東京高等裁判所 昭和53年(ネ)1656号 判決 1979年8月29日
控訴人
原トキ
被控訴人
興和商事株式会社
右代表者
山中國男
右訴訟代理人
阿部一男
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
一 控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し、金一八七一万五二〇〇円及び内金一七〇一万五二〇〇円に対する昭和四九年一月三一日より、内金一七〇万円に対する本判決言渡の日より各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
二 当事者双方の事実上・法律上の主張及び証拠の関係は、控訴人において、左記1のとおり主張を附加し、<証拠関係略>原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。
1 控訴人の主張
仮に、控訴人が、被控訴人の昭和四六年一月四日付け金四六一万円の追証拠金請求に対し、その預託を拒絶するとともに、被控訴人に対し、右同日現在の全買建玉を手仕舞うよう申し入れた事実が認められないとしても、被控訴人は、右追証拠金請求にあたり「尚期限(同月五日正午)までに御預託なき節は、受託契約準則の定めるところにより以後当社において適宜に建玉を手仕舞させて頂きます。」との記載のある請求書を控訴人に送付し、これに対し、控訴人は右期限までに右追証拠金を預託しなかつたのであるから、被控訴人としては遅滞なく控訴人の買建玉を手仕舞うべきであつた。特に、当時乾繭相場は日毎に暴落し、手仕舞が遅れれば遅れるほど委託者である控訴人の損失が増大する一方であることは、商品取引の専門業者である被控訴人にとつては火を見るよりも明らかであつたのであるから、受託者である被控訴人としては、信義則に照らしても、漫然と追証拠金の請求及び取立てに終始するのではなく、控訴人の損失の増大を未然に防止すべく、速やかに手仕舞すべきであつたというべきである。
また、委託証拠金は受託者たる商品取引員の委託者に対する債権担保の性格を有するものであり、前橋乾繭取引所の定める受託契約準則八条三項によれば、追証拠金は預託事由の生じた日の翌営業日正午までに預託すべきものとされ、同一三条一項は、所定の日時までに委託証拠金(追証拠金を含む)の預託がなされないときは、商品取引員は当該委託を受けた売買取引の全部又は一部を委託者の計算において処分することができる旨規定しているところ、右一三条一項の規定は、単に商品取引員の利益保護のためにこれに建玉処分権限のみを附与したものと解すべきではなく、本件におけるように相場の暴落等による委託者の損失の増大が明らかであるような場合の委託者の利益保護のために商品取引員の建玉処分義務をも規定したものと解すべきである。したがつて、被控訴人としては、本件乾繭一三五枚の建玉を維持することが特に控訴人のために利益であると判断されるような特段の事情がない限り、前記準則一三条一項に基づき前記一月五日の後場以降においてできる限り速やかに右建玉を処分すべきであつたといわなければならない。
2 被控訴代理人の主張
控訴人の右1の主張は争う。追証拠金預託の請求は商品取引員の権利であつて義務ではなく、商品取引員は委託者が所定の日時に追証拠金を預託しなかつた場合に、右日時の経過とともに委託建玉を処分する義務を負うものではない。また、本件の場合、被控訴人は、本件追証拠金請求に対し控訴人から数日中に預託するから待つてもらいたいという申出があつたので、従来の取引の経過に鑑み、準則一三条一項による手仕舞をしなかつたものであり、その後も控訴人が十分とはいえないまでも逐次追証拠金を預託し、手仕舞をしないよう求めたので、寛大な処置をもつて建玉維持を承認してきた次第であるから、控訴人の右主張は失当である。
理由
一当裁判所も、控訴人の本訴請求はすべて理由がなく、これを棄却すべきものと判断するものであつて、その理由は、次のとおり補正・附加するほかは、原判決の理由説示と同一であるから、これをここに引用する。
1 原判決一八枚目裏一行目に「二〇日」とあるのを「三〇日」と、同二一枚目裏一〇、一一行目に「四月六日」とあるのを「五月九日」と各改め、同二二枚目表四行目の「原告は」から同九、一〇行目の「支払つた旨」までを「昭和四四年一一月二六日の東京穀物商品取引所の小豆取引に関して控訴人に損金一四万一八〇〇円が発生したところ、被控訴人は控訴人から預託を受けていた訴外本田技研工業株式会社の株式一〇〇〇株を一株金二一〇円で売却して右損金に充当し、その差額をうやむやのままにした旨」と改め、同二三枚目表三行目に「九日」とあるのを「一二日」と、同二五枚目裏三、四行目に「原告の主張するような前記二重払の事実」とあるのを「控訴人の供述するような不正事実」と、同枚目裏七行目に「原告の前記二重払の主張」とあるのを「前記金一四万一八〇〇円の損金の処理ないし右株式の売却に関し被控訴人に不正行為があつたこと」と各改める。
2 原判決二五枚目裏九行目から一一行目までを次のとおり改める。
「 また、原審(第一、二回)及び当審における控訴人本人の供述中には、被控訴人が、昭和四六年一月四日までの取引期間中控訴人に生じた益金をその都度支払わず、請求をしても極く一部しか支払つてくれなかつたとして、被控訴人を非難する部分があるが、<証拠>をあわせれば、控訴人は、益金の支払について、本件準則一五条四項、九条二、三項の定めるところにより、その都度支払われることを要せず、控訴人が請求した場合に支払を受けるものとする旨の書面を被控訴人に差し出しており、右取引期間中控訴人の請求により益金の支払がなされていたこと(昭和四五年中には、少なくとも四回にわたり合計金四四八万五九〇〇円が支払われている。)、もつとも、その支払は当該請求時点における益金の全額についてなされてはいないが、残余は、引き続き商品取引の委託が継続されることを考慮して、双方合意の上、支払を留保し、逐次委託証拠金の不足分や損金に振替え充当されてきたものであつて、右現実の支払額は控訴人の了解のもとに決せられていたことが認められるのであるから、控訴人本人の前記供述部分は、これをそのまま是認することはできない。
そして、昭和四六年一月四日に至る間の控訴人・被控訴人間の委託取引関係において、他に、不正行為ないし控訴人をして被控訴人に対する不信感を抱かせても当然といえるような行為が被控訴人にあつたことを認めるに足りる証拠はない。」
3 原判決二六枚目表冒頭から同枚目裏三行目までを削除し、同枚目裏四行目に「(四)」とあるのを「(三)」と、同二八枚目裏八行目に「得ていたため、」とあるのを「得ていた(ただし、控訴人がその全額の支払を現実に受けていたわけでないことは前判示のとおりである。)、ため、」と、同三一枚目表四行目に「争いがない)、」とあるのを「争いがない。なお、右預託金のうち相当部分は、控訴人の息子原弘美が控訴人の依頼により出捐したものである。)、」と、同枚目裏九行目に「認めることはできず、」とあるのを「認めることはできず(控訴人は、被控訴人からの昭和四六年一月四日付け追証拠金請求に対し、その預託を拒絶して全建玉の手仕舞を申し入れた理由の一つとして、当時手持資金が不足していたことを挙げ、<証拠>によれば、控訴人は、前判示のとおり、昭和四五年までに被控訴人に委託して行つた商品取引により計算上相当の利益を上げてはいたが、その全部の支払を現実に受けていたわけではなく、直ちに右追証拠金請求に応じられるような手持資金を有してはいなかつたものと認められないではないけれども、当時控訴人が、東京穀物商品取引所における小豆取引において委託証拠金及び益金として合計金四九六万七一四四円を有していたことは当事者間に争いがなく、このことと前認定の右請求を受けた後の事実経過等をあわせ考えれば、控訴人が、右手持資金の不足を理由として、右追証拠金の預託を拒絶し、被控訴人に手仕舞を申し入れたとは認めがたいところである。)、」と、同三二枚目表二、三行目に「原告本人尋問の結果(第一、二回)中、」とあるのを「原審(第一、二回)及び当審における控訴人本人尋問の結果中、」と各改め、同枚目裏二行目の「第四号証の五、」と「いずれも」との間に「第五号証の四、」とそう入し、同三四枚目裏末行に「(四)」とあるのを「(三)」と、同三七枚目表六行目に「原告本人尋問の各結果は、」とあるのを「原審(第一、二回)及び当審における控訴人本人尋問の結果は、」と各改める。
4 控訴人の当審における主張について。
<証拠>によれば、被控訴人の昭和四六年一月四日付け追証拠金請求書に控訴人主張のとおり記載があること及び前橋乾繭取引所の定める受託契約準則八条三項、一三条一項に控訴人主張のとおりの規定がなされていることが認められ、控訴人が右請求書により指定された期限である同月五日正午までに請求にかかる追証拠金を預託しなかつたことは、冒頭引用の原判決認定のとおりである。しかしながら、右準則一三条一項の規定は、委託者が委託証拠金(追証拠金を含む)を預託する義務を履行しない場合に、これによつて商品取引員が損害を被ることを防止するため商品取引員に委託を受けた建玉の処分権限を附与したものであり、商品取引員にこれを処分する義務を負わせるものではないと解すべきであつて、右規定の趣旨に照らせば、本件におけるように、商品取引員が委託者に対し、一定の期限を指定して追証拠金を預託するよう催告し、あわせてその期限までに預託しないときは委託に基づく買建玉を処分する旨通知したからといつて、商品取引員は、委託者から右期限までに追証拠金の預託がなされなかつた場合に、右期限の経過した日ないしその後速やかに右建玉を処分しなければならない義務を負担するものではないと解するのが相当である。また、本件においては、前出甲第四号証及び弁論の全趣旨によれば、昭和四六年一月四日当時、乾繭相場は値下りの傾向にあつたことが認められるが、控訴人主張のように、右相場が日毎に暴落し、控訴人が建玉を維持するときはその損失が増大する一方であることが右時点において明白に見込まれ状況であつたとまでは認めるに足りる証拠がないばかりでなく、冒頭引用にかかる原判決認定のとおり、控訴人が、被控訴人から追証拠金の請求を受けるや、被控訴人に対しその預託の猶予及び建玉の維持を強く求め、遅ればせながら他の取引所における取引についての委託証拠金、益金の振替え充当や現金等をもつて、請求された追証拠金の一部を預託し続けた経過に照らせば、被控訴人が控訴人の右意向を酌んで、同年一月五日後場以降速やかに控訴人の乾繭建玉を処分する挙に出なかつたからといつて、そのことが信義則に照らし専門業者である受託者としての義務に違反するものということはできず、他に被控訴人に右建玉の処分義務を負わせなければならないような事情の存在を認むべき証拠はない。<証拠判断略>
よつて、控訴人の当審における主張は採用することができない。<以下、省略>
(小林信次 鈴木弘 河本誠之)