東京高等裁判所 昭和52年(行ケ)84号 判決
事実及び理由
原告が本件審決を取消すべき事由として主張する点について、以下順次判断する。
(一) 原告は、本件考案における給油所とはガソリンスタンドのことである旨主張し、また、昭和二八年以前から給油所という語が通用し、それがガソリンスタンドをも意味する用語であつたことは、当事者間に争いのないところである。そして、成立に争いのない甲第二四、第二五号証、第二七号証の一ないし四、第二八号証の一、二によれば、実際に給油所とガソリンスタンドとが同義に用いられている事例があることを認めることができる。また、成立に争いのない甲第二号証(本件考案の実用新案公報)によると、その考案の詳細な説明の項に、「従来ガソリン販売所におけるガソリン計量機は一台につき最少限度〇・三m2の土台を要し、この上に電動機、吸上ポンプ、流量計および表示計を設置し覆体をもつて覆つたもので、このため給油所の有効利用面積が減少するのみならず、自動車の出入に際し邪魔になり、接触事故の原因となつている。この考案はこのような不都合を解消したもので……」(一頁左欄三〇行ないし三七行)と記載されていて、本件考案の給油所がいわゆるガソリンスタンドの改良に関連するものであることは肯認することができる。
しかし、本件考案の給油所をガソリンスタンドに限定して解すべき理由はない。すなわち、前掲甲第二号証によると、本件考案の名称は「給油所」とされており、実用新案登録請求の範囲の項にも「給油所」と記載されていて、ガソリンスタンドとは記載されていないばかりでなく、考案の詳細な説明の記載に徴しても、本件考案の給油所がガソリンスタンドのみに限定されるべき根拠を見出すことはできないし、また、自動車にガソリンを計量給油する点においては、いわゆるガソリンスタンドと実質的に異なるところのない給油設備が、自動車を大量に取扱う事業所、すなわちバス、タクシー、トラツク等を大量に取扱う旅客または貨物運送会社その他の事業所の車庫附近や自動車工場の組立ラインの終端部等に設置されていることは、顕著な事実であるから、単に給油所と称する場合、これを一般自動車へのガソリン販売を目的とするガソリンスタンドに限られると解すべき根拠に乏しいからである。
次に、原告は、第一引用例のものは自動車組立工場内の給油設備であるから、ガソリンスタンドと異なり種々の方向から来る自動車の走行を妨げないよう計量機等を設置するという配慮がされていない旨主張する。しかし、成立に争いのない甲第三号証(第一引用例であるトキコ株式会社製の燃料給油設備を記載した図面および説明書)によると、第一引用例の給油設備は、ポンプ室が工場建物わきの空地に建物に近接して設けられ、表示計は組立ライン側方の床上に設けられているものであるが、右ポンプ室は建物の外側壁に接近して設けられていることから、自動車の自由な走行の妨げとはならない場所に設けたものということができ、また表示計は、建物内の竪位置フレーム、または配管、もしくは支柱等より約一メートル位の位置で自動車の走行の邪魔にならず、かつ給油地点から見うる位置に設けられているものであるから、少なくとも組立ラインを走行する自動車の走行の妨げにならないものであること、そして他のすべての計量給油部材を工場建物の壁に近接し、または梁に沿つて設け、もしくは地下に埋設することにより、給油領域を広げるようにしたものであることを認めることができる。もつとも、第一引用例の給油設備は自動車組立ラインの終端部に設けられたものであるから、組立ラインから供給される完成車、すなわち走行方向の特定した自動車への給油を目的とするものであることは明らかであるが、その組立ライン終端部が工場内の道路に接続していることは当然のことであるから、組立ラインから自動車が供給されない場合に工場内を走行する一般自動車への給油を行なうことも可能であつて、こうした場合には自動車は給油ホースの吊下位置に自由な方向から(但し、表示計の設置部分を除いて)近接しうるはずであり、したがつて、給油領域内に自動車の走行を妨げないよう給油部材を配設した点においては、第一引用例の給油設備と本件考案の給油所とは極めて類似したものということができる。
以上によれば、本件考案の給油所と第一引用例の給油設備とは技術的に全く異なるものとする原告の主張は理由がなく、それは単なる文言上の差異であつて技術的な相違を生ずるものとは認められないとした審決の判断は正当であり、第一引用例を本件考案の進歩性判断の資料とすることに何の支障もないといわなければならない。
(二) 原告は、本件考案における構築物とは、給油所の敷地上にある物件でポンプアイランドを除いたものをいい、事務所および防火塀がその主要なものであるというが、前掲甲第二号証によると、本件考案の実用新案登録請求の範囲には構築物に関しそのような定義の記載はなく、また考案の詳細な説明の項においても、本件考案の構築物が主として事務所、防火塀に限られ、一般の建物類を除外したものであると解すべき記載はないことが明らかである。一方、前掲甲第三号証によると、第一引用例の給油設備は、自動車組立ラインの終端部の工場建物内に設けられたもので、ポンプ、電動機、給油ホース等を給油領域の床上から除外し(但し、表示計だけは床上に設置)、その部分における自動車の自由な走行の可能性を給油設備自体により妨げることのないようにした構造のものであることが認められ、この工場建物が本件考案の構築物に相当することは明らかというべく、したがつて、第一引用例のものにおいては、「配油管を構築物に沿わせて立上らせ」、「吸上ポンプ、電動機及び流量計を構築物に接する位置のような自動車の走行を妨げない場所に設け」た構造を備えているものと認めるのが相当である。
してみると、審決は、本件考案における構築物の意義を誤解したものではなく、第一引用例のものについての認定を誤つたものでもなく、ひいて本件考案と第一引用例との構築物に関する相違点を看過してその対比判断を誤つたこともないものといわなければならない。
(三) 原告は、本件考案の給油所における天井とは、事務所用建物から敷地に向つて張出した屋根の内側下面を指称するものであると主張するが、天井をそのように限定すべき理由はない。前掲甲第二号証によると、実用新案登録請求の範囲は勿論、考案の詳細な説明の項にも、本件考案の給油所の天井をそのように限定して解すべき旨の記載はなく、天井に関しては、「地下タンク6に連結した配油管5、7を構築物4に沿わせて立上らせ、自動車の制限高さより高い天井8に導き、さらに天井8に沿つて水平に延長したのち天井8に開口し、」(一頁左欄一六行ないし一九行)、「ノズルバルブ11を有するホース9を配油管7に連結して天井8から吊下し」(一頁左欄二一行ないし二三行)、「配油管を自動車の制限高さよりも高い天井まで立上らせ、この天井からホースを吊下したから、積載制限高さ一杯に荷積をした貨物自動車でも、支障なしに給油を受けることができ、また配油管を立上らせたのち天井に沿つて水平に三米以上延長したから、ホースは構築物から三米以上離れた位置に開口し」(一頁右欄八行ないし一四行)と説明記載されていることが認められ、これらの説明記載によれば、本件考案の給油所における天井とは、給油を受けるための自動車の進入を妨げない高さに位置し、かつ配油管およびノズルバルブ付ホースを支承吊下しうる構成のものであれば足り、それ以上の制限はないものと解するのが相当である。
一方、成立に争いのない甲第五号証(第二引用例)によれば、第二引用例記載の給油ユニツトにおいて、水平中空ブーム23は運搬具18の枠体の上に支持され、外に拡がつているものであり、この水平中空ブーム23には、ハイオクタンガソリン用配管42およびレギユラガソリン用配管46が設けられ、右ブームの端部に出口ノズル79付のハイオクタンガソリン用の給油ホース76および出口ノズル84付のレギユラガソリン用の給油ホース81をそれぞれ伸縮可能に吊下し、かつ右端部にそれぞれ通常のガソリンポンプを設け、さらに同部に購入量及び購入価額を表示するメータ87を設けたものであつて、この水平中空ブームはI状ビーム15に沿つて水平方向に移動しうる構成のものであることが認められる。このような第二引用例の水平中空ブームは、自動車の走行の妨げにならない位置に配置され、給油管を支承し、かつ出口ノズル付給油ホースを伸縮可能に吊下させた点において、本件考案の天井と差異のないものである。したがつて、第二引用例所載のブームは技術的にみて本件考案の天井と同等のものとした審決の認定判断に誤りはないものといわなければならない。
なお、第二引用例の給油ユニツトが敷地上に基盤を備えた地上の施設であつて、表示計、流量計、ポンプ、電動機を具備するものであることは、前掲甲第五号証によつて認められるところであるが、同号証によれば、第二引用例のものは基盤13によつて敷地を二分したものであり、その支柱10上のI状ビーム15上を移行する水平中空ブーム23を介して、その端部に設けた出口ノズル付給油ホースにより基盤13の両側の自動車に各別に給油するようにしたものであることが明らかであるから、その両側の給油設備は、本件考案との対比においては各別個のものと解すべきであり、これをいわゆるポンプアイランドと解すべき理由はなく、水平中空ブームをポンプアイランドの一部品にすぎないとする原告の主張は失当である。
以上のとおり、審決には本件考案の天井の意義の誤解および第二引用例記載のものの技術内容の誤認はなく、原告主張の第三点も理由がないといわなければならない。
以上の説示によれば、原告の主張はすべて理由がなく、本件考案は第一引用例および第二引用例記載のものから極めて容易に考案しうるものとした審決の認定判断は正当であることが明らかである。
〔編註〕本件における考案の要旨および審決理由の要点は左のとおりである。
本件考案の要旨
タンクを地下に設け、この地下タンクに連結した配油管を構築物に沿わせて立上らせ、自動車の制限高さよりも高い天井に導き、更に天井に沿つて水平に延長したのち天井に開口し、また吸上ポンプ、電動機及び流量計を構築物に接する位置のような自動車の走行を妨げない場所に設け、ノズルバルブを有するホースを配油管に連結して天井から吊下し、ポンプへ電動機を連結し、配油管の途中へ上記ポンプ及び流量計を挿入し、天井又は構築物に接する位置のような自動車の走行に邪魔にならず、かつ給油地点から見うる位置へ表示計を取付け、これと流量計とを電気的または機械的に連結した給油所。(別紙第一図面(〔編註〕省略)参照)
審決理由の要点
本件考案の要旨は、前項記載のとおりである。
一方、本件考案の登録出願前国内において公知となつていたトキコ株式会社製の燃料給油設備(以下「第一引用例」という。)は、「タンクを地下に設け、この地下タンクに連結した配油管を構築物に沿わせて立上らせ、自動車の制限高さよりも高い天井に導き、更に天井に沿つて水平に延長したのち床上約二メートルの高さに開口し、又吸上ポンプ、電動機及び流量計を構築物に接する位置のような自動車の走行を妨げない場所に設け、ノズルバルブを有するホースを配油管に連結して吊下し、ポンプへ電動機を連結し、配油管の途中へ上記ポンプ及び流量計を挿入し、配油管の開口部から東方に離れた床上に表示計を取付け、これと流量計とを電気的に連結した。」構造を備えているものであり(別紙第二図面(〔編註〕省略)参照)、また、米国特許第二八九三四二二号明細書(以下「第二引用例」という。)には、「配油管が給油される自動車の上方に配置される水平中空のブームの端部において開口し、ノズルバルブを有するホースを配油管に連結して前記ブームの端部から吊下し、該端部に表示計を取付けた給油ユニツト。」が記載されている。(別紙第三図面(〔編註〕省略)参照)
本考案と第一引用例とを比較すると、(1)本件考案では、配油管が自動車の制限高さよりも高い天井に開口しホースがそれに連結されているのに対し、第一引用例では床上約二メートルの高さに開口しホースがそれに連結されていること、(2)本件考案では表示計が天井又は構築物に接する位置のような自動車の走行に邪魔にならず、且給油地点から見うる位置へ取付けられているのに対し、第一引用例では配油管の開口部から東方に離れた床上に取付けられていることの二点において、一応の相違が認められる。なお、本件考案のものは給油所であり、第一引用例のものは給油設備とされているが、この点は単なる文言上の差異でしかなく、技術的な相違を生ずるものとは認めることができない。
そこで、上記相違点について検討する。
一般に、給油所ないし給油ユニツトにおいては、制限高さまでの高さをもつ自動車が給油のために参集してくることが、当然の事態として容易に予想しうるところであるので、給油場所の天井を制限高さよりも高く建造することは、単なる設計事項に属することであり、考案というに値しないものと認められる。さらに、前記第二引用例所載のブームは技術的にみて天井と同等のものであるから、第二引用例には、配油管が天井と同等のものに開口しホースがそれに連結されていることが記載されていると認めることができる。よつて、第一引用例のような給油設備においても、配油管を自動車の制限高さよりも高い天井に開口しそれにホースを連結するという構成にすることは、第二引用例所載のものから、当業者であれば必要に応じて極めて容易に考案できる程度のことと認めるのを相当とする。故に(1)の点には格別の考案力を認めることができない。
第二引用例所載の表示計は、前記ブームの端部に取付けられているので、その取付位置は自動車の走行に邪魔にならず、且つ給油地点から見うる位置であるといいうるものと認められる。よつて、第一引用例のような給油設備においても、表示計を天井又は構築物に接する位置のような自動車の走行に邪魔にならず且つ給油地点から見うる位置へ取付けるという構成にすることは、第二引用例所載のものから、当業者であれば必要に応じて極めて容易に考案できる程度のことと認めるのを相当とする。故に(2)の点に格別の考案力を認めることもできない。
なお付言すれば、被請求人(原告)は、第二引用例に記載された基盤13は自動車が敷地内を自由に走行することを困難にさせるものであるから本件考案の目的に反するものである旨の主張をしているが、第二引用例には本件考案の構築物に相当するものが他に記載されていないことからみて、該基盤は、敷地内にある障害物とみるより本件考案の構築物と同等のものの一部をなすものとみるべきであると認められ、そして本件考案の構築物も自動車の自由な走行を困難にさせるものであることは論を俟たないところであるから、前記の主張は当を得ないものと認められる。
以上要するに、本件の実用新案登録は、実用新案法第三条第二項の規定に違反してなされたものであるから、同法第三七条第一項第一号によつてこれを無効とすべきものとする。