東京高等裁判所 昭和53年(ネ)2015号 判決 1979年8月28日
控訴人・被控訴人(以下「第一審原告」という。)
日野原勉
右訴訟代理人
堀内茂夫
控訴人・被控訴人(以下「第一審被告」という。)
古屋美恵子
主文
第一審原告の控訴に基づき原判決を次のとおり変更する。
第一審被告は第一審原告に対し金一九一万円及びこれに対する昭和五二年一〇月一四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
第一審原告のその余の請求を棄却する。
第一審被告の控訴を棄却する。
訴訟費用(ただし、第一審被告の控訴に関して生じた分を除く。)は第一、二審を通じてこれを二分し、その一を第一審原告の負担とし、その余を第一審被告の負担とし、第一審被告の控訴に関して生じた控訴費用は第一審被告の負担とする。
この判決は第一審原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。
事実
第一審原告代理人は、「原判決中第一審原告の敗訴部分を取消す。第一審被告は第一審原告に対し金三三一万円及びこれに対する昭和五二年一〇月一四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも第一審被告の負担とする。」との判決並びに仮執支の宣言を求め、第一審被告は、「原判決中第一審被告の敗訴部分を取消す。第一審原告の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。」との判決を求めた。
当事者双方の主張並びに証拠の関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示のとおりである(ただし、原判決二枚目表一〇行目に「三七八番地一一」とあるのを「三七八番一一」と、同裏五行目に「金一八〇万円」とあるのを「頭金一八〇万円」と、四枚目裏八行目に「探がした」とあるのを「探した」とそれぞれ改める。)から、これを引用する。
一 第一審原告代理人は、予備的請求原因として、「仮に第一審被告が単独名義で本件土地建物を買い受け、これを取得したとしても、本件土地建物を買い受けるに当たつては、第一審原告が頭金として一八〇万円を支払い、銀行ローンの割賦払金として一二一万円を支払つたのであるから、第一審原告は、第一審被告に対し、同人との内縁を解消するに当たり、離婚に伴う財産分与の法理に準じて、右支払額に相当する三〇一万円を支払うことを求める。」と述べ、第一審被告は、「第一審原告の右主張は争う。」と述べた。
二 <証拠省略>
理由
一第一審被告が同人名義をもつて山梨県東山梨郡春日居町国府字砂原町三七八番一一宅地204.53平方メートル及び右砂原町三七八番地七、三七八番地二所在家屋番号三七八番七の二木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建居宅一棟床面積57.09平方メートル(以下これらを「本件土地建物」という。)を買い受けたこと、第一審原告、第一審被告、同人の母及び子が昭和五二年五月まで右建物に同居していたこと、第一審原告が昭和五二年四月まで自分が働いて得た給料をそのまま第一審被告に渡していたこと、第一審原告が昭和五二年四月ころ第一審被告に対し本件土地建物につき右両名の共有名義に登記することを要請し、第一審被告がこれを拒絶したこと、第一審被告が同年五月第一審原告に対し「出て行つてくれ。」等と言つて水を掛け、第一審原告がそのころ右建物から退去したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。
右争いのない事実と、<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。
(一) 第一審原告は、昭和五〇年ころ山梨市上神内川所在のアパートを賃借して住まい、冷菓製造業を営む株式会社シヤトレーゼに製菓工として勤務していたが、婚姻の前歴はなかつた。
第一審被告は、国鉄中央本線山梨駅の裏手に位置する同市上神内川一四七八番地において飲食店(面積約五坪)を経営し、店舗に隣接する四畳半一間に居住していたが、婚姻の前歴を持ち、婚姻前の夫との長女啓(昭和四四年七月生まれ」を養育していた。
第一審原告は、昭和五〇年暮ころから右飲食店に客として出入りするようになり、第一審被告もこれに接するうち、相ともに懇ろとなり、第一審原告は、昭和五一年二月ころから諸道具を前記アパートに置いたまま、第一審被告のもとに泊り込むようになつた。
(二) 右両名は、昭和五一年四月ころから正式に婚姻をしようではないかと話し合うようになり、右啓の生活環境等も考慮して、家族の住む家を買い求めるべく、土地付きの建物を物色し始めた。第一審被告は、前夫から啓の養育料として受け取つた三〇〇万円を保管していたし、第一審原告は、預金のほか岐阜県多治見市に所有していた土地を売却してその売得金を右土地建物の購入代金に充てようとした。もつとも、右多治見市の土地については買手が見付からなかつた。
右両名は、同年五月ころ不動産業者の仲介で本件土地建物を見付け、右購入代金の頭金(手付金)を捻出をするために、第一審原告は、自分の預金から八〇万円を払い戻し、弟の訴外日野原広から一〇〇万円を借り受けて、右合計一八〇万円を第一審被告に交付した。第一審被告は、同年七月一五日訴外有限会社二興不動産を代理人として、訴外千葉昭四郎から本件土地建物を代金八五〇万円で買い受け、同日右千葉に手付金四〇〇万円を支払つた。そして、第一審被告は、同月二九日訴外甲府信用金庫(加納岩支店)から五五〇万円を、最終弁済期限昭和五八年七月三〇日、利息年9.5パーセント、昭和五一年八月三〇日を第一回とし、以後毎月末日に約定元利金を分割して支払う旨約定して借り受け、同七月二九日右千葉に残代金四五〇万円を完済して、同日本件土地建物につき所有権移転登記を経由した。
第一審被告は、飲食店の営業収入がその日により異なり、不安定であつたことから、甲府信用金庫に対する定時の前記約定割賦金支払については第一審原告の得てくる給料収入をもつてこれに充てることとした。右両名及び右啓は、昭和五一年八月ころ本件建物に入居し、第一審原告及び第一審被告は、ともに早晩婚姻の届出をする意思をもつて、夫婦同然の生活するようになつた。第一審被告の母訴外古屋みちのは、金物業を営む夫訴外古屋源吾とともに甲府市中央五丁目に居住していたが、時折第一審被告らを訪れ、泊り続けることもあつた。
第一審原告は、月額約一八万円の給料をそのまま第一審被告に渡し、第一審被告は、月額約一五万円の営業収入を得ていたが、同人は、第一審原告の右給料収入の中から甲府信用金庫に対する約定割賦払金を支拡い、その残額及び営業収益金をもつて第一審原告及び前記啓との生活費をまかなつていた。右約定割賦払金は月額一一万円であり、昭和五一年八月から昭和五二年五月までの間に右給料収入の中から合計一一〇万円が支払われた。
(三) 第一審被告は、飲食店の営業上、絶えず男客と接していたので、第一審原告は、嫉妬の情を抱き不平・不満を漏らすようになつていたが、昭和五二年二月ころから双方のわだかまりが高まつて、皿等の食器類についてまで互いに「これは自分の物だ。」等と言い合うようになり、事あるごとに口喧嘩を繰り返すようになつた。第一審原告は、同年四月ころ本件土地建物が第一審被告の単独所有名義に登記されていることを知つたが、それは第一審被告から、「これは私の家だから出て行つてくれ。」と言われて、調べて見た結果判明したものであつた。そこで、第一審原告は、同年五月ころ、第一審被告に、「自分も頭金を支払い、銀行ローンを支払つたのであるから、本件土地建物を両名の共有名義にせよ。」と要求したが、これを拒絶され、たまり兼ねて第一審被告に、「おれの金ばかり当てにして、おれの方に金を渡したことがあるか。」と申し向け、五月分の給料を同人に渡さないと言い出した。このような第一審原告の態度を不満とした第一審被告は、そのあと同月中のこと、寝ていた第一審原告に、「まだ出て行かないのか。」と言いざま、洗面器に汲んできた水を掛け、包丁を突き付けたので、第一審原告は、身の危険を感じその場から戸外に逃げ出し、結局本件建物から出て第一審被告との同棲を断念せざるを得なくなり、同夜はひとまず弟の前記広方に身を寄せた後、勤務先会社の寮で生活するなどして現在に至つている。
第一審原告が本件建物から退去する前に、第一審被告は、第一審原告を相手方として甲府家庭裁判所に内縁関係解消に関する調停を申し立てたが、第一審原告が右調停において財産関係の清算を要求したこと等から、第一審被告はすぐに右調停の申立てを取り下げてしまい、右調停は成立するに至らなかつた。
二右認定事実に基づき考察するに、第一審原告及び第一審被告の間には、遅くとも昭和五一年八月から事実上夫婦と同視し得る共同生活関係が発生したものというべきであるから、これにより内縁関係が生じたものと認め得るのであり、右内縁関係は昭和五二年五月に事実上破綻し、解消するに至つたものというべきである。そして、右内縁関係破綻の原因は、第一審原告が第一審被告の男客との関係を嫉妬しはじめたことで、双方のわだかまりがしだいに高まつて、口喧嘩が繰り返されるようになり、それが本件土地建物の所有権者及び所有名義をめぐる争いに発展し、第一審原告が共有名義にすることを要求し、第一審被告がこれを断つたことから、第一審原告が自分の給料収入をそれまでどおり第一審被告に渡すのを拒絶すると言い出したため、第一審被告が第一審原告に水を掛けたり、包丁を突き付けたりして実力を行使し、同人を本件建物から追い出したことにあるのであるから、その端緒が第一審原告の嫉妬にあつたとはいうものの、前示調停申立ての経緯に徴し、当時既に第一審原告との内縁解消を意図していたものと見られる第一審被告が実力を行使して同人を追い出すに至つた右行為に破綻の主たる原因があつたものと見るのが相当である。したがつて、第一審被告は、内縁を不当に破棄したものとして、第一審原告に対し不法行為による損害を賠償すべき責任がある。
三そこで、第一審被告の賠償すべき損害について検討する。
(一) 第一審原告は、内縁の不当な破棄により本件土地建物を買い受けるために支出した手付金の一部一八〇万円及び甲府信用金庫への割賦払金一二一万円の合計三〇一万円の損害を受けたと主張する。
ところで、前記認定事実によれば、本件土地土地建物を買い受けるについては、第一審被告がその名において売主と折衝し(代理人を通してではあつたが)、その名において取得したものであり、第一審被告がその名において甲府信用金庫から融資を受け、その名において右借受金の弁済をしたのであるが、第一審被告は、右買受けに当たり手付金の約半額に達する金員を第一審原告に調達してもらい、かつ、甲府信用金庫に対する割賦払金の捻出については第一審原告の給料収入を当てにしていたのであつて、しかも、右割賦払の期間は昭和五八年七月三〇日まで存続するものであつたのであるから、右事実に照らせば、第一審被告は、本件土地建物の買受当時には第一審原告との内縁関係ないし婚姻関係を永続させたいものと念じ、本件土地建物を夫婦共同体の利用に供しようとする意思をもつてこれを買い受けたものと推認することができ、第一審原告が本件土地建物を夫婦たる右両名の共同生活の基盤たる財産として取得するものと認識していたことは、同人の原審及び当審における本人尋問の結果によつても明らかである。この点につき、第一審被告は、本件土地建物は前記長女啓のために買つたものであり、手付金の一部とした一七〇万円は第一審原告から贈与を受けたものであると主張し、第一審被告の原審及び当審における本人尋問において右主張事実と符合する供述をしているが、右供述は前記各証拠及び右判示に照らしてたやすく信用することができない。
また、前記認定事実によれば、当事者間の内縁関係継続中、甲府信用金庫に対する割賦払金は第一審原告の給料収入の中から合計一一〇万円が支払われたのであるが、右の支払は便宜上同人の得てきた給料の一部をもつて充てられたものにすぎず、右のような支払方法は第一審被告の飲食店の営業収入がありこれによつて生計を維持できたからこそ実行し得たものというべきであるから、第一審原告が右一一〇万円の金額につきこれを単独で負担したと見るのは相当でない。
しかして、第一審原告は、第一審被告との内縁関係又は婚姻関係に基づく夫婦共同体の生活の基盤を築きあげることを目的として本件土地上建物を取得することを決意し、これを取得するために前記手付金の一部を工面し、甲府信用金庫からの借入金に対する割賦弁済に協力したものであるところ、第一審原告は、第一審被告から内縁を不当に破棄されたことにより右建物に入居後わずか一〇箇月で本件土地建物から退却せざるを得ないこととなり、将来長年にわたつて本件土地建物を居住の用に供しその財産的利益を享受しようとした正当な期待をゆえなく奪われたのであるから、そのため第一審原告は、違法に右財産上の利益を侵害され、よつて財産上の損害を被つたものと見るのが相当である。
そして、当事者双方の内縁関係成立の経緯、内縁関係継続期間、その間における経済的協力関係の程度、第一審原告の支出した金員の額その他前認定の諸般の事情を考慮すれば、第一審被告による内縁の不当な破棄と相当因果関係を認め得べき右財産上の損害額は、第一審原告が支出した前示手付金一八〇万円の七割に当たる一二六万円と甲府信用金庫に対する前示割賦払金一一〇万円の五割に当たる五五万円の合計一八一万円の限度にとどまるものと認めるのが相当である。
(二) 次に、第一審原告は、第一審被告が第一審原告の支払つた三〇一万円につき本件土地建物の代金支払義務を免れ、右同額の不当利得をしたと主張するが、前記認定及び説示のとおり、本件土地建物は、当事者双方が共同生活の基盤を作る目的をもつてこれを買い受けたものであり、右買受けのための手付金の支払及び借入金の割賦弁済は相互の協力によつて行われたのであつて、右本件土地建物の取得行為は双方の合意に基づいて実行されたのであるから、第一審原告が第一審被告との関係において右取得費用の負担につき全く支払義務を負つていなかつたと見るのは相当でない。しかも、第一審原告が現実に負担し支出した金員については、事実上その一部に当たるとも見られる一八一万円が財産上の損害賠償として同人に回復されるのであり、右の額を超える部分につきこれを不当利得に当たると認め得べき法律関係を見出すことはできないのである。したがつて、第一審原告の右不当利得の主張は理由がないから、これを採用しない。
(三) また、第一審原告は、内縁を解消するに当たり、離婚に伴う財産分与の法理に準じて、第一審被告に対し財産分与の請求をすると主張するのであるが、財産分与請求権の性質及び内容に照らせば、本来財産分与の請求については家庭裁判所がこれを専属的に管轄すべきものであつて、本件訴訟が内縁の解消に伴う損害賠償請求訴訟であつても、本件訴訟については人事訴訟手続法第一五条第一項を類推適用又は準用すべき余地が認められないのであるから、本件において財産分与の請求を独立の請求原因として主張し、ないしは、付帯の措置として申し立てることは許されないものというべきである。したがつて、第一審原告の右財産分与に関する主張も失当であり、これを採用し得ない。
(四) 第一審原告は、第一審被告の内縁の不当な破棄により精神上の苦痛を受け、これを慰藉するには一〇〇万円が相当であると主張する。
ところで、第一審原告は、当審における本人尋問において、「第一審原告は、第一審被告から少なくとも手付金の一部負担分一八〇万円及び甲府信用金庫への割賦払金を支払つてもらえるならば、慰藉料は支払つてもらわなくてもよい。」旨供述しているが、右供述をもつてしては慰藉料請求権を無条件に全面的に放棄する意思を表明したものと見ることはできず、前記認定の内縁が成立するに至つた経緯及び内縁が破綻し解消するに至つた事情等を考慮すると、第一審原告は、内縁が不当に破棄されたことにより少なくない精神的苦痛を受けたものと見ることができるのであつて、これを慰藉するには一〇万円を賠償させるのが相当である。
四そうすると、第一審被告は、第一審原告に対し、不法行為による損害賠償として右合計一九一万円及びこれに対する不法行為の日の後である昭和五二年一〇月一四日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるから、第一審原告の本訴請求は右金員の支払を求める限度で理由があり、これを認容すべきであるが、その余は失当であるから、これを棄却すべきである。
してみれば、第一審原告の本訴請求につき損害金七〇万円及びこれに対する遅延損害金の支払を命じ、その余の請求を棄却した原判決はその一部が不当であるから、同人の本件控訴は右不当な部分の取消しを求める限度で理由があるが、その余は理由がなく、第一審被告の本件控訴は理由がない。
よつて、第一審原告の控訴に基づき原判決を同人の本訴請求を認容すべき限度に従つて変更することとし、第一審被告の本件控訴を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第九五条、第八九条、第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(安倍正三 貞家克己 加藤一隆)