東京高等裁判所 昭和53年(け)5号 判決
被告人 李順錫
〔抄 録〕
次に本件の経緯についてみると
イ 昭和五二年一一月八日渋谷簡易裁判所において李順錫に対する傷害被告事件につき罰金五万円の言渡があり、同月一六日右李及び第一審弁護人から控訴申立をしたこと
ロ その後本件申立人は控訴審における弁護依頼を受けたこと
ハ 同年一二月一五日ころの午前九時半ころ、申立人の事務員が当庁事件係へ弁護人選任届を持参したが、当庁において未だ控訴事件記録の送付を受けていなかったため、同係係員において右事務員に対しその旨を告げて右選任届を記録所在庁に差し出すよう指導勧奨し、あわせて控訴審への記録送付には通常の場合一月くらいを要する旨述べたところ、右事務員は右選任届を持ち帰ったこと
ニ 同月一五日午後二時ころ、右事件記録は当庁に送付され、翌一六日事件は第五刑事部に配点されて被告人たる右李に対し控訴趣意書差出期間(最終日昭和五三年一月二三日)の通知と弁護人選任照会がなされ、右は翌一二月一七日右李に送達されたこと
ホ 同月一八、九日ころ、申立人は右李の紹介者である弁護士を通じて、右選任照会のあった事実を知り、同月二〇日前記事務員をして弁護人選任届を当庁第五刑事部へ差し出させ、選任を終ったこと
ヘ 申立人は前記控訴趣意書差出期間経過後、担当書記官よりのその旨の電話連絡を受けて最終日を初めて知り、昭和五三年二月四日控訴趣意書を提出したこと
等の各事実が認められる。
一般に、第一審判決言渡後の当該事件に関する手続は、事件記録所在庁において行われる建前であるところ、そのことは、特に明文の規定を欠く場合であっても、手続書類の散逸、行き違い等を防止して事件処理を確実たらしめ、かつ事件記録に基づいて適正な判断を行う等の目的に資するための永年の合理的な慣行として行われているところであるから、前記ハに記載のように、当庁係員において、法律専門職である弁護人の使用人に対し右選任届を記録所在庁へ差し出すよう指導勧奨した点には特段の落度はないし、右事務員において事理を納得し、押して受理を求めることもなく選任届を持ち帰ったものである以上、この時点において弁護人選任届の受理があったと同一の効果の発生を認めることはできないから、この点の所論も理由がない。
ところで、これによれば申立人は被告人に対する控訴趣意書差出最終日指定通知のなされた後に弁護人として選任されたものというしかないから、かかる場合の弁護人が一般に行う例と同様、申立人としては被告人又は当庁に対して問い合わせる等の方法により右最終日を知る外はない筋合いのものであるところ、原庁に対して弁護人選任届を提出することも、その当庁への提出のため記録送付の有無を照会することもなく放置し、かつ、前記ホに記載のとおり当庁に選任届を提出した後も、刑事控訴審の手続に不慣れのため右最終日指定通知を当然受けうるものと速断して、前記選任照会のあった事実を知らされたにも拘らず前記最終日について被告人又は当庁に問い合わせることをせず、一方被告人においても、前記最終日以前に申立人との間で面接までしている事実があるのに、この点の連絡をしなかったものであって、してみれば、本件における控訴趣意書提出の遅延は、申立人及び被告人の責に帰すべき事由によるものであって、これについて当庁又は渋谷簡易裁判所職員の処置を非難する所論は失当であり、右期限徒過につき刑訴規則二三八条のやむを得ない事情があるとは認められないから、前記控訴を棄却した原決定に誤りはなく、この点の所論も理由がない。
(木梨 三好 柴田)