東京高等裁判所 昭和53年(う)2180号・昭53年(う)506号・昭53年(う)511号・昭53年(う)510号・昭53年(う)507号・昭53年(う)513号・昭54年(う)2594号・昭53年(う)512号・昭53年(う)508号・昭53年(う)509号 判決
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【説明】
本件は、通称「第一次成田デモ事件」といわれているもので、新東京国際空港の用地に転用されることが決定した宮内庁下総御料牧場の閉場式典の際、これに反対する被告人らがデモ行進をした上閉場式場に乱入し暴れた事案に関するものであるが、たまたま同所に居合わせた写真マニアの一般私人が右状況を写真撮影し、その写真が証拠として公判に提出されたため、その証拠能力が争いとなつたのである。
本判決は、個人が、その承諾なしに、一般私人によつてみだりにその容ぼう等を写真撮影されない自由を有することを認めつつ、その自由は一律無制限なものではなく、デモ行進等をしているような場合にはその自由を保護すべき必要性は乏しく、一般私人の写真撮影の目的に正当性があり、撮影方法が相当であれば、違法不当ではないと判示している。
周知のとおり最高裁は、「何人も、その承諾なしに、みだりにその容ぼう・姿態を撮影されない自由を有し、警察官が、正当な理由もないのに、個人の容ぼう等を撮影することは、憲法一三条の趣旨に反し許されない。」「警察官による個人の容ぼう等の写真撮影は、現に犯罪が行なわれもしくは行なわれたのち間がないと認められる場合であつて、証拠保全の必要性および緊急性があり、その撮影が一般的に許容される限度をこえない相当な方法をもつて行なわれるときは撮影される本人の同意がなく、また裁判官の令状がなくても、憲法一三条、三五条に違反しない。」と判示している(最高大法廷判昭44.12.24刑集二三巻一二号一六二五頁、本誌二四二号一一九頁、なお、同判決については、本誌二四三号一四頁に田宮教授の評釈がある)が、一般私人による写真撮影の限界についてはまだ判断を示していない。この点に関する最近の裁判例としては、私人が労務対策上労組員の暴行状況等を撮影した事案に関する札幌高判昭52.2.23(刑裁月報九巻一・二号四三頁、本誌三四九号二七〇頁=解説でその他の裁判例、文献が紹介されており参照されたい)があり、併わせて実務の参考とされたい。
【判決要旨】
個人の私生活上の自由の一つとして、何人も、その承諾なしに、みだりにその容ぼう・姿態を写真撮影されない自由を有し(昭和四四年一二月二四日最高裁大法廷判決・刑集第二三巻第一二号一六二五頁参照)、そのことは、右の写真撮影行為が警察官によつて行われる場合ばかりでなく、一般私人によつて行われる場合であつても同様である。しかしながら、個人の有する右の自由は一律無制限なものではなく、当人が他の同調者とともに、デモ行進をし、相手方の開催している式場に乱入して、相手方や一般私人に対し自分らの主張を強く訴えているような場合についてみると、その容ぼう・姿態を写真撮影されることを具体的に承諾したり、写真撮影されない自由を放棄したりまではしていないとしても、右のような自由を保護すべき必要性は乏しく、むしろ一般私人から写真撮影されるほどの関心を寄せられることは、所期の効果の一端をあげたとさえいえる面もあるのであるから、一般私人の右の写真撮影の目的が社会通念上是認される正当なものであつて、その方法が一般的に許容される限度を越えない相当なものであるなど具体的状況によつては、右の撮影行為が違法不当なものとはいえず、許容される場合もあり得るものと解するのが相当である。この見地に立つて本件についてみるに、原審証人藤間芳雄の供述その他関係証拠によれば、成田市三里塚一番地所在宮内庁下総御料牧場が新東京国際空港の用地に転用されることが決定され、右牧場が閉鎖されることになり、その閉場式典が昭和四四年八月一八日午前一一時から右牧場の総駿会館において来賓約一〇〇名その他関係者参列のもとに挙行されようとしていたこと、そこで、新東京国際空港の建設につながるものとして右牧場の閉場に反対していた三里塚・芝山空港反対同盟員およびその支援者ら約八〇名は、右閉場式典の挙行を阻止するために、同日午前一〇時四〇分ころ、被告人石井新二、同萩原進ら青年行動隊員を先頭に、「閉場式反対」などと叫びながら同市三里塚第二公園から右牧場に至る県道、牧場内道路を経て総駿会館東側の芝生上までデモ行進して、右芝生上でも右同様叫びながらデモ行進し、更に同所において右反対同盟委員長らが宣伝カーの拡声器で牧場の閉場に反対し、閉場式典の挙行に抗議する趣旨の演説をし、他の反対同盟員らはその付近に座り込むなどして、一般私人や式参列者に右趣旨を訴えていたこと、ところが、右の者らのうち被告人石井新二、同萩原進ら青年行動隊員十数名は、右のような手段に訴えるだけではあきたらず、原判示のとおり共謀のうえ、同日午前一一時二〇分ころ、右牧場長総理府技官高野守雄看守にかかる総駿会館内に表出入口から右閉場式を阻止する目的で不法に侵入し、更に同日午前一一時二〇分ころから同日午前一一時二五分ころまでにわたり、右会館内の閉場式場において、「やつちまえ」、「ぶつ壊せ」などと怒号しながら、同所の演壇を占拠して威力を示すとともに、こもごも前記高野守雄管理にかかる同式場演壇両脇に取りつけてあつた布製装飾幕二枚をひきちぎり、右演壇上のマイクロフォン一台をその下方の土間に突き落すなどしてそれぞれ損壊し、もつて多数の威力を示し、共同して器物を損壊するという実力行使によつて閉場式を阻止しようとしたこと、他方写真マニアである私人の穴沢勝は写真コンテストに出品するための、閉場される右牧場を記録として残しておくような写真が撮れるのではないかと思つて、右牧場付近に来ていたが、たまたま右のような状況を目撃し、右のような目的から右状況を写真撮影したものであること、そして穴沢勝が右のように写真撮影しているのを目撃した警察官藤間芳雄は、穴沢勝に職務質問をして、その氏名、住居等を聞き出し、同月二一日同人方を訪ねて、同人から右の撮影にかかるネガフィルム一本の任意提出を受けたこと、司法警察員藤間芳雄作成の昭和四四年八月二一日付「写真入手作成報告書」と題する書面添付の各写真は右ネガフィルム一本から焼付けて引伸ばしたものであることが認められる。右の書面に添付されている写真は三三枚であつて、前記のような一連の状況およびその後の状況が撮影されているが、そのうち被告人石井新二、同田代政彦、同萩原進と推認される者の容ぼう・姿態が撮影されているのは、一〇枚(番号1ないし6、8、19ないし21)であり、同被告人らが他の反対同盟員らとともに、県道、牧場内道路、芝生上をデモ行進している状況(番号1ないし6、8)、芝生上に座り込んでいる状況(番号19、20)、総駿会館内の演壇を占拠している状況(番号21)が撮影されているが、右撮影されている状況からすると、穴沢勝は同被告人から数メートルないし数十メートル離れた地点から、自分の撮影の挙動をさらしながら、いわば公然と右の写真一〇枚を撮影したものであり、その際被告人らから右の写真撮影について特に抗議等は受けなかつたことが窺われる。右判示の事実関係によれば、宮内庁下総御料牧場内の総駿会館で閉場式典が挙行されることになつたので、被告人らは、他の三里塚・芝山連合空港反対同盟員およびその支援者とともに、「閉場式反対」などと叫びながら、県道、牧場内道路、総駿会館東側の芝生上などでデモ行進をして、反対同盟委員長らが拡声器で閉場式典の挙行に抗議する趣旨などを演説している付近に座り込むなどし、更に前記のとおり青年行動隊員十数名と共謀のうえ、総駿会館内に右閉場式を阻止する目的で不法に侵入し、右会館内の演壇を占拠して多数の威力を示し、共同して器物を損壊するなど極めて積極的な行動によつて、一般私人や閉場式参列者に閉場式典の挙行に反対する趣旨を強く訴え、これを阻止しようとしたものであつて、その他前記認定の事実関係のもと判旨においては、被告人らは、一般私人から容ぼう・姿態を写真撮影されることを承諾したり、写真撮影されない自由を放棄したりまではしていなかつたとしても、一般私人から写真撮影されるほどの関心を寄せられることは、むしろ所期の効果の一端をあげたとさえいえる面があつたものということができ、被告人石井新二、同田代政彦、同萩原進と推認される者の容ぼう・姿態が撮影されている前記写真一〇枚は、一般私人である穴沢勝が写真コンテストに出品するための、閉場される右牧場を記録として残しておくような写真を撮る目的から撮影したものであるとはいえ、右のような目的も社会通念上是認される正当なものであり、またその撮影方法についてみても、同被告人らから数メートルないし数十メートル離れた地点から公然と、同被告人らから特に抗議等を受けずに撮影していて、一般に許容される限度を越えない相当なものであつたことが認められるから、穴沢勝の右写真撮影行為は違法不当なものとはいえず、これを許容すべきものと考えられる。したがつて、右の撮影にかかる前記写真一〇枚は違法に収集されたものではなく、証拠能力があるものであつて、これを証拠として採用し、その他関係証拠と総合して被告人石井新二、同田代政彦、同萩原進について建造物侵入罪、暴力行為等処罰に関する法律違反の罪の成立を認定した原判決に所論のような訴訟手続の法令違反は認められない。
(向井哲次郎 山木寛 村田達生)