東京高等裁判所 昭和53年(う)2774号 判決 1979年4月24日
主文
本件控訴を棄却する。
当審における未決勾留日数中一〇〇日を原判決の刑に算入する。
当審における訴訟費用は、全部被告人の負担とする。
理由
<前略>
一<略>
二控訴趣意第二(法令適用の誤りの主張)について
所論は、原判示第三の加重逃走の事実に関する法令適用の誤りを主張するものと解せられるが、要するに、原判決は被告人について加重逃走未遂罪が成立するものとして処断しているが、加重逃走罪については、逃走の危険が生じたとき、すなわち、看守者の実力的支配に対する侵害が開始されたときに実行の着手があるものと解すべきところ、本件においては、拘置支所の房内便所の換気孔周辺のモルタルを削り取つたが、いまだ房外に脱出できるほどの穴を開けることができなかつたのであるから、拘禁場の損壊がなされたとはいえず、看守者の実力的支配に対する侵害が開始されたともいえないから、実行の着手以前の段階であり未遂罪は成立しない、というのである。
そこで検討すると、刑法九八条の加重逃走罪(二人以上通謀して逃走する場合を除く)は、拘禁場又は機具の損壊若しくは暴行・脅迫(以下、損壊等という)の行為と逃走の行為とが結合して一個の構成要件をなしているいわゆる結合犯であり、しかも、逃走の目的をもつてその手段としての損壊等の行為を開始すれば、実質的にも同罪の主たる保護法益である拘禁作用に対する侵害の開始があるといえるし、構成要件の一部である損壊等の行為を開始しても逃走行為(房外に脱出するなどの行為)を開始しなければ実行の着手はないとする特段の合理的理由も認められないから、逃走の目的をもつてその手段としての損壊等が開始されたときは、同罪の実行の着手があるものと解するのが相当である。これを本件についてみると、原判決の認定によれば、被告人は原判示松戸拘置支所に未決の囚人として勾留され、昭和五〇年五月二四日から同拘置支所第三舎第三一房に収容されていたところ、同房の未決囚人下向勇ら三名と共謀のうえ、「同拘置支所から逃走しようと企て、同年六月二一日午後二時ころ、拘禁場である右第三一房北側の便所の換気孔の周辺のモルタル壁をドライバー状に研いだ蝶番の鉄製芯棒を使用して削り取るなどして穴を開け(中略)たが、脱出可能(な)までの穴を開けることができず、その目的を遂げなかつた」というのである。そして原判決挙示の関係証拠及び原審で取調べられた司法警察員地代所康一作成の報告書謄本によれば、右の破壊部分は外部に面した房壁の一部であり、その構造は外側下見板張り内側モルタル塗り木造で、厚さは約14.2センチメートル、芯部の間柱と間柱の間約一七センチメートルの部分は空洞で、床上二メートル余の部分に換気孔一個(縦横各一三センチメートルで、パンチングメタルが張られてある)があり、この部分を破壊すれば房内の者は看守に発見されることなく房のある建物の外にまで脱出することが可能であること、被告人は共謀者らとともに、この部分を破壊してそこから脱出し逃走することを企て、原判決の鉄製芯棒(被告人らが房内便所扉の蝶番から抜き取つてその先をドライバー状に研いだ直径約0.8センチメートル、長さ約10.25センチメートルの芯棒)を使用して、右換気孔の周辺に沿つてモルタル部分(厚さ約1.2センチメートル)を三か所(最大幅約五センチメートル、最長約一三センチメートル)にわたつて削り取つたが、壁の芯部に木の間柱があり右の道具でこれを破壊することは困難であることが判明したので、結局破壊逃走の目的を放棄するに至つたものであること、以上の事実が認められる。右事実によれば、結局失敗に終つたとはいえ、逃走の目的をもつてその手段として右個所を右程度に破壊した以上、加重逃走罪にいう拘禁場の損壊が開始されたことを認めるに十分であり、同罪の実行の着手はあつたものといわなければならない。したがつて、被告人について同罪の未遂が成立するものとした原判決の判断は正当である。論旨は理由がない。<以下略>
(向井哲次郎 小川陽一 山木寛)