東京高等裁判所 昭和52年(行ケ)93号 判決
一 請求原因一、二の事実、すなわち、本願意匠についてされた登録出願から本件審決の成立に至る特許庁における手続の経緯及び本件審決の理由は、いずれも当事者間に争いがない。
二 そこで、本件審決に原告主張の取消事由が存在するか否かにつき判断する。
まず、取消事由(一)の主張について検討するに、成立に争いのない乙第一号証の三、四(引用意匠の写真及びその拡大写真)によれば、引用意匠の写真(別紙(二)〔編註〕省略)の写真参照)はゴルフ帽をその正面方向の右側前方やや下方から撮影したものであり、右写真に表わされている引用意匠のゴルフ帽は、半円球状の冠体とその前方に取付けた三日月形でやや幅のある庇からなる基本形態において、本願意匠にかかる野球帽に類似しており、その冠体は、前方が明調子の布地、側方が明調子の網地、その後方が明調子の布地(但し、網地も存在するか否かについては後述する。)からなるものであることが認められる。また、従来周知の野球帽やこれに類似したゴルフ帽においては、左右対称に六枚の布を縫合わせて冠体を構成しているものが多いから、引用意匠においても、六枚の布を縫合わせて半円球状の冠体を構成しているものと推認しても妨げなく、本件審決が、引用意匠につき六枚の布(前方に位置するもの、側方に位置するもの、及び後方に位置するもの各二枚宛)を縫合わせてなるものとしたことをもつて、誤りということはできない。
ところで、本件審決は、さらに、引用意匠における冠体の後方に位置する二枚について、その下方部分が半円状の明調子の布地であり、残余(上方)の部分が明調子の網地であるとする。しかしながら、引用意匠を現わす前記写真(前掲乙第一号証の三)からは、後方に位置する二枚の少なくとも下方部分が明調子の布地であることは認めうるとしても、その上方部分が明調子の網地であると認定することはできない。
すなわち、
本件審決においては、前記写真上に、引用意匠における後方に位置するものの上方部分が網地として表わされているとみることを当然の前提としなければならないところ、前掲乙第一号証の三、四に徴すると、(イ)前記写真自体からは、その撮影角度、ゴルフ帽着用人物の頭型等は正確に判断し難く、後方に位置するものの上方部分は、前記写真に表わされていない可能性が少なくないこと、(二)前記写真を一見すると、側方に位置する網地のさらに後方(冠体の最後方)に明調子の布地が表わされているため、後方に位置するものは全体が明調子の布地であつて、その一部である下方部分が前記写真に表わされているものと理解する方がむしろ自然であること、(ハ)仮りに、本件審決のように、後方に位置するものの上方部分が側方の網地と同じ明調子の網地であり、前記写真には後方の網地が一部表わされているものとすれば、側方の網地と後方の網地との縫合わせ部分にはテープ等による裏当てを施しているのが帽子縫製技術上の常識であるから、前記写真においても、側方と後方の網地の縫合部分が線模様となつて表わされていなければならないはずである(被告自身、取消事由(二)に対する答弁で、引用意匠においても、側方の網地と後方の網地との縫合部分が本願意匠におけると同様の線模様となつて当然現われる旨主張している。)にもかかわらず、前記写真には、当該縫合部分とみられるような線模様が全くうかがえないこと、が明らかである。してみれば、前記写真においては、後方に位置するものの上方部分が網地として表わされているとみることはできず、これを前提とする本件審決の判断は、合理的な根拠を欠くものとして誤りといわざるをえない。
そして、本件審決において、右の引用意匠についての誤りは、本願意匠と引用意匠との類否判断に重大な影響を及ぼし、その判断を誤らせていることが明らかであるから、その余の原告主張の取消事由につき判断するまでもなく、本件審決は取消を免れない。
三 よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を正当として認容する。
〔編註〕本件における審決の理由の要点は左のとおりである。
(一) 本願意匠の構成は次のとおりである。すなわち、その形態は、至つて普通に知られた野球帽の形からなり、六枚の布を縫合わせて半円球状とし、頂点に小円形のつつみボタンを取付け、前方に三日月形の庇を取付けたもので、それらの布は上方が正三角形状をなし、中央及び下方の側辺が緩やかな凸弧を呈し、全体として二等辺三角形状のものであり、前方に位置する二枚の布地は明調子とし、側方及び後方に位置する計四枚は明調子の網地とするもので、各布地の合わせ目には、裏面から当てられた明調子のテープが透通るように認められ、上方からみると、それらのテープが放射状に配され、庇には飾り縫いの糸目六条が、その前方周辺に並行して表わされ、同庇の裏側は、前方周辺に明調子の細縁を残して暗調子のものとし、帽子の下縁に沿つては、やや幅広い明調子のテープを裏側から当てたものである。
(二) これに対し、本願意匠の登録出願前に国内において頒布された刊行物である雑誌「MEN'S WEAR」一九六四年(昭和三九年)三月号第三九頁所載左端の帽子の意匠(別紙(二)の写真のうち、番号第三九四一五九〇号のゴルフ帽の意匠。以下、「引用意匠」という。)の大要は次のとおりである。すなわち、その形態は、至つて普通に知られたゴルフ帽の形からなり、六枚の布を縫合わせて半円球状とし、前方に三日月形でやや幅のある庇を取付けたもので、それらの布は、中央が緩やかな凸弧を呈する二等辺三角形状のものであり、前方に位置する二枚の布地は明調子とし、側方に位置する二枚は明調子の網地であり、後方に位置する二枚は下辺に半円状のものが明調子の布地で残余(上方)の部分は明調子の網地である。そして、前方に位置する二枚の布地の中央には、上下の辺を凸弧状に膨出させた横長四角の飾りものが付されており、後方に位置する二枚の布地及び網地からなるものの半円状の部分には、バンド用留具があり、帽子の下縁に沿つてやや幅広で明調子のテープを裏側から当てたものである。
(三) そこで、本願意匠と引用意匠とを対比観察するに、両者は、意匠に係る物品が類似物品であり、その形状において、六枚の布地(網地を含む)を縫合わせて半円球状とし、前方に三日月形の庇を取付けてなる基本形態で共通し、前方に位置する二枚のものは布地とし、側方に位置する左右で二枚のものは網地とした点、さらに後方に位置するものにも網地を表わしたといえる点、網地の裏側で帽子の下縁に沿つて幅広いテープを当てたものである点等において共通する。他方、後方に位置する二枚のものを、本願意匠は全体を網地で表わしたのに対し、引用意匠は上方は網地で下方に半円状の布地を表わした点、庇の裏側を暗調子としたかどうか(引用意匠では不明)の点、前面の飾りもの及び後面のバンド用留具の有無等において差異がある。
以上の一致点及び差異点を総合して全体として両者を対比するに、前記の差異点のうち、飾りものやバンド用留具の有無、さらに庇の裏側を表側と異る調子とするかどうかの点等については、これらの物品の属する分野においては、本願考案の登録出願前よりきわめて広く慣用されているところのものであつて、意匠の創作として特色のあるものでなく、後方に位置する二枚のものの下方に半円状の布地を表わすかどうかについても、それぞれの物品の属する分野においては、ありふれたところのものであつて、前同様に特色あるものではない。してみれば、それらの差異は、結局微細な部分における軽微な差異というほかなく、これに対し、前記の共通点は、差異点を圧して看者の注意を惹くものであり、意匠の創作における支配的要部と認められるものであつて、これらの点で共通する以上、両者は互いに類似の範囲を超えたものとすることはできない。
(四) したがつて、本願意匠は、引用意匠と類似するものであり、意匠法第三条第一項第三号の規定に該当するから、登録を受けることができない。