大判例

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東京高等裁判所 昭和53年(ネ)1523号 判決 1979年11月30日

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し、金一六四九万五七〇〇円及びこれに対する昭和四九年四月四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上・法律上の主張及び証拠の関係は、次のとおり附加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する(ただし、原判決一五枚目裏一〇行目に「本件通行認定」とあるのを「本件通行認定申請」と改める。)。

一  控訴代理人の主張

1  被控訴人は、本件認定留保の違法性が阻却されるべき事情として、本件認定を直ちに行えば、本件建物の建築に反対する付近住民と控訴人側との間に、本件各車両の通行をめぐつて実力による衝突が生じ、負傷者が出る等の危険があつた旨主張するが、当時反対住民の実力行使として予測しえたのは、せいぜい本件各車両の通行に対する座込み、それも決してひき殺しも何もしないから大丈夫との前提の下にする座込み程度であり、右通行により負傷者が出る事態に至るとは控訴人側はもちろん、反対住民も予想だにしておらず、右のような危険は存在しなかつたものである。したがつて、被控訴人の違法性阻却の主張は、その前提を欠き失当である。

2  被控訴人は、本件通行認定申請に伴う一連の経過を通じて、反対住民と控訴人との話合いに単に場所的便宜を与えたにすぎず、右両者間の紛争の解決を図るべく積極的に努力した事実は全くなかつたものであり、その態度は中野区議会議員からの圧力や一部住民のエゴに振り回されて自らの職責を放棄したものと評するほかなく、そこには紛争解決に対する真しな態度は全く見られなかつた。このように、被控訴人において自らの責務を十分に果たした上で、最後の方法としてやむなく本件認定を留保したという事情がない以上、右留保の違法性が阻却されるものとすることはできない。

3  被控訴人は、昭和四八年一〇月一九日本件認定をするにあたり、その理由として、「交通安全上の支障をきたすおそれが解消した」ことを挙げているが、右時点において反対住民と控訴人との間に、本件建物建築をめぐる紛争の解決につき話合いが成立した事実のないことはもちろん、当時の状況は、被控訴人が東和鉄筋及び丸石運輸からの第一回目の異議申立てに対し、認定を留保する旨通知した同年九月二九日の時点のそれと比べて何らの変化もなかつたのであり、このことは被控訴人の認定留保が全く理由のない違法なものであつたことを明らかに示している。

4  行政執行機関である被控訴人の執行行為(本件において被控訴人に許された執行行為は、車両制限令に基づく通行認定の判断のみである。)は、もとより誠実になさるべきものであり、執行行為の誠実性には迅速性も要求されるというべきところ、本件通行認定申請に対し被控訴人がした認定を留保する旨の判断は、申請受理後半年近くも経過してから、しかも申請者からの異議申立てがあつてはじめてなされたものである。このように、受理後何らの判断も示すことなく申請を漫然と放置することは、法に認められた国民の権利の実現を理由なく不当に拒否するものというべく、現行憲法体系の下にあつては絶対に是認しえないところである。

二  右主張に対する被控訴代理人の反論

1  右主張1について。

本件建物建築に反対する聚楽ハイツ建設反対同盟は、右建築によつて直接的に被害を被る地元住民のほか、大和町の生活と環境を守る会等、過去において本件紛争地の近くのマンシヨン建築紛争の際に、実力をもつて建設用車両の進入を阻止し、建主に建築を断念させた実績を有する団体によつて組織され、かつ中野区内のマンシヨン建築反対運動を行う住民組織の多数を結集した中野区建築公害反対共闘会議に加盟し、実力による衝突の際にはその支援を受けうる態勢にあつた。そして、反対同盟は、昭和四八年五月半ば頃から被控訴人に対し、本件通行認定申請に対する認定を留保してほしい旨の陳情を繰り返すとともに、その都度もし認定がなされれば実力をもつてしても本件各車両の通行を阻止する旨言明し、現に控訴人側との実力による衝突に備えて住民相互間の電話による連絡網を整備し、実力行使の場所まで決めていた。このように、当時の状況としては、被控訴人が直ちに認定を行えば、反対同盟と控訴人側との間に実力による衝突が確実に発生するものと予測されたのである。

2  同2について。

被控訴人は、被控訴人区役所において反対住民と控訴人との間に行われた昭和四八年四月から五月にかけての六回にわたる話合い、同年一〇月から一二月にかけての五回にわたる話合いをあつ旋したほかにも、その担当職員が反対住民、控訴人側担当者と何回も会い、両者間の紛争を早期かつ円満に解決するよう説得を重ねた。特に、東京都における話合いが終了してからは、被控訴人は反対同盟に働きかけ、再度話合いの機会を設定すべく、同年一〇月五、六日頃反対同盟の主要メンバーと会合をもち、本件認定を早期になすため、紛争解決に向けて強力な説得を行つた。したがつて、被控訴人が単に場所的便宜を与えたにすぎないとか、紛争解決のために積極的に努力した事実がないとする控訴人の非難は失当である。

3  同3について。

前項記載の昭和四八年一〇月五、六日頃の会合に際し、反対同盟ははじめて弁護士を同道し、席上弁護士から反対住民側に対し、認定がなされた場合、実力により本件各車両の通行を阻止するよりも別に法的措置をとつてはどうかとの勧告があり、また東京都のあつ旋案に対し反対同盟の構成員の中にはこれを受諾しようとする者の相当数いたことなどに照らし、紛争の長期化ともあいまつて、反対同盟の実力行使に対する考え方は相当変化していることが判明した。そして、同月一五日の話合いにおいて。控訴人と反対住民とが原判決事実摘示第二、八、1(四)主張のとおりの合意に達し、被控訴人としては、もはや両者間の実力による衝突により交通安全上支障をきたすおそれは解消したものと判断し、本件認定をしたものであつて、控訴人の主張は失当である。

二  証拠関係(省略)

理由

一  当裁判所も、控訴人の本訴請求は失当として棄却すべきものと判断するものであつて、その理由は、次のとおり補正・附加するほかは、原判決の理由説示と同一であるから、これをここに引用する。

1  原判決二五枚目表七行目に「一〇四条」とあるのを「一〇三条」と、同二六枚目表九、一〇行目に「一〇一条」とあるのを「一〇三条」とそれぞれ改める。

2  原判決三〇枚目裏八行目に「及び」とあるのを「、甲第一六、一七号証、乙第五号証、」と改め、同一一行目に「一ないし三」とある次に「、当審証人斉藤慶一の証言により昭和四八年五月頃伊藤徳治及び樋口武が本件区道等に沿つて設置された看板を撮影した写真であることが認められる乙第六号証の一ないし九及び同証人の証言により成立の認められる乙第七号証」と加え、同三一枚目表一行目に「同斉藤慶一」とあるのを「原審及び当審証人斉藤慶一、当審証人山崎孝一」と改める。

3  原判決三二枚目裏七行目に「要求した。」とある次に「本件建物については、既に昭和四七年一二月一日東京都建築主事により建築確認がなされ、昭和四八年一月には杭打ち工事が開始されていたが、当時東京都全般にわたり用途地域・地区の改定が行われる予定となつており、中野区においても昭和四七年九月末の区報によりその第二次素案が公表され、これによれば、本件建物建築予定地は第一種住居専用地域(建築物の高さは一〇メートルに制限される。)・第一種高度地区に指定されることが見込まれていたところから、反対同盟の右要求は本件建物を近く予定される右改定後の高さ、容積率等の基準に適合させるよう求めるものであつた。」と、同一〇、一一行目に「約一五〇名位」とある次に「、右両会はその主要メンバーが反対同盟の構成員となつていた。」とそれぞれ加える。

4  原判決三五枚目裏一〇行目に「異議申立をした。」とある次に「次いで、控訴人は同月一一日東京都建築主事に対し、当初計画の八階建を六階建に変更する旨の届出をした。」と加え、同三六枚目表一、二行目に「留保を継続する旨原告に通知した。」とあるのを「同月二九日右異議申立人である東和鉄筋及び丸石運輸に対し、前記一判示のとおりの通知をした。」と、同四、五行目に「両者は、」とあるのを「まず、同年一〇月五、六日頃反対住民の代表がはじめて弁護士を同道して被控訴人区役所を訪れた。その席上、弁護士から反対住民側に対し、認定がなされ工事が再開された場合、実力による阻止よりも別に法的措置をとつた方がよいのではないかとの発言があり、また、それまで控訴人との話合いの再開を拒んでいた反対住民側から被控訴人に対し、そのあつ旋の依頼もなされ、被控訴人としては、紛争開始以来相当時間が経過したことや、それまでの控訴人との話合いの積重ねによつて、円満解決の合意にはなお遠いものの、反対住民側の実力行使に対する考え方には若干変化が生じつつあるとの感触を得た。もとより、当時被控訴人としても、東和鉄筋等から同月三日再度前同旨の異議申立てがなされていたこともあつて、できるだけ早期に認定手続をしなければならないとの認識に立つていたところ、反対住民と控訴人は、」とそれぞれ改める。

5  原判決三六枚目裏一行目に「反対住民から」とあるのを「反対住民を代表する立場にあつた斉藤慶一から同年一二月」と改め、同四行目に「和解」とある次に「(その骨子は、斉藤ら反対住民において本件建物(六階建)の建築確認に対する不服審査請求を取下げ、これと引換えに控訴人は反対同盟の代表者である斉藤に対し、日照被害その他一切の損害に対する見舞金として金一五〇万円を支払うというもの)」と加える。

6  原判決三八枚目裏五行目に「場合には、」とある次に「いわゆる流血の事態にまで発展するか否かはともかくとして、」と、同七行目に「いうべきである。」とある次に「控訴人は、当審における主張1において、右に認定したところとは異り、反対住民と控訴人側との間に実力による衝突が生じる危険は存在しなかつたと主張し、原審及び当審における控訴人代表者の供述中にはこれにそう部分があるが、右供述部分は、原審証人築茂祐司、原審及び当審証人斉藤慶一の各証言に照らしてにわかに採用し難く、当審証人山崎孝一の証言も右認定を左右するには足りず、他にこれを左右するに足りる証拠はない。」とそれぞれ加える。

7  原判決四〇枚目裏五行目に「理由はない。」とある次に「また、控訴人は、当審における主張2において、被控訴人は反対住民と控訴人との話合いに単に場所的便宜を与えたにすぎず、右両者間の紛争の解決のために積極的に努力した事実はないなどとして、被控訴人の態度を非難し、被控訴人において自らの責務を十分に果たした上で、最後の方法としてやむなく本件認定を留保したという事情がない以上、右留係の違法性は阻却されないとも主張する。しかしながら、被控訴人が事態の円満解決に向けて種々努力を重ねてきたことは先に認定したとおりであり、なるほど原審証人金沢守和、同高坂幸雄、同築茂祐司、原審及び当審証人斉藤慶一の各証言並びに原審及び当審における控訴人代表者本人尋問の結果によれば、被控訴人区役所において行われた反対住民と控訴人との話合いには、被控訴人側からは担当課長以下の者の出席しかなく、右話合いの席上その他の機会に被控訴人から積極的にあつ旋案を提示することはなかつたことが認められ、控訴人がこれらの点を不満とすることも理解できないわけではないけれども、本件における反対住民と控訴人間の紛争は建物の規模、階数等に関するものであつて、建築確認と密接な関連を有するものであつたといえるところ、右確認はその権限を有する東京都建築主事によつて既になされており、これに関し何らの権限もない被控訴人としては、紛争解決の実質的な内容については紛争当事者の自主的な話合いに委ねる態度に出ることも無理からぬ面があつたといえるし、また、東京都におけるあつ旋前の段階についていえば、原審における証人斉藤慶一及び控訴人代表者本人の各供述によると、当時の状況は双方の主張に大きな開きがあり、未だ歩み寄りの空気もなかつたことが認められることなどをあわせ考えるならば、右認定の控訴人が不満とする点をもつて、被控訴人の前記紛争に対する対処の仕方ないし紛争解決に向けての態度をことさらに非難することは当を得ないものというべく、控訴人の前記主張によつては、被控訴人の認定留保の措置がその違法性を阻却されるとの前記判断は何ら左右されない。更に、控訴人が当審における主張4として主張するところは、上来説示したところに照らすと、右違法性阻却の判断を左右する論拠とは到底なりえないというほかない。」と加える。

8  原判決四一枚目裏三行目の「原告の」から同四行目末尾までを「本件認定が遅れたことによるというよりは、控訴人の希望するところではなかつたにせよ、控訴人自身の自主的な情勢判断による工事中止に基づくものであつたとみる余地がある。」と、同一〇、一一行目に「留保したことは、右工事の遅延と何ら因果関係を有しない」とあるのを「留保したことと右工事の遅延との間にたやすく因果関係を肯定することはできない」とそれぞれ改め、同一一行目に「なお、」とある次に「原審及び当審における」と加え、同四二枚目表九行目の「難く、」から同一〇行目末尾までを「困難であり、右供述部分をもつて、前記因果関係を肯定することはできず、他にこれを肯定するに足りる証拠はない。」と改める。

二  そうすると、原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

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