東京高等裁判所 昭和52年(行コ)10号 判決 1979年10月30日
控訴人
株式会社日本綜合物産
右代表者
吉田喬
右訴訟代理人
館孫蔵
外二名
被控訴人
渋谷税務署長
伊藤貢
右指定代理人
金沢正公
外五名
主文
原判決を、次のとおり変更する。
被控訴人が、控訴人に対し昭和五一年八月七日付でなした控訴人の同四八年四月一日から同四九年三月三一日までの事業年度における法人税の更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分のうち損金四、〇〇〇万円計上を否認したことに対応する部分を取消す。
控訴人その余の請求を棄却する。
訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、原判決を取消す。被控訴人が控訴人に対し昭和五一年八月七日付でした控訴人の昭和四八年四月一日から昭和四九年三月三一日までの事業年度についての法人税の更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分は取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の主張並びに証拠の関係は、左に付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
(主張)
一 控訴代理人
仮に、法人税法第二二条第三項第三号にいう損失とは、その損失を生じた原因によつて取得される損害賠償請求権の額を差引いたものと解すべきであるとしても、控訴人の取得した損害賠償請求権については、当該事業年度終了の日までにその実現を不可能ならしめる特段の事情が存し、従つて本件詐欺に因る被害の損失は確定したものである。これを詳言すると、次のとおりである。
(一) 控訴人の昭和四八年四月一日から同四九年三月三一日までの事業年度(以下、本件係争事業年度という。)において、加害者らは、全く無資力に等しかつた。すなわち
(1) 加害者らの経営する訴外国土企業株式会社(以下、国土企業と略称す。)は、休眠会社を登記簿流用したものであつて、その本店なるものは同社代表取締役訴外大川満の妾の居住するマンシヨンの一室であり、同社の長野営業所は、同社取締役訴外山岸要助の妻子の居宅であつて、いずれも他人の所有に属するものであり、また、同社は、上越市西城町二番地大島ビルの一室を借受け、これに若干の備品と什器を備付けて上越営業所と称していたが、その賃借保証金、備品等の支払は、控訴人から騙取した金員をもつて充て、他に、不動産その他の資産もなく、更に同社は、全く事業活動もなさず、経理記録すら作成していない。
(2) 本件詐欺の加害者たる大川満、山岸要助には、みるべき資産もない。
(二) 当時右加害者らが、資力を回復する等して弁済をする見込はなかつた。
(1) 大川、山岸ら本件詐欺の加害者は、無免許の土地ブローカーであつて正業もなく、犯歴もあつて地元業者の信用もなく、その上私生活上の難点もあつて、他人や近親者の援助を望み得ない状態にあつたから、同人らが個人、もしくは国土企業の名において不動産売買の業務を継続することはできなかつた。
(2) 右大川らは、本件犯行を綿密に計画し実行したものであつて、控訴人から騙取した金員を直ちに分配費消し、改悛の情も認められない。
(3) 控訴人は、右大川らに対する刑事事件の判決宣告期日が切迫し実刑を避け難い事態となるに及び、哀訴嘆願され、止むなく同人らとの和解に応じたが、同人らはこれによつて執行猶予の判決を受けるや、忽ち右約束を反古にして音信を絶ち、その行方も定かでない。
以上要するに、控訴人は、本件係争事業年度において、本件詐欺被害額金四、〇〇〇万円の弁償を全く期待できなかつたし、その見込もなかつたのであるから、同事業年度における控訴人の所得金額の計算上、右詐欺被害額金四、〇〇〇万円は、これを損失として計上すべきものである。
二 被控訴代理人
(一) 控訴人の右主張事実のうち、国土企業に関する点及び大川、山岸が無免許の土地ブローカーであつて地元業者の信用がなく事業の継続が不能であり、右両名が無資産に等しいとの点は知らないが、その余の事実を否認する。
(二) 国土企業及びその役員に対する損害賠償請求権が、本件係争事業年度において、その実現を事実上不可能ならしめるような特段の事情は存しない。すなわち
(1) 控訴人の詐欺被害金四、〇〇〇万円のうち、加害者らにおいて配分した金額は金一、一〇〇万円にすぎず、その余は同人らが控訴人との売買契約を履行するための土地取得費に充てられた。
(2) 控訴人は、本件係争事業年度中の昭和四九年二月四日訴外熊本バス株式会社(以下、熊本バスと略称する。)を原告国土企業及びその役員らを被告として違約金八、〇〇〇万円の支払を求める訴を提起させた事実によつても明らかなように、当時加害者らが無資力であるとの事情は客観的に存しなかつた。
(3) そして、昭和五一年四月七日参加人たる控訴人と国土企業及びその役員らとの間において、裁判上の和解が成立し、国土企業及びその役員らは控訴人に対し金四、六〇〇万円の損害賠償債務の存することを確認し、その弁済方法及び履行確保につき周到な約定がなされ、控訴人は、同日金八〇〇万円の弁済を受けるとともに、先に所有権移転登記手続を経由した上越市中屋敷字炭山八九一番ほか七筆の山林(その面積は、合計七、二一二平方メートル、以下、本件八筆の土地という。)を金六〇〇万円と見積り、これを前記債権のうち金六〇〇万円の弁済に代えて譲渡を受けた。
(4) 控訴人は、昭和五二年三月三〇日に至り、右残債権のうち金一、四〇〇万円を訴外吉田喬に譲渡し、その余の金一、八〇〇万円及び右和解において約定された年二割の割合による遅延損害金債権を同日放棄した。
(三) 以上のとおり、本件係争事業年度において、控訴人の国土企業及びその役員らに対する損害賠償請求権が、その実現を事実上不可能ならしめる特段の事情は客観的に存しなかつたから、損失は確定していなかつたのである。ちなみに、控訴人は、昭和五一年四月一日から同五二年三月三一日までの事業年度において、所得金額の計算上前記損害賠償請求権金四、六〇〇万円を益金として計上するとともに、右放棄した金一、八〇〇万円を損金に算入したが、右債権放棄は、その当時、控訴人が国土企業及びその役員らの無資力を確認し、その回収の見込がなくなつたことを意味するから、その時点においてはじめて損失額が確定し、その時の属する事業年度の損失として損金算入が認められることになるのである。
(証拠関係) <省略>
理由
一控訴人が宅地造成分譲等を目的とし、被控訴人から青色申告書提出の承認を受けている会社であること、控訴人が昭和四九年五月三〇日被控訴人に対し本件係争事業年度にかかる法人税につき総所得金額を金二、七九四万一、〇九四円、法人税額を金九五九万一、一〇〇円として青色申告書による確定申告をしたところ、被控訴人は同四九年一二月二七日付で右係争事業年度における控訴人の法人税につき、総所得金額を金六、七九四万一、〇九三円、法人税額を金二、五〇三万五、二〇〇円とする更正処分並びに過少申告加算税金四一万一、三〇〇円、重加算税金二一六万五、一〇〇円の各賦課処分をしたこと、控訴人は被控訴人の右各処分を不服として国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ、被控訴人は、同五一年八月六日付で右各処分を取消し、同月七日付で控訴人の本件係争事業年度における控訴人の法人税につき、総所得金額を金六、七九四万一、〇九三円、法人税額を金二、五〇三万五、二〇〇円とする更正処分(以下、本件処分という。)及び過少申告加算税金七七万二、二〇〇円の賦課決定処分(以下、本件決定という。)をしたこと、本件処分は控訴人が詐欺被害として損金に算入した金四、〇〇〇万円を否認したものであること及び確定申告の転記誤謬による当期利益金過大計上一円を認容したものであること、以上の事実は、いずれも当事者間に争いがない。
二そこで、先ず、控訴人の本件詐欺被害の点について検討するに、控訴人が昭和四八年七月三一日熊本バス名義で買主となり、売主たる国土企業と新潟県上越市大字中屋敷字炭山八九二番ほか一一八筆の土地(面積合計六六、〇〇〇平方メートル、以下本件土地という。)につき売買契約を締結し、その際控訴人が国土企業に対し手付金として金四、〇〇〇万円の小切手を交付したこと、右契約において国土企業は控訴人に対し本件土地のうち一団の地形をなした面積一九、八〇〇平方メートルの土地を引渡し、かつ、所有権移転登記手続をなすべきことが約定されていたが、右国土企業は、控訴人に対し同年八月三〇日及び同年九月二七日の二回にわたり、本件土地のうち本件八筆の土地につき所有権移転登記手続をなしたに止り、その余の履行をなさなかつた事実は、当事者間に争いがなく、右の事実に、<証拠>を総合すると
(一) 控訴人は、昭和四八年七月三一日熊本バス名義で国土企業と本件土地につき代金を一億七、〇〇〇万円とし、契約と同時に手付金四、〇〇〇万円を支払い、同年九月一〇日までに本件土地のうち一団の地形をなした一九、八〇〇平方メートルの土地につき所有権移転登記手続を受けると引換に中間金二、〇〇〇万円、同年一〇月三〇日までに残地の所有権移転登記手続を受けると引換に残金全部を各支払う旨の約定で売買契約を締結し、同日国土企業に対し手付金として訴外肥後相互銀行振出しにかかる額面金四、〇〇〇万円の小切手一通を交付したこと。
(二) ところで、前示大川満、山岸要助の両名及び訴外田辺正胤、同訴外荒川善四郎は、これより先、本件土地を買収しこれを転売して差益を取得しようと考え、訴外風間孫三郎ほか三一名の本件土地所有者と交渉したが、そのうち買収に応ずる旨の内諾を与えたものは僅か数名に過ぎなかつたにもかかわらず、共謀の上、本件土地売買契約を締結して手付金名下に金員を騙取しようと企て、昭和四八年七月二八日いわゆる休眠会社であつた国土企業の代表取締役に右大川が、取締役に右山岸がそれぞれ就任した旨の登記を経由した上、同年八月一三日その本店を長野市から東京都江東区門前仲町二丁目三番九号へ移転し、控訴会社の役員訴外吉田喬らに対し「本件土地の地主全員から土地の買収に応ずる旨の内諾を取付けてある。」等と虚偽の事実を申し向け、その旨誤信した同人をして本件土地につき前示売買契約を締結させ、もつて控訴人から手付金名下に金四、〇〇〇万円の小切手一通を騙取したこと。
(三) 控訴人から右小切手を騙取した右大川らは、直ちにこれを現金化し、大川満、山岸要助、田辺正胤、荒井善四郎において、各金二〇〇万円宛分配し、訴外布施某に手数料として金三〇〇万円、訴外渡辺渡に経費として金一七八万円を支払い、前示売買契約の売主の義務がすべて真実に履行されるもののように装うため本件八筆の土地の買収代金として金二、四〇〇万円位を売渡人らに支払つたほか、その悉くを費消したこと。
(四) 控訴人は、国土企業から同四八年八月三〇日及び同年九月二七日の二回にわたり、本件八筆の土地につき所有権移転登記を受けたが、右土地は、一団の地形をなさないいわゆる虫食い状態の土地であつて、宅地造成用地としては価値に乏しいものであつたこと。
(五) 本件土地売買契約の名義人であつて前示手付金を支出した熊本バスは、同四八年一一月九日長野県上越南警察署長に対し、右大川、山岸、田辺、荒井らの行為は詐欺罪に該るものとして同人らを告訴したところ、同署捜査官において捜査の結果、同四九年一月一二日ころ大川、山岸、田辺の三名を逮捕したこと。なお、右大川、山岸は、間もなく長野地方裁判所長岡支部に対し詐欺罪として公訴を提起され、同五一年三月二四日各懲役二年六月、執行猶予三年の判決言渡しを受けたこと。
(六) 国土企業の本店所在地は、大川が同棲していた訴外小林礼子の居宅であり、長野営業所なるものは右山岸の本妻の居住する借家であり、また上越営業所は右山岸と同棲していた訴外北村フジの賃借家屋であつて、同社は、上越営業所に若干の備品、什器と預金を有したほか、他に見るべき資産を有しなかつたこと。
(七) 右大川は、長野県水内郡三水村大字赤塩字寺浦六、四五九番一に宅地970.84平方メートルを所有していたが、右土地には訴外長野信用金庫のため元本極度額を金二〇〇万円とする根抵当権の設定登記がなされているほか、同四五年九月四日訴外上野菊治の申立に基づく強制競売申立の登記がなされており、他に資産を有せず、また、右山岸、田辺、荒井も資産を有しなかつたこと。
(八) 控訴人は、当初本件詐欺被害の手付金四、〇〇〇万円を、帳簿上資産科目の仮払金として処理し、本件八筆の土地については前示売買契約に基づく給付としては不完全なものであつたため、特に資産勘定に計上しなかつたが、種々調査の結果、本件詐欺被害の事実が明確になつたものと認め、本件係争事業年度における法人税の確定申告に際し、右手付金四、〇〇〇万円を詐欺被害として雑損金に計上したこと。
以上の事実を認めることができ、<る。>
四ところで、詐欺行為に因る被害の額は、盗難、横領による被害の場合と同じく、財産を不法に領得されたことに因る損害として、法人税法第二二条第三項第三号にいう損失の額に該当するものと解すべきであり、右不法行為の被害者として法人が損害賠償請求権の行使によつて取得すべき金額は、同法同条第二項の資本等取引以外のものに係る収益の額に該当するものと解されるところ、法人税法は、原判決の説示するように、期間損益決定のための原則として、発生主義のうち権利確定主義をとり、益金についてはその収受すべき権利の確定の時、損金については履行すべき義務の確定した時を、それぞれの事業年度帰属の基準にしているものと解せられるが、その権利の発生ないし義務の確定については、権利、義務の発生からその満足ないし履行済に至るまで、種々の時点をもつて考えることができ、そのいずれをもつて妥当とすべきかについては、見解の分れるところであるけれども、帰するところ、権利の発生、義務の確定が具体的となり、かつ、それが社会通念に照らして明確であるとされれば足り、これをもつて十分であると解すべきである。従つて、当事者の刑事上の訴追、或いは損害賠償等民事上の権利行使がなされたとしても、それは権利の発生、義務の確定を認定する一資料とされるとしても、直接それとの関係を有するものではないし、また、被控訴人の主張するように、刑事判決ないし民事判決が確定しなければならないものではないのである。
このような見地に立つて本件をみるに、前叙認定事実によれば、熊本バスは、手付金四、〇〇〇万円を詐取されたことを知つて告訴したところ、捜査の結果、国土企業の代表取締役大川、同取締役山岸及び田辺の三名は昭和四九年一月一二日ころ逮捕され、間もなく右大川、山岸の両名は詐欺罪を犯したものとして公訴を提起されたばかりでなく、国土企業、大川、山岸、田辺及び荒井は、いずれも無資産、無資力であつたというのであるから、詐欺被害の事実並びに被害額は、遅くとも本件係争事業年度の最終日までには具体的に確定し、社会通念に照らして明確になつたということができるものである。
被控訴人は、熊本バスを原告、国土企業及びその役員らを被告とする損害賠償を求める訴が提起され、その後裁判上の和解が成立し、控訴人が一部弁済を受けた事実によつても、右被告らが、無資力であつたと認めることはできない旨主張し、右訴の提起、裁判上の和解の成立及び控訴人が右和解により一部弁済を受けた事実が認められることは、いずれも後に説示するとおりであるが、右訴が提起されたからといつて、直ちに国土企業等が当時資力を有していたと認め得ないことは、多言を要しないところであるし、また、後日裁判上の和解が成立して控訴人が一部弁済を受けた事実があつたからといつて、他に格別の事情を認め得ない本件においては、これより遡つた本件係争事業年度当時国土企業等に資力があつたと認めることもできないから、被控訴人の右主張を採用しない。
しかして、所得金額を計算するにあたり、同一原因により収益と損失が発生しその両者の額が互に時を隔てることなく確定するような場合に、便宜上右両者の額を相殺勘定して残額につき単に収益若しくは損失として計上することは実務上許されるとしても、益金、損金のそれぞれの項目につき金額を明らかにして計上すべきものとしている制度本来の趣旨からすれば、収益及び損失はそれが同一原因によつて生ずるものであつても、各個独立に確定すべきことを原則とし、従つて、両者互に他方の確定を待たなければ当該事業年度における確定をさまたげるという関係に立つものではないと解するのが相当である。すなわち、当該収益、損失のそれぞれにつき当該事業年度中の確定の有無が問われれば足りるのである。ところが、本件において、前認定の詐欺の原因たる事実により控訴人が加害者らに対し取得するに至つたと認められる損害賠償請求権は本件係争事業年度中に益金として確定を見なかつたことを被控訴人においてさえ自陳するところであり、<証拠>を総合すると、熊本バスは昭和四九年東京地方裁判所に対し国土企業及び前示大川、山岸を被告として損害賠償請求の訴を提起し、その審理中の同五一年四月七日裁判上の和解が成立したこと、右和解は被告らの申出によつてなされたものであるが、当時大川、山岸に対する詐欺被告事件の審理終結が間近であつたこと、右和解に利害関係人として参加した控訴人は、右同日国土企業、大川、山岸から、同人らが損害賠償として支払を約した金四、六〇〇万円のうち金八〇〇万円の支払を受け、国土企業から金六〇〇万円の支払に代えて本件八筆の土地の譲渡を受けたこととし、その後同五二年三月三〇日控訴人は右債権のうち金一、四〇〇万円を訴外吉田喬に譲渡し、残金一、八〇〇万円及び和解において約定された年二割の割合による遅延損害金債権を放棄し、いずれもその旨の通知をなした事実を認めることができ、右認定事実に、前示二において認定した事実を総合すると、控訴人が代物弁済として譲渡を受けることとした本件八筆の土地は、既に売買によつて控訴人が確定的にその所有権を取得したものであるが、右売買が詐欺によるものであつたため、控訴人と国土企業等間において、右売買を詐欺による損害賠償の問題として解決すべく、右八筆の土地の価格とその所有権取得原因を合意によつて確定変更したにすぎないものというべきであつて、和解契約によつて新たに右山林所有権を取得したものではないから、結局、控訴人は、本件係争事業年度後に至り、詐欺被害金四、〇〇〇万円のうち、右和解において弁済を受けた金八〇〇万円、吉田喬に譲渡した債権の対価として取得したと認むべき金一、四〇〇万円合計金二、二〇〇万円について満足を得たことになる。しかしながら、前に認定した事実によれば、本件係争事業年度において、国土企業、大川、山岸らはいずれも無資産、無資力であるというのであつて、当時同人らに対する損害賠償請求権の全部又は一部の実現が可能であり、又は可能であることを推測するに足りる事実の存在を窺うことはできないし、被控訴人の全立証をもつてしても、そのような事実を認めることはできないから、前示和解の成立、これによる一部履行の事実をもつて、前叙認定を左右することはできない。ちなみに、控訴人が、右和解の履行として受領した金八〇〇万円及び債権譲渡によつて取得したその対価は、その時の属する事業年度において、益金として計上すれば足りるものというべきである。
五そうすると、控訴人が本件係争事業年度において、詐欺被害として金四、〇〇〇万円を雑損失に計上したのは相当であるから、その損金計上を全部否認してなした本件処分及びこれを前提とした本件決定は、その限りにおいて違法なものというべきである。なお、右係争事業年度において、控訴人が所有権移転登記を受けた前示本件八筆の山林については、これを益金として計上すべきところ、同事業年度におけるその価格を的確に認定するに足りる資料は存しない。従つて、控訴人の本訴請求は、本件処分及び本件決定のうち右損金四、〇〇〇万円の計上を否認したことに対応する部分の取消しを求める限度においては認容すべきものであるが、その余の請求は失当として棄却を免れない。
六よつて、本件控訴は一部理由があるから、これと結論を異にする原判決を右の趣旨に従つて変更し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第九六条、第八九条、第九二条を適用し、主文のとおり判決する。
(安倍正三 長久保武 加藤一隆)