公然知られた状態にあるものとは到底いうことができない。

以上のとおりであるから、意匠権の設定登録があつても、それによつて、直ちにその意匠が現実に一般第三者に知られるものでないことは明らかである。

なお、被告は意匠権の設定登録後は特許庁職員についてその意匠に関する守秘義務が解かれることを理由に、同職員も不特定多数者に含まれると主張する。しかし、そもそも、同職員は、意匠法その他の法規に定められた職務の遂行として、登録出願された意匠に関与するものであるから、その意匠が設定登録されると否とを問わず、意匠の公知性を検知すべき基準たる一般第三者の範ちゆうには含まれないものと解すべきであるから、右主張も失当たるを免れない。

そこで、本件についてみるに、<証拠>によると、引用意匠の登録に関しては、登録後その意匠公報の発行される昭和四七年一一月二八日までの間、何人も特許庁長官に対して書類の閲覧を申請した事実のないことが認められるし、他に、本願意匠の登録出願された同年九月一八日前において、引用商標が一般第三者たる不特定人又は多数者によつて現実に知られていた状態にあつたことについては、これを認めるに足りる証拠が全くない。

したがつて、引用意匠は、本願意匠の登録出願前に公然知られたものとすることはできないから、これとの対比上本願意匠の登録要件を否定した審決の判断は、原告のその余の取消事由について検討するまでもなく誤りであつて、違法といわねばならない。<以下、省略>

(荒木秀一 石井敬二郎 橋本攻)

別紙図面<省略>

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