東京高等裁判所 昭和53年(ネ)2620号 判決 1981年1月30日
控訴人
黒川祐吉
右訴訟代理人
吉永順作
同
沼田安弘
被控訴人
有限会社ままだガーデン
右代表者代表取締役
福地和子
右訴訟代理人
我妻源二郎
外四名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実《省略》
理由
一控訴人が、昭和四九年五月一九日本件ゴルフ場においてゴルフ競技中、第六番コースのティーグラウンドに敷置された本件ゴムマット上から八番アイアンクラブでティーショットしたところ、高く跳ね上がつたティーが左眼に当たつて負傷したこと(この事故を以下「本件事故」という。)は当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、控訴人は右負傷の結果、左眼を失明したことが認められ、右認定を左右する証拠はない。
二被控訴人が本件ゴルフ場の経営者であつて、前記ティーグラウンドを占有かつ所有していることは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、本件ゴムマット(本件ゴルフ場では、本件事故当時第六番以外の各コースのティーグラウンドにも本件ゴムマットと同種同型のマットを敷置していた。)は、スチールワイヤーの上にゴムと木綿糸を張り合わせて作つた長細いきれをすのこ状に接合した60インチ(1.52メートル)×42インチ(1.06メートル)大、厚さ約1.5センチメートルの英国製マットで、打者がその上に立ち、ティーをマット上に立ててティーショットをするためのもの、即ちいわゆるティーマットとして考案、製造されたものであり(原判決添付別紙略図参照)、ティーショットの際の打者の足場を確保し、同時にティーグラウンドの芝生を防護する点に効用があるものであること、現に本件ゴムマットは、昭和四八年末頃本件ゴルフ場に他のゴムマットと共に敷置されて以来、ティーマットとして使用され、打者は、通常、ティーをマットの三角形又は四角形の隙間から直接土に差し込んだり、マット両端部分の三角形の隙間の狭くなつた部分に差し込み、あるいは接合された長細いきれの合わさり目を押し拡げて差し込んだりして、打球していたものであること、控訴人は、当日九ホールを一巡した後、二巡目の第六番コースにおいて本件事故に至つたわけであるが、一巡目の途中からいずれもゴムマットのきれの合わさり目を押し拡げてティーを差し込む方法でティーを立ててティーショットをしてきたこと、以上の事実を認めることができ、右認定を左右する証拠はない。
三控訴人は、被控訴人が本件事故につき、土地の工作物設置の瑕疵による責任、民法七〇九条による不法行為責任又は債務不履行による責任を負うべきであると主張するところ、右主張は、いずれも、本件ゴムマットにティーを差し込んでティーショットをすると、マットの弾力性によつてティーが異常に強く回転しながら高く跳ね上がり、かつ、その方向が一定しておらず、非常に危険であることを前提とするものと解されるので、この点につき以下検討する。
1 まず、ティーショットをした場合にティーが跳ね上がる現象の力学的原理等についてみるに、原審鑑定人河村龍馬、当審鑑定人中込八郎の各鑑定の結果及び原審証人河村龍馬、当審証人中込八郎の各証言によれば、ティーにクラブヘッドが衝突すると、ティーの頭部付近に前向きの衝撃がかかり、その作用でティーは保持部を抜け出すと同時に前向きに倒れ込み、ティーの頭部が床面に打ちつけられ、このティーの頭部と床面の衝突の結果、ティーが跳ね上がるものであること、ティーの跳ね上がる高さ、強さ、速さ(これらを総括して以下「跳躍度」という。)は、ティーがクラブヘッドから受ける衝撃の強さ(クラブヘッドのスピード)、ティーが保持部を抜け出す際の抵抗力(ティーの差し込み方の深さ、差し込み部の硬さ)、床面の反撥係数の三要素によつて決まること、即ち、打球の際のクラブヘッドのスピードが速い程、床面の反撥係数が大きい程跳躍度は大きく、ティーの差し込み方が深い程、差し込み部が硬い程跳躍度は小さくなることが認められ、右認定に反する証拠はない。
2 原審鑑定人河村龍馬の鑑定の方法及び結果の概略は、次のとおりである。
No.1 本件ゴムマットと同種同型のゴムマット(マットの中央部に差し込んだ場合を(a)、マットの端部に差し込んだ場合を(b)とする。)、No.2 人工ティーグラウンド(ゴム板とエンビ板を積層し、表面をナイロン繊維で被覆したもの)、No.3 長毛人工芝ティーマット、No.4 短毛人工芝ティーマット、No.5 非常に硬い裸土ティーグラウンド、No.6 中程度の硬さの裸土ティーグラウンド、No.7 自然芝ティーグラウンド、以上七つの上に、本件事故発生時控訴人が使用したものと同種のティーを用いてボールを乗せ、試打者二人が八番アイアンクラブを使つて、No.1(a)につき各約一〇〇回、その余につき各五〇回ショットを行い、試打者の正面に置いたテレビカメラで右各ショットによるティーの跳躍運動を録画する。そして、テレビ画面上で、打球前のボールの位置から上方に頂角六〇度の扇形領域を作り、そのうち床面からの高さ1.1メートル以上の領域を要注意領域と設定し、画面に再生されるティーの軌跡を追跡して、①原位置を動かなかつたもの、②跳ね上がつたが要注意領域を通過しなかつたもの、③要注意領域を通過したもの、以上三つに区別してそれぞれの数を記録し、ティーの跳躍度及び危険度を右①が零、②が0.3、③が1.0と定義し、これを用いて右実験結果を統計的に処理すると、跳躍度及び危険度の最も大きいのはNo.3で、次がNo.2であり、その次にNo.1(a)とNo.4が、次いでNo.1(b)とNo.6とNo.7が続き、No.5が最も小さいとの結果が得られた。なお、右のとおりNo.1(a)の場合の跳躍度及び危険度はNo.7の場合のそれよりも大きいとされているが、右の統計処理がなされた結果の数字を比べてみると、その相違は僅かなものにすぎない。
以上に基づき、同鑑定人は、「前記ゴムマットを用いてティーショットした場合に跳ね上がるティーによつて打者が顔面に傷害を受ける危険度は、自然芝ティーグラウンドの場合よりもやや大きいが、他の人工ティーマットの場合と比較して特に大きいとは断定できない。」との結論を出している。
なお、控訴人が当審における主張(二)において右鑑定を非難する点は、原審証人河村龍馬の証言に照らし、右鑑定の価値ないし妥当性を格別損うものとは解されない。
3 次に、当審鑑定人中込八郎の鑑定の方法及び結果の概略は、次のとおりである。
(1) 右2の鑑定の際用いられたゴムマット(コンクリートの床の上に置いた場合を(a)、自然芝の上に置いた場合を(b)とする。)、(2) 自然芝ティーグラウンド、(3) 裸土ティーグラウンド、以上三つの上に、前記2と同様のティーを用いてボールを乗せ、試打者三人が前同クラブにてショットを行い、試打者の正面及び右真横に各一台置いたカメラで、ティーの跳躍運動をマルチストロボによる多重写真として記録する。そして、両眼の位置を高さ1.15メートルの定位置に設定し、その前後及び左右に水平に三〇センチメートル以内の区域をそれぞれ危険区域と設定し、ティーが眼の位置以上の高さに達し、かつ右のいずれもの危険区域を通過する場合を危険な場合とみなすと、その回数は、(1)(a)の場合、試打数一〇八に対し二回、(1)(b)の場合、試打数三六に対し一回、(2)の場合、試打数七二に対し二回、(3)の場合、試打数三六に対し零回との結果が得られた。
以上に基づき、同鑑定人は、「前記ゴムマットと自然芝ティーグラウンドとではティーの跳躍による危険度は同程度であり、裸土の場合は右両者に比べて危険度が小さい。」との結論を出している。
4 ところで、<証拠>を総合すれば、ゴルフ場のティーグラウンドは自然芝が植え込まれ、そこに直接ティーを差し込んでティーショットするようになつているのが普通であり(もつとも、昭和四七、八年頃からは自然芝保護のためその上に人工芝その他の人工ティーマットを敷置しているところも増えている。)、自然芝ティーグラウンドに直接ティーを差し込んでショットした場合のティーの跳ね上がりが危険であるとは一般に考えられていないことが認められ、右認定に反する証拠はない。なお、控訴人の主張も自然芝ティーグラウンドにはティーの跳ね上がりによる危険が特にないことを前提としていることは、その主張自体に徴し明らかである。
5 終わりに、本件ゴムマットないしこれと同種同型のゴムマットの使用実績についてみるに、昭和五一年四月一七日本件ゴルフ場第六番コースのティーグラウンドとそこに敷置された本件ゴムマットの状況を撮影した写真であることに争いのない乙第二号証の一ないし五、昭和五四年六月二一日右ティーグラウンドを撮影した写真であることに争いがなく、当審における被控訴人の供述によりそこに撮影されているマットが本件ゴムマットであることが認められる乙第三号証の一ないし六、原審証人柴田一男、原審及び当審における被控訴人代表者本人の各供述によれば、被控訴人は昭和四八年末頃本件ゴムマット及びこれと同種同型のゴムマットを柴田園芸刃物株式会社から合計一〇枚購入したのであるが、同会社では、その約一〇年前頃にも同種のマットを相当数輸入して国内のいくつかのゴルフ場に売却したことがあるところ、これを購入したゴルフ場からティーの跳ね上がりが異常に大きくティーマットとして危険であるとの苦情を受けたことはなかつたこと、本件ゴルフ場では、本件事故後現在まで約六年半の間、継続して右一〇枚のゴムマットをティーグラウンドに敷置し、ティーマットとして競技者の使用に供してきているが(もつとも、ティーグラウンドが右ゴムマットで完全におおわれているわけではないので、競技者の全員が必ず右ゴムマットを用いてティーショットをしているものとは断定できない。)、その間本件のほかには、本件事故と同種の事故が発生したことのないことはもちろん、前同様の苦情が持ち込まれたこともないことが認められ、右認定を左右する証拠はない。
6 右1に認定した力学的原理等を踏まえ、右2、3の各鑑定の結果を総合して考えれば、本件ゴムマット(本件ゴムマットと右各鑑定に用いられたゴムマットとの間に危険度の面で格別の相違点があることを認めるに足りる証拠はない。)を用いてティーショットをする場合のティーの跳ね上がりによる危険度は、裸土にティーを差し込んでショットする場合のそれよりはかなり大きいが、差し込む個所、方法によつて最大限に危険度を見積つても、自然芝ティーグラウンドにティーを直接立ててショットする場合のそれよりさほど大きいものとはいえず、人工芝その他の人工ティーマットを用いる場合のそれに比べると、同等もしくは小さいものとみるべきである(なお、右判断はクラブヘッドのスピードが一定であることを前提とするものであることはいうまでもない。)。そして、このことに、右4、5に認定、判示したところをあわせれば、本件ゴムマットを用いてティーショットをすると、ティーが異常に遠く強く回転しながら高く跳ね上がり、方向も一定せず、非常に危険であるとの控訴人の主張は、ティーの差し込み方のいかんを問わず、にわかに肯認しがたいというほかない。
<証拠>によれば、前記3の鑑定実験の際、ティーの跳ね上がる高さがゴムマットを用いた場合には他の場合よりもかなり高くなり、方向も自然芝の場合打者の前方が多いが、ゴムマットの場合打者の前後に乱れ、一定しない傾向がみられたことを認めることができるが、右のような傾向のあることが直ちに、本件ゴムマットに控訴人主張のような危険性があることに結びつくものとは断じがたい。また、右鑑定実験の際の試打者の一人である当審証人小林武人(プロゴルファー)は、ゴムマットを用いて試打した際、跳ね上がつたティーがサングラスの眼の部分に三回位当たつた旨(ただし、そのショットにつき写真が撮影されたかどうかはわからないと言う。)を証言するが、右鑑定実験の際すべてのショットにつき写真撮影が行われたわけではないにしても、鑑定結果中に右証言にあるようなティーの跳躍が全く記録されていないことに照らすと、右証言には相当誇張があるものとみざるをえず、本件ゴムマットの危険性を供述する同証人のその他の証言部分及び原審における控訴人本人の供述によつても、本件ゴムマットが控訴人主張のような危険性を帯有していることを認定するに十分でなく、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
なお、前判示のとおり、本件ゴムマットを用いてティーショットをする場合のティーの跳ね上がりによる危険度は裸土にティーを差し込んでショットする場合よりもかなり大きいものとみられるのであるが、本件ゴムマットの危険度は、これを最大限に見積つても、一般に危険性がないものと考えられている自然芝ティーグラウンドに比較して特に大きいものといえないのであるから、裸土との比較から直ちに、本件ゴムマットを目して控訴人主張のような危険性を帯有するものと断定すべきでないことは明らかである。
四そうすると、被控訴人に前項冒頭記載の各責任があるとする控訴人の主張は、その余の点につき判断するまでもなく採用することができない。
なお、控訴人は、当審における主張(一)において、本件ゴルフ場の来場者が本件ゴムマットを本来の用法に反してティーマットとして使用すること、あるいはティーマットとして使用するについても、危険なティーの差し込み方をしてティーショットすることを被控訴人が黙認していたとして、本件事故が被控訴人の本件ゴムマットの設置並びに使用方法の誤りに起因する旨主張するが、本件ゴムマットの本来の用法が控訴人の主張するところと異なることは前記二に認定したとおりであり、また、前項判示のとおり、ティーの差し込み方のいかんにかかわらず、本件ゴムマットが控訴人主張のような危険性を帯有しているものとは認めがたいのであるから、右主張も採用の限りでない。
五そうすると、控訴人の本訴請求は、すべて理由がないからこれを棄却すべきであり、右と同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(小林信次 浦野雄幸 河本誠之)