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東京高等裁判所 昭和53年(ウ)15号 決定 1978年4月11日

債権者 株式会社東京相互銀行

債務者 株式会社永信物産 外二名

主文

本件申請を却下する。

理由

本件仮処分申請の趣旨及び理由は、別紙申請書記載のとおりであり、要するに申請人は、申請書添付物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)につき抵当権を有する者として、右建物の所有者である相手方志村澄子と相手方株式会社永信物産(以下「相手方永信物産」という。)との間の短期賃貸借契約及び同相手方と相手方佐藤吉一(以下「相手方佐藤」という。)との間の転貸借契約に対する民法三九五条但書による解除請求権等を被保全権利として、右賃貸借契約及び転貸借契約を解除し、相手方佐藤の本件建物に対する占有を解いてこれを執行官の保管に付し、相手方永信物産の有する本件建物についての賃借権設定登記を抹消することを命ずる仮処分を求めるものである。

そこでまずこのような仮処分が許されるかどうかを考えるのに、民法三九五条但書に定める抵当権者の賃貸借解除請求権は、賃貸人と賃借人を共同被告とする賃貸借解除請求の訴によつてのみ行使しうる権利であり、右訴訟は賃貸借を解除する旨の判決の確定によりはじめて解除の効果を生ずる形成訴訟であるから、そもそもかかる権利を被保全権利として、確定判決によつてのみ生ずべき権利関係を仮に形成する仮処分を命ずることができるかどうかという疑問が生ずるが、一般的には、被保全権利の性質が右のような訴によつて行使すべき形成権であるという一事から、確定判決によつてその実現を得るまでの間における侵害の危険の除去ないし防止のために仮の地位を定める仮処分として確定判決によつて形成される権利関係と同一の権利関係を仮に形成することが絶対に許されないと解すべき法律上の理由はない。しかしながら、元来仮処分は被保全権利の存否が後日本案訴訟によつて確定されることを予定し(本案訴訟に対する附従性)、かつ、その訴訟の帰結によつて仮に形成された権利関係を原状に復せしめる可能性があるものとして(仮定性)認められているものであるところ、上記のような仮処分においては、仮定的とはいえ本案判決によるのと同一の権利関係が形成されるものであり、この権利関係は更にこれに基づく他の権利関係を生ぜしめる基礎となりうるのであるから、かかる派生的権利関係の内容及び性質のいかんによつては、さきの仮定的権利関係が実際上終局的なそれに転化し、仮処分が有すべき本案訴訟に対する附従性や仮定性が失われるにいたることもありうるのである。それ故、このような事態の発生が当然に予想される場合には、かかる仮処分はこれを許すべきでないとするのが相当である。

これを本件についてみると、本件建物については現に申請人の申立によつて競売手続が進行中であるところ、申請人は、本件賃貸借の存在によつて本件建物の競売価格が低減し、申請人の有する抵当権の被担保債権の満足される額が著しく減少する危険があることを理由として上記趣旨の仮処分を求めているものであるが、仮に右申請を容れて仮処分を命ずるときは、本件建物は相手方永信物産の賃借権及び同佐藤の転借権の附着しない建物として競売が行われ、早期に競落の結果にいたるべきことが当然に予想されるのであり、またそれが申請人の所期するところなのである(すなわち申請人は、解除を命ずる判決を得る前に仮処分によつて賃借権の附着しない状態で本件建物を競落させたいというのである。)。しかるに右のように本件建物が競落されると、申請人の抵当権は消滅し、本案訴訟である賃貸借解除請求訴訟それ自体が存立しえざるにいたり、本案訴訟において被保全権利の存否を確定すべき可能性が失われたこととなるばかりでなく、他方競落人は競落によつて賃借権及び転借権の附着しない建物として本件建物の所有権を確定的に取得し(もしそうでないと、かかる仮処分を命ずること自体が無意味となろう。)、賃借人及び転借人はその権利を回復するに由なき結果となるのである。もつとも、被保全権利の存在自体は確定されるわけではないから、相手方はなお申請人においてかかる権利がないのに不当に仮処分を申請したことを理由として損害賠償の請求をする余地が存するけれども、かかる訴訟はもとより本件仮処分に対する本案訴訟たる性格をもたず、また損害賠償は仮処分の結果を原状に回復せしめる意味をもつものではない。それ故、本件仮処分は前記のような附従性及び仮定性の要求に反するものとして、これを許すべきではない。

よつて本件申請はこれを却下すべきものとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 中村治朗 石川義夫 高木積夫)

(別紙) 仮処分命令申請書

申請の趣旨

一、別紙物件目録記載の建物について、申請外志村澄子と債務者株式会社永信物産との間において成立した、別紙賃貸借目録(一)記載の賃貸借契約および同債務者と債務者佐藤吉一との間において成立した、同賃貸借目録(二)記載の転貸借契約をいずれも解除する。

二、債務者佐藤吉一の別紙物件目録記載の建物の占有を解いて、東京地方裁判所執行官にその保管を命ずる。

この場合には、執行官は、その保管にかかることを公示するため、適当な方法をとらなければならない。

三、債務者株式会社永信物産が、別紙物件目録記載の建物について、なした東京法務局杉並出張所、昭和五〇年四月二二日受付、第一二、五五七号停止条件付賃借権設定仮登記は抹消する。

との裁判を求める。

申請の理由

一、債権者は、昭和四九年三月五日申請外株式会社笠原商店(以下申請外会社という)を債務者とし、申請外志村澄子(当時は、旧姓笠原)を根抵当権設定者として同志村所有の別紙物件目録記載の建物(以下本件建物という)のほか、建物一棟、土地二筆(うち一筆は本件建物の敷地の共有持分権)を共同担保として、債権極度額は二、〇〇〇万円、順位は、本件建物およびその敷地につき第二番、その他の物件につき第一番の根抵当権をそれぞれ設定し、同年同月六日その旨根抵当権の設定登記を経由した。

二、その後、債権者は、申請外会社に対し右根抵当権の被担保債権として、総額一、九六二万一、三八一円の債権を取得するに至つたので本件建物のほか、前記共同担保権を設定した建物一棟、土地二筆につき東京地方裁判所に根抵当権実行による競売申立をなし、昭和五〇年九月九日競売開始決定(東京地方裁判所昭和五〇年(ケ)第六四一号)を得、目下競売手続が進行中である。

三、これよりさき、申請外志村澄子は、昭和五〇年四月二二日、債務者株式会社永信物産(以下債務者会社という)に対し、本件建物を期間三年、貸料月額二、〇〇〇円、毎月末日払の約定で賃貸し、申請の趣旨第三項記載の仮登記を経由し、次いで債務者会社は、同佐藤吉一に対し同年同月、同建物を期間の定めなく賃料月額四万円の約定で転貸し、その引渡をなした。

四、右賃貸借および転貸借は、民法三九五条所定の期間内のものであるが次のような事情で抵当権者である債権者に損害をおよぼすものである。

(一) 債権者の申請外会社に対する昭和五二年七月二〇日現在における前記被担保債権の元本および利息、遅延損害金の合計残額は一、八七一万三、二六二円である。

(二) 右残債権につき、本件建物と共に根抵当権を設定した土地建物についても任意競売手続が進行し、これによつて回収され得る額は、八七五万五、一二〇円である。

(三) 本件建物については、第一順位抵当権者として訴外株式会社協和銀行のために抵当権の設定がなされ、その旨の登記があるところ、同抵当権によつて担保されるべき債権額は、昭和五二年七月二〇日現在において、三三七万二、八〇〇円である。

(四) 本件建物(その敷地である土地の所有権に対する共有持分を含む)に対する最低競売価額は、当初一、〇二四万円と定められたが競買人がなかつたため低減され、第三回競売期日において八三〇万円と定められたが、右価額によつても競買申出人がなく、現状のままでは右価額は更に減額される状況におかれている。

(五) 以上の事実に基いて(本件建物について第三回競売期日における最低競売価額により競落されたものとして)、原告が本件建物の競売により回収し得る債権額を算出すると四九二万七、二〇〇円に過ぎず、共同担保物件による回収見込額を併せてもなお五〇三万〇、八五二円の債権を回収することができない結果となり、同額の損害を蒙ることとなる。

(六) 競売手続において、右のとおり競買申出人がなく、第三回競売期日まで漸次最低競売価額が低減され、なお競買申出人がないのは、本件建物につき被告らにおいて、前記のとおり各賃借権が設定され現にこれに基いて占有しているためであり、右賃借権の設定がなければ、当初定められた最低競売価額は更に高額になり、前記第三回競売期日における競売価額より高額な競売価額で競落されることは明白である。

(七) しかも申請外志村および債務者会社は、本件建物のみならず、前記共同担保物件にもそれぞれ賃借権を設定してこれを転貸しておりこれによつて競売手続が開始された場合の手続の進行を妨害し、競売価額を引き下げて自ら競落する意図に出たもので、抵当権者を害する意思すら有するものである。

五、よつて、債権者は、債務者両名および申請外志村澄子を被告として、東京地方裁判所昭和五一年(ワ)第九、五五六号事件をもつて、民法三九五条但書により、本件建物につきなされた別紙賃貸借目録記載の賃貸借ならびに転貸借の解除および同法四二三条により、申請外志村澄子に代位して、債務者会社、同佐藤吉一が申請外志村澄子に対して、本件建物を明渡すことを求める訴訟を提起し、その訴訟は、昭和五二年一〇月二八日判決言渡しがあり、債権者の請求が認容された。

六、しかるところ、申請外志村を除く、債務者両名は東京高等裁判所に対し控訴を提起したので、右判決は執行に至らないでいる。

そこで、債権者は、控訴審において申請の趣旨第三項の仮登記の抹消登記手続請求を追加する予定である。

七、さて、本件申請は、前記判決確定に至るまでの間に、競売手続が進行し、低い価額のままで、競売が行なわれると債権者は回復できない損害を受けるので、その救済のため短期賃貸借が解除されるのと同様な状態の形成を求めることにある。

八、もつとも、本件仮処分決定を受けて競売が行われると、債権者の根抵当権も消滅して、本案訴訟による賃貸借の解除等請求も維持できなくなるので、仮処分を許すことは一見矛盾するとも感じられるかも知れないが、本件仮処分が、決定の出される時において是認される根拠のあつたものである限りは、その後に予定された本案訴訟がそのままの形では維持し難くなつても、遡つて取消されたり、原状回復を必要とすることになるわけではない。

本案訴訟は、その仮の地位がそのまま維持されて差支えないような形をとることが、必要にして充分であるから、債権者としては、本案訴訟の請求をそのように変更する予定であるし、斯かる変更は許されて然るべきであると考える。

九、もしそうではなくて、本件申請当時、被保全権利たる根抵当権が存在し、申請の必要性も認められるのに、本案訴訟確定前に早晩根抵当権は消滅し、本案訴訟で敗訴するから、本件申請は認められないと速断されるとすれば、それは軽卒早計のそしりを免れないと言わなければならない。

けだし、そのように解すると、民法第三九五条但書の請求は仮処分で実現することは不可能になつて、全て、本案判決の確定によるしか方法がないことになる。そうすると長期化する民事訴訟法の実状に対比して、抵当権の実行により、債権の回収を計ることは債権者の急務の必要に基づくものであることは、公知の事実であるから債権者は斯かる長期な訴訟の確定を待てず、止むなく低額の競売に甘んじなければならないし、もし気長に訴訟の確定を待つ余猶があつたとしても、その間に抵当権被担保債権中遅延損害金が増大して、右訴訟確定後競売価額が上つても、担保されないで、回収不可能に陥る部分も生じて来るので、本案訴訟の確定を期して、右法条の請求をする者は皆無になると言つても過言ではなく、右法条の立法趣旨は全く没却され、空文に帰するわけである。

そしてもし、短期賃貸借が解除されないで、競売が行われると、その短期賃貨借が債権担保の目的のみを有し、競落所有されると同時に消滅しても、また期間満了によつて消滅しても、賃借人は居据つて立退かないのが実状であり、またもし右短期賃貸借が債権担保の目的のみでない場合は、競落所有者は直ちにその排除を求められないので、その負担を受けなければならないとしても、競売までの間に賃貸借の更新が行なわれていると、意外な長期間の負担となり、その上かかる短期賃借権者は、期間満了後も居据つて立退料の請求や、借地上の建物買取請求などをして素直に立退かず、訴訟の上強制執行の手段にまでおよばなければならないことも巷間屡々見られるのである(ちなみに、債権者は、前記第一項記載の共同担保物件中、本件建物およびその底地を除く土地一筆建物一棟について、競売価額が一増低落するので、止むを得ず昭和五一年一一月二二日競落し、五二年六月二日代金九〇九万円を払込み所有したが、債務者会社は、申請外志村澄子との間の右競落建物賃貸借が、債権者の根抵当権に遅れるもので短期賃貸借でなく、また競落土地賃貸借は短期賃貸借であるが、抵当権と併用された担保のための賃貸借で、いずれも債権者が所有すると同時に消滅したにも拘らず、明渡そうとせず、右建物転借人である申請外桜井勝彦-本件申請の債務者佐藤吉一と同じく、申請外中川電機の社員-を右建物から退去させようとせず、桜井も退去しようとしない。そこで債権者は、昭和五二年八月一〇日東京地方裁判所同年(ワ)第七、五七五号事件をもつて、債務者会社および桜井の両名に対し、右土地建物明渡等請求訴訟を提起し、同庁民事第一八部に係属審理中である。)

かくて、益々競買人は現れず、もし競落されても、抵当権者は低価額による競売の損害を受け、所有者も予想外の損害を被ることになり一人利益をむさぼるのは短期賃借権者だけとなるのである。

なお、抵当権者には、損害賠償請求の途があるのでその方法によれば、足りるとの考え方もあるのであろうが、短期賃借人は資力のない者もあり、それでなくとも賃借権を設定することによつて、先順位抵当権者に損害を負わせる一方自己の利益をむさぼろうとするものが、多いのが実状であるから、自己の財産を隠匿するなどして易々損害賠償に応じないのは火を見るより明らかであり、右請求をもつて、短期賃貸借解除、明渡等請求に代置し得ると考えることは、民法第三九五条但書の存在を無視する皮相な見解と言うべきである。

一〇、以上の次第で、短期賃貸借悪用の世上の実際に活眼を開かれるならば、右法条の立法趣旨を生かすことこそ抵当権救済の唯一の方法であり、それを生かすためには、仮処分を認めるほか途はないのである。正義顕現の旗手である賢明な裁判に対し累々述べるまでの必要はないとは考えましたが、念のため一言いたしました。

何卒早急に仮処分決定をいただきたく、お願いします。

(別紙)当事者追加および申請の趣旨訂正申立<省略>

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