東京高等裁判所 昭和53年(ネ)1173号 判決 1981年3月30日
控訴人 斎藤イマ
被控訴人 国 ほか一名
代理人 細井淳久 深沢晃
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は、控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人らは、連帯して控訴人に対し金五〇〇万円および内金三〇〇万円に対する昭和四八年八月二四日以降、内金二〇〇万円に対する昭和四九年一〇月三日以降各完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、第一・二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら代理人は、いずれも控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の主張は、次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
(控訴人)
一 かりに本件執行申立当時、被控訴人赤羽に故意・過失がなかつたとしても、同被控訴人は、昭和四八年三月一四日の第一回執行期日の段階で、控訴人が「女王蜂」の経営者として本件建物を占有していることを知り又は知り得たのであつて、爾後本件執行を続行すべきではないのにこれを続行したのであるから、故意・過失の責を免れない。
二 控訴人は、昭和四八年七月二五日本件執行の排除を求めて、新潟地方裁判所に第三者異議訴訟(昭和四八年(ワ)第二七三号)を提起すると同時に、強制執行の停止を申し立て(同年(モ)第三一九号)、控訴人が本件建物の占有者であることを示す疎明資料を提出したのに、同裁判所は、その評価を誤り、同月二七日右執行停止の申立を却下した。これは、担当裁判官の過失であり、その結果違法な本件執行が続行され、控訴人が本件建物からの退去を余儀なくされたのであるから、この点からも、被控訴人国は、国家賠償法一条の責任を免れない。
三 被控訴人国主張の後記七は、争う。
四 同後記八の消滅時効は、次のとおり中断している。
すなわち、控訴人は、被控訴人国に対し国家賠償法一条による請求をしているところ、前記二の裁判官の過失行為に関する主張は、右請求を理由あらしめる事実の主張であるにすぎず、新訴を提起するものではない。そして、右請求額金五〇〇万円の内金三〇〇万円については昭和四八年八月六日訴状の提出により、残金二〇〇万円については昭和四九年一〇月二日請求の拡張申立書の提出によつて、既に裁判上の請求がなされている。
(被控訴人赤羽)
五 控訴人主張の前記一は、争う。
(被控訴人国)
六 控訴人主張の前記二について、控訴人主張の日にその主張の第三者異議訴訟の提起・執行停止の申立・同申立の却下があつたことは、認めるが、その余を争う。
七 かりに控訴人が本件建物の占有者であるとするならば、控訴人は、昭和三九年九月一一日藤井松一からその所有の本件建物を賃借し、引渡を受けたものである。ところで、被控訴人赤羽は、本件建物の敷地の所有者であり、これを藤井松一に賃貸していたところ、同人の賃料不払を理由に右賃貸借契約を解除して同人に対し、本件建物収去敷地明渡の訴訟を提起し(新潟地方裁判所昭和三五年(ワ)第七号)、勝訴の確定判決を得ていたものであり、右訴訟第二審の口頭弁論終結の日は、昭和三八年六月一二日であつた。したがつて、控訴人は、右訴訟の口頭弁論終結後の承継人として右確定判決の既判力を受くべき立場にあつたものであるから、本件建物の占有による敷地の占有者であるとしても、その占有権をもつて被控訴人赤羽に対し民事訴訟法五四九条にいわゆる「引渡ヲ妨クル権利」を有するものとはいえず、したがつて、本件債務名義による執行についても、その違法を主張することは許されないものというべきである。
八 控訴人は、昭和五三年一二月一八日付準備書面において前記二の裁判官の過失行為を新たに主張したものである。
しかしながら、かりに控訴人の本件執行停止の申立を却下した裁判官に過失があつたとしても、控訴人は、右却下決定後本件建物からの退去を余儀なくされたという昭和四九年六月一二日には、右裁判官の違法行為によつて損害を受けたことを知つたものであるから、このときより三年後の昭和五二年六月一二日の経過とともに、右裁判官の違法行為を理由とする被控訴人国の損害賠償義務は、時効によつて消滅したものである。被控訴人国は、本訴において右消滅時効を援用する。
理由
一 本件債務名義の成立から本件執行申立の取下に至る経緯<略>
二 本件建物の占有の主体 <略>
三 本件執行の違法性の有無
1 右認定のとおり本件建物の占有者は、控訴人であつて瀬戸ではない。ところが、本件債務名義に表示された執行債務者は、瀬戸であるから、右債務名義によつて第三者である控訴人に対し、本件建物退去敷地明渡の強制執行をなすことは許されず、違法である、といわなければならない。
2 控訴人は、本件執行が右のように違法なことを前提として、被控訴人国に対し国家賠償法一条による責任を追求する。しかし、当該執行が執行法上手続的に違法であるからといつて、その故に、直ちに国家賠償法上も実体的に違法となるものではないというべきである。そこで、この意味での実体的違法性の有無を検討する。
(一) 既に説示のとおり、本件建物の敷地の所有者である被控訴人赤羽は、右敷地を藤井松一に賃貸していたが、同人の賃料不払を理由に右賃貸借契約を解除して、本件建物の所有者である同人に対し同建物収去敷地明渡請求の訴訟(新潟地方裁判所昭和三五年(ワ)第七号)を提起し、勝訴の確定判決(以下「基本債務名義」という。)を得たものであり、右訴訟第二審の口頭弁論終結の日は、昭和三八年六月一二日であつた。ところが、瀬戸が本件建物の占有者であると称して、基本債務名義による強制執行の排除を求め第三者異議の訴訟(同庁昭和四三年(ワ)第五二〇号)を提起したので、これに対抗して、被控訴人赤羽は瀬戸に対し、本件建物退去敷地明渡請求の反訴(同庁昭和四五年(ワ)第九一号)を提起し、勝訴の確定判決を得たのであり、これが本件債務名義である。ところで、控訴人が藤井松一から本件建物を賃借し引渡を受けたのは、昭和三九年九月であつた。
右事実関係によれば、控訴人は、本件債務名義の執行力を受ける執行適格者ではないけれども、基本債務名義については、いわゆる口頭弁論終結後の承継人として、本件建物退去敷地明渡義務の限度で既判力と執行力を受けるものといわなければならない。したがつて、控訴人は、実体法上被控訴人赤羽に対して、本件建物の占有による敷地の占有につき正当権原を欠く不法占有者であるのみならず、執行法上も基本債務名義の被執行適格者として、承継執行文の付与があれば、その強制執行を受忍すべき立場にあつたものである。
(二) 控訴人が主張する損害の内容は、本件執行手続において退去要求を受けたこと自体による精神的苦痛三〇〇万円、その結果やむなく任意退去したことによる精神的苦痛二〇〇万円である。
(三) 既に説示のとおり、控訴人が任意退去するまでに、担当執行官は、本件執行のため六回にわたり執行場所に臨場しているが、その都度控訴人側から明渡猶予の懇請があつたので、これを考慮して任意退去を促す程度にとどめ、現実の執行には一度も着手しなかつた。
(四) 右担当執行官において、本件建物の占有者が瀬戸ではなく控訴人であることを知りながら、あえて本件執行を実施しようとしたことを認めるに足る証拠はない。
以上のとおりであつて、本件執行は、それが実施されれば、手続上違法な執行といわざるをえないが、現実には執行に着手することなく、(その強制力を背景とするとはいえ)任意退去を催告する程度にとどまり((三))、右催告も担当執行官の故意によるものではない((四))のであつて、このような侵害行為の態様と(一)(二)で述べた被侵害利益の性質・内容とを考慮するならば、右執行官の行為は、国家賠償法上実体的に違法であるとはいえないと考える。
3 控訴人がなした本件執行停止の申立を却下した裁判官の行為についても、同様実体的に違法であるとはいえない。その理由は、右2(四)に代えて同裁判官にも故意ありと認めるに足る証拠がないことを付加するほかは、右2の説示と同じである。
四 執行債権者の行為の違法性の有無
控訴人は、本件執行債権者である被控訴人赤羽に対し民法上の不法行為責任を追求する。そして、右債権者の行為として考えられるのは、本件執行を申し立て、促し、又は進行を阻止できたのに阻止しなかつたという不作為である。このような意味で、本件執行を利用した被控訴人赤羽の行為についても、右執行が前記三1のとおり執行法上手続的に違法であるからといつて、その故に、右被控訴人の行為が当然に民法上実体的に違法となるものではないと考えられる。
そこで、右実体法上の違法性について検討するに、被控訴人赤羽において本件建物の占有者が瀬戸ではなく控訴人であることを知りながら、あえて右執行債権者の行為に及んだものと認めるに足る証拠はない。このことに前記三2(一)ないし(三)で述べた事情を考慮するならば、右被控訴人の行為をもつて民法上実体的に違法であるとはいえないというべきである。
五 結論
よつて、その余の判断をするまでもなく、控訴人の被控訴人らに対する請求は、いずれも理由がないので棄却すべく、これと同旨の原判決は相当であるから、本件控訴を失当として棄却することにし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条・八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 沖野威 奥村長生 佐藤邦夫)