東京高等裁判所 昭和53年(ネ)1626号 判決 1984年5月31日
控訴人 近藤栄一
<ほか二名>
右控訴人三名訴訟代理人弁護士 高橋正雄
相馬功
長谷川拓男
被控訴人 株式会社 朝日新聞社
右代表者代表取締役 渡辺誠毅
右訴訟代理人弁護士 久保恭孝
被控訴人 株式会社 朝日広告社
右代表者代表取締役 中島隆之
右訴訟代理人弁護士 酒井什
同 坂巻国男
同 野口忠
被控訴人 株式会社 日本経済新聞社
右代表者代表取締役 大軒順三
右訴訟代理人弁護士 小林健男
被控訴人 株式会社 日本経済広告社
右代表者代表取締役 丹羽美信
右訴訟代理人弁護士 村中清市
右復代理人弁護士 秋元修二
主文
本件控訴をいずれも棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
一 当事者の申立
1 控訴人ら訴訟代理人は、次の判決を求めた。
(一) 原判決を取消す。
(二) 被控訴人朝日新聞社及び同朝日広告社は各自、控訴人近藤栄一に対し、金一四六万二五〇〇円及びこれに対する昭和四五年一月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
(三) 被控訴人日本経済新聞社及び同日本経済広告社は各自、控訴人佐々木慶三郎に対し、金二七六万九〇〇〇円及びこれに対する昭和四四年八月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
(四) 被控訴人四社は各自、控訴人本田正に対し、金六五万円及びこれに対する昭和四四年九月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
(五) 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
(六) 仮執行の宣言
2 各被控訴人らの訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めた。
二 当事者の主張
当事者双方の事実上の主張は、次のように附加、補正するほか、原判決事実摘示(原判決添付の別表一から三まで及び広告目録を含む。)記載のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決四丁裏九行目の「及び株式会社毎日新聞社」を削り、同一〇行目の「債務不履行責任」を「情報提供契約に基づく債務不履行責任」と、同五丁表一行目の「原告打本愛子、同近藤栄一」を「控訴人近藤栄一」とそれぞれ改め、同四行目から六行目の「、また原告福田悦子は、被告毎日新聞社の発行にかかる毎日新聞を」を削る。
2 同五丁裏一〇行目の次に、行を替えて、次のように加える。
「ところで、(イ) 消費者は特定商品の獲得に強い個人的興味、関心を示し、その魅力的な広告は消費者の購買意欲を増大昂揚させるものであるところ、新聞購買者は掲載された広告を読むことにより、当該商品が広告のとおりに将来供与されるものとして判断の資料にする傾向がある(特定商品広告に内在する性質)、(ロ) 広告は、コミニケーションの大量的現象としての特質を有しているのみならず、現代の大衆社会の状況下においては、被控訴人各新聞社発行の新聞のような社会的評価の高い一流紙に掲載されることにより、信じ易い消費者に対しては、広告主の経済的信用を高めるとともに広告商品の価値が保証された感を与える効果があり、その結果、その商品について広告に示された結果が期待できるかのような情報が一方的に流されることになる(新聞紙に内在する性質)、(ハ) 広告は商品の販売促進の手段として、消費者の購買心理を十分に計算した上で行われるのであるが、消費者保護の要請から、広告主のみならず、新聞社等の媒体も、そのようなマーケティングに関与しているのであるから、広告につき一定の責任をもたせるべきである(消費者保護の要請)、(ニ) よって、新聞社は、情報提供者として、新聞紙に掲載された広告につき黙示の保証をしたものと解され、また、購読者に対して惹起させた信頼につきいわゆる契約締結上の過失責任と同様の責任を負うものと解される。」
3 同九丁表九行目冒頭の「(1)」の次に「(予備的請求原因その一)」を加え、同一一丁表三行目から同裏七行目までを、次のように改める。
「ニ 不当景品類及び不当表示防止法(昭和三七年法律第一三四号)(以下、「景品法」という。)第一〇条に基づき、公正取引委員会は宅地建物取引業者らが締結した「宅地建物取引の表示に関する公正競争規約」(以下「本件公正競争規約」という。)を同法条に適合するものとして認定し、告示しているが(昭和三八年六月二一日公正取引委員会告示第二〇号)、右の認定、告示を経たことのほか、建設省計画局長の東京都知事宛昭和四六年一二月一四日付通達(建設省宅政発一八三号)でも、宅地建物取引業者につきこの種公正競争規約の設定を積極的に促進すべき旨通知されていること、その作成経過及び公正取引委員会による認定、告示の手続(公聴会が開催される等)等によると、右規約はすでに法規範であるということができる。そして、右公正競争規約は、宅地建物取引業者らのみならず、これらと密接な営業取引上の関係を有している広告を取扱う業者ら(新聞社や広告社を含む。)をも規制する法規範であり、右規約第二条第二〇号において、「建築工事の『完了』を意味する文言については、その住宅に直ちに居住することができるという意味で用いること。その他の場合においては当該工事の完了予定時期を明らかに示すこと。」とされているのであるが、これは新聞社に対しても、その発行する新聞に建築工事の完了に関かわる広告を掲載するに当たっては、一般消費者保護のために、当該広告に示されている完了時期にその建物の竣工及び引渡が可能か否かについて調査し、それに違反する場合にはその広告の掲載を拒否ないし留保すべきものとして、公的な次元において法規範としてその遵守を義務づけているものである。」
4 同一三丁裏六行目冒頭の「(2)」の次に「(予備的請求原因その二)」を加え、同一六丁裏四行目の「及び同株式会社毎日広告社」を削り、同七行目冒頭の「(1)」の下に「(主位的請求原因」を、同一七丁表九行目冒頭の「(2)」の下に「(予備的請求原因)」をそれぞれ加える。
5 同一八丁裏九行目の「、(一)原告打本愛子は」から同一九丁表二行目の「昭和四四年八月二六日から」までを削り、同三行目の「(二)」を「(一)」に、同八行目の「(三)」を「(二)」に、同裏二行目の「(四)」を「(三)」にそれぞれ改め、同八行目の「、(五)原告福田悦子は」から同二〇丁表二行目の「から」までを削る。
三 証拠関係《省略》
理由
一 本件各広告の掲載と控訴人らの損失(各請求原因共通)について
1 (イ) 被控訴人朝日新聞社がその発行する日刊紙朝日新聞紙上に、昭和四四年八月一五日訴外日本コーポ株式会社の「コーポ日吉台」に関する原判決広告目録四の広告を、同年一〇月一一日同じく「コーポ向ヶ丘」に関する同目録二の広告をそれぞれ掲載し、同朝日広告社が右各掲載に関与し、その広告版下を搬入したことは、控訴人近藤栄一及び同本田正と右各被控訴人との間で争いがなく、(ロ) 被控訴人日本経済新聞社がその発行する日本経済新聞紙上に同年六月二一日同じく「コーポ日吉台」に関する同目録三の広告を、同年八月一五日同じく「コーポ日吉台」に関する同目録五の広告をそれぞれ掲載し、同日本経済広告社が右各掲載に関与し、その広告版下を搬入したことは、控訴人佐々木慶三郎及び同本田正と右各控訴人との間で争いがない。
2 《証拠省略》によると、本件各広告はいずれも訴外日本コーポが広告主としてしたもので、同社が建設を予定し又は建設中のいわゆる青田売りのマンションの分譲販売に関するものであること、控訴人近藤は購買している朝日新聞紙により原判決目録二の広告を見て、右「コーポ向ヶ丘」が売り出されることを知り、その頃日本コーポとの間で右マンションの一室を買受ける契約を締結し、昭和四四年一〇月二七日から昭和四五年一月二九日までの間に右買入代金(内金)名下に計金二五五万円を日本コーポに支払ったこと、同佐々木は勤務先の会社で購入している日本経済新聞紙により同目録三の広告を見たほか、その頃朝日新聞、毎日新聞、読売新聞に掲載された日本コーポの同種広告を見て、右「コーポ日吉台」が売り出されることを知り、その頃日本コーポとの間で右マンションの一室を買受ける契約を締結し、その買入代金(内金)名下に計金四二六万円を支払ったこと、同本田正は購買している右朝日新聞紙及び日本経済新聞紙により同目録四及び五の各広告を見て、右「コーポ日吉台」が売り出されることを知り、その頃日本コーポとの間で右マンションの一室の持分権を買受ける契約を締結し、右買入代金(内金)名下に金一〇〇万円を支払ったこと、しかるに右「コーポ向ヶ丘」及び「コーポ日吉台」とも建設されないまま、訴外日本コーポは昭和四六年一月二〇日破産し(右破産の点は当事者間に争いがない。)、控訴人らはいずれも日本コーポから右買入れたマンションの室の引渡しを受けることも、右右支払った代金の返還を受けることもできないで今日に至っていること(もっとも、控訴人らは日本コーポの債権者団体の関係筋から若干の損失の補填を得ている。)が、それぞれ認められる。
二 被控訴人各新聞社に対する契約に基づく損害賠償請求(主位的請求原因)(原判決事実摘示第二、一、1)について
1 控訴人らは、新聞の購買者(定期購買者のみならずいわゆる店頭買いをした者を含む。以下同じ。)とその新聞を発行する新聞社との間にはそれぞれ「情報提供契約」が締結されており、この契約に基づいて、新聞社は購買者に対し瑕疵のない情報を提供すべき義務を負っており、本件各広告のようなマンションのいわゆる青田売りの広告については、広告内容である建物竣工及び引渡しが実現されることを調査、確認した上でこれを掲載する義務を負担しているのに、被控訴人各新聞社は本件各広告を掲載するに当たり右調査、確認を怠った旨主張するので検討する。
2 新聞社が製作発行する新聞は、定期購買では販売店を通じて、店頭買いでは売店を通じて売買されるのであるから、購買者に対する新聞の売主は販売店又は売店であり、購買者と新聞社との間に売買契約はない(当事者間に争いがない。)。
しかし、①販売店や売店は、新聞社が製作する新聞になんらの加工をすることもなく、これをそのまま購買者に売渡すのであり、②購買者も、そのことを知り、販売店や売店の信用、能力、個性等に依拠して新聞を買うことはなく、専ら製作発行する新聞社のそれらを信頼してこれを買うのであり、③新聞社も①②のことを十分知り、予期しながら、その製作発行する新聞を流通におくのであって、これらの事実に鑑みると、控訴人ら主張のように新聞社と購買者との間に情報提供契約があるといえるか否かは別として、少なくとも、新聞社は、販売店又は売店から新聞を買い受ける購買者に対し、新聞記事内容の真実性等その商品価値について担保ないし保証する意思を有し、購買者もこれを前提として買い受けているものであり、新聞社と購買者との間には、有形商品の品質保証と同様の広義の担保契約が黙示的に成立しており、新聞記事の瑕疵により損害を受けた購買者は新聞社に対し契約上の責任を追及しうると解される。
3 ところで、新聞記事には、新聞社自身の作成する報道、論評のほか、第三者名義の、寄稿文、広告等があるのであるが、右2のようにいう余地があるのは、前者に限られると解される。これを広告についてみると、広告は新聞社の掲載という行為によって実現するのであるが、広告自体は広告主がその名と責任においてしているのであり、新聞社は単に広告主に対して広告のための紙面を提供しているにすぎないというべきである。もっとも、一流紙に広告が掲載されたときには、そのために広告内容や広告主の信用性が高かまることがあるのであるから、そのような広告の場を提供する者として新聞社は購読者に対し広告内容や広告主の信頼性について担保しているとか担保すべきであると考えられないでもないが、《証拠省略》によって認められる厖大な広告を極めて短時間に掲載している新聞広告の実情、前述のように広告主が明らかにされていること、更に新聞広告は可能なかぎり広告主に自由にさせることが望ましい一面があること等を考え合わせると、新聞社は広告を掲載することによって広告内容、広告主の信頼性を現に担保しているとか担保すべきであるとはいえないのである。
以上みてきたところによると、新聞社は、購読者との間で、少なくとも第三者名義の新聞広告については、その信頼性を担保するようななんらかの契約を締結しているとみることは無理であるといわなければならない。
そして、《証拠省略》によると、本件広告は、広告主である日本コーポの名、住所、電話番号が明示され、同社がその名において、建設しようとする分譲マンションの買受け申込の誘引をしていることは明白であるから、本件広告につき被控訴人各新聞社の契約責任はないといわざるをえない。
4 よって、被控訴人各新聞社と控訴人らとの間に、新聞広告の内容について、控訴人ら主張のような「情報提供契約」が締結されていることを前提とする控訴人らの被控訴人各新聞社に対する主位的請求は、理由がない。
三 各被控訴人らに対する不法行為に基づく損害賠償請求(被控訴人各新聞社に対する予備的請求原因並びに被控訴人各広告社に対する主位的請求原因及び予備的請求原因)(原判決事実摘示第二、一、2から4まで)について
1 控訴人らの主張は、要旨次のとおりである。すなわち、被控訴人各新聞社は、その発行する新聞が不特定かつ広範な読者に対する強い影響力をもつなど一流新聞紙としての社会的機能を有し、広告掲載により多大の営業利益を挙げていること等に鑑み、本件広告のようないわゆるマンションの青田売りの広告を掲載する場合には、広告主である建設業者にその建物の竣工、引渡能力が十分あるか否かを調査し、もし広告主が広告内容を最終的に実現することができないおそれがあるときには、その掲載を拒否又は保留して広告の読者の損害を未然に防止すべき注意義務がある(被控訴人各新聞社に対する予備的請求原因、その一)。また、被控訴人各広告社も、新聞広告の果たす社会的機能に鑑み、広告内容の真実性(本件広告にあっては、建物竣工、引渡しの実現可能性)についても詳細かつ正確な情報を得て、取次ぎを依頼された広告の版下を新聞社に搬入する場合には、広告の読者に不測の損害、不利益を与えるおそれがあるか否かを調査し、もしそのおそれがある場合には取次ぎを拒否し又は保留して右損害の発生を未然に防止すべき注意義務がある(被控訴人各広告社に対する主位的請求原因)。仮に、被控訴人四社に右のような一般的調査、確認義務のあることが認められないとしても、本件広告については、広告主である日本コーポの信用、能力については特別の事情があり(原判決事実摘示第二、一2(一)(2)のイからルまで)、広告掲載時点においてすでに日本コーポに広告に係る建物の竣工、引渡能力がなかったことが明白であったから、被控訴人各新聞社及び各広告社には、その掲載又は掲載の取次等を拒否又は保留すべきであった(被控訴人各新聞社に対する予備的請求原因その二、同各広告社に対する予備的請求原因)。しかるに、被控訴人四社には、右のような各義務を怠り、本件青田売りの分譲マンションの広告を掲載し又はその版下を搬入して広告を掲載させた違法がある。
2(一) 新聞広告が新聞社の掲載ないし広告社の関与により始めて実現されるものであること、新聞社等に広告の掲載又は版下の搬入を拒否したり保留したりする権利があること(原判決事実摘示第二、一2(一)(1)へ関係)、新聞(ことに一流新聞)の読者が多数、広範、不特定であること(同イ関係)、及び新聞社が広告により多大の営業収益を挙げていること(同チ関係)等はいずれも控訴人ら主張のとおりであるが、それらのことから直ちに新聞社らに控訴人ら主張のような法的義務が生ずるとはいえないのであり、むしろ新聞広告は、広告主がその名において行うものであることは前説示のとおりであり、広告主はその責を負うべきであるところ、通常広告主は広告内容を実現する意思と能力を有しているのであって、これがないのにその広告の掲載を依頼するようなことは、異例のことであって、新聞社、広告社等広告媒体側の一般的調査を相当とする程多くはないのであるし、元来広告は取引について一つの情報を提供するにすぎず、後記説示のように(本項(1)及び四)、読者が広告を見たことと広告に係る取引をすることとの間には必然性があるということもできない(ことに不動産が目的の場合)のであるから、広告掲載に当たり広告内容の真実性(マンションの青田売りの場合には、広告主の竣工、引渡能力を含む。)を予じめ十分に調査、確認した上でなければその掲載をしてはならないとする一般的な法的義務が新聞社等にあるということはできない。
この点につき、控訴人らは、新聞社等に右のような義務のあることの論拠として、いくつかの点を挙げているので(原判決事実摘示、第二、一2(一)(1)イからリまで)、検討する。
(1) 被控訴人各新聞社の広告の影響力は測り知れない程大きく、広告商品に関する情報を独占的、一方的に提供するものであるから、買手に売主の選択した広告内容である情報のみによって意思を決定せざるを得ない危険を負担させる、また、被控訴人各新聞社は新聞広告の掲載により広告商品の流通過程にも関与し、支配しているとの主張(右イ、ロ、リ)については、一流紙に掲載された広告は読者が広範、多数にわたるためその広告効果に大なるものがあることは認められるとしても、更に控訴人ら主張のように新聞広告が広告商品についての唯一の情報源となる危険性があるとか、それにより広告が商品の流通過程を支配することになることなどを認めるに足りる証拠はない。かえって、今日では、一般に商品(ことに高度技術によるもの)に関する知識、情報が売手側に独占されている状況にあることは否定し難いにしても、本来、買手側もまた目的物に関し売手側から納得のいく情報の提供を受けない限り、その商品の購入をしない自由を有しているのであり、更に、新聞広告を見た者がその広告文中に顕れた情報のみに依拠して取引することはむしろ少なく、ことに不動産取引については、買手も広告のみに依拠して取引することは稀れであって、広告とは別個に直接広告主(売手側)から詳しい資料の提供を受けたり、現地、実物の見分も行い、具体的な取引条件についても折衝したりした上取引するのが通例であると認められる(この認定に反する証拠はない。なお、本件控訴人の場合については、後記四)のであり、広告に控訴人主張のような強大、必然的な影響力があるとまではいえない。
(2) 読者が新聞広告に寄せる信頼度がマスメディアの中で最高であるが故に、その信頼は新聞社の責任と負担において維持されなければならないとの主張(同ハ)については、新聞広告が他の各種媒体による広告よりも受取手に信頼を与える度合が高いとしても、そのことから必ずしも控訴人ら主張のような新聞社らの法的義務があるということはできない。
(3) 建物の建設に関する広告について公的な規制が存在する、被控訴人各新聞社が自ら広告の特質を認識して「新聞広告倫理綱領」を定めている等の主張(同ニ、ホ、ヘ)については、当裁判所もまた、新聞社等が広告掲載に関して自主的に倫理規範を定めている点は別として、広告一般ないし不動産に関する広告の掲載に関し新聞社や広告社に広告主の履行能力等の調査をすることを求めた公的な法規範はなかったと判断するものであって、その理由は以下のように訂正を加えるほか原判決理由第六項の記載と同一であるから、これを引用する。
(イ) 《証拠訂正・付加省略》
(ロ) 原判決三七丁表一行目、二行目の「但し、被告毎日新聞社掲載の広告以外の広告については、」を削り、同六行目の「業者が締結した」を「業者団体が設定した」と改める。
(ハ) 同三七丁裏一行目の「次に」から二行目の「後に述べるとおり」までを、「次に、《証拠省略》によると、被控訴人各新聞社も加盟する日本新聞協会は昭和三三年一〇月に「新聞広告は、虚偽誇大な表現により、読者に不利益を与えるものであってはならない。」(第四項)等の標目を掲げた「新聞広告倫理綱領を定め、昭和四一年一〇月にはその具体的細目として、「虚偽や誇大など表現が事実と異なるもの」(第一六項)は掲載を拒否し又は保留する等を掲げた「新聞倫理綱領細則」を定め、さらに被控訴人各新聞社とも本件各広告当時独自に社内の広告審査基準を設けていたことが認められるが、これらは、その制定主体からしても」と改める。
(ニ) 同三八丁表末行の「以後の措置である)。」に、続けて「もとより、新聞社やその団体が自から広告掲載についてよるべき基準を設け、遺憾な事態が起きる原因の一とならないように努めることは極めて望ましいことである。しかし、本件各広告の掲載につき被控訴人各新聞社に法的義務違背があるか否かを判断するに当たっては、当時被控訴人各新聞社に綱領、細則の目的に添った審査態勢が現実にできていたか、綱領、細則は新聞社に広告主の信用調査を実施することまでも求めているのかどうかにかかわりなく、右綱領、細則等によることはできない。」を加える。
(4) 被控訴人各新聞社発行の新聞は我国における超一流紙であって、読者からは広告商品はその広告のとおり入手することができ、品質等も予期どおりのものであることを保証するものと受けとられているとの主張(同ト)については、被控訴人各新聞社発行の新聞記事についてはともかくとして、第三者名義の広告につき読者が所論のような保証がなされていると解していることについては、その証明がないといわなければならない。
(5) 被控訴人各新聞社が広告を掲載することにより多大の営業利益を得ているとの主張(同チ)については、その広告収入の多大なことはこれを容易に推認することができるものの、広告掲載による収入は広告主から得ているのであって、購読料のように読者の側から得られるものではないから(《証拠省略》によれば、広告収入はかえって購読料を低廉ならしめる作用があることが認められる。)、これをもって広告掲載について新聞社が読者に対して法的義務を負う根拠の一とはなし難い。
(二) 新聞社等に前記の一般的調査、確認義務がないとしても、広告が掲載行為によって始めて実現されることによれば、新聞社等において、広告掲載時に広告内容が広告主に意思、能力等がないため実現できず、そのため広告を信頼して広告商品を取引する読者らに不測の損害を及ぼすおそれがあることを予見しながら又は容易に予見しえたのに、敢えてこれを掲載した等特別の事情のある場合(例えばその広告の掲載により新聞社等が広告の詐欺行為に手をかすことになる場合)には、新聞社等が読者に対して不法行為上の法的責任を負うべきであると解される。
本件において控訴人らは右のような特別の事情があるとして原判決事実摘示第二、一2(一)(2)のイからルまでの事実を主張するが、当裁判所もまた本件各広告掲載時において広告主日本コーポが当該建物を竣工しないことについて被控訴人新聞社等がこれを予見していたとか容易に予見しえたとは認められないと判断するものであって、その理由は次のように補正を加えるほか、原判決四六丁裏四行目から五〇丁表一行目までの記載と同一であるから、これを引用する。
(1) 原判決四六丁裏四行目の「第六」の次に、「、第七」を、同五行目の「第一二」の次に「、第一三」を、同六行目の「第四九」の次に「、第五〇」を、それぞれ加える。
(2) 同四七丁表二行目の「過去数年間」を、「昭和三七年から四五年までの間」と改める。
(3) 同四九丁表八行目の「反証は存しない。」を「、右事実に照らすと、本件各広告掲載の時広告内容が実現されないため、読者に損害の生ずることを被控訴人らにおいて予見していたとか容易に予見しえたということはできないのであり、反証はない。当時被控訴人らが予見し又は容易に予見しえた事情として控訴人らが主張するもののうち、右認定事実に添わないものは、これを認めることができない。」と改める。
(4) 同裏二行目の「、他方」から八行目の「考慮してみても」までを削り、同九行目の「掲載した」を「掲載し、同各広告社がその取次に関与した」と、同一〇行目の「日本コーポないしその広告内容の真実性」を「日本コーポによる本件各広告に添う建物の竣工、引渡し」と、同末行の「事情があった」を「事情があったことを被控訴人らが知っていた」とそれぞれ改める。
3 そうすると、その余の点を検討するまでもなく、控訴人らによる、被控訴人らの右一般的調査、確認義務違反あるいは特段の事情による調査、確認義務違反を原因とする、不法行為に基づく損害賠償請求もまた失当である。
四 因果関係についての附言
本件各広告は、広告主日本コーポが不動産(分譲マンション)の買入申込みの誘引行為をしているものであるところ、一般にこのような広告にあっては、広告を見て買主となろうとする者の具体的な権利義務は、広告主との間で個別に締結される契約に基づいて生ずるものである(広告文自体によるのではない。)。そして、広告物件は、たまたまその広告を見た者にとっても他の経路で聞知した者にとっても、広い取捨選択の対象の一であるにすぎず、広告主と取引をしようとする者は、広告主との間の交渉を通じて、直接に所要事項を聴取し、資料の提出を求め、不動産であれば現地を見る等の調査をし、代金額、支払方法その他の具体的な取引条件を煮詰め(広告記載とは異なる条件の設定も可能である。)、もとよりその間に広告主(契約の相手方)の契約履行の意思能力にいささかでも疑いを持てば契約をしないことができるのであり、他方、広告媒体である新聞社等が広告を見た者と広告主との間の交渉、契約に関与することは全くないのである。すなわち、広告を見た者が広告商品を取引するについては、実際上、広告が機縁とはなるが、必ずしも決定的な役割をしているとまでいえないことが多いということができる。本件においても、前掲各控訴人本人尋問の結果によれば、各控訴人は、それぞれ当該の本件広告を見た後、自から日本コーポの営業所に赴き、その営業担当職員から個々に説明を受けるなどして(控訴人近藤は現地を見た。同佐々木は日本コーポのオーナーないし社長といわれた武藤真悟にも会った。)交渉の上、具体的な購入物件、所有権か持分権か、支払条件等を確定して、それぞれの購入契約を締結し、その契約に基づいてそれぞれ代金(内金)を日本コーポに支払ったことが認められるのである。
したがって、本件各広告の掲載につき被控訴人らにもし何らか法的責任につながるような落度があったとしても、広告掲載と控訴人らの主張する損害(日本コーポの建物竣工、引渡不履行ないし代金返還不履行)との間に法律上の相当因果関係を認めることもまたできないといわざるをえない。控訴人らは、いわゆる被控訴人ら各新聞社が発行するような一流新聞紙に掲載された広告には極めて強大な影響力があると主張するが、右因果関係に関する判断を左右する程のものである点についての証明はない。よって、控訴人らの被控訴人らに対する本件各請求は、この点からも理由がないといわなければならない。
五 結論
以上の次第で、控訴人らの本訴各請求は、いずれも失当であって、これらを棄却した原判決は正当である。よって、本件各控訴は理由がないから、いずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田尾桃二 裁判官内田恒久、同藤浦照生は転補につき署名押印することができない。裁判長裁判官 田尾桃二)