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東京高等裁判所 昭和53年(う)1513号 判決 1980年8月25日

被告人 小山和明 外三名

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人田村公一、同佐藤博史共同作成名義の控訴趣意書並びに被告人西村正治作成名義の控訴趣意書及び控訴趣意補充書に、弁護人の控訴趣意に対する答弁は、検察官親崎定雄作成名義の答弁書にそれぞれ記載されているとおりであるから、ここにこれらを引用し、これに対し当裁判所は次のとおり判断する。

一  不法に公訴を受理した違法及び違法収集証拠として排除すべき、証拠能力のない証拠を採用した訴訟手続の法令違反を主張する点について

所論にかんがみ、原審で取り調べた関係各証拠を検討してみると、昭和四九年二月四日午前六時四五分ころから原判示東京アドセンター事務所に対して行われた本件捜索差押えは、同年一月二四日に東京都世田谷区代田三丁目で発生した原判示東大生内ゲバ殺人事件(兇器準備集合、建造物侵入、殺人被疑事件)につき、渋谷簡易裁判所裁判官が同年二月二日にその事実の嫌疑があるとし、かつ、その必要性を認めて発した捜索差押許可状に基づいてなされたものであつて、右事件の犯行の態様、同事件といわゆる中核派とのかかわり、同派と東京アドセンター事務所との関係ないし同派に所属する者らの同事務所への出入りの状況、右事件の捜査の進展の状況などに徴し、右事件の捜査上、同事務所に対する捜索差押えの必要性は十分肯認することができ、また、その執行の方法、過程においても、警察官及び機動隊員等の配置の状況を含めて、特段異とすべき事情はなかつたのであるから、右捜索差押許可状による捜索差押えの手続に違法があつたとは認められないし、また、右捜索時東京アドセンター事務所内に存在した兇器の種類、数量、その配置されていた場所ないし配置の方法、在室した者らの服装などを勘案すると、中核派といわゆる革マル派の抗争が緊迫していた当時の状勢のもとで、いわゆる迎撃形態の兇器準備集合罪の現行犯人に当たるとして在室した全員を逮捕した捜査官の措置を違法と認むべきかどはなく、捜査官において、当初から中核派の組織的壊滅をねらつた兇器準備集合罪による全員検挙及びこれに引き続く身柄の拘束を目的とし、その意味で所論にいう政治的、差別的ないしは治安弾圧的な目的を持ちながら、前記東大生内ゲバ殺人事件の令状執行に名を借りて、東京アドセンター事務所に対する捜索差押えを開始し、兇器準備集合罪による現行犯人逮捕、これに伴う捜索差押え等を行つたとも認められないのであつて、これらの点について原判決がその理由中「弁護人らの主張に対する判断」の一項において認定、説示するところは当裁判所においても首肯することができる。東大生内ゲバ殺人事件の捜索差押許可状による捜索差押えが、東京アドセンター事務所のほか、都内の第一、第二前進社及び杉並革新連盟の各事務所においても同時いつせいに行われ、各事務所で時を接して兇器準備集合罪による多数の現行犯人逮捕がなされた等の所論指摘の事実も、右事件の捜査上、右各事務所に対する捜索差押えの必要性、各事務所における捜索差押え及び現行犯人逮捕の経過、状況等を併せ考慮すると、捜査当局が所論のような違憲、違法な目的をもつて東京アドセンター事務所に対する捜索差押えを開始したことの証左とすることはできない。また、同事務所における令状による捜索差押えを現行犯人逮捕に伴う捜索差押えに切り替え、その終了後再び令状による差押えを行つた捜査官の措置にも、憲法に定める令状主義を潜脱したものとして非難されるべき点は存しない。なお、被告人西村正治の所論は、捜査官が右事務所に入つてから現行犯人逮捕が開始されるまでの約三五分間、被告人ら在室した者がその意思に反し機動隊員によつて同事務所内に監禁され、根拠のない、違法な身柄の拘束を受けたというのであるが、右の時間帯は、右捜索差押えの総指揮官である氏家弘警部が右事務所の責任者と名乗る本間峻に右捜索差押許可状を示し、同許可状の謄写の許否をめぐつて接渉し、同人の氏名、住所等を聴取して控え、同人の外二名の立会人を在室した者の中から選出させるなどの手続をしたうえ、右事務所内を一巡して一わたり捜索し、その間同警部の指揮に服する捜索差押え担当の警察官十数名及び機動隊員数名が、事務所入口付近に待機していたのであつて、右機動隊員らが被告人ら在室した者をその意思に反して殊更足止めし、あるいは監禁したわけではない。

次に、本件各公訴提起が手続上適法に行われていることは一件記録上明らかであり、原判決がその理由中の前記の項で、検察官において嫌疑が十分でないのに所論のような違法、不当な意図に基づいて本件各公訴を提起したとも認めることができない旨認定、説示するところもまた、十分首肯することができる。してみると、本件各公訴を棄却しないで実体審判をした原判決に所論のような不法に公訴を受理した違法があるとはいえず、また、本件捜索差押えの手続を違憲、違法とし、右手続の下に収集された証拠の証拠能力を論難し、訴訟手続の法令違反をいう所論も前提を欠き、採用することができない。

二  事実誤認、法令の解釈適用の誤りを主張する点について

原判決挙示の各証拠を総合すると、被告人らに共同加害の目的があつたものと認定し、中核派に所属する多数の者と共に、原判示の日時、場所において、原判示の多数の兇器を準備して集合した被告人らの行為につき兇器準備集合罪の成立を認めた原審の措置は、当裁判所においても優にこれを首肯することができるのであつて、この点に反する被告人らの原審及び当審公判廷における各供述(当審公判調書中の供述記載を含む。)はたやすく措信しがたく、所論にかんがみ、原審で取り調べた他の証拠を併せて検討しても、原判決に所論のような事実の誤認ないし法令の解釈適用の誤りがあるとは認められない。すなわち、原判決がその理由中の「弁護人らの主張に対する判断」の二項において、本件前及び本件当時ころにおける中核派と革マル派との激しい対立抗争状況、東京アドセンター事務所内に配置されていた兇器の種類、形状、重量、数量及びその配備の状況、逮捕された者の服装、逮捕された者が所持しあるいは事務所内にあつた文書類に記載されていた文言、右事務所における人的態勢並びに物的設備及びその使用状況等について詳細に認定、説示するところは当裁判所においてもこれを肯認するに足り、これらの諸点を総合すると、被告人らには、かねて対立抗争中の革マル派に所属する者らの襲撃を予想し、襲撃があつた場合には、単に相手方から自己の生命、身体等を防衛するだけの目的にとどまらず、その機会を利用し、他の者と共同して襲撃者を積極的に迎撃し、その生命、身体等に危害を加える目的があつたものと認めるに十分であつて、東京アドセンターの機能が中核派の救援組織としての性格をもつものであり、被告人らがもともと救援活動ないし裁判の準備の任務を帯びて同事務所に出入りしていたこと、同事務所がマンモス交番(池袋地区警備派出所)から約四〇メートルしか離れていない河村ビル内にあつたことなどの所論指摘の事実も右認定、判断を動かすに足りない。

ところで、所論は、兇器準備集合罪は具体的危険犯であり、迎撃形態の兇器準備集合罪にあつては、共同加害の目的があるとして本罪の成立が認められるためには、その前提として相手方からの襲撃の具体性ないしは襲撃の切迫性、蓋然性が客観的事実として存在しなければならないとし、その理由として本罪の保護法益ないし性格についてるる主張する。しかし、本罪にいう共同加害の目的は、もともと行為者の主観に属する事柄であつて、二人以上の者が共同して実現しようとする加害行為を確定的に認識し、あるいはその可能性を認識してその行為に出ようという意思があれば足りるものと解されるうえに、所論にかんがみ、本罪の保護法益ないし性格について考えてみると、結局、本罪は、個人的法益たる生命、身体又は財産を保護法益とし、これに対する加害の罪の予備罪的性格のものであるばかりでなく、公共的な社会生活の平穏をも保護法益とする公共危険罪としての性格を有するものと解すべきであつて、所論のように前者の保護法益ないし性格のみを第一次的ないし主たるものとして重視し、後者のそれを第二次的ないし従たるものにすぎないとして軽視するのは相当でなく、この点に本罪を定めた刑法二〇八条の二の規定の文言を併せて検討すると、本罪は所論にいう具体的危険犯ではなく、右規定の定める構成要件に該当することが性質上一般的に法益侵害の危険性を生ぜしめるものと擬制されるいわゆる抽象的危険犯であると解するのが相当であるから、これを具体的危険犯であるとし、このことから、相手方からの襲撃の具体性ないしはその切迫性、蓋然性が客観的事実として存在することを要件とする旨主張する所論はその前提において失当であるというべきである。

なお、本罪は集合状態が継続している間犯罪の成立するいわゆる継続犯であると解されるから、被告人らが原判示の日時ころ共同加害の目的をもつて原判示各兇器を準備して集合した以上、その後の一時期睡眠をとつていたことがあつたとしても、右集合状態が解消されない限りなお本罪が存続するものと解すべきである。

以上の次第で、論旨はすべて理由がない。

よつて、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判官 新関雅夫 下村幸雄 小林隆夫)

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