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東京高等裁判所 昭和53年(ネ)1354号 判決 1980年11月18日

第一三五四号事件控訴人

横浜信用金庫

右代表者

河原重憲

右訴訟代理人

杉原尚五

須々木永一

第一一九二号事件控訴人

城南信用金庫

右代表者

杉村安治

右訴訟代理人

橋本一正

浅井通泰

ハンエイ物産株式会社訴訟承継人

各事件被控訴人

破産者桜井忠夫破産管財人

吉川晋平

主文

控訴人横浜信用金庫は被控訴人に対し別紙物件目録記載の不動産につき横浜地方法務局神奈川出張所昭和四八年五月九日受付第二九六八一号根抵当権設定登記の否認の登記手続をせよ。

控訴人城南信用金庫は被控訴人に対し別紙物件目録記載の不動産につき横浜地方法務局神奈川出張所昭和四八年五月九日受付第二九六八一号根抵当権設定登記の否認の登記手続をせよ。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人らの負担とする。

事実

第一  被控訴人は、主文同旨の判決を求め、控訴人ら各代理人は、それぞれ「被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

第二  当事者の主張

一  被控訴人の請求の原因

1  訴外桜井忠夫(以下「破産者」という。)は、昭和五三年四月二八日その債権者である控訴人横浜信用金庫(以下「控訴人横浜」という。)からなされた破産の申立により同年一一月九日午後二時、横浜地方裁判所において破産宣告を受けた。被控訴人は、その破産管財人である。

2  破産者は、昭和四一年から「横浜サクライ桜井忠夫」の名称で子供用乗物卸業を営んでいたが、事業不振のため、同四八年四月ころには、資産をはるかに超える一億円以上の負債を抱えて資金的に行き詰まり、同月二六日第一回目の、翌二七日第二回目のそれぞれ手形不渡を出し、同年五月二日に銀行取引停止処分を受けて、事実上倒産したものである。そして、破産者は、同年五月八日当時、資産として、僅かばりの債権、商品のほか、別紙物件目録記載の不動産(以下「本件不動産」という。)を所有するのみであつた。

3  控訴人らは、いずれも、預金、定期積金の受入れ、貸付け、手形割引等の業務を行う信用金庫であるところ、昭和四八年五月八日、それぞれ、破産者との間において、破産者所有の本件不動産につき、極度額二〇〇〇万円、債権の範囲を信用金庫取引、手形債権等とする根抵当権設定契約(以下「本件契約」という。)を締結し、いずれも横浜地方法務局神奈川出張所同年同月九日受付第二九六八一号をもつて、その旨の根抵当権設定登記(以下「本件登記」という。)を経由した。

4  破産者は、手形不渡を出したのち、他の債権者らから所在をくらましていたが、控訴人らの強い要求により、前記2のような資産、負債の状況にあることを知りながら、控訴人らのため本件不動産につき根抵当権を設定したのであつて、破産債権者を害することを知つて本件契約を締結したものであることが明らかである。

5  よつて、被控訴人は、控訴人らに対し、破産法第七二条第一号により本件契約を否認し、これに基づく登記を求める。

二  請求の原因に対する控訴人らの答弁

1  控訴人横浜の答弁

(一) 請求原因1の事実は認める。

(二) 同2のうち、破産者が、被控訴人主張の業を営み、控訴人らに対し債務を負担し、被控訴人主張の日に手形不渡を出し、銀行取引停止処分を受けた事実は認め、その余の事実は知らない。

(三) 同3の事実は、本件契約締結の日時を除いて、認める。控訴人横浜は、昭和四八年四月三日、破産者との間に、本件契約を締結したが、当時、破産者において、本件不動産を買い受けていたものの、未登記であつたため、これが破産者の所有名義となり次等、根抵当権設定登記をすることを約し、破産者が所有権の登記を経た段階で、本件登記を経由したものである。

(四) 同4の事実は否認する。

2  控訴人城南信用金庫(以下「控訴人城南」という。)の答弁

(一) 請求原因1の事実は認める。

(二) 同2のうち、破産者が、被控訴人主張の業を営み、控訴人らに対し債務を負担し、被控訴人主張の日に手形不渡を出し、銀行取引停止処分を受けた事実は認め、その余の事実は否認する。

(三) 同3の事実は、本件契約締結の日時を除いて、認める。控訴人城南は、昭和四八年三月二三日、破産者との間に、当時破産者が手付金を支払つた他から買い受けていた本件不動産につき、これが同人の所有名義に登記されることを条件として根抵当権の設定を受ける旨の契約を締結し、同年五月八日、本件不動産が破産者の所有名義となつて右条件が成就したので、本件登記を経由したものである。

(四) 同4の事実は否認する。

三  控訴人らの抗弁

1  控訴人横浜の抗弁

控訴人横浜は、本件契約当時、破産債権者を害すべき事実を知らなかつた。すなわち、同控訴人は、昭和四二年九月二一日、破産者と信用金庫取引を開始し、取引高が次等に増加して同四八年三月ころには約四〇〇〇万円に達し、取引の継続のためには物的担保を必要とすることとなつたので、同人にその提供を求めるところ、同人は、訴外東急不動産株式会社(以下「東急不動産」という。)から買い受けて代金を完済したが未登記であつた本件不動産(土地付分譲住宅)を提供することを承諾して、前記のとおり、同年四月三日、本件契約を締結したものである。

2  控訴人城南の抗弁

(一) 控訴人城南は、本件契約当時、破産債権者を害すべき事実を知らなかつた。すなわち、同控訴人は、昭和四七年四月五日から、破産者と取引を始め、取引の継続に従い貸出額が次第に増加したので、同年一一月ころ、同人に物的担保の提供を申し入れたところ、破産者は、その当時手付金を支払つて東急不動産から買い受けていた本件不動産を担保として提供することを約し、同四八年三月二三日、控訴人城南に対し、当時の貸出額二九七一万円余の債務及び将来負担すべき債務を担保するため、本件不動産が破産者の名義に登記され次第、これについて根抵当権を設定する旨の念書を差し入れ、ここに前記のとおり停止条件付の本件契約が成立したものである。

(二) 本件不動産は、昭和四八年七月六日破産者から訴外松木修(以下「松木」という。)に売買により所有権が移転されていて、破産宣告当時及び現在破産財団に属していないので、これを目的とする本件契約は否認の対象となりえない。

四  抗弁に対する被控訴人の答弁

1  控訴人横浜の抗弁及び同城南の抗弁(一)の各事実は否認する。控訴人らは、いずれも、破産者が前記一2のような資産、負債の状況にあつて銀行取引停止処分を受けていることを知りながら、破産者に強く要求して、右処分後に本件契約を締結したのであつて、破産債権者を害すべき事実を知つていたことが明らかである。

2  控訴人の抗弁(二)の事実は否認する。なお、被控訴人と松木との間では、昭和五五年九月九日、横浜地方裁判所において成立した和解により、本件不動産の所有権が破産財団に属することが確定した。

第三  証拠関係<省略>

理由

一破産者が、昭和五三年四月二八日控訴人横浜からなされた破産の申立により、同年一一月九日午後二時、横浜地方裁判所において破産宣告を受けたこと、被控訴人がその破産管財人に選任されたことは、各当事者間に争いがない。

二1  破産者が、昭和四一年から子供用乗物卸業を営んでいたが、同四八年四月二六日と翌二七日に手形の不渡を出し、同年五月二日に銀行取引停止処分を受けた事実は、各当事者間に争いがなく、証人桜井忠夫の証言及び弁論の全趣旨によれば、破産者は、右手形不渡をもつて事実上倒産し、右営業を廃止した事実が認められる。

2  そこで、破産者の資産、負債の状況について検討する。

(一)  <証拠>によれば、破産者は、商品の取引先である第一審原告から金銭の融通を受けていたが、昭和四八年四月一五日、第一審原告との間で、借受金債務並びにその支払のために振り出した約束手形及び小切手金債務八六四一万四九六六円を消費貸借の目的とする準消費貸借契約を締結したこと、右準消費貸借の目的とされた旧債務に関する約束手形、小切手(甲第一号証の一ないし二〇)の額面金額の合計は、七九七四万七八八六円であるところ、右手形の中には、商業手形に見せかけるために額面金額に架空の端数を付したものがあり、また貸付日から支払期日まで日歩七銭の割合による利息が天引されているので、利息制限法第二条の規定によつて、その一部は元本充当されるべきものであるが(たとえば、甲第一号証の一の金額六八七万円については、振出日から満期日まで日歩七銭の割合による利息が天引されたものとして右規定を適用すると、元本残額は六五二万円余となる。)、これらを差し引いても、旧債務の額は七〇〇〇万円を下るものではないことが認められる。

(二)  控訴人らがいずれも請求原因3記載の業務を行う信用金庫であることは、当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、破産者は、控訴人横浜と昭和四二年九月二一日、控訴人城南と同四七年四月八日、それぞれ信用金庫取引契約を締結し、以来控訴人らから手形割引の方法による融資を受けていて、同四八年四月二八日現在における融資額は、控訴人横浜について三九八四万四九八八円、同城南について二七二二万六九三四円に達していたこと、地方、破産者は、当時、控訴人横浜に対し合計七四六万一〇〇〇円、同城南に対し八二三万三三〇一円の定期預金及び定期積金の債権を有していたこと、控訴人らは、破産者の倒産後の同年五月ころに、右手形割引取引による債権と預金・積金の債務とを対当額において相殺したこと、以上の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

(三)  <証拠>によれば、同人は、倒産当時、第一審原告に対し前記(一)の債務とともに商品の買掛金債務を負担していたほか、その他の取引先に対し合計約三五〇〇万円の債務を負担し、他方、資産としては、右(二)の定期積金、定期積金と次に述べる本件不動産のほかは、商品約三〇〇〇万円相当を有するのみであつたが、右商品は、倒産後、仕人先に返品しあるいは債務の代物弁済として債権者に引き渡して、全部処分したことが認められ、この認定に反する証拠はない。

(四)  <証拠>によれば、破産者は、昭和四七年一一月二九日、東急不動産に対して、建売分譲住宅及びその敷地であつた本件不動産の買受けの申込みをした予約金を支払い、同四八年四月二日、東急不動産との間で代金を一八九九万五七五〇円と定める売買契約を締結し、前記倒産のころまでに、第一審原告から借り受けた金員等をもつて右代金全額を支払い、同年五月八日、本件不動産のうち建物については所有権保存登記、土地については所有権移転登記を経由した事実が認められ、右認定事実と証人岡本高彦の証言によれば、右登記の日ころにおける本件不動産の価額は、右代金額と同額ないし二三〇〇万円程度であつたことが認められる。この認定に反する証拠はない。

(五)  右(一)ないし(四)の認定事実によれば、破産者は、不渡手形を出したころから昭和四八年五月八日ころにかけて、資産としては前記定期預金、定期積金、商品、本件不動産を有するのみで、これをもつて右認定の債務を弁済するにはとうてい足りなかつたことが明らかである。

三1  控訴人らが、日時の点は暫く措き、それぞれ破産者との間で、本件不動産につき、極度額二〇〇〇万円、債権の範囲を信用金庫取引、手形債権等とする根抵当権を設定する旨の本件契約を締結し、昭和四八年五月九日、その旨の本件登記を経由した事実は、当事者間に争いがない。

2 <証拠>によれば、破産者は、控訴人らから、取引額の増加について物的担保を要求されるようになつたため、東急不動産との間に売買契約ないしその予約を締結していた本件不動産を提供することを承諾し、控訴人横浜に対し、本件不動産につき「私に所有権移転登記があり次第、直ちに貴金庫に対して担保提供することを誓約致します」との昭和四八年四月三日付念書(乙第一号証)を、控訴人城南に対し、「私所有にかかる下記物件(本件不動産)を昭和四八年四月末日頃までに本債務の根担保として貴金庫に差入れることを確約致します」との同年三月二三日付念書(丙第二号証)をそれぞれ作成交付したこと、しかし、右各念書が真実右の日付のころに作成されたものであるとしても(とくに、丙第二号証については、破産者の住所として本件不動産の地番が記載されていることと前掲甲第第三号証とを対照すると、後日に日付を遡らせて作成された疑いがあるが、その点はさて措き)、その際は、それ以外に担保契約の具体的内容については何らの定めもなされなかつたこと、破産者は、手形不渡を出し営業を廃止したのち、債権者の追及を免れるため一時身を隠していたが、控訴人らの職員は、昭和四八年五月八日ころ、破産者に会つて、控訴人らの前記債権の確保のため、本件不動産につき根抵当権の設定を要求して、これを承諾させ、なお、控訴人らの間においては、両者の根抵当権を同順位とすることを合意し、極度額をも同額として、同日付で控訴人ら各別に破産者との間に根抵当権設定契約証書(乙第二号証、丙第三号証)を作成し、本件建物及び土地につきそれぞれ破産者のための所有権保存登記、同移転登記がなされたうえで、翌日本件登記を経由したものであることが認められる。もつとも、乙第二号証の作成日付は、いつたん昭和四八年四月四日と記載されて、同年五月八日に訂正されており、証人岡本高彦の証言中には、右証書をその訂正前の日付の同年四月四日に受領したが、登記の都合上同年五月八日に訂正したものである旨供述する部分があるが、前記趣旨の同年四月三日付念書と右契約証書とを重複して作成する実益が乏しいことを考えると、右証言部分はにわかに信用しがたい。他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、破産者の右各念書の差入れは、その文言どおり、将来本件不動産を担保に供する旨の誓約にすぎないものと解され、これによつて確定的な根抵当権設定契約が成立したものとは認めがたく、本件契約は昭和四八五年八日ころ成立したものと認めるのが相当である。

3  以上の認定事実によれば、破産者は、支払停止後、全債権者に債務を弁済することができないことを知りながら、控訴人らにのみ優先弁済を受けさせるために本件契約を締結したのであつて、破産債権者を害することを知つて右行為をしたことが明らかである。

四以上の認定事実に<証拠>によれば、本件契約は、根抵当権の設定ではあるが、もとより取引の継続を予定せず、もつぱら控訴人らの既存債権の確保を目的としたものであり、控訴人らは、破産者が支払を停止して事実上倒産し、債務超過の状態にあり、第一審原告等の一般債権者に対する弁済が不可能となる事情を知りながら、自己の債権について優先的に弁済を受けるため、破産者に強く要求し、控訴人らの間でも根抵当権の順位、極度額を協定して、本件契約を締結したものと認められ、控訴人らが破産債権者を害することを知らなかつた旨の控訴人らの抗弁事実は、とうていこれを認めることができない。

五<証拠>によれば、本件不動産について、本件登記後の昭和四八年六月一二日、松木のため、同年五月一九日付売買を原因とする所有権移転仮登記がなされ、次いで同年七月六日、同人に右仮登記に基づく所有権移転の本登記がなされた事実が認められる。しかし、他方、<証拠>によれば、被控訴人と松木との間の訴訟において、昭和五五年九月九日、松木は、被控訴人に対し、右仮登記及び所有権移転登記を抹消し、かつ、本件不動産の明渡義務があることを認めて、これを同五六年三月末日までに明け渡すこと、被控訴人の松木及び同人と破産者との間には他に何らの債権債務がないことを確認すること等の訴訟上の和解が成立した事実が認められ、これによれば、被控訴人の松木との間においては、右各登記が有効な登記原因に基づかないもので、本件不動産は破産財団に属するものであることが確定されたものと推定するのが相当である。したがつて、本件不動産が破産財団に属さない旨の控訴人城南の主張は採用することができない。

六以上の次第で、破産法七二条一号に基づき本件契約を否認する旨の被控訴人の主張は理由がある。ところで、被控訴人は、訴外破産者桜井忠夫の破産管財人として詐害行為取消訴訟を承継して、控訴人らに対し、前記詐害行為取消請求に代え新訴として、右否認に基づき本件各登記の抹消登記手続を請求するところ、破産者の行為を否認し、右行為に基づく登記を原状に回復するには、一般の抹消登記によるのではなく、破産法第一二三条に基づく否認の登記によるべきものと解される(最高裁判所昭和四六年(オ)第二四二号同四九年六月二七日第一小法廷判決・民集二八巻五号六四一頁参照)から、被控訴人の本訴請求は右否認の登記手続の請求をなしているものと解すべきであり(右判決参照)、したがつて、その趣旨において、本訴請求は、正当であるから、これを認容すべきである。よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(小河八十次 内田恒久 野田宏)

物権目録<省略>

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