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東京高等裁判所 昭和53年(う)2073号 判決 1979年3月29日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役三年に処する。

原審における未決勾留日数のうち一五〇日を右本刑に算入する。

押収してある印鑑一個(当庁昭和五三年押第七三五号の一)を没収する。

理由

本件控訴の趣意は、被告人本人及び弁護人柏原行雄が提出した各控訴趣意書(補充書を含む。)に記載されたとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意のうち、事実誤認及び法令適用の誤りの主張について

第一まず、所論は、要するに、原判決は、被告人か、別紙犯罪一覧表(以下に別表という。)(一)記載のとおり、単独で、あるいは菊地一正と共謀のうえ、前後八回にわたり、株式会社日邦振出名義の約束手形八通を各偽造し、これらをあたかも真正に成立した手形であるように装つて菊地一正ほか三名に手交して行使したと認定し、右事実は有価証券偽造、同行使罪にあたるとしているが、別表(一)番号1ないし4の各事実については、被行使者とされている菊地一正及び小野基において、当該約束手形を偽造するにつき被告人と共謀のうえであるか、少なくとも右各約束手形が偽造のものであることを熟知していたのであるから、同人らに対する行使罪は成立しないのであつて、これを認定した原判決には事実誤認ないしは法令適用の誤りがある、というのである。

よつて検討すると、原審記録によれば、所論のとおり、原判決が、別表(一)番号1ないし4の各事実として、被告人が単独で約束手形四通を偽造し、これを菊地一正及び小野基に手交して行使したと認定していることは明らかであるところ、原判決所掲の関係各証拠を総合い勘案すると、右別表(一)番号1ないし4の各約束手形を被告人が偽造するについて菊地一正及び小野基との間に共謀があつた事実は認められないが、同人らにおいて、右約束手形が被告人により偽造されたものであることの情を知つて被告人から交付を受けたものであることが認められるのである。してみれば、右各事実につき、菊地一正及び小野基を被行使者として偽造約束手形の行使の事実を認めた原判決には誤謬があるといわねばならない。もとより偽造有価証券の行使罪と交付罪とは、刑法一六三条一項の同一条項に規定されていて、その法定刑も同一に定められているのであるが、この場合の行使とは偽造有価証券を真正なものとして情を知らない者に対して使用することであるのに対し、交付とは他人に行使させる目的をもつて偽造有価証券を、情を知つた他人に与えることであつて、被交付者が後にこれを行使するかどうかを問わないのである。従つて交付は、行使に至る前段階の行為であつて、交付・行使の間には類型の差があり、事案によつては特に犯情の間に差を生ずるといえる。

しかるに、原判決が右約束手形四通をそれぞれあたかも真正に成立した手形であるように装つて「手交」して「行使」したと判示していることから考えると、原審は「手交」「行使」の意義に関して法令の解釈を誤つたか、あるいはその解釈を誤つたために事実の誤認をおかすに至つたと解されるのであり、これらの誤謬は本件事案の態様、回数にかんがみ判決に影響を及ぼすことが明らかといわねばならず、従つて論旨は理由がある。<以下、省略>

(藤野英一 新関雅夫 渡辺達夫)

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