東京高等裁判所 昭和53年(う)640号 判決
被告人 上田英文
〔抄 録〕
所論は、本件は現行犯逮捕の要件を充たしていないのに被告人を逮捕したのは憲法三三条に違反するから、逮捕後の被告人の各供述調書には証拠能力がなく、これを有罪認定の証拠に供した原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令違反がある、というのである。
しかし、司法警察員作成の現行犯人逮捕手続書、布田是男の司法警察員に対する供述調書によると、原判示会社社員寮の管理人である布田是男は、原判示日時場所において、ボイラー室に無断で侵入していた被告人を発見し、その襟首をつかんで警察に連行しようとしたところ、被告人がこれを振り払って逃げ出したため、むしろその逮捕を警察官に任せた方がよいと考えて深追いをやめ、直ちに電話で警察に通報した結果、同日午後一一時九分警視庁通信指令本部立川分室から指令を受けた警察官滝澤紘一外二名が捜査用無線自動車で犯行現場に向け急行中、現場から約二〇〇メートル隔った路上で、指令伝達された手配の人相風体に符合する被告人を発見したので、同人に前記社員寮まで任意同行を求め(その任意であったことは被告人の当審供述によっても疑う余地がない。)、前記布田の言により被告人が犯人に間違いない旨の確認をしたうえ、同日午後一一時一五分同所において現行犯逮捕したことが認められる。
以上の認定事実によれば、逮捕した警察官としては、被告人が現に本件住居侵入の罪を行っているのを直接現認しているわけではないが、これを現認し、私人としてその逮捕手続に着手したがそれを達成できなかった前記布田(同人には現行犯逮捕の要件が具備していた。)の犯人逮捕の要請により、犯行現場において、同行した被告人が同人の現認した犯人と一致する旨の確認に基づき、同人に代って、自ら現行犯逮捕した趣旨と認められる。そうすると、その間、被告人はいったん現場から約二〇〇メートルの地点まで離れ、かつ、六分間を若干超える時間が経過していたとはいっても、なお、逮捕警察官にとっては、被告人が刑訴法二一二条一項にいう「現に罪を行い終った者」に該当すると解するのを相当とするから、本件現行犯逮捕手続は適法というべきである。(逮捕警察官は同条二項の準現行犯に当たる場合と解したかのようにも思われるが、仮にこの点について見解の差異があるとしても、逮捕手続の適法性には影響がない。)、してみれば、原判決の違法、違憲をいう所論は、その前提を欠き失当である。論旨は理由がない。
(藤井 寺沢 永井)