大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和52年(行ケ)98号 判決

一 請求の原因一ないし三の事実については当事者間に争いがない。

二 そこで、審決を取消すべき事由の存否について判断する。

1 本件発明にかかる製造方法の特徴

成立に争いのない甲第二号証(本件発明の特許公報)によれば、本件発明は、オートバイ用燃料タンクの製造工程の簡素化及び該タンクの生産性の向上と原価の低減を目的としたものであり、その製造方法における特徴は、次の点にあるものと解される。すなわち、「従来、この種の自動二輪車用のガソリンタンクの帽状体の開口部周縁に段状部を有するフランジを成形する際、該フランジ部に段部があるため、機械加工により上記帽状体に該段部のあるフランジを一体に成形することができず、手加工により帽状体の開口部端縁を外側方に折り曲げて段部を有するフランジ帽状体の開口部周縁に成形していた。したがつて、該フランジ加工に手間を要し、手加工であるため、均一なものができず、タンクの生産性が低い原因となつていた。」(一頁右欄一六行ないし二五行)。そこで、本件発明は、右の欠陥を改善するため、「帽状体1の一側に段状膨出部4及びその開口部周縁に耳部7を一体に成形し、しかるのち、段状膨出部4の稜周縁5及び開口部周縁の耳部7に沿つて打抜き成形して、該帽状体周縁に段部6を有するフランジ3、3´を成形するようにしたので、上記段部6を有するフランジ3、3´を機械加工によつて成形でき、従来の手加工のように歪みを生ずることなく、手作業によつてフランジを折り曲げ成形する必要はなく、機械加工によつて簡単に平滑なるフランジが成形でき、かつ、能率よく均一なる製品を連続的に大量生産できるようにした。」(同欄二六行ないし三七行)ものであること、したがつて、特許請求の範囲に記載されたとおりの第一工程ないし第四工程からなる本件発明の製造方法のうち、「一枚の板材の板面を規準面aとして、圧搾成形により、一側部に段状膨出部4を、かつ、上記板材規準面aの開口部周縁に耳部7を有する帽状体1を一体に膨出成形する」第一工程と、「前記帽状体1を、その段状膨出部4のある部分はその膨出部の稜周縁5に沿い、かつ、その他の部分は開口部周縁の耳部7に沿つて打抜き成形して該帽状体周縁に段部6を有するフランジ3、3´を成形する」第二工程に、本件発明の重要な特徴があるものと認められる。この点、被告は、右の第一工程及び第二工程のうち、第二工程は、出願当初の明細書における「特許請求の範囲」には記載がなく、後の補正によつて追加された新たな技術事項であり、しかも、これが追加されたことによつても要旨変更にあたると判断されなかつた経過からみても、第二工程は、当業者にとつて自明に属することとみるべきであると主張する。しかしながら、成立に争いのない乙第九号証(本件発明の願書に最初に添付された明細書)によれば、出願の当初から本件発明は、左右対称に押圧成形した一対の外側板を逆U字形の内側板上に合掌接着させるオートバイ用のガソリンタンクの製造方法であり、明細書添付の第1図及び第2図には、一枚の板材の板面を規準面として、一側部に段状膨出部を、他側部の開口部周縁に耳部を有する帽状体が明記されているうえ、「発明の詳細な説明」には、「本発明の加工方法は、上記のように外側板1の内側板と当嵌する部分を接着縁5の幅だけ外側へ、左右外側板の接着面を成形規準面4として張り出させ押圧加工後、接着縁5を残して張り出し部2を切り欠き、内側板上へ左右から外側板1を嵌め、接着部を油密的に溶着させ」ることが記載されていることが認められ、これらの図示や記載を参酌すると、本件発明の前記第二工程に示された技術的思想は、出願当初の明細書にすでに当業者が容易に理解できる程度に開示されていたものと認められ、被告の主張するように、開示された技術事項ではないが当業者にとつて自明の事項であるが故に補正による前記第二工程の追加が要旨変更とされなかつたものとみることはできない。したがつて、被告指摘の点を検討しても、本件発明の製造方法は、前記第一工程及び第二工程にこそ技術的特徴があるものとみた前記認定を左右することはできない。

2 ところで、原告は、第二引用例に本件発明の第一工程及び第二工程が記載されているとした審決の認定は誤りであると主張する。

成立に争いのない甲第四号証の二(「塑性と加工」Vol.3No.21七三八頁ないし七四〇頁―第二引用例)によれば、第二引用例は、「自動車ボデー板金部品成形用絞り型のしわ押え面決定法について」と題する技術論文であり、そこには、次のような記載のあることが認められる。すなわち、「一般に板金成形において、板材料より剛体工具により絞り成形を行う場合、しわの発生を防止するための補助手段として、剛体工具の構造に“しわ押え”をつける。」(七三八頁左欄二行ないし四行)、「とくに、自動車ボデー板金部品のように、成形形状が複雑な面あるいは輪郭をもつている場合、成形の際の被成形材各部に働く力、成形面の変形度合あるいは各種の成形条件など、千差万別で、これらを型設計時に完全に定量的に予測することは非常に困難である。したがつて、確たる理論的しわ押え面決定法を定めることができないのが現状である。」(同欄一〇行ないし一六行)、「しわ発生原因を大別すると、次の四つが考えられる。(a)被成形材料の成形途上における状態から成形最終形状への移動による縮み。(b)……(c)……(d)……。すなわち、(a)は、材料の成形面内への移動あるいは位置変化による成形長さの縮みによるもの」である(同欄下から二行ないし同頁右欄九行)。右記載から明らかなように、第二引用例は、板金部品成形用絞り型のしわ押え面の決定についての考え方と具体的な方法を解説した文献であり、特に七四〇頁の第18図(別紙図面(三))に関しては、「しわ発生原因(a)が予想され、かつ、材料のズリ込みによる伸びの助けを必要とする場合は、しわ押え面中で加圧力の不均一によるしわの発生を防止すると共に、全周のズリ込み量をできる限り均等化するよう面を決定する。第18図はその一例を示す。」(七四〇頁左欄4.2の項における説明)と記載されている。右第18図の説明内容に徴すると、第18図は、そこに示されるような帽状体製品(必要製品)(二点鎖線で示すように切断することによつて得られるもの)を成形するに当つては、前記(a)のしわ発生原因が予想され、かつ、ズリ込みによる伸びの助けを必要とするから、しわ押え面中で加圧力の不均一によるしわの発生を防止すると共に、全周のズリ込み量を均等化するようにしわ押え面を決定すべきことが示されているにすぎず、そこに、「一側部に段状膨出部」を有するものが示されているとは解されない。

この点、被告は、第18図における帽状体の側部の二本の湾曲線は「膨出部」を表現しているものと解すべきであると主張する。

しかしながら、第二引用例は、前認定のとおり、絞り型のしわ押え面の決定に関する説明であり、特に深絞り方法についての記載はないうえに、第18図及びその説明をみても、「膨出部」を成形することを示唆する記述はないから、第18図における帽状体の側部の二本の湾曲線(実線)は、「必要製品形状」を切離した後の状態を示す線と解しうべく、第18図及びその説明文から被告主張のように、この二本の湾曲線が「膨出部」を表現したものであると認定することはできない。

したがつて、審決が、第二引用例の「特に第18図には、一枚の板材の板面を規準面として、圧搾成形により、一側部に段状膨出部を……一体に膨出成形する第一工程」と第二工程とが記載されているとした認定は誤りである。

第二工程については、たとえ、第18図の二本の湾曲線が被告主張のように「膨出部」を表現しているものであるとしても、第二引用例には、製品打抜きをする場合に、膨出部の稜周縁に沿つて打抜き、膨出部の上面周縁を製品のフランジとして用いるという技術的思想は、示唆されてもいない。

なお、本件発明における第一工程及び第二工程に関し、被告補助参加人は、成立に争いのない丙第一号証の三四(「塑性と加工」第三巻二一号、一九六二年一〇月号の七二二頁)の第21図には、ホイルハウスの側壁部に段状膨出部を有するものが示されており、かつ、その説明として、「フランジ部の成形を段絞り部分で行うもので、複雑な形状のフランジ面も比較的簡単に成形することができる。」との記載のあることを指摘するが、丙第一号証の三、四は、審判手続においては審理判断されなかつたものであるから、審決取消訴訟において、これに基づいて無効原因の存否を認定して審決の当否を判断することは許されず、また、前記丙号証の各記述をもつて、本件発明の第一工程及び第二工程が本件発明の出願前において、当業者の間において自明ないし常識的な事項であつたと認めることもできない。

3 以上のとおり、第二引用例には、本件発明における重要な特徴をなす第一工程及び第二工程が記載されているとした審決の認定が誤りであるとすると、右の点の誤りが、審決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、その余の点についての判断を待つまでもなく、審決は違法として取消を免れない。

三 よつて、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を正当として認容することとする。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!