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東京高等裁判所 昭和53年(ネ)1694号 判決 1981年3月31日

控訴人 住友商事株式会社

右代表者代表取締役 松原茂

右訴訟代理人弁護士 片岡寿

被控訴人 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 橋本順

根岸攻

斎藤康之

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。原判決別紙物件目録二の建物が控訴人の所有であることを確認する。被控訴人は控訴人に対し右建物につき昭和三六年七月一二日売買を原因として所有権移転登記手続をせよ。訴訟費用は、一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、

被控訴代理人は、主文第一項同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、次に付加訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  請求原因の訂正・補充

1  原判決二枚目表九行目「以下、」の次に「本件建物といい、」を加える。

2  同裏三行目から六行目までを「2 右売買契約の内容は次のとおりである。」に改める。

3  三枚目表八行目から裏二行目までを次のとおりに改める。

「(4) 本件不動産の所有権移転時期は、控訴人が売買代金の支払を完了した時である。

3 控訴人は、右売買契約に基き、被控訴人に対し昭和三六年七月一二日金四〇〇万円、昭和四一年四月八日金二六〇〇万円を支払い、全額の支払を了した。

4  本件不動産は、被控訴人の父甲野一郎(以下一郎という。)が昭和初年(本件建物は昭和五年五月二六日乙山十郎から)これを買受けてその所有権を取得し、便宜一郎の弟甲野二郎名義に、さらに、昭和一五年一月二〇日に被控訴人名義にそれぞれ所有権移転登記をした。

一郎と被控訴人は、昭和三七年四月三〇日和解により本件不動産が被控訴人の所有に属することを確認したから、遅くとも、同日までに被控訴人はその所有権を取得した。

5  本件売買契約成立の経緯は、次のとおりである。

控訴人代表者丙川春夫(別名丙春、丙原春夫、以下丙川という。)は、昭和二三年頃から同三五年頃まで米軍将校等を相手とするホテル、クラブを経営し、米軍関係者から宝石、貴金属、外国製時計などを入手し、昭和二七、八年頃から昭和三六年頃までの間、一郎もしくはその関係する株式会社天賞堂に対しこれら商品を継続的に売渡し、一郎に対する売買代金債権残高は昭和三六年七月現在約三億五〇〇〇万円に達していた。そこで、丙川は一郎に対し、右債務が弁済できないなら、本件不動産等をもって代物弁済するよう申し入れていたところ、一郎は、被控訴人とともに経営していた東京鋼板株式会社、芝浦鋼業株式会社、芝浦建物株式会社(以下、東京鋼板等という。)の経営に関し、被控訴人その他の役員及び労働組合と対立し、これに対処するため現金を必要とするに至ったので、丙川に対し現金で本件不動産を買うように求め、ここに控訴人が三〇〇〇万円で本件不動産を買受ける旨合意に達し、昭和三六年七月一二日控訴人代表者丙川は、現金三〇〇〇万円を携えて一郎宅(本件建物)に至り、被控訴人同席下に一郎と折衝したが、一郎及び被控訴人は、即日本件不動産から居住する第三者を退去させ、抵当権抹消のうえ控訴人に所有権移転登記をすることができなかったので、控訴人・被控訴人等は同日売買契約書(甲第二号証の一)を作成し、かつ、控訴人は被控訴人に対し売買代金内金四〇〇万円を支払い、同日領収書二通(甲第二号証の二、第五号証)、さらに翌一三日領収書(甲第四一号証)の交付を受けた。

以上の事実は、一郎と控訴人及び丙川との間の昭和四八年七月一四日付和解調書(甲第七号証)によっても明らかである。

6  以上のとおり、控訴人は、売買代金全額の支払を了した昭和四一年四月八日本件不動産の所有権を取得したが、被控訴人はこれを争うので、控訴人は本訴において本件不動産のうちとりあえず本件建物につき所有権の確認及び所有権移転登記手続を求める。」

二  被控訴人の主張の訂正補充

1  三枚目裏四行目「第一項」を「第1項」に改める。

2  同六行目の次に次のとおり加える。

「第5項のうち、一郎と被控訴人が東京鋼板等の経営につき対立状態にあったことは認め、その余は、控訴人主張の和解調書の存在の点を除きいずれも否認する。

一郎は、昭和三六年四月より前から、東京鋼板等の経営につき被控訴人と対立し、手形濫発等種々の嫌がらせを行ったため、同年七月右三会社の代表取締役を解任された。

甲第二号証の二、第五号証、第四一号証は、その頃一郎が被控訴人に対する何らかの嫌がらせに使用するために作成したものと思われ、被控訴人はこれら文書の作成に全く関与していない。しかも、これら文書の現記載は、すべて当時からあったわけでなく、本件不動産の売買との関連事項は後日記入され、また、被控訴人の記名印も昭和四一年頃以後に被控訴人に無断で押捺されたものである。」

3  四枚目表五、六行目「四〇年」を「四三年」に改め、同六行目「契約書」の次に「(乙第六号証)」、同九行目「契約書」の次に「(甲第二号証の一)」をそれぞれ加える。

三  証拠の追加《省略》

理由

請求原因第4項の事実は、被控訴人が明らかに争わないので、これを自白したものとみなす。

控訴人は、被控訴人との間に本件建物を含む本件不動産につき昭和三六年七月一二日に売買契約が成立し、同日及び昭和四一年四月八日その代金を完済した旨主張し、被控訴人はこれを否認する。右が本件訴訟の争点である。

被控訴人が控訴人代表者である丙川に対し、本件建物の所有権に基いてその明渡を訴求し(東京地方裁判所昭和四五年(ワ)第五四四六号事件)、丙川が被控訴人との昭和三六年七月一二日付売買契約の成立、同日及び昭和四一年四月八日の売買代金の支払(一部は昭和四三年)を主張して抗争したが、昭和四八年九月一八日被控訴人の請求認容の第一審判決が言渡され、右判決が控訴棄却・上告棄却の判決により確定したことは、これら判決書により明らかである(以下、前訴という。)。本件訴訟は、右確定判決と一方当事者が控訴人と控訴人代表者丙川と相違しているだけで、実質においては、争点を同じくするものというべきところ、右争点につき、控訴人の主張は、本件に顕われた証拠上も到底これを肯認することができない。その理由を、以下、主として、当時の控訴人と一郎、一郎と被控訴人の関係、控訴人が右売買契約成立・代金支払の直接の証拠とする甲第二号各証等の文書の作成関係、その他の証拠の順に言及する。

一  控訴人は、昭和二七、八年頃から昭和三六年頃までの間一郎ないし株式会社天賞堂に対し宝石・貴金属・時計等を売渡し、一郎に対する売買代金債権残高は昭和三六年七月(控訴人主張の契約時)現在約三億五〇〇〇万円に達していた旨主張し、当審証人志賀清史、控訴人代表者丙川(原審、前訴供述(乙第三号証の四、五、第五号証の二)も同旨)の各供述はこれに副い、甲第七、第四五号証もこれに符合するが、右両文書は後述のように真実を表わすものといえず、他に右主張を裏付けるものはない(控訴人主張の売買契約成立当時、一郎がかかる多額の債務を負っていたとすれば、その頃右債務を確認し、かつ、その弁済について具体的に取決めたうえ、これを文書化することもないまま、右売買契約が締結され、その代金が支払われるのは極めて不自然である。また、右債務につき現在に至るまで、弁済がなされ、あるいは一郎が訴求された形跡もない。)ので、これら供述(前訴分を含む)は、成立に争いのない乙第三号証の一、二、第五号証の一に照らし措信することができず、他に右主張に副う証拠はないので、控訴人の右主張事実はこれを認めることができない。

二  控訴人主張の売買契約成立時(昭和三六年)から和解調書作成時(昭和四八年)までの一郎と被控訴人との関係等については、《証拠省略》によれば、原判決七枚目表初行から八枚目表七行目に記載された事実(原判決七枚目表四行目「帰属」の次に「(昭和三六年六月一郎申立(相手方被控訴人)にかかる家事調停は、本件不動産が一郎の所有であることの確認をも求めている。)」を、同裏末行の次に「3の2 けれども、一郎は、弁護士桑名邦雄を代理人として同年七月九日発信の内容証明郵便(甲第九号証の二)をもって、被控訴人に対し同年六月二九日に調印した右合意の無効を主張し、かつ、一郎・被控訴人間の本件不動産にかかる土地建物所有権移転登記手続等請求事件(一審・一郎敗訴)につき一郎の同年七月三日付控訴取下書が偽造であるとして同月一四日期日指定申立をするなどして、本件不動産が自己の所有であることを主張しつづけ、一郎・被控訴人間の紛争はなお終焉をみなかった。3の3 一郎は、昭和三六年及び昭和四二年被控訴人を横領・監禁等で告訴し、また、被控訴人に対する詐欺・傷害・業務妨害・住居侵入等の罪で昭和四六年九月一八日懲役刑(実刑)判決を受けた。」を、八枚目表五行目「会社」の次に「(控訴人と別個の会社)」をそれぞれ加える。)を認めることができ、以上の事実及び証拠からすれば、一郎・被控訴人間の対立抗争は、極めて熾烈であって、ことに、一郎にあっては、自らの利益を擁護するよりは、被控訴人に痛手を負わせることを目的とするかにみられる行動も多く窺われる。

なお、右期間のいずれにおいても、控訴人ないし丙川と被控訴人との直接の関係の存在を窺わせる証拠はない(但し、本件不動産売買に関する点及び控訴人ないし丙川が被控訴人作成名義の文書、被控訴人の印鑑証明書を所持する点については後述する。)。

三1  売買契約書(甲第二号証の一)及び領収書を控訴人ないし丙川が所持することは、控訴人主張の売買契約の成立及び代金授受の事実を裏付けるかにみえる。そして、証人志賀清史(当審)及び控訴人代表者丙川(原審)の供述は(但し、丙川の右供述はそれ自体では明確といえない点があるので、本件につき控訴人の主張するところにより補充すれば、)、これら文書は、いずれもその記載日付に真正に作成されたものであって、被控訴人の記名捺印は、丙川が直接被控訴人に面談して得たものであるというのである(甲第二号証の一等の作成時期についての丙川の右供述は、前訴本人尋問における供述(乙第三号証の四、五、第五号証の二)と相違し、その変更の理由につき丙川の供述するところは、にわかに首肯しがたい。)。

2  これら文書(甲第二号証の四を除く。)には、いずれも被控訴人氏名のゴム印が押捺され、また、被控訴人の氏名を表示する一または二個の朱色の印影が存し、右各文書(甲第二号証の二、四を除く。)の右印影中各一個は、真正な公文書と推認される甲第三号証の一の登録にかかる印鑑(登録時期についてはしばらくおく。)のそれに一致するかにみえる。

3  《証拠省略》によれば、甲第二号証の一の用紙は、昭和四二年にはじめて市販されたものと認められ、同文書が昭和三六年に作成されたことはありえない。

甲第二号証の二は、金三〇〇〇万円の領収証であるが、同日右金額の授受がなかったことは控訴人も認めるところであり、また、但書のような合意・手形の授受があったことはこれを認めることができないので、右文書に昭和三六年七月一二日付の公証人の確定日付が存するが、同日既に現在の記載がすべて存したことは到底ありえず、同日なんらかの記載ある領収証用紙に確定日付が付され、その後、追記がなされるとみるほかはない。また、被控訴人氏名のゴム印及び朱印は、いずれもその位置等からみて後日押捺された可能性も大きく、後日の書き込みによりはじめて本件不動産に関係ある文書となったとの被控訴人の推論も排斥しえない。右のうち、被控訴人氏名のゴム印及び朱印の点については、甲第二号証の三、五、第五、第四一号証につき、後日本件不動産に関する記載がなされた可能性については甲第五、第四一号証につき同様である。しかも、控訴人が昭和三六年七月一二日ないし同月一三日に作成されたと主張する甲第二号証の一、二、第五、第四一号証の現記載は相互に矛盾し、結局、これら文書に昭和三六年七月一二ないし一三日当時印刷部分のほかにどのような記載があったか、何人の記名押印があったか明らかでなく、これら文書からは、その際、控訴人ないし丙川と被控訴人・一郎等の間になにがあったのか(あるいはなにごともなかったか)全く明らかにすることができない。

4  さらに、二に述べた背景からすれば、一郎にたとえ本件不動産を処分する意思があったとしても、被控訴人がこれに同調し、控訴人主張のように被控訴人が昭和四一年に三〇〇〇万円に満たない金額を本件不動産の売買代金として受領することはありえないとみるのが相当である。

控訴人の側からみても、控訴人が昭和四一年四月に根抵当権設定登記等の抹消及び控訴人に対する所有権移転登記手続に先立ち、その主張の金員を支払うことも不自然であって、当審証人志賀清史の供述によっても右疑点は解消されない。

5  以上に述べてきたところからすれば、前掲乙第三号証の一ないし三、第五号証の一のとおり、これら文書は、一郎の被控訴人に対する紛争につき、その手段として作成された架空虚偽の内容のものであり、その作成には、被控訴人は全く関与せず(2の事実のみをもっては、被控訴人名義の部分が真正に作成されたと推認することはできない。)、控訴人主張の売買契約締結の事実も、被控訴人あるいは一郎において売買代金を受領した事実もなかったと認めるのが相当であり、控訴人の主張に副う前掲志賀、丙川の各供述(乙第三号証の四、五、第五号証の二の記載を含む。)は、措信することができない。

四  ところで、一郎と控訴人及び丙川との間に昭和四八年七月一四日付和解調書(甲第七号証)の存することは、被控訴人が明らかに争わないのでこれを自白したものとみなす。

成立に争いのない同号証、前掲乙第五号証の二、成立に争いのない甲第三九号証、弁論の全趣旨により成立を認める甲第四六号証(但し、委任事項の記載を除く。)、当審証人桑名邦雄の証言(一部)によれば、右和解の基礎たる東京地方裁判所昭和四四年(ワ)第九七二九号事件は、一郎(原告)が控訴人と丙川を被告として本件不動産の明渡を請求するものであったこと、右和解が成立した期日には、一郎は出頭せず、その代理人として弁護士桑名邦雄が出頭したこと、同弁護士は従前右訴訟の代理人として訴訟追行をしてきた者でなく、昭和四八年七月九日一郎から訴訟委任を受けたに過ぎず、また、それ以前の昭和四四年頃控訴人あるいは丙川から事件を受任した事実のあること、右和解は、同弁護士が丙川から一郎との間に既に話がまとまっているからと告げられ、丙川の言うまま一郎の意思を確かめずに、条項案を作成し、そのとおりの条項により成立せしめたこと、和解条項は、一郎が本件不動産を含む物件を控訴人及び丙川に売渡済であることを確認し、これら物件について所有権その他の権利を主張せず、明渡の請求をしないことのほか、一郎の丙川に対する金三億五〇〇〇万円の債務の確認、右債務の弁済方法として前記物件をその支払に引当てる旨の記載であって、一郎の一方的全面的な譲歩を示すものであることが認められる。当審証人桑名邦雄の供述中、右認定に反する部分及び右和解につき被控訴人からも依頼を受けたとの部分は、右各証拠、ことに甲第九号証の二に照らし措信しえない。甲第四六号証の委任事項の記載はその作成につき明らかでないので、証拠となりえない。

右のように、一郎にとって、右和解条項は、実質上その請求を放棄し、かつ、右和解によりなんら得るところのない内容であって、かかる和解に応ずることを余儀なくされた事情を認めるに足りる証拠はない。そして、二に述べたように、右和解成立当時、一郎は被控訴人に対し本件不動産が自己の所有であることを強く主張しつづけているのである。しかも、前掲乙第三号証の二、すなわち、一郎の昭和四七年一月二八日施行の本人尋問調書によると、一郎は、控訴人ないし丙川に対する債務の存在も明らかに否定していることが認められる。

以上によれば、右和解は、一郎の意思によるものでなく、その内容において真実に合致するものというべき根拠を欠く(一郎の被控訴人に対する抗争の手段としてなされた架空の事実の確認とみられないわけでもない。)。よって、右和解調書の存在は、控訴人の主張の裏付とならない。

五  二において認定した事実に徴して考えれば、甲第二号証の四、第四五号証、乙第六、第七号証も、前掲乙第三号証の一、二に述べられているとおり、一郎の被控訴人に対する前記紛争に関し作成された架空の内容のものと認めることができる。また、甲第二号証の一ないし五、第五、第四一号証、乙第六、第七号証は、その内容において矛盾するが、かような相互に牴触する文書が存し、その多くを控訴人ないし丙川が所持していることは、これら文書の内容が架空のものであって、被控訴人の主張するような目的のために作為されたことを窺わせる一徴表ともみられる。

さらに、《証拠省略》によれば、控訴人ないし丙川が一郎あるいは被控訴人の印鑑証明書を多数所持していることが認められるが、その受領の時期・事由につき的確な証拠がなく、以上に述べた事実からすれば、これらは、丙川が一郎から交付を受けたものとみるのが相当であって、被控訴人と控訴人ないし丙川との関係をあらわすものとみることができない。

その他、前記争点につき控訴人の主張に副う証拠はない。

なお、付言するに、当裁判所は、一郎が丙川をはじめて知ったのが昭和四三年頃であるとの別件証言(乙第三号証の二)を直ちに措信するわけではないが、この点が虚偽であったとしても、以上の認定判断は左右されない。

よって、控訴人主張の売買契約の成立及び代金支払については、その証明がないので、本訴請求は失当として棄却すべきところ、これと同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 井田友吉 高山晨 裁判長裁判官杉山克彦は、転任のため署名押印することができない。裁判官 井田友吉)

<以下省略>

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